長かった・・・・・・・
今回の話を持ちまして、後はエピローグとなります。
今回は私が書きたかった事をすべて書いたつもりです。
読んだ後に読んで良かった、そう思っていただける事を願います。
では、どうぞ
アイリス
木の根が夕映の心臓付近を貫き、夕映の体がゆっくりと倒れた。
血が流れ、夕映の体を赤く染めていく
夕映を刺したムラサメは何も言わずに前進を再開する
残されたのは地に伏せた夕映と、目の前の光景に立つ尽くすエヴァンジェリン達だった
「綾瀬!!」
エヴァンジェリン達は夕映の下に駆け寄る
夕映はエヴァンジェリンの姿を確認すると、弱弱しく微笑んだ
「エヴァンジェリンさん……」
「喋るな! くそっ、血が止まらない!!」
エヴァンジェリンは己の手で夕映の体から流れる血を抑えようとするが、彼女の小さな手ではそれもかなわない
その間にも樹獣の群れは迫ってくる
茶々丸とチャチャゼロがそれを阻むが、手が足りない
横から回り込んできた樹獣達がエヴァンジェリン達の下にたどり着こうとしていたが、
回り込んできた樹獣達は突如倒れ伏した
樹獣達の足は何かに噛みちぎられたかのように砕けていた
樹獣達は顔を動かし、自分達の足を噛みちぎった何かを見ようとする
そこには、白く輝く毛並みと立派な体躯を持った狼の姿があった
「ストルズ……?」
「ウォォォォォォン!!」
ストルズはエヴァンジェリンの呼ぶ声にこたえるように、咆哮した
彼は、そのままエヴァンジェリン達を護るように、彼女達の前に立った
その威風堂々とした姿は王者と呼ぶに相応しかった
その時、エヴァンジェリンの手が引かれる
「エヴァ…ンジェリン…さん」
「喋るなと言っただろう!」
「いいん…です。自分の体です…。このままでは……助からない事くらい、分かります……」
「そんな事を言うな!」
エヴァンジェリンの言葉に夕映は頬笑んだ
——あぁ、やっぱり私はこの人達と生きていきたい
夕映はその目に決意を宿し、エヴァンジェリンに言った
「エヴァンジェリンさん、頼みがあります」
「逆巻き荒べ風の神、轟き狂いて撃ち砕け雷の神、二柱の神を持って全てを薙ぎ払え!!“天壊”!!」
荒れ狂う風と豪雷が戦場を駆け巡り、樹獣達を吹き飛ばしていく
既に何度『天壊』を放ったかは分からない
しかし、樹獣の数は減ることは無く、近右衛門へと殺到する
「■■■■■■■■■ッッ!!」
「まだ来よるか! メガロメセンブリアは何をやらかしたのじゃ! 完全に暴走しておるではないか!!」
近右衛門は魔法を放ちながら、叫ぶ
近右衛門は樹獣の生命力の強さを知っているため、止めを刺さずに足や手といった部分を吹き飛ばし、
機動力をそぐことで樹獣達の猛攻を防いでいた
しかし、樹獣達は足が吹き飛んだのならば手で這いながら、手が吹き飛んだのならば足で踏みつぶそうとしてくる。
決して恐怖する事もなく、ただ目の前にある全てを蹂躙し、破壊する
樹獣の猛攻を何とか防いでいても、既に近右衛門の白装束は所々朱に染まっており、
息も乱れ始めていた
「これも、歳かの。……だがっ! ここで倒れる訳にはいかん!!」
近右衛門は震え始めた膝を叩き、気合いを入れ直す
「しかし、天壊では対応しきれないか。ならば!!」
近右衛門は一度樹獣達から距離を取り、詠唱を始めた
「火精集いて火之迦具土神を模し、雷精集いて建御雷神を模せ。神々集いて、怒りを燃やし、眼前の全てを焼き払え!」
近右衛門の詠唱により、炎と雷により彼の後ろに二つの形が作られていく
その姿は荒ぶる神々の姿であった
「“灰塵”!!」
近右衛門が右手を前に突き出すことにより、後ろに控えていた神々を模した魔法が樹獣達にぶつかっていく
炎が樹獣を焼き、雷が蹂躙していく
魔法が駆け巡った跡には、崩れ落ちた樹獣しかなかった
近右衛門は辺りを見回すが、既に立っているのは自分だけだった
「……なんとか、なったわい」
近右衛門はそれだけ言うと、地面に倒れこみそうになる
しかし、彼はそれを是としなかった
近右衛門は疲れ切った体に渇を入れながらムラサメがいるであろう場所を目指す
「……情けない。また、最後は見ているだけになりそうじゃな」
樹獣達をエヴァンジェリンと夕映に近づけまいとするため、戦い続けている茶々丸とチャチャゼロだが、既に満身創痍であった
二人とも人間ではないが故に未だ動く事が出来ているようなものだった
しかし、それも限界が来ていた
