第132話 覚悟の足りない青年
翌朝、いつも通り訓練に向かうと既に三人が来ていた。
サイトはギーシュと何かを話しているようで、タバサは木に寄りかかって本を読んでいる。
「さて今日も訓練を始めよう……と言いたいところだけど、いつもより一人多いのは分かっているね?」
「今まで話してましたから……でも何でここにサイトがいるんですか?」
「疑問」
どうやら理由は話してなかったのか。
俺は取りあえずサイトを二人の正面に立たせた。
「二人も知っていると思うけど、アルビオンに向かう途中でサイト君はワルドとの決闘に敗れた。
その時は特に大きな怪我を負うこともなく、只悔しさを感じただけだったらしい。
だけどワルドは敵だった……もしあの場でトドメを刺されていたら、ここにサイト君はいなかっただろう」
ギーシュとタバサは静かに俺の話を聞いている。
サイトは歯を食いしばっているようだ。
「サイト君は使い魔としてここに召喚された……しかし彼にも家族はいる。
故にいつか家族に再会したい、自分の国に帰りたいと思っているらしい。
そのためにサイト君は自分の身を守れるだけの力を求めて僕の所に来た。
しかし僕は君達二人でもかなり手いっぱいだ。
そこで今までアイガと行っていた模擬戦を、サイト君と行ってもらいたい。
二人に対する個人指導は今まで通り行うから、そこは気にしなくても大丈夫」
そう言うとタバサが少し安堵の表情を浮かべた気がした。
修行熱心だなぁ。
俺がそんなことを思っていると、サイトが一歩前に出て頭を下げた。
「いきなりのことでゴメン!
でも俺も引けないんだ!
だから頼む……俺も訓練に参加させてくれ!」
ギーシュは少し戸惑っているようだが、嫌そうな顔はしていない。
タバサは……少し眉をひそめているかな。
多分アイガとの訓練の方が為になると思っているのだろう。
まぁ現状ではその通りなんだけどね?
「僕は別にいいですけど……大丈夫かい?
多分かなり厳しいと思うよ?」
「た……多分大丈夫だと思う」
ギーシュはOKか。
問題はタバサの方だけど……しょうがないな、少し口添えしてあげよう。
「タバサ嬢、僕以外との剣士と戦うのも経験になりますよ?」
「……分かった」
「ホントか! ありがとうな!」
やっぱり渋々って感じがするけど、これでサイトの訓練参加は決まった。
さてとじゃあ少しだけサイト君に自分の力を理解してもらうことにしよう。
「じゃあ今日は先ず、ギーシュとサイト君に模擬戦をしてもらおうかな?
ルールは互いに一撃を受けた方の負けとする。
サイト君はとりあえず今回はこの剣を使ってください。
デルフリンガーを使っての訓練は少し訓練に慣れ始めてからの方がいいでしょう」
そう言って俺は訓練でよく使っている、刃引きした剣を渡した。
正確に言うと渡そうとした。
するとサイト君は驚いた顔をして、俺を止めた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!
木刀とかじゃないのか?!」
「木刀では剣の重みになれることはできませんし、刃引きしてありますから大怪我は滅多にしませんよ?」
「滅多にしないって……偶にはするんじゃねぇか!?」
……流石に少し覚悟が足りなすぎるな。
少し説教するか。
「君は何をしに来たんだい?」
「え?……それは訓練を」
「そう、訓練です……戦闘の訓練です。
君は死にたくないから鍛えたい、死にそうな状況から生き残らなければならない。
その訓練をするためにここにきたんだろう?」
「はい」
「それに君は何を心配しているんだい?」
「それは……怪我をしたら大変だから」
「僕が何の準備もせずに訓練を行っているとでも?
仮にも教師なのだからそこら辺はしっかり考えているよ。
それにいざとなれば僕が止める」
俺はそう言って懐から水の秘薬を取り出した。
サイトもアルビオンに行く道のりで大火傷を負った時、お世話になったから秘薬の効き目は知っているだろう。
俺は自分で作れるからまだいいけど、それでも結構材料費とか掛かるからあんまり使いたくないんだけどね。
「他に何か言いたいことはあるかい?」
「……ありません」
「じゃあ説明を続けます。
突きは禁止、頭部や首、金的への攻撃は禁止します。
ギーシュはゴーレム召喚以外の魔法を禁止します」
「それは俺が有利過ぎるんじゃないか?」
「僕を甘く見ないで欲しいな……サイト」
確かにサイトはギーシュを甘く見過ぎてるな。
ギーシュのゴーレムは武器を持ってるし、アイガとの模擬戦で一人と戦う時にどんな動き方をすれば効率的かということを学んだ。
多分サイトはフーケの様に大きなゴーレムを一体召喚すると思っているんだろう。
しかもフーケのゴーレムを翻弄したから、自信があるようだ。
ワルドとの決闘で天狗の鼻は折れたかと思ったんだけど、まだ完璧には折れてなかったみたいだな。
「まぁ、やってみた方が早いね。
それでは双方構えて」
二人は一定の距離を開けて、互いを見つめ合う。
サイトは剣を正面に構え、ギーシュも杖を構えている。
この距離ならサイトがギーシュの懐に潜り込む前に、ギーシュがゴーレムを作るだろう。
流石にギーシュの剣の腕じゃガンダールヴのルーンを持ったサイトには勝てないから、懐に入られたらギーシュの負けだな。
だがサイトは戦闘の駆け引きを知らない……故にギーシュに勝てる確率はかなり低いだろう。
まぁ戦闘は時の運も関係するから、分からないけどな?
さてさて……どうなることやら。