超と接触編その一。
時系列は、麻帆良祭三週間前だと思ってください。
全て明日菜視点でお送りします。
第伍拾弐話 娘二人と未来人
「明日菜サン、少しいいかナ?」
そう呼ばれて振り返ると、クラスメイトの
彼女は“麻帆良最強の頭脳”と言われていて、とても頭がいい。所謂天才。
そんなお人が何の用だと怪訝に思うが、取り敢えずはクラスメイトだ。無視する程嫌っているわけでもないし、特に忙しくもない。
首だけでなく、身体も超の方に向き直し、返事をする。
「どうしたの?」
「いや何、少し用があてネ。此処じゃ何だから、私の研究室に来てほしイ」
中学生の超だけど、彼女は大学校舎に専用の研究室を持っている。そのVIP待遇ぶりからして、彼女の優秀さが分かるだろう。優遇されているということは、当然それに見合う結果を出している、或いは結果を出す事が期待されているということだからだ。
好き好んで相手の
底がしれないというか、胡散臭いという面もあるけど、其れは私の勘というより、彼女自身がそう振舞っているところが大きい。
それが本当なのか冗談なのか、或いは彼女特有の処世術なのかはわからない。
まぁ、私自身が其れほど社交的ではないこともあって……超と話をする機会自体があまりなかったというのもある。というか、其れが大きい。
「私だけ?」
「できれば、刹那サンや子日サンもいてくれると助かるヨ」
それでも、
……綺羅川の三人に用事? とても偶然とは思えない。
でも、ハクがかけた認識阻害は完璧なはずだから、仮に超が“綺羅川”の事を知っていたとしても、其れを私たちに繋げるのは困難、いや不可能なはず。
私はそっと教室を見渡すと、放課後なのにまだ教室に残っている生徒が結構いた。
麻帆良祭まであと三週間程。ウチのクラスの出し物はまだ決まっていないが、それでも候補はすでにいくつか出ている。その話し合いでもしているのか、幾つかのグループが其々集まり、話し合ったり黒板に書いたりしていた。
……見ていない、“猫耳喫茶”なる不穏な四文字など見ていない。
しかし、部活の出し物とかで準備がある人は、とっくに教室を後にしていた。子日もその一人だ。多分、麻帆良祭で展示する絵の仕上げにでも向かったのだろう。
私も子日と同じ美術部に参加しているけど、子日と違って幾つも描いていないし、正直手間がかかる絵でもない。勿論、雑にやったわけでもないが。
「子日はいないわね、如何しても必要?」
「いや、明日菜サンから伝えてくれれば良いヨ」
「そう、じゃあ刹那は……」
刹那の席に目を向けると、当の本人が黒板に書かれていく文字を見ながらボーッとしていた。どうやら暇らしい。
「一人追加ね」
「諒解ヨ」
頷く超を尻目に、私は刹那の席へ歩いていった。
麻帆良大学は、学園都市内に数多くある教育機関の中でももっとも大きい。文・理系の様々な学科が揃っているし、付属施設もかなりのものだ。
工学部は、施設の規模自体はさほど多くないが、機材は国立の研究所にも劣らない。
……つまり、何が言いたいのかというと、
「狭いですねぇ……」
「生憎、
無造作に置かれた機材、幾つもの書類の山、はっきり言って、人が三人入ればもう足の踏み場もない。
物珍しそうに部屋を眺める刹那に、超は苦笑した。
「意外ですね……研究室の資料とかって、もっと電子化されてると思っていました」
