さて、久々の本編更新です。ここからは常にクライマックスです。
どのような結末となるかお楽しみください。
では、どうぞ
コチョウラン
除草剤の爆発により、辺り一帯が一瞬見えなくなった
爆発が収まり、目を開けたエヴァンジェリン達の目に入って来たのは、床に倒れ伏し、
動かなくなったムラサメの姿だった
「ムラサメ……?」
エヴァンジェリンはフラフラとおぼつか無い足取りでムラサメの下に歩みを進める
「ムラサメ」
ムラサメの肩を揺らすも、なんの反応も返って来ない
「おい、起きろ。何をしてるんだ、起きろ、ムラサメ。ムラサメ、ムラサメ!!」
エヴァンジェリンは何度も何度もムラサメの肩を揺らしながら名前を呼び続ける
夕映と茶々丸も、ようやく事態を飲みこんだのか、エヴァンジェリンとムラサメの下に駆け寄る
「ムラサメさん、起きて下さい。マスターが、呼んでますよ?」
「なにを寝てるんです。早く起きて下さい」
彼女達の頬から水が落ちる
「ひ、ひは。ひははははははは! やった、やったんだ。俺があの代行者を倒したんだ!!
ざまぁみやがれ!! これで俺も英雄だ!!」
除草剤を起爆させた男が笑い声をあげる
既に男の目には泣いているエヴァンジェリン達の姿は映っていない
映っているのは己が栄光を掴んだ光景だけだった
エヴァンジェリン達の瞳が怒りに染まる
「貴様ぁ!!」
エヴァンジェリンは怒りを隠しもせずに男に飛びかかる
真祖の力に任せ、男の首を折ろうとする
夕映や茶々丸も止めようとしない
むしろ、エヴァンジェリンがやらなければ自分が男を殺そうとしていただろう
その証拠に夕映は指輪に魔力を込め、茶々丸は内蔵されていた銃火器を展開していた
男は首を掴まれながらも、ヘラヘラと笑いながら言う
「ひ、ひへ、へへへ。なんだ? 俺が憎いのか? 俺は化け物を殺しただけだ」
首の骨を折られそうになっていると言うのに笑いを止めない男は何処か壊れているようだった
「何も知らない貴様が、ムラサメを、あいつを、化け物だなどと言うな!!」
エヴァンジェリンは腕に力を込める
しかし
「かひゅっ」
エヴァンジェリンが男の首を折る前に男の命は絶たれた
何故なら、男の心臓付近から木の根が刺さっていたからだ
刺さったのは木の根
それが意味するのは
エヴァンジェリンは男から手を離し、ムラサメの方を見る
「ムラサメ!!」
エヴァンジェリンがムラサメの名を呼ぶと、彼の指がピクリと動いた
「ムラサメ、心配を掛けよって。この馬鹿者め」
エヴァンジェリンは安堵の笑みを浮かべながらムラサメの下に向かう
その時、彼女の心臓を木の根が刺し貫こうとしていた
「危ない、マスター!!」
それに気付いた茶々丸がエヴァンジェリンを突き飛ばす
「茶々丸、何をする!!」
「すいません。しかし今、木の根がマスターを刺そうとしていました」
「何を言っている? ムラサメがそんな事をするはずがないだろう」
「いえ、私も見たです。確かに木の根がエヴァンジェリンさんを刺そうとしていました」
夕映の言葉も続き、エヴァンジェリンはムラサメの方を窺う
ムラサメは未だ、床に倒れたままだ
その時、彼女達の耳におかしな音が聞こえた
その音は段々と大きくなっていく
それは木々が擦れるような音だった
出所を探ると、それはムラサメの方から聞こえてきた
すると、ムラサメが突如起き上った
その立ちかたはおかしかった
まるで跳ね上がるかのように突然、起き上ったのだ
そのまま、彼は糸の切れた人形のように力なく立っている
「ムラサメ?」
