榛名と明日菜の絡み、しっかり出せたか不安です。
前半は榛名、後半は明日菜視点でお送りいたします。
第肆拾捌話 カレと姫巫女娘の休日
明日菜たちが修学旅行を終えてすぐ、麻帆良学園には四連休が訪れる。
せっかくだから、明日菜たちに温泉旅行でもプレゼントしようと思ったんだけど……当の本人たちから拒否された。
「だって、家族旅行なんて頻繁に行っているし……だから——————榛名と一緒にいたい。一日ずっと」
「……え? 一日ずっと? 僕と?」
「うん。……二人きりが、ベスト」
うっすらと笑みを浮かべながら頷く明日菜と、其れに追随するように此方を見つめる刹那と子日。
一日ずっと、か……。
明日菜たちが学校に行くようになってからは、確かに機会は減った。ていうか、それ以前に、明日菜たちは一日の少なくない時間を修行や勉強に費やしていたし、ましてや、二人きりで過ごす機会なんて数えるほどしかなかったと思う。
うん、今気付いたけど、もっと一緒に過ごす時間があってもイイと思うよなぁ。
確認の意味で、チラリと後ろを見ると、相変わらず直立不動のハクが頷き返してくれた。
「わかった。じゃあ……でも、何処で過ごそうかなぁ。……あっ!」
つい大袈裟に手を叩き、テーブルを揺らしてしまう。ティーカップに満たされた紅茶が揺れるけど……よかった、零れなかった。ハクが淹れてくれた茶を零すなんてもったいない。淹れてくれた本人も後ろにいるし。
「ハク、アレを持ってきてくれる?」
「はい、マスター」
そう言ってスッと消えt————と思ったら、直ぐに何かを片手で抱えながら持ってきた。
サッカーボールとバスケットボールの中間のサイズくらいの水晶玉で、キラキラと輝いている。時折、山とか海とかの風景を映し出す、不思議な水晶。
「これがあった、『別荘』!」
少し前に、とある人からハクが貰ったものだ。
『別荘』は魔法関係者の中では割と有名な、しかしおいそれと手に入らない高価かつ貴重な魔具だ。
その中には異空間が広がっていて、プライベート・スペースとして使うことができる。『別荘』という名の通り、ヴァカンスに使う人が大半だけど、中には修行用や兵器実験施設、巨大な工房などに使う人もいるらしい。
しかも、高位のものは時間を操作でき、例えば『別荘』内での一日を現実での一時間という風に弄くることもできるという優れモノだ。
ちなみに、此れは外の一秒が中では一年になるタイプ。あの人も規格外だけど、この『別荘』の性能もまた規格外だ。
此れを貰ったハクは、誕生日とかクリスマスとかのイベントによく僕を誘うようになった。
ハクに甘えるように「一緒にいてくれませんか?」何て言われれば……うん、世の男は例外なく堕ちるだろうね。僕? 勿論例外じゃないよ。それに、ハクから僕に頼みごとをしてくることなんて殆ど無いから、来たら僕は全力で応えるようにしている。
御世話になりっぱなしだし、其れくらい喜んでやるともさ。
其れは兎も角。
貰った時は、初期状態……唯真っ白な空間が広がるだけだったんだけど、ハクが色々手を加えるなどして、山もあれば海もある、休日を過ごすにはもってこいの空間となった。
「あ、其れならちょうどイイですね。お父様ともう一人だけしか入れないようにすれば、二人きりで過ごせますし……」
「確かに、
刹那と子日が感心したように、何度も頷いて『別荘』を見つめた。
そう。明日菜や刹那がまだ小さかった頃、僕を巡って二人が喧嘩することが何度かあった。傍から見たら羨ましいことかもしれないけど、僕からすれば娘二人がいがみ合う状況なんて、嬉しくもなんともないわけで。
だから、色々な手を打って止めていた。
そして、其れは今も一向に変わらない。ていうか、子日が参入した分、寧ろ悪化している。
「其れじゃあ、順番を……」
「コレで」
明日菜……何でもう用意して……あー、これ、刹那も子日もグルだったのか。
僕は苦笑しながら、差し出された紙を受け取った。
其処には、明日菜→刹那→子日→ハクの順番に其々の名前が書かれていた。
「わかった。じゃあ、今日は————」
「私」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる明日菜を見て、僕はもう一度苦笑した。
この『別荘』は、入ってすぐ色分けされた扉が幾つも並んでいる空間に到着する。そして、それぞれ繋がっている場所、というより空間が違う。
ハク曰く、この『別荘』内の面積は、海や浮遊島なども合わせると一四〇〇万平方キロメートル程だそうだ。ピンとこない人には、南極大陸とほぼ同じくらい、と説明すると分かりやすいかな?