「電子データにすれば
「……それで?」
何気ない仕種で部屋を見渡し、
「まぁ、まぁ、せかくだからゆくりしていて欲しいネ」
そう言って、実用性一点張りの無骨なカップを渡してきた。中には珈琲らしき液体が注がれている。
毒とかにも耐性があるし、断る理由もないので一口飲む。
「…………要件なんだケド……………………」
超は勿体ぶったように一拍置き、そして言葉を吐いていった。
「綺羅川 榛名サンに逢わせてほしイ」
瞬間、超の首に長刀が当てられた。
私も一度ため息をつき、ポケットから取り出したナイフを超の反対側の首にあてる。
「…………何を知っている?」
低い声で、鋭利な刃物を思わせる雰囲気と視線と口調で、刹那が問いかけた。
「貴女が、あの人の何を知っている?」
もう一度、先程より低くてより力の入った声で、刹那が問いかける。
「………………」
冷汗を垂らし、しかし笑みを絶やさない超は、ゆっくりとスカートのポケットに片手を突っ込んだ。
其れを敢えて見逃しながら、私はナイフを持っていない方の手を握り、超に見せつける。
何かしたら、その顔を殴り潰すと脅しをかけて。
しかし、超は一層笑みを深くすると、ポケットに突っこんでいた手を素早く抜き————。
抜ききる前に、刹那に首を斬られた。
刹那の剣筋は、私でさえ視認は困難だ。それこそ、猛烈な速さで正確な一太刀。クラスメイトを名乗る此の女の首から、大量の血が流れる様を思い描いた。
何、まだ殺しはしない。死んでもらうのは、吐けるところまで吐ききってからだ。子日から貰った再生薬を出そうとして、気付く。
血が、
「————!」
直ぐに頭を切り替え、後ろ向きに跳んで構える。
一方、刹那も居合の構えを取りながら、しかし射程圏からは逃さぬ程度に離れた。
「……やれやれ、
よろけていた身体を持ち直し、超は微笑みながら私たちを見つめる。
…………? 妙な違和感がある。何だろうか? まるで、デジャブのような…………。
「何故効いていないて顔をしてるネ? 何、簡単なことヨ……お二人も、
そう言って、彼女はずっと手を突っこんだままだったポケットから、カードを取り出した。銀色の、特に飾り気もないカード。しかし、私たちには見覚えがありすぎるほどあった。
「“
自然と声が上ずってしまう。
それは、私たちが持っているのと一寸違わぬ“護符”だった。榛名から貰った、榛名の“絶対防御”の能力を借りられるカード。
「…………何故、それを、貴女が…………!」
刹那が震えつつ、尋ねる。もっとも、それは衝撃や混乱によるものではなく、憤怒によるものだっただろう。必死に抑えているのか、刹那は歯を食いしばり、殺意に濡れた眼で超を睨んでいる。
もっとも、其れは私も同じだろう。
それは、榛名が私たちにくれた絆。軽々しく、他の……ましてや知人とは言え良く知らない者が持っていいほど、軽々しいモノじゃない。
どうやって? 榛名から盗んで? 榛名を脅して? 榛名を騙して?
…………莫迦な。榛名は必要な分しか造っていないし、そもそも榛名と容易に接触を許すような真似、ハクがするはずがない。
しかも、超は先程、榛名に逢わせてほしいと言ってきた。つまり、彼女は榛名に逢う手段を持ち合わせていない。
じゃあ、何処かで榛名と偶然逢って“護符”を貰った?
