第148話 新たな可能性
命の危機すら感じた激闘を終えた翌朝、タバサとのデート(?)を翌日に控えたレッドだったが……彼は特に何かを用意するわけでもなく何時も通り朝練をこなしていた。
ただしその内容はいつもと少し異なるようだ。
彼がいるのは学院の外れにある森の奥深く。
眼前に広がる光景はまるで石の雨が降ったような印象を受ける光景だった。
「駄目だ……まだ完全に威力を流しきれない」
「ジ」
「アイガ、もう一回頼む」
「ジ♪」
所々破けたローブを纏うレッドがファイティングポーズを取る。
アイガもそれに応えるように、レッドに腕を向ける。
彼らが一体何をやっているのか?
それは数時間前まで遡る。
〜3時間前の同じ場所にて〜
「アイガ、今日は少し手伝って欲しいことがあるんだ」
「ジ?」
俺の個人的な朝練の内容は基本的にアイガとの戦闘訓練と自己鍛錬、そして記憶にある実現できそうな技の模倣である。
時折魔法の範疇と認識されるであろうポケモン技の威力確認や、その応用方法の模索なども行っている。
しかし今日行おうとしているのは違う。
俺はアイガの顔をジッと見て言った。
「俺に向けて‘ストーンエッジ’を使ってくれないか?」
「ジ!?」
俺の発言にどうやらアイガは驚いているようだ。
それもそうか……‘ストーンエッジ’という技は当たれば人の体なんて一瞬でミンチになる威力を持った技なのだから。
だが俺にも譲れないものがある。
「頼む、アイガ!
お前にはまだ言ってなかったけど、俺は昨日死にかけたんだ。
何とか死を偽装する事で逃げられたけど、あの時一瞬判断が遅れたら俺は今ここにいなかったはずだ」
「………ジ」
「確かに装備や召喚を使えば、どうにでもなっただろう。
でも相手は大国の王の使い魔。
万が一視覚の共有などによって俺の能力が知られたら……その情報はロマリアに伝わり、迫害の対象になるだろう」
ジョゼフはロマリアとの繋がりもあったはずだ。
もしかしたら面白いという理由でロマリアには伝えないかも知れないが、そんなギャンブル性の高い選択肢は選べない。
故に俺は新たな選択肢を作る。
「俺は死にたくない」
「ジ」
「でもこの世界にはまだまだ俺の知らない魔法や、魔道具が存在する。
それがもし‘鉄壁’を貫くような威力だったら?
……俺は人間だ。
首を落とされれば死ぬし、心臓を貫かれても死ぬ。
じゃあどうすればいい?
そこで俺は思いついたんだ。
今まで使っていなかった部類のポケモン技があることを!」
「ジ?」
そんなものあったっけ?とでも言いたそうなアイガに説明するため俺は口を開く。
今まで……いや、前世でもあまり使わなかった部類の技。
「それは……相手のステータスをダウンさせる技だ」
「ジ〜」
ポケットモンスターというゲームにおいてステータスダウン系の技を、俺の周りで使う人はあまりいなかった。
その理由としては、ポケモンではステータスを下げる技を使われてもボールに戻せば元通りになってしまうからだ。
だから俺はこのゲームの中で自分のステータスを上げる技しか使ってこなかった。
しかしここはポケモンの世界じゃない。
モンスターボールという概念もなければ、身体能力を下げる魔法というものも聞いたことがない。
ならば不意を突くには最適なものなのではないか?と俺は気付いたんだ。
それにもし魔法が『とくこう』に当てはまるなら、魔法の威力すら下げることができる。
何故今まで気付かなかったのだろうかと思うほど使い勝手のいい効果の数々を、実戦で使う前に実験しようと先の発言をしたわけだが、それだけなら俺に‘ストーンエッジ’を放つ理由にはならない。
そこにはアイガも気付いたようだ。
アイガは自身の腕を少し大きめの石に向け、‘ストーンエッジ’を放って砕いた。
まるでコレじゃ駄目なのか?とでも言いたいかのように首をかしげる。
「あぁ、俺に向けなきゃ駄目なんだ。
まぁ別に‘ストーンエッジ’である必要はないんだが、‘岩雪崩’だと範囲が広くて目立つと思ってな。
俺に向けなきゃいけない理由は、ただ単に俺自身の防御能力を上げたいからだ」
「ジ?!」
「幾らステータスダウン系の技を重ねたところで、岩が飛んでくるんだから当たれば骨折、下手すれば死ぬ。
でも俺はある程度の怪我なら直せるし、なにより……昨日の戦いだけじゃなく吸血鬼と戦ったときだって、もっと俺の防御能力が高ければ腹に風穴を開けられることもなかったんだ。
だから素の俺の防御も固めておこうと思ったんだよ」
アレは本当に死ぬかと思った。
昨日の爆破よりも全然死を身近に感じたよ。
ちなみに俺の言う防御は回避や攻撃をそらすことも防御の中に入っている。
「あ、でも流石にどれくらい威力が軽減されるか確認してから俺に向けてくれよ?
