遅くなりまして、大変申し訳ありません。
ハクとの休日、そして後半は次章に向けての導入です。
前半は榛名視点、後半はハク視点でお送りいたします。
第伍拾壱話 カレとカノジョの休日
ぽかぽかした、眩しすぎない程度の日差しがとても心地よい。
「如何ですか、マスター」
「あぁ、とっても心地イイよ」
パラソルをさしてくれているメイド服姿の我が従者を見ると、ハクは穏やかな笑みを浮かべた。
此処、『晴』はいつも暑すぎず、眩しすぎずの日差しが映える空間だ。小さな草原に、小さな森、そして様々な建物がある空間となっている。今、僕とハクがいるのは、とある洋風の家のテラスだ。
「ハクも、今日くらいは休んだら?」
「では」
返事とともに、真後ろで直立不動の姿勢をとっていたハクは、僕の横に並んだ。そして、僕の顔を覗き込む。何時も通りの、超至近距離で。
……これが、ハク流の“休む”なのかねぇ。
そんなことを考えていると。
「失礼します————」
「ん」
ハクが突然、唇を重ねてきた。
同時に、白と黒のメイド服に包まれた妖艶な彼女の身体が押し付けられる。頭を両腕で抱きしめながら、ハクはグイッと僕を抱き寄せた。
突然のこと、そしてハクの味に呆然自失していると、ハクはそっと唇を離した。
「御無礼を……御許しください、マスター……」
無表情ながら、少し潤んだ瞳でハクが見つめてくる。思わず、反射的に頷いてしまった。
すると、何故か少し残念そうにゆっくりと姿勢を元に戻す。
「と、突然だね、ハク」
「申し訳ありません。最近はマスターも、色々なことに御気を病んでおりましたので」
深々と頭を下げるハク。
「気を病む?」
確かに、修学旅行の時は色々考えたり、心配になったりしたけど……単に旅行しただけだったけどなぁ。考えたことはハクが察してフォローするなり何なりしてくれたし、心配になったこともいざとなればハクが如何にかしてくれると分かりきっていたから、それほど深刻に悩んでいたわけじゃあない。
「そうでも、な————」
否定しようと顔をあげると、其処には、ハクの漆黒の瞳があった。其れを見ると、何故か口に出せなくなってしまう。
だから、僕は別の言葉を口にした。
「……大丈夫、ハク達の御蔭さ」
「そうですか」
ハクの頭の中では、どんな思考がされているのか。僕では想像もつかないことを考えているのかもしれない。でも、此れだけは言える。
ハクは本当に、僕以外のことに辛辣だ。
だから、頭の中で、全人類抹殺計画を立ち上げてても、僕はある意味「ハクらしいや」で済ませてしまう。長年ハクと一緒にいるんだし、我が従者のそういう発想は何度も体験してきた。
……たまに本気に見せかけたジョークも織り交ぜてくるけど、ハクの場合は冗談に聞こえない。真顔で言うし。
でも、とても大切な従者で、家族だ。
「ハク」
「マスター……」
「ハク、何時も本当に有難う。……本当に、幸せだよ」
何時も僕に尽くしてくれる彼女に、僕は何ができるのだろう?
ティーカップに注がれた、ハクが淹れてくれた紅茶を見つめ、思わず息を吐く。
そんな僕をジッと見つめる従者には、恐らく僕の考えていることなんてお見通しなのだろう。
「あ、そういえば————」
そういえば————あ、独り言が口に出てた。まぁ、いいか。
「そろそろ、麻帆良祭だねぇ」
「はい、マスター」
学園都市全域で行われる大祭、麻帆良祭。毎年その様相は変わり、僕もハクや明日菜たちと見て回ったりするけど、飽きがこないというか飽きる暇もないというか……。
「今年も、皆で見て回ろうか?」
明日菜、刹那、子日の三人は、麻帆良の生徒でつまり麻帆良祭では“催す側”だ。でも、だからといって麻帆良祭期間中ずっと暇なしというわけじゃなく、仕事としては(クラスのメンバーでローテーションしていることもあって)精々数時間で終わる。
基本的に、麻帆良祭はクラス毎何らかのイベントを開催するけど、其れと並行して部活やサークルでもイベントを行う。麻帆良では部活は自由参加で、掛け持ちもOKだから、忙しい人は本当に忙しくなる。
それでも大抵の生徒は、せっかくの祭りだから遊んだり騒いだりしたいというのが本音で、麻帆良祭実行委員会や学園のお偉いさんも其れを承知している。だから、どの生徒も其れなりに空き時間がとれるようになっている、というわけだ。
ちなみに、明日菜は陸上部と美術部、刹那は剣道部、子日は美術部に所属している。
で、麻帆良祭には大勢の一般人参加者もやってくる。かくいう僕やハクもその一人で、麻帆良祭期間中は僕とハク、時間があれば明日菜たちも加わって見て回る、というのが通例だったりする。
「はい、マスターの意のままに」
深く頭を下げるハクは、一体どんなことを考えているのだろう?
初めて麻帆良祭を見に行こうと言った時、僕はハクに「危険です」とか言われるかもしれないと思った。でも、実際そんなことは全然なく、ハクは普通に僕の意を汲み取ってくれた。
それは、何も危険なことはないのか、それとも危険なんてすぐに排除できるからものの数としていないのか、或いは……すでに排除しているのか。
其れは分からないし、聞こうとも思わなかった。聞けば多分、ハクは一ミリの脚色も無しにあるがままを答えてくれるだろう。でも何故か、自分でも不思議なことに、其処には触れたくなかった。
学園は、僕の事をどう思っているのだろう?