エヴァンジェリンは声を掛けるが、ムラサメからの返事はない
ムラサメの顔がエヴァンジェリン達の方を向く
「ひっ」
小さく悲鳴が上がる
なぜなら、そこにはあるべき物がなかった
彼の顔にはムラサメ本来の目も、鼻も、口も無かった
あるのは、樹で覆われた顔と、目や口の位置にぽっかりと空いた木のうろだった
ムラサメの身体が樹に覆われていく
樹の出所は彼の心臓だった
エヴァンジェリンは心臓という位置で気がつく
彼が昔、見せてくれ、語ってくれた、ある存在の事に
その名は大地の種
本来、大地の種とは神の所有物である
それが、たかが人間が作りだした爆弾如きで破壊されるはずもない
だが、人間は時に神の領域に一歩踏みいってしまう
除草剤はそれだった
ただ一つの目的を持って作られた、他に使い道のない物
だが、その除草剤といえど神の所有物を破壊するには至らない
あくまで一歩踏みいるだけだからだ
しかし、破壊は出来なくとも、暴走させることには成功した
その結果
「■■■■■■■■■■■■ッ!!」
ムラサメが吼える
それは人間の出せる声ではなかった
ムラサメの咆哮に呼応するかの如く、彼の足元に大量の召喚陣が現れ、中から樹獣達が溢れだす
それに伴い、部屋が崩壊する
「まずいです! 一度外に出ましょう!!」
夕映はエヴァンジェリン達に言う
しかし、エヴァンジェリンは動かなかった
彼女はただムラサメを見つめていた
「……ムラサメ」
「エヴァンジェリンさん!! 茶々丸さん、お願いします!」
「わかりました。マスター失礼します」
茶々丸はエヴァンジェリンを抱き上げ、部屋から脱出を始める
エヴァンジェリンはムラサメの名前を叫び続ける
「離せ、離せ! ムラサメが!!」
そして、外に出た彼女達が見たのは、完全に崩壊した建物と瓦礫の山
次の瞬間、植物と樹獣が瓦礫を吹き飛ばした
樹獣達の中心にはムラサメがいる
ムラサメが再び吼え、暴れ始める
それに合わせるように樹獣達が辺りを破壊しはじめる
樹獣達の中にはジガン達もいた
それに気付いたエヴァンジェリンが声を張り上げる
「ジガン! コラン! ヨルン!!」
彼等の名前を叫んでも、彼等は反応しない
エヴァンジェリンは見てしまった
彼等の目から光が消えているのを
エヴァンジェリンは見てしまった
ムラサメの胸に一輪の花があるのを
それは彼女があげた花だった
花の名前はコチョウラン
花言葉は『あなたを愛しています』
そのコチョウランはエヴァンジェリンが花言葉を調べ、自分の力だけで育て上げた花だった
そのコチョウランがムラサメの胸から落ちる
そして、ムラサメはそれに気付かない
落ちたコチョウランは歩み始めたムラサメに踏まれ、コチョウラン、愛情が散った
「あ、あぁ……。ムラサメ、お前は」
エヴァンジェリンが崩れ落ちる。そして彼女の瞳から涙があふれた
その間にも樹獣達は、ムラサメは暴れつづける
ゆっくりと、その足をメガロメセンブリアへと向けながら
ヘラス帝国、第三皇女執務室
そこでテオドラは執務をこなしていた
その時だった
龍樹の咆哮が響き渡った
「龍樹? 何か起きたか?」
すると、彼女の部屋の扉が勢いよく開けられ、一人の騎士が慌てて入って来た
「テオドラ様! 一大事です!!」
「何事じゃ!」
「メ、メガロメセンブリアに派遣した間者から、このような情報が!」
その騎士が息も絶え絶えに告げた内容にテオドラは驚愕の表情を浮かべながら、椅子から立ちあがる
「代行者が暴れておるじゃと!? 何故じゃ!!」