いや、それはない。
確かに、榛名はたまに学園都市を出歩くから、
真名にも“護符”を渡したのは、ある程度(腹立たしいことに)榛名と真名の仲が親密になったからだ。
「……全部説明するヨ、だから、少し待てほしイ」
超はカードを再びポケットにしまうと、両手をあげて降伏のポーズを取った。
チラリと刹那に視線を送ると、刹那はいかにも「不服だ」と言わんばかりにゆっくりと戦闘態勢を止め、乱暴に投げた空のカップを拾った。
「……簡単に言うと、私は未来から来た火星人ネ!」
「……は?」
大真面目にそう言う超を見て、私は反射的に首を傾げた。
「詳しい事は話せないのだガ……明日菜サンと刹那サンは、魔法世界が火星に創られた世界で、其処が崩壊の危機にあったことは御存知カ?」
「勿論」
言うまでもなく、榛名とハクから全て教わっている。魔法世界の崩壊の危機は、ハクがなんとかしたそうだけど。
隣にいる刹那も頷いている。
「そう、魔法世界崩壊は未然に防げたネ……でも、魔法世界を取り巻く問題は解決しなかたヨ。繰り返すけど、詳しいことまでは話せなイ…………色々とマズイことが起こるからネ。
でも、一つ言えるのは……魔法世界で、大きな悲劇が起こたヨ。永く、凄惨で、下らない悲劇がネ……」
ため息をひとつ。超は目を伏せ、また私たちを見つめる。
「私も、それに巻き込まれタ。そして、私は……“春の家”にきたネ」
「“春の家”?」
「簡単に言うと、孤児院みたいなものヨ。私営のネ。まぁ、私たちが勝手にそう呼んでいるだけで、別にそういう名前の施設や組織があるわけじゃないんだケド」
…………まさか…………。
確信に近い予感が浮かび、思わず刹那と顔を見合わせる。
そんな私たちを見て、超は声をあげて笑った。
「あはははは、多分二人の思てる通りヨ。“春の家”は、榛名サンの家ネ。あの人は身寄りのない子供を何人も引き取って、育てていたのヨ」
小さい子供に囲まれる榛名の姿がありありと思い浮かんで、もう一度刹那と顔を見合わせた。
榛名ならあり得る。ていうか、私も刹那も榛名に引き取られた子供なのだ。身寄りがなかったというより、ワケありだったというのが理由だが。
「私はそんな子供たちの一人で、とある事情で戦闘をすることも多かたヨ。この“護符”も其れで貰たネ」
……成程、つまり、未来の榛名から渡されたのか。私たちが知らなくて当然だし、榛名の防御壁は感知不可能だから気付かなかった。
「それで? 何しに
刹那がゆっくりと問う。
「……私は、とある目的のために麻帆良に来たネ。そのためには、ハクサンを敵に回すわけにはいかないカラ……」
確かに、ハクを敵に回しては、成功することも成功しなくなる。
「ですが、ハク様も私たちも、お父様に御迷惑がなければ最初から静観しますよ、何事も。ハク様を敵に回さぬためにお父様と接触を図りたいということは、つまりお父様に危害を加える可能性があるということですか?」
「それは違うヨ! 最初から……最初から、あの人に迷惑をかけるつもりなんてないネ……。
でも、麻帆良祭中に事を起こす予定だかラ…………」
成程。
麻帆良祭中は、榛名も外出する。
超に意志がなくとも、そんな時に麻帆良で何かすれば、榛名が巻き込まれてしまう可能性は無視できない。
そして、可能性が一パーセントでもあれば、ハクは超を計画毎叩き潰すだろう。ていうか、私たちが超を消す。
「納得できませんね、暗にお父様に危害が及ぶ可能性があると言っているようなものではないですか!」
刹那が超を睨み、刀の柄を握る。
「……それを防ぐために、貴女たち……そして、榛名サンとハクサンに事前に言う必要があるヨ」
超も負けじと睨み返す。
…………どうするか。
私は腕を組み、思考の海に入っていった。
次回は超との接触編その二、若しくは麻帆良祭準備編にも入るかもしれません。
前回、ハクが超を「未来のマスターが信用している蟲」と評した理由は超が持つ“護符”です。
ハクでも榛名の“絶対防御”を視認し、破ることはできませんが、“護符”の存在は感知していました。つまり、超が“護符”を持っていることは知っていました。
そして、ハクはそのことを踏まえ、榛名からカードを渡される=榛名に信頼されている、よって排除する必要は無しと判断しました。
また、超が未来人であることも把握済みでした。本編をご覧になればわかるとおり、それを明日菜たちに話していませんが。理由は、単に明日菜たちを信用していない、そして話す必要性もないと考えたからです。
其れと大変申し訳ありませんが、実家に帰省し加えて自動車学校に通わないといけないため、来週から三月中旬か末まで更新が一切できなくなります。
四月からはまた定期的に更新できると思いますので、どうか気長にお待ちいただけると嬉しいです。
600万アクセス記念も、落ち着いたら投稿しようと思っています。
御意見御感想宜しくお願いします。