襲撃を受けたことは(ハク曰く)幾らでもある————何しろ、僕が認知する前にすでにハクが終えているから、僕はハクから聞いたことを信じるしかないのが現状であって————そうだけど、麻帆良学園が一丸となって僕に挑みかかって来たことはない。
一度に襲撃してくる数は、精々一〇人前後。それも、言わば“暴走”の形で攻めてきた————つまり、麻帆良上層部の意図しないところで、麻帆良上層部の方針に従わない連中の独断で行われた————だけだ。
それは、学園の
つまり、麻帆良学園の方針としては僕たちに手を出そうとしているわけじゃないし、大多数の学園所属魔法使いも、それに従っているということだ。少なくとも、表向きでは。
其処まで考えると、僕の頭に褐色少女の笑顔が浮かんできた。
龍宮 真名ちゃん。麻帆良学園に雇われている傭兵だ。
刹那から紹介され、何度も会話をしたり、一緒に食事をしたりした彼女は、麻帆良の現状を客観的に見ている有難い存在だ。
何しろ、ハクが明日菜たち三人にかけた術式により、学園の殆どは明日菜たちが
だから、明日菜たちには麻帆良勢は全くアプローチをかけてこないんだけど、其れは言い換えれば、麻帆良勢が綺羅川にどんな態度を見せているか分からないということでもある。
だから、僕は一回真名ちゃんに聞いたことがある。「僕たちって、どう思われてる?」って感じに。
すると真名ちゃんは、一瞬驚いた表情を見せた後、苦笑してこう言った。
「皆、そのことは
真名ちゃんが言うには、こうだ。
麻帆良勢には、僕のことを悪く思っているものはそんなに多くない。僕たちが正式な法に則って麻帆良の土地を所有していることが知られているし————不法占拠しているんだったら、それこそ連合や日本政府が野放しにしておくわけがない————何より、僕とハクが大戦終結のきっかけとなった情報提供者であること、そして、僕たちが『
僕たちが『
それで、大戦を生き残った人たちで前線に出ていた兵士(連合・帝国問わず)は、戦争の(
つまり、戦争が『
「彼らは、当然のように戦慄したよ。何しろ、危うくやる必要のなかった戦争で死んでたかもしれないのだから。こう言うのも何だけど、悪の組織の手で引き起こされた戦争で殉職するなど、無駄死にでしかない……大多数の兵士は、そう考えた。……自分たちが、敵兵を殺したことも、ね」
真名ちゃんの説明は続いた。
そんな彼らは、自分たちが殺し、殺される前に失神させて
寧ろ帝国では、大勢の帝国兵を殺傷した『
同じように連合にも、『
勿論元老院は今も昔も散々僕らを悪だ何だと宣伝しているけど(実際、首都を攻撃したんだし、一概に否定もできない)、元老院の宣伝に対する民衆の見る目は冷ややかだったし、それ以上に実際に戦線にいた“生き証人”がまだ大勢生きている以上、彼らの体験談の方がよっぽど信憑性がある。
もっとも、連合の中では未だに連合シンパと呼べるものが数多い。そして、人手不足の麻帆良には、本国からそう言った連中が送られてくることも珍しくないし、日本の魔法使いにも連合派はいる。
「そんな連中とのもめごとを避けるため、皆表立って榛名さんたちを称賛したりしないし、出来ない。でも、だからと言って批判もしない。黙っていれば、連合派は勝手に“肯定”だと受け止めるからね」
「ふうん……」
あの時は、紅茶を飲みながら苦笑していた真名ちゃんが印象的だったな……。
そして、そんな真名ちゃんを無機質な目で見ていた、ハクも。
懐かしむように思いに耽るマスターの御顔に見惚れつつ、私もまた、思考の海に沈みます。
マスターの考えていることは、手を取るように分かります。本当のところは、マスターの御心配など無意味であることを説明し、そんな懸念がある麻帆良の蟲共を駆逐し尽したいところですが、あのマスターの周りをウロチョロしている子蟲に、その伝達役を任せましたし、後者の方はマスターの御意志を優先する以上、出来ません。
やはり、あの傭兵の蟲を生かしておいたのは正解でした。マスター側でも学園側でもない中立の蟲を、敢えてマスターに接近させ、情報源とする。特に、明日菜達に関することは、私よりもクラスメイトである真名の口から聞いた方が、マスターも自然と安心するでしょう。
しかも、あの蟲は育てようによってはなかなか使える駒にもなる。おまけに、今は麻帆良祭に向けてこそこそ動いている
……まぁ、動き回っている蟲については問題ないでしょう。そろそろ明日菜たちに接触し、マスターに近付こうとする頃合いです。
普通なら、マスターに近付く蟲として始末するところですが、あの蟲に限ってはその辺りは気にしていません。
何しろ、
ハクが言っていた別の蟲。はい、誰のことかすぐにわかると思います。
彼女は原作と大分設定が違いますが、そりゃあ魔法世界の崩壊がなくなった以上は改変が起きますよ(苦笑)、ということです。
ハクと榛名の掛け合い自体は結構少ないですが、其れはこれからもちょくちょく入る予定だからです。やりすぎても単調化してしまうので、というかもうなってますので、此の程度で抑えました。
本作の主人公は榛名、ヒロインはハクだからです。
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