「わ、わかりません。ですが、確かに代行者とそれに従う樹獣はメガロメセンブリアに向かっています!!」
「……一体、何をしでかしたのじゃ。連合のうつけ共は!! ……父上は、王は何と」
「一応は同盟を結んだ相手故、戦艦を何隻か派遣するとの事です」
「わかった。お主は自分のやるべき事をやれ」
「テオドラ様は?」
「わしは奴に、ジャック・ラカンに協力を要請してくる」
テオドラはそう言い残し、執務室を飛び出した
ネギ達はラカンから大戦の話を聞かされていた
自分の父親の話ということもあり、ネギは真剣な表情で聞いていた
内容は最初は自分が思い描いていた父親通りということもあり、目を輝かせていた
しかし、話が終戦に近づくほどに話は暗く、重くなっていく
大戦を影から操作していた組織『完全なる世界』の事
そして『代行者』の事
「それで、父さん達はその組織を倒したんですよね?」
「そう言われているな」
ラカンの言葉に違和感を感じたのか、ネギは尋ねる
「言われている? 父さんや貴方は『完全なる世界』を倒して、英雄になったんじゃないんですか?」
「英雄、エイユウな。そうだな、俺たちは英雄だって言われた。だが、真実は違う。
俺達はな、勝てなかったんだよ。『完全なる世界』のボス、造物主にな」
ラカンの言葉は衝撃的だった
それは、今までネギが信じていた英雄という姿の父親が崩れるには十分だった
「で、でも、世界は助かったんですよね? 一体誰が……? まさか」
「そのまさかだ。造物主を倒したのは代行者の野郎だ」
「父さん達は英雄じゃない。本当の英雄は代行者」
「坊主、一つ教えてやる。この世にな、英雄なんていないんだよ」
俯いていたネギは、顔をあげる
「どういうことですか?」
「英雄なんてのはな、誰かが勝手に作りだした幻想だ。あの時は俺達がそうだったってだけの話だ」
ラカンは言葉を一度切り、ネギの目を真っ直ぐに見つめながら聞く
「坊主、お前はあの馬鹿が英雄じゃないと知った。それでも、まだ父親を目指すか?」
「父さんを目指す……。それとは少し違うかもしれませんが、僕が立派な魔法使いになるという
目標を捨てる訳にはいきません。ラカンさん、僕を鍛えて下さい」
「……上出来だ。まったく、どうやったらお前みたいなガキが、あの馬鹿から生まれるんだろうな」
ラカンはそう悪態をつくが、その顔には笑みが浮かんでいた
「ジャック・ラカン! 入るぞ!」
突如、ラカンの家にテオドラが入りこんできた
完全なる世界本拠地
そこで騒ぎが起きていた
調が突如、錯乱し始めたのである
「あ、あぁぁあぁぁぁぁ!」
調を焔達が取り押さえているが、その力はいつもの調よりも強く、取り押さえる事もままならなくなっていた
「何が起きたというのだ」
騒ぎを聞きつけたデュナミスがやってきて、彼女を取り押さえる
その間に、フェイトが鎮静剤のような物を調に打ち込み、彼女を大人しくさせた
「調……。フェイト様、調は一体どうしたんでしょう?」
「わからない。一体何が……?」
フェイト達が頭をひねっていると、調が目を覚ました
また暴れるのでは、と思い、一応は取り押さえたままである
「調、どうしたんだい?」
「フェイト様。ムラサメ様が、ムラサメ様が……」
調はムラサメの名前を言い続ける
「ムラサメに何かが起きた?」
ムラサメと樹獣達は歩みを止めずに、一路メガロメセンブリアへと進んでいた
目の前にある物、全てを破壊しながら
彼等の瞳に光は無く、その動きに慈悲は無い
この光景を見た全ての人が誰ともなく呟いた
「世界が……壊れていく……」