第153話 剣の柄
進められた二振りの剣を購入した後、俺達は一階でナッシュさんと二—ナさんと団欒していた。
理由はナッシュさんがタバサと俺が使っていた剣を見たがったためだ。
「嬢ちゃん、この剣はレッドのお古か?」
「……何でわかったの?」
「そりゃあ握り見ればある程度分かるってもんだ。
今レッドの使っている剣を作ったのは俺だしな。
でだ……レッド。
俺の言う通りよく手入れしてたみたいだな」
「そうしないとナッシュさんがもう剣を売ってやらないって言うし……手入れをして何か損があるわけでもなかったから真面目にやりましたよ」
「結構結構、でお前たちは新しい剣も買ったことだし、この剣もう使わないのか?
なんだったら買い取ってやろうか?」
「いい、予備の剣は必要」
「俺もいいです、愛着もありますしね」
「そっか、ならこれからも大事に使ってやれよ?」
そう言ってナッシュさんは手に持った剣を俺達の前に置く。
その剣を鞘に戻して腰につけ直すと、今度は二—ナさんが棒状の粘土を持ってきた。
「さて、さっきの剣をお前達用にするために手形を取りたいからそれを握ってくれ」
「手にくっつくとかは無いと思うからしっかり握っても大丈夫さね」
俺とタバサは言われるがまま粘土を握る。
少し硬めの粘土棒を剣を持つ様に握るとしっかりと手形が残った。
ナッシュさんはその手形をじっくりと観察して、一度確り頷くとそれを持って工房へ入っていく。
そんな彼の背中を目で追っていると、二—ナさんが話しかけてきた。
「多分それほどかからないから、戻ってくるまでお茶でも飲んで待ってなよ。
今お茶菓子用意してくるから」
二—ナさんも台所に行ってしまい、今この場には俺とタバサしかいない。
まぁ特に今話す事もないから無言なんだけどな!
無音の時間が2分位経った頃に二—ナさんが皿に紅茶とスコーンを持って戻ってきた。
「ジャムはクックベリーだけど……食べれるかい?
嫌いだったら別のジャム持ってくるけど」
「あ、大丈夫です」
「大丈夫」
「そうかい、じゃあアタシはちょっと旦那を手伝ってくるから、紅茶でも飲んで待っててくんな」
そう言い残して二—ナさんも工房へ入って行ってしまった。
……別にこの会話の無い待ち時間が嫌というわけではないけど、手持無沙汰なので目の前にあるスコーンを一個手にとって、たっぷりジャムを塗りつける。
口に運んだそれは仄かな酸味とサッパリとした甘み、そして温かいスコーンはとても良く合い、小腹がすいた俺にとって非常に嬉しいものだった。
それはタバサにも言える事だったらしく、彼女も俺と同じようにジャムをたっぷりつけたスコーンを黙々と食べているようだ。
口いっぱいにスコーンを詰め込んでいる彼女の姿は、まるでドングリを頬張っているリスの様で非常に微笑ましい光景だった。
それを見た俺の表情は自然と笑みを浮かべていたのが、彼女の口元にジャムが付いているのを見つけたので、俺は苦笑しつつポケットから一枚のハンカチを取り出す。
「ほら、タバサ。 急いで食べなくても取らないからゆっくり食べろ」
「ん……」
タバサの顔に付いていたジャムを撫でるようにふき取ると、タバサは顔を少しだけ紅く染め、くすぐったそうに身を捩る。
こうしていると彼女が自分の娘みたいに思えて少し変な気持ちになるな。
前世から数えれば娘が居てもおかしくない歳だから母性本能ならぬ父性本能でも出てきたんだろうか?
そんな事を考えていると後ろからガタッという物音が聞こえ、振り向くと二—ナさんとナッシュさんが調整を終えた剣を持って立っていた。
「おっと、邪魔しちまったかね……(そこは手で取ってやって口に運ぶもんだろ!?)」
「待たせて悪かったな、だが待たせた事が無意味じゃなかったというのはこれを持ってみれば分かるはずだ」
そう言って剣を俺達の前に差し出す。
見た目は大きく変わっていないが、握りの部分に緩やかな凹凸が幾つか見える。
彼に言われるがまま俺は目の前にある剣の柄を握った。
握って俺は改めて、この人が腕の良い鍛冶師だと理解する。
タバサの方を見ると彼女は彼女で少し驚いているようだ。
その表情を見てナッシュさんは満足そうな表情を浮かべている。
「凄く持ちやすい……柄を少し削るだけでここまで持ちやすくなるなんて知らなかった」
「気に入ってもらえたようで良かった。
だが少し削るだけと言っても持ち主の手の大きさ、指の太さや長さ、持つ時の癖の有無などを考慮して、尚且つやすりで滑らかにしなければならないから、簡単にできるわけじゃないんだがな」
「……ごめんなさい」
「いや怒っているわけじゃないから気にすんな」
タバサは本当かどうか彼の顔色を窺っているが、ナッシュさんは本当に怒っていないはず……むしろ申し訳なさそうな顔をしているのだから。
幼い見た目のタバサがショボンとさせてしまったことに罪悪感を感じているのだろう。
二—ナさんもそれが分かっているのか、ナッシュさんを見て苦笑している。
とりあえずこのままだと話が進まないので俺は一度咳払いをして、値段交渉に入ることにした。