外伝 ルイズの憂鬱
また今年も誕生日の時期が近づいてきた。
昔は楽しみな日だったのに、今では少し憂鬱な日だわ。
「はぁ、またあの鬱陶しい視線に晒される日が来るのね……」
昔の蝶よ花よと持ち上げられた私だったけれど、魔法を上手く使えないことを知られ始めた途端に周りの見る目が変わっていった。
ちぃ姉様はトライアングルクラスの魔法使いで、エレオノール姉様はアカデミーの優秀な研究者なのに、この子は……みたいな目で見られる。
でも私は公爵家の娘だから、表立ってそれを口に出されることは無い。
それが余計に腹が立つ。
「もう!
言いたいことがあるならはっきり言いなさいっての!」
私はここ数年の誕生日を思い出して、その憤りを枕にぶつけた。
枕をバスバスと殴っていると、ふと家族以外で唯一見る目が変わらなかった一家のことを思い出した。
「レッド兄様……」
ドリュウズ家の長男、レッド・ド・ドリュウズ。
私にとっての兄のような人……私に好意を抱いてくれた殿方。
ドリュウズ家の人達だけは、私に向ける目が変わらない。
「今年は何をくださるのかしら?」
私は兄様から貰った手作りのブローチを撫でながら、兄様のことを思い出していた。
〜回想〜
あの日の私は今以上に不安定だった。
他の貴族の子供たちは既にコモンスペルを使えていたのにも関わらず、私はいつになっても魔法を上手く使えない。
物を浮かせようとすると爆発、光を照らそうとすると爆発、重さを軽くしようとすると爆発。
爆発……爆発……爆発……何をやろうとしても爆発ばっかり。
全ての魔法が爆発してしまうから、自分が何の属性を持っているかすらわからない。
その日も母様からも物覚えが悪いと叱られて、幼かった私はついに耐えきれなくなって泣きながらその場から逃げだした。
そうして逃げた末にたどり着いたのは、私が良く来る‘秘密の場所’。
中庭にある池は、昔舟遊びするため作られた場所だったのだけど、姉様達も大きくなって誰もここに気を止める者はいない私だけの秘密の場所。
私はそこにある小さな船に乗って、船に用意していた毛布に潜り込んだ。
私以外に誰もいないこの場所は、水の流れる音だけが聞こえる静かな空間だ。
そこで私は自身を責め続けていた。
怒られるのは私が全部悪いんだ。
姉様達よりも馬鹿な私が悪いんだ。
全部、全部、全部!!
私はそう思いながら、静かに泣いていた。
すると不意にレッド兄様の声が聞こえた気がした。
「………」
「やっぱり気のせいよね……誕生日でもないのに兄様が来る事なんて今までなかったもの」
「………う!」
「何も出来ないからって兄様に頼るなんて……最低だわ」
「………嬢!」
「こんな女の子なんか幾ら優しい兄様だって嫌いになってしまうに違いないわ」
「……ズ嬢!」
「………嫌!それだけは嫌!」
「…イズ嬢!」
「嫌われたくない!!」
「ルイズ嬢!!」
突然私の乗っている船が揺れて、毛布が誰かに剥ぎ取られた。
逆光で誰かは分からなかったけれど、何故か目を逸らせない。
ジッと見ていると次第に目が慣れてきて、私は自分の眼を疑ったわ。
そこには誕生日以外に会うことがなかったレッド兄様の姿があったのだから。
「にい……さま?」
「どうしたんだ、ルイズ嬢?
目が赤いけど……泣いていたのか?」
今いるはずの無い兄様に頭を撫でられて、ようやく私は兄様が今ここにいることを実感する。
気が付けば私は何も考えず、兄様に抱きついていた。
最初兄様も戸惑っていたようだけど、私が胸元で肩をしゃくり上げているのを見ると、何も言わずにそっと抱きしめてくれた。
その後しばらく兄様の胸で泣き続けていたのだけど、次第に涙も引いてきて今の状態を改めて把握すると私はドンドン顔に血が上ってくるのを感じた。
「お?
泣き止んだか……全く公爵夫人が心配していたぞ?」
「………」
「ところで何で泣いてたんだ?
まぁ話したくないならいいんだけどな?」
私はその言葉を聞いて、今まで感じてきた思いをぶちまけてしまった。
魔法が使えないこと、母様に叱られたこと、怒られる理由が全て自分にあることを全て……。
口調も荒く、兄様に当たり散らすように感情をぶつけていく。
兄様はその間一言も話さずに、ジッと何かを考え込んでいるようだった。
全てを話し終えた私は我に返り、顔を青ざめさせる。
未だ無言でこっちを見ている兄様。
あぁ、完全に嫌われてしまったな……とまるで他人事の様に考えていると、兄様が一度だけ頷いて私の方へ手を伸ばしてきた。
「(叩かれる!?)」
私は目を瞑って、来るであろう衝撃を覚悟する。
しかしいつまで経っても痛みはやってこない。
痛みの代わりに感じたのは頭に載せられたゴツゴツしているけど暖かい手の感触。
「そっか……大変だったな。
だがルイズ嬢、君は間違えている」
「え?」
「努力したのだろう?
勉強してきたのだろう?」
「……うん」
「なら君に落ち度なんかないさ。
それに爆発するなんて凄いじゃないか!
物を爆発させる魔法なんて、少なくともドットクラスのスペルじゃないぞ!」
「でも!!」
「他に魔法が使えない?
そんなことは関係ない。
他のが使えないのなら一つを極めてしまえばいい!
爆発しか使えない?
なら爆発では誰にも負けない魔法使いに成ればいい!」
「………」
「それにまだ絶対他の魔法が使えないと決まったわけじゃない。
なら現状で使える爆発の使い方を考えた方が効率的だろう?」
「私に………」
「ん?」
「私に出来るかな?」
「出来るかもしれないし、出来ないかもしれない」
「え?」
「それはルイズ嬢次第だよ」
私はその言葉で光明が見えた気がした。
出来ないから諦めるんじゃなくて、先ず出来ることを知る。
そこから始めよう。
レッド兄様は最後にもう一回だけ私の頭を撫でて、船から離れていった。
「兄様……ありがとう」
私が兄様の後ろ姿に向かってそう言うと、後ろを向いたまま手を上げて横に振った。
まるで自分は何もしていないという様に……。
いつかこのお礼をしようと私は胸に決めた。
〜回想 end〜
どうせだからワルド許婚フラグを叩き折ってみたw
まぁこれが後にどういう結果をもたらすか……俺にもまだ分からないw