チャチャゼロの右腕はすでに取れかけており、茶々丸も両腕に装着していた砲の片方は大破していた
「……これ以上はっ!」
「アァ、ヤベーナ」
「ですが!」
「ダガナ!」
「此処から先は通しません」
「此処カラ先ハ通サネェ!!」
チャチャゼロが樹獣達に突撃して、手当たりしだいに切り刻んでいき、
茶々丸も狙いを余り定めずに砲撃を行っていく
本来ならばこのような戦い方はあってはならないのだが、今この時においては仕方がないといえた
何故なら既に二人は満身創痍であるのに対し、樹獣達は未だに視界を埋め尽くすほどいるのだから
いくら個々が優れていようとも圧倒的物量の前では無力である
その証拠に茶々丸とチャチャゼロは段々と追い詰められていた
遂に、茶々丸が崩れ落ちた
それでも尚、茶々丸は砲撃を続けようとするが、それが行われることはなかった
茶々丸が砲に目を向けると、そこには『empty』の文字が表示されていた
「残弾ゼロ……ですか。すいません、私はここまでのようです」
茶々丸が諦めかけ、顔を伏せようとした時
「何を諦めてるですか! 冥府の石柱!!」
茶々丸の眼前に巨大な石の柱がそびえたった
いきなり石の柱が出現したが、そんなことよりも
「今の声は……」
茶々丸が声のした方向を見ると、そこには
「綾…瀬さん?」
先程まで死にかけていた家族の姿があった
彼女は先程まで確かに死にかけていた
この目で確認したのだから、それに間違いはない
だが、彼女は確かにここにいる
「綾瀬さん!」
「茶々丸さん、心配をかけてしまいすいませんでした」
そう言いながら茶々丸の方を向いた少女の瞳は赤く、紅く輝いていた
「綾瀬さん、その瞳は……」
「茶々丸さんの考えている通りです。今の私は人間ではなく……」
「吸血鬼だ。まぁ私の眷属だが……」
夕映の言葉を引き継ぎ、エヴァンジェリンがそう言った
時は少しさかのぼる
「エヴァンジェリンさん、私を…貴方の眷属にしてください」
「な、お前は自分が何を言っているのか分かっているのか!? 私の眷属となるということは
人間という枠組みから外れ、人外となるのだぞ!?」
「……わかってます。エヴァンジェリンさん、時間がありません。私の命が尽きる前に……」
「分かった。だが、最後に一つだけ聞かせてくれ。……何がそこまでお前を生に執着させる」
「ふふ、言ったじゃないですか。私はもう一度、ちゃんと、ムラサメさんに告白したいからです」
「……馬鹿モノ。ムラサメは渡さん」
「負けません……」
エヴァンジェリンと夕映は笑いあった
そしてエヴァンジェリンは夕映の首に自らの牙をつきたてた
その光景は何処か神秘的であり、何者も邪魔をすることは出来なかった
「……ッ」
夕映は痛がったが、それは一瞬のものだった
夕映の体から流れ出していた血は止まり、傷がふさがっていく
そして夕映の顔色に朱が戻る
「……終わったぞ」
「ありがとうございます。エヴァンジェリンさん」
夕映はエヴァンジェリンに礼を告げ、立ちあがった
その様子には疲れは見えない
魔力は先程よりも上昇していた
そして、夕映が吸血姫の眷属となった証として彼女の瞳は紅く輝いていた
「行きましょう」
「あぁ」
そして、今に至る
「綾瀬さん……」
「茶々丸さん、私は自分の選択を後悔していません。私は貴方達と共に生きる事を選んだのですから。ですから、そのような顔をしないでください」
「はい」
「お前らいつまで話している。さっさとねぼすけを起こしに行くぞ」
夕映達が話しているのをエヴァンジェリンが打ち切り、ムラサメがいるであろう方向を見る
「「「はい!/オゥ」」」
エヴァンジェリン達は駆けていく
ただムラサメに会う為に
愛しい家族に会う為に
例え、その家族が暴走していようとも
今の彼女達には関係がない
暴走しているのなら
我を失っているのなら
自分達が起こしてあげればいい
樹獣達がムラサメの下には行かせまいとし、立ち塞がるがそれら全てを打ち倒し、ただ駆けていく
駆けて
駆けて
駆けて
そして、追いついた
ムラサメは歩き続ける
一路、メガロメセンブリアに向かって
だが、本当に彼の目的地はそこなのだろうか
彼の目には光は無く、ただ歩くだけ
何処を見ているのだろう
何も見ていないのかもしれない
「ムラサメェ!!」
エヴァンジェリンが彼の名を叫ぶ
しかし、彼は歩みを止める事はなかった
その時、ムラサメの前に大量の石柱が降り注いだ
エヴァンジェリン達は夕映の方を見るが、彼女は何もしていない
では誰が?
