第149話 おでかけ
約束の日、とりあえず昼前にタバサを迎えに行くことにした俺はいつも着ている服を身につけ、杖と一応ナイフを持って彼女の部屋へと向かう。
昨日の夜考えた予定では、街で昼を取ってから剣を見に行く。
もし時間があれば新しいローブも見に行きたいところだな。
練金で見た目は元通りに出来るんだが生地の質量自体は減ってるから全体的に少し薄くなってるんだよ……このままだと透けるローブが出来上がってしまう。
頭の中で予定の再確認を終えるのとほぼ同時にタバサの部屋の前へと着いた。
そのまま流れるようにノックをしてドアを開けようとドアノブに手をかけると、ドアは勢いよく‘内側’に開いた。
「うぉ!?」
「待ってたのね! もうおねえさまの準備は出来てるから、早く早く!」
そう言ってシルフィは俺の腕を掴んで、何故か外に向かって歩き始める。
話を聞いてみるとタバサは既に外で待っているらしく、入れ違いにならないようにシルフィが待っていたようだ。
そのまま学院から少し離れた森まで引っ張ってこられた俺。
シルフィが韻竜である事を他の人に知られたくないから、待ち合わせの場所を見つかりにくい森にしたんだろうなぁ。
しかし肝心なタバサの姿が見えない。
「おねえさま〜、レッド連れてきたのね〜!」
「ここで合ってるのか?
お前まさか間違えたとかは……」
「む〜〜、そんなことないのね!!
レッドは私のことバカにし過ぎなのね、きゅいきゅい!!」
「悪い悪い、でもじゃあタバサは何処にいるんだ?」
「たぶん何処かに隠れてると思うのね」
「隠れてる?」
「レッドはあんまり気にしなくていいのね! おねえさま〜、早く出てこないと遊べる時間短くなっちゃうのね!」
その言葉を聞いたからなのか、レッド達の前方にある木の後ろからタバサがヒョコっと顔を出す。
その顔は何故か少し紅い。
暑かったのだろうか?
「恥ずかしがってないで早く行くのね!」
「……やっぱり着替える」
「い・い・か・ら!」
シルフィが木の後ろからタバサを無理矢理引っ張り出す。
木の後ろから現れたタバサの姿は何時もの姿とは全く違っていた。
白を基調としたフリルの付いたドレスで何時も持っている大きな杖も無い。
白い肌にその服はよく似合っていて、まるで雪の妖精の様だ。
俺はしばしの間その姿に見惚れていた。
反応のないことに不安になったのか、タバサが俺に声を掛けてくる。
「……どう?」
「……っと、何がだ?」
「服、どう?」
「あ、えっと……似合ってると思うぞ?」
「良かったのね、おねえさま!
昨日じっくり選んだ甲斐があ「……ッ!」イタッ! 痛い、痛いのね!!」
タバサが近くに落ちていた大きめな木の枝で逃げるシルフィの頭をバコバコと叩く。
そこまで楽しみにしてくれていたかと思うと、俺としても提案した甲斐があったというものだ。
しばらくシルフィを叩いていたタバサだったが、気が済んだのか元の姿に戻したシルフィを連れて戻ってきた。
「もういいのか?」
「……」(コクリ)
「じゃあ行くとするか。
シルフィ、ここまで頼む」
そう言って俺は地図を見せる。
行き先はトリステイン王国の首都トリスタニア。
あそこは首都と言うだけあって武器屋も何件かあるし、距離的にも余り遠くない。
「とりあえずあっちに着いたら昼食にしよう。
タバサは何が食べたい?」
「ハシバミ草」
「それは主食じゃないだろ?」
「……ハシバミ草」
「……ふぅ、分かったよ。
じゃあ、着いたら探してみるか」
「……」(コクコク)
昼食をどうするか決めたところでシルフィの背中に乗り、その背中を軽く叩く。
すると力強く彼女は羽ばたき始め、目的地への短い旅が始まった。
緩やかなスピードでの飛行は周囲の景色を見る余裕もあり、晴れというのもあって遠くの山々までよく見える。
今まで空からの景色をゆっくり眺める事なんて無かった。
空の移動は殆どが急いでるか、疲労で見てる余裕がなかったためだ。
「綺麗だな……」
「え?」
「今までじっくりと見たことなかったからなぁ」
俺の言葉でタバサも視線を同じ方向に向ける。
特に何がというわけじゃない。
あるのは緑の多い山、広い平原、所々に見える小さな村。
この世界も百年、いや千年後は灰色のビルが建つのだろうか?
いや魔法と貴族制度があるこの世界が日本やアメリカのような状況になることは無いだろう。
この世界の遠い未来を夢想していると、タバサが俺の袖を引っ張る。
「どうしたの?」
「いや、ちょっとこの光景が何か嬉しくてな」
「?」
「気にしないでくれ、何となく思っただけだから」
「ん、わかった」
俺は前に座るタバサの頭を軽く撫で、流れる景色を見続けた。
そのまましばらく遊覧飛行をしていると、徐々に目的地が近づいてくる。
竜に乗って直接首都に降りることは出来ないので、近くで降りなければならない。
「シルフィ、俺達を降ろしたらどうするんだ?
暇なら着いてくるか?」
「今回はおねえさまの番だから、私は散歩でもしてるのね」
「ちょっと意味が分からないんだが、何処かで時間潰すってことはわかった」
「楽しむといいのね! おねえさまも頑張って、きゅいきゅい!」
「……」(グッ!)
俺達を降ろしたシルフィはタバサの荷物から自分の服を掴み、そのまま何処かへ飛んで行ってしまった。
大分高くまで飛んでいったから、見つかって討伐って話にはならないだろう。
それに服を持っていったなら、いざというときは人間の姿になればどうにかなる。
俺はタバサに出発しようと伝えるためシルフィの飛び去った方から彼女へ視線を向けると、何故かタバサはシルフィの飛び去った方向に親指を立てていた。
見られていることに気付いたタバサは慌てて手を腰の後ろに隠す。
何となく見なかったことにした方がいいかな?と思ったので追求はしないことにする。
「じゃあ行くとするか!」
「………」(コク)
首都までの距離はおおよそ800メイル。
その短くも長い距離を顔がほんのりと紅いタバサと、何処か気まずい気分で歩いていく。
二人の後をこっそりついて行く青髪の女性に気付かないままに。
ついに始まったデートもどき
青髪の女性とは一体!?……いや、まぁ分かると思うけどね?
追記
先住魔法‘変化’を勘違いしてました
服は変化でどうにか出来ないんですね