もっと別の言い方をすると、オーストラリア大陸の約二倍。
本当はもっと広げることもできるそうだけど、どうせ僕ら家族、後は
「何処に行こうか?」
「じゃあ、“雨”で」
「ん、諒解」
“雨”。常に雨が降り注いでいる空間だ。此の通り、各空間には其々気象名が付けられている。まぁ、名前の通りの気象が起こっている空間もあるし、何となく雰囲気でその名前が付けられている空間もある。“雨”の場合は、前者だ。
僕の雨音好きを知っていた(と思う)ハクが創ってくれた空間で、具体的には————。
「いつ見ても……いいなぁ」
庭園付きの、巨大な寝殿造りの屋敷がある。
小さな竹林の横には此れまた小さい池があり、紅白の錦鯉が泳いでいた。水面は、降り続ける雨の雫で揺れている。
ついでに言うと、此の『別荘』内では、欲しいものを念じれば、すぐに出てくる。
二人並んで縁側に座ると、僕は茶菓子が出てくるよう念じた。御要望通り、饅頭が乗った皿と湯呑みが二人分現れた。
ゆらゆらと湯気が揺れる湯呑みを持ち、二人同時に口を付ける。
「何時来ても、ホッとする」
明日菜はそう言って、僕の肩に頬ずりしてきた。
彼女のサラサラしている髪を撫でながら、しとしとと降り続ける雨を見つめる。
「嬉しい」
「え?」
「榛名と二人きりなんて……小さい時だけだったから」
「そうだなぁ……」
其れから数分、こんな風に過ごした。
「……榛名」
「うん?」
「私は、小さい時からこうだったよね?」
「こう?」
聞き返すと、彼女は首肯で其れに応えた。
「ずっとだんまりで。碌に口も開かないで。口下手で。正直、今と変わってない」
「うん、相変わらずのクールさだよね」
「………………自分でも、思う。無愛想で、口下手で、不気味だったって」
「…………」
自嘲するかのように、明日菜は僅かに俯いた。
「それでも————」
「やっぱ、イイよなぁ」
「————え?」
キョトンとしたように少し口を開けた明日菜が、僕の横顔を覗き込んできた。
「大切な娘と、一緒に過ごすってさ……飛切素敵だ」
「…………」
暫く僕を見つめていた後、明日菜はまた俯いた。でも、悲しそうな雰囲気は感じられなかった。
「私も……素敵だと思う」
明日菜は僕の腹に頬ずりをして、首に手を回してきた。
……まだ明日菜が小さかった時には、よくこうしていたっけなぁ。
懐かしくて、とても大切だと思う。
しとしとと耳に心地よい雨音が響いて、僕はさらに嬉しくなった。
「大好きだよ、榛名」
「うん、有難う……明日菜」
こんなに慕ってくれて、喜ばないわけないしね。
明日菜を護っているのも、鍛えているのも、殆どハクだ。僕が、彼女に、一体どれ程のものをあげられるのだろう? 分からないし、分かる必要もないのかもしれない。でも、ついそんなことを考えてしまう。
「榛名が好き。榛名と過ごす時間も好き。榛名の事を考えられる事も好き。……ずっと一緒にいたい。
ねぇ、榛名」
「うん?」
「————王国、滅びないかなぁ」
「………………」
まるで、明日天気が悪くなってほしいと祈るような。そんな調子で、明日菜は呟いた。
運動会とかマラソン大会とか持久走大会とか、そんなものを嫌がっていて、雨が降ることを願っている小学生のように。純粋無垢な瞳と声で。実際に降った時の悪影響とか、此れっぽっちも考えもせずに。
「アリカ姉さんがもし何処かで生きていて、また即位し直して、そして王家の地位が盤石になったら。私は、どうなると思う?」
「…………」
「あの牢獄か、御大層な王宮にでも呼び寄せられて、何処かの誰かと政略結婚でもさせられるのかなぁ」
「中世じゃあるまいし、其れはないと思うけど……」
日本の皇族や英国の王族だって、普通に民間人と結婚したりしているわけだし。
いや、確かに魔法世界って、なんやかんやで王制国家が多かったりするんだけどね。ヘラス帝国とか、清々しい程に専制君主制を貫いている中央集権国家だし。一部の地域なんて、中世ヨーロッパ並みに王国・公国だらけだ。
まぁ、共和制国家が増え続けている風潮は、どうやら現実世界止まりだということみたいだ。
連合は、アレだしね。最早其処らの王制国家より独裁じみてるよ。
「ウェスペルタティアはそうもいかないと思う。だって、古臭いし」
「ははは」
興味の欠片もなさそうに、明日菜は吐き捨てた。そして、また思案するような顔に戻る。無表情がデフォルトだから、分かりにくいけど。
「連合だって、そう。
子供の砂遊びと同じ事。
王国の造った砂山の方が凄いから、横で砂山造ってた連合がちょっかい出した。悪
嘲るような口調で呟いた後、明日菜は僕の顔を見上げた。
「何で、魔法なんかに縋るんだろう? 何で、こんなに素敵な現実世界から離れてまで、魔法を残したがるんだろう?