「やれやれ。ムラサメ、呼ばれているのに無視は止めた方が良いよ」
「ムラサメ様……」
それはフェイトとその従者である調、焔、栞、暦だった
「フェイト・アーウェルンクス!? 何故ここに!」
「あの御方に頼まれたからね。大地創造を止めろって」
「またまた〜。フェイト様、頼まれなくても来るつもりだったくせに」
「調の次にソワソワしてましたものね」
「栞、暦。余計な事は言わないでいい」
「「は〜い」」
和気あいあいと話す彼女達に向かって樹獣達が攻撃を開始した
しかし、樹獣達の攻撃はフェイトによって完全に防がれ、
動きの止まった所を炎の精霊となった焔に焼かれた
「なにを呆けているんだい? 早くムラサメを止めてくれないかな。
あぁ、自信がないならその役目を引き受けてもいいよ?」
「戯け、あいつを起こすのは私達の役目だ。お前たちは私達の邪魔にならない所で戦っていろ」
「そうか。じゃあそうさせてもらおう」
フェイトは調達を率いて周りにいる樹獣達に攻撃を仕掛けていく
エヴァンジェリン達はムラサメの正面へと回り相対した
「茶々丸、鈴の奴から受け取った武装はまだ残っているか?」
「すいません、マスター。すでに残弾はゼロです。現在使用可能なのは内蔵している火器のみです」
「十分だ。チャチャゼロ、お前は?」
「腕ガブラブラスルガ、ソレ以外ハ問題ネェ」
「ストルズ!」
「ウォウ!」
「よし。茶々丸とチャチャゼロ、ストルズは私と綾瀬が詠唱を終えるまでムラサメの気を引きながら戦え。無理に前に出る必要はない。さぁ、あいつを叩き起こすぞ!」
茶々丸達はエヴァンジェリンの指示に従い動き始める
ムラサメは自身の周りを動き回る茶々丸とチャチャゼロを邪魔に感じたのか、
木の根で執拗に狙う
その間にエヴァンジェリンと夕映が詠唱を始める
「フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ 砕けて割れて引きずりこめ! 砕土!!」
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック 契約に従い我に従え氷の女王 来れとこしえのやみ! えいえんのひょうが!!」
砕土により生じた地割れにムラサメが引きずり込まれ、抜け出そうとする間にエヴァンジェリンのえいえんのひょうが
がムラサメごと周囲を氷漬けにする
本来、エヴァンジェリンの唱えたえいえんのひょうがはこの後に凍らせた対象を砕くおわるせかいへと繋ぐのだが
ムラサメを殺すことは目的ではないため、封印用のこおるせかいへと繋げようとするが、ムラサメが凍った場所から
巨大な植物が生え、えいえんのひょうがによって出来た氷を砕いていった。そして、氷が砕けた部分からムラサメが出てくる
ムラサメは魔法を放ってきたエヴァンジェリン達を潰そうと茶々丸達を無視し、向かってくる
茶々丸達はエヴァンジェリン達を守るために前にでる
「1分も持たんとはっ……。このままでは」
「エヴァンジェリンさん、どうしますか!?」
「今、考えている!」
——どうする、どうすればいい
どうすればムラサメを止められる?
何をすればあいつを止められる?
何かないか
私が知る氷結魔法はえいえんのひょうがが限界だ
だが、あれじゃあ足りない
考えろ
考えるんだ、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル
私は600年生き続けた真祖だ
愛する男くらい救えなくてどうする!!