流石に‘目論見外れて全然軽減されませんでした’なんてことになると、俺ミンチになるからね?」
「………ジ〜」
「今ため息吐いたな!?」
この後は様々な事を実験した。
その結果としてわかったことは、攻撃力の低下は物理的威力の軽減(まるで攻撃する方向にゲル状の壁があるような感覚)。
防御力の低下は硬度の低下(たとえば筋肉が贅肉くらいの柔らかさになる)。
特攻の低下は魔法だけでなく、自然現象の規模縮小(たとえば炎の温度の低下など)
特防の低下は痛覚の鋭敏化(炎ならばより熱く、氷ならばより冷たく感じる様になる)
素早さの低下は脳から体への命令伝達スピードの低下(動き始めが遅くなる)
どの効果も最低でも10分は続くようだ。
そして話は冒頭に到る。
「色々我慢して、三回も‘あまえる’使ったのにまだ方向をズラすのが精一杯って……」
「ジ〜♪」
凹む俺と、どこかご機嫌なアイガは端から見ると異様な光景にも見えただろう。
よく考えてくれ……精神的に30超えた男が甘えるということを!
そりゃ凹みもするさ!!
「でもこれでわかったぞ!」
「ジジ?」
「物理攻撃は攻撃を限界まで下げると、スピードが半分くらいまで遅くできるということが!」
高校の物理で習うように運動エネルギーとはK=1÷2MV二乗。
運動エネルギーにとって速さとは非常に大きなウェイトを占めているのだ。
某格闘技漫画でもスピード×体重×握力=破壊力と述べている。
そしてスピードが下がるということは、攻撃を避けやすくなるということでもある。
ポケモンの世界ではどういう理由で攻撃力が下がるんだろう?
「攻撃力の低下はかなり使えるな……問題は攻撃力を二段階下げる‘あまえる’は実戦では使えないところかなぁ」
「ジ!?」
「なんで驚く!?
攻撃力が下がっても俺のテンションはだだ下がりだぞ!?
と言うことで実戦で使うとしたら‘くすぐる’か‘なきごえ’だな。
攻撃に混ぜるなら‘オーロラビーム’か‘ひみつのちから’……‘ひみつのちから’は水場で使わないと効果が違うから微妙だな。
一番いいのは‘フェザーダンス’だけど、翼がないと出来ないんだよなぁ〜アレ」
一応試しては見たんだが、まず‘つるぎのまい’や‘フェザーダンス’のような発動に行動が伴う技は体が勝手に動くようなイメージなんだが、フェザーダンスを使おうとしても発動すらしなかったんだよ。
疑問に思って装備を使って翼を生やしてみると、技が発動できたことから一部の技は発動に条件があるようだ。
今までこんな事は無かったから、今後色々試してみないと駄目だな。
「ジ!」
「ん? あぁ、もうこんな時間か、そろそろ授業行かなきゃ駄目だな。
じゃあアイガ、さっき言ったとおり明日は朝練ないからな。
明日はゆっくりしてくれ」
「ジ〜ジ〜」
俺はアイガの返事を確認した後、魔法で抉れた地面を元通りにし、ローブに開いた穴を練金で直すとその場を後にした。
アイガは訓練後いつもそこでしばらく日向ぼっこをするので、帰りは一人だ。
「そう言えば明日は何時に行けばいいんだ?」
街への距離や移動時間を考えながら学校へと向かう姿は、まるでデートプランを考える青年の様だった。
ポケモンを知らない人のために、今後は技の説明とかを軽く入れていこうかと思います。
くすぐる:くすぐって何故か攻撃力と防御力が下がる技……使うタイミングが難しい
なきごえ:かわいく鳴いて攻撃力を下げる……可愛くないと駄目なんだろうか?
オーロラビーム:オーロラのような虹色のビームを放つ……昔はよく使ってたなぁ
ひみつのちから:場所によって効果が変わる攻撃技……使い勝手は悪くない
フェザーダンス:あまり覚えるポケモンはいないが、攻撃力を二段階下げる技
ストーンエッジ:高威力の岩系攻撃……命中が若干低いがクリティカル率が高いのは魅力
あまえる:可愛く見つめて油断を誘う攻撃力二段階ダウンさせる技……女の子にやられたい
つるぎのまい:攻撃力を二段階上げる技……今でもお世話になってます!!