そんなの、答えは簡単。子供は、
「玩具……ね」
「ホント、便利よね」
得意げになったように(無表情だけど)明日菜は言葉を紡いでいった。
「RPGとかよりも、いや、小銃よりも軽い杖があれば、雷だって炎だって出せる。うん、とても便利よね。
本当に——————」
憤怒をため込んだような、其れでいて煮え切らないような声色。
彼女の平淡な声の中に、そんな雰囲気を確かに感じた。
……それくらい、僕にだって感じ取れるさ。一応、父親だからね。
「怖い」
ボソリと、明日菜は呟いた。ギュッと、強く服を掴まれる。その手を、僕は撫でることしかできなかった。
「榛名への依頼が終わって、榛名と別れるのが怖い。
————あの国になんて、戻りたくない」
「……明日菜」
「魔法世界は、ハクが救った。だから、私を使って儀式なんかする必要なんてどこにもなくなった。其処は感謝している。……でも」
彼女の声は、だんだん低くなっていった。
「————あんな世界、滅びていれば良かった」
其れは、彼女の偽りなき本音なのだろう。
「滅んでいれば、魔法世界から飛んで来た火の粉が、榛名に迷惑をかけることなんてなかった。
薄情者? わかってる。私を榛名の元に預けてくれたのは、アリカ姉さんにガトウなのだから。
……でも、怖い。何時かあの二人が家のチャイムを鳴らして、今まで私の世話をしてくれてありがとうって榛名に言うのが。想像するだけで、私は。————ずっと榛名の傍にいたい」
「大丈夫」
何の根拠もない、力強さしかない、最低の言葉を吐く。ハクに頼めば簡単に叶う夢だけど、そんなことは問題じゃないんだ。
「アスナは、ずっと僕の家族だ。家族は一緒にいるものさ。ずぅっとね」
「……榛名」
「うん?」
榛名がそう答えてくれると分かっていながら、あんなことを聞く私は最低だろう。
祖国や魔法世界なんて滅べばいいと思っている私は、若しかしたら最低だろう。
アリカ姉さんやガトウも死んでくれていていればいいと思っている私は、或いは恐らく最低だろう。
榛名に心苦しい思いをさせる私は、まず間違いなく最低だろう。
「私は、榛名を護りたい。榛名との日常を、平和を護りたい」
今更口に出しても、何の意味もない。そんなことは、とうの昔に決めていた。
こんな言葉を言うと、榛名は何時も嬉しそうに笑ってくれる。そして、有難うといってくれる。
……其れが欲しいんだから、私も馬鹿になったものだ。
御伽噺のヒロイン、何て気取るつもりはないけど。
大体、御伽噺なんかによく出てくる「王国のお姫様」よりも、「榛名の娘」の方がよっぽど魅力的だ。
私はもう、榛名から離れられない。小さい時から、其れを確信していた。今思うと、アレが所謂“一目惚れ”だったんだと思う。
……少し遊んだくらいで此処まで心を鷲掴みにされるのも、チョロい気がしないでもないが。
だから、アリカ姉さんが悲痛な顔で、榛名の元に私を預ける旨を伝えに来た時には、私は歓喜に打ち震えかけた。
あの時ばかりは、碌に感情を持たず、其れを表現する術もなかった事に感謝した。
流石に、涙ながらに頭を下げる姉さんを尻目に、嬉しさのあまりトリップするのは、頂けないというものだろうし。
まぁ、今もそんなことできないが。どうも私は、自然に感情をセーブしてしまうからだ。
ましてや大好きな人の前で、子供のようにはしゃぎまくるなんて、感情表現云々の前にはしたないだけだろう。
そんな姿を榛名に見せたら、本気で穴の中で生活する自信がある。
「うん、有難う」
そう言って、暖かい感触が私の頭と心を火照らせる。
榛名に頭を撫でてもらうのは、何時も最高に気持ちが良い。……猫か、私は。
さっきはああ言ったけど、私は別に魔法が嫌いじゃない。魔法だのの異形の力を借りなくては、こんな小娘に人を護ることなんて難しいだろうから。
だから、異能の力に感謝している。勿論、私をしばk……鍛えてくれたハクにも感謝している。
“黄昏の姫巫女”の力にさえ、感謝しよう。私が、暗く永い牢獄に放られた原因である此の呪いも、今なら榛名のために使うことができる。
そして、何より。
私は、榛名に感謝している。全てにおいて、感謝している。
しとしと響く雨音が伝えてくれる。
榛名の鼓動を、より大きく、強く伝えてくれる。
だから、雨は大好きだ。正確には、雨音が大好きだ。
榛名の鼓動を求め、私は、もう一度強く、榛名に抱きついた。
難産でした……。少しずつ書いていき、何とか今年に間に合いました。
次回は榛名と刹那の休日ですが、次は一緒にご飯食べたりとか、そういうシーンも重視したいです。
まぁ、明日菜の榛名への思いを全面に出したシーンはあまりなかったですから、明日菜編は其方を優先しました。
あと、明日菜が故郷をどう思っているのか、とか。
結論、明日菜は榛名至上主義(←オイ)。
御意見御感想宜しくお願いします。
それと、今回出てきた『別荘』ですが、此れは以前ケフィア様から頂いたものです。せっかくなので、使わせて頂きました。
送り物をくださる方も結構いて、凄く嬉しいのですが、あまり出す機会がなくて申し訳ありません。
ケフィア様、有難うございます!