今まで生きて、経験してきた事を思い出しながら考える
その時、いつだったか自分が綾瀬に言った言葉が思い出される
『まぁ、前にも言ったが魔法はイメージが重要だからな。
イメージが鮮明に出来ていれば詠唱はあんな感じでもいいんだ。
だからといって誰もが簡単にオリジナルを創れると思うなよ?コイツが規格外なんだからな』
魔法はイメージ
そうだ、魔法が無いなら……
覚えていないのなら
今、作ればいい
私の想いを
私の願いを
魔法へと変えればいい
エヴァンジェリンは一度深呼吸をした
そして、ムラサメを真っ直ぐ見つめながら
唄い始めた
「氷の精に告げる。契約に従い、大いなる力を我に授けよ
——貴方は覚えている? 私と貴方が出会った日の事を
闇の精に告げる。盟約に従い、深き力を我に貸し与えよ
——貴方に出会ってから私の心に光が差した
風の精に告げる。約定に従い、吹き抜ける力を我に与えよ
——貴方と過ごす日々の全てが私の心を温めた
氷の精よ、棺を成し、かの者に眠りを与えよ
——いつからか、私は貴方に寄り添うように眠るようになった
闇の精よ、深き所より出で、かの者を包みたまえ
——貴方が隣にいる事が当然となっていた
風の精よ、そよぐ風となり、かの者に吹きたまえ
——貴方と過ごす日々の全てが私の宝物となった
氷の棺は寝所となり、かの者に休息を与えよ
——貴方の笑顔を見るだけで私も笑顔になった
深き闇は母の腕の如く、かの者に安息を与えよ
——貴方がいなくなると考えるだけで私の胸は張り裂けそうだった
吹き抜ける風は子守唄の如く、かの者に癒しを与えよ
——私は貴方と共にいるだけで幸せになれた
眠れ、母の腕に抱かれ、子守唄を聞きながら
——さぁ、この想いを言葉にしよう…… 」
エヴァンジェリンの詠唱は戦場にいる全ての人に届いていた
しかし、その詠唱のなんと優しい事か
詠唱の裏に隠れる想いのなんと純粋な事か
詠唱を聞いた全ての人間が、樹獣が手を止めた
まるで、一字一句も聞き逃さない様にするかのように
—唄が聞こえる
沈んだ意識が覚醒する
体がだるくて仕方がないが、身を起こし耳をすます
誰の声だったか
決して忘れる事の出来ない人の声がする
どこまでも暗いこの場所にまで唄を届けられるのは誰だろう?
ふと顔を上げれば一輪の花が目の前に咲いていた
あぁ、なんだ
お前だったのか
夕映の、茶々丸の、チャチャゼロの、近右衛門の、タカミチの、テオドラの、ラカンの、
唄を聞いた全ての者の瞳から涙が流れる
そして、ムラサメの瞳からも涙がこぼれていた
遂にエヴァンジェリンの詠唱が完了した
「“やすらかなゆりかご”
——私は貴方を愛しています」
エヴァンジェリンの詠唱により、爽やかな風がムラサメを癒し、闇が彼を抱き、氷が静かに彼を包んでいく
本来の彼ならばこの氷を破ることなど造作もないだろうが、それをしなかった
ただ、氷に包まれていく
まるで眠るかのように
エヴァンジェリンはその様子を静かに見守る
眠りにつくムラサメに涙を見せないよう笑顔を作りながら
そして、ムラサメの体が氷に包まれた
「ムラサメ……」
エヴァンジェリンがムラサメの名をそっと呼ぶ
その時、周りにいた樹獣達に変化が現れた
彼らの瞳に光が戻った
樹獣達は戦闘をやめ、一路ムラサメの下に集う
その中心にはジガン、コラン、ヨルンの姿があった
彼等はムラサメの眠る場所を中心に集まり、肩や体を組み合わせていく
まるで何かを作り上げているかのようだった
ジガン達はそのままに、大きな樹獣が下となり、その上に他の樹獣が重なっていく
そして、一本の大樹となった
その樹は大きく、雄大だった
樹の所々に樹獣の顔がある
大樹は中心が空洞になっており、其処にエヴァンジェリン達はいた
「……凄い」
夕映がポツリと言った
「えぇ、本当に。樹獣の皆さんがこのように変化するなんて」
「ケケ、マルデムラサメヲ包ンデルミテーダナ」
「事実、その通りなのだろう。こいつ等はムラサメが目を覚ますまでこうしているのだろう」
「いつ目が覚めるんでしょうね」
「わかりません。100年後かもしれませんし、1000年後かもしれません……」
茶々丸は夕映の問いにそう答えた
「長いですね。でも私も不死者になりましたからいくらでも待ちます」
その時だった
「いや、そんなに待たなくても良さそうだ」
エヴァンジェリンがそう言った
「え?」
「見てみろ」
エヴァンジェリンはムラサメの下を指差す
「あ」
「確かにそんなに時間はいらなそうですね」
「存外明日トカカモナ」
彼女等の先にはエヴァンジェリンがムラサメにあげたコチョウランの花が咲き、
それに寄り添うようにもう一本花が咲いていた
その花の名前はアイリス
花言葉は『あなたを大切にします』
どうでしたか? この話をもって樹木の王は終わりとなります。
一応エピローグもありますが、そちらは後日談などです。
長く感想を書きたい気もしますが、言葉にできません。
それではエピローグにて、またお会いしましょう。
はやめに書きます