第84話 懐かしい顔
その日の夜。
俺は部屋で次の日の授業の準備をしていたのだが、それは部屋に響くノックの音で中断された。
「開いてますよ?」
「……こんばんわ」
「こんばんわタバサ嬢。
何か用かな?」
どうやらノックしたのはタバサ嬢だったらしい。
でもこんな夜に一人で来るのは珍しい。
何の用だろうか?
「着いて来て」
「へ? ちょ、ちょっと待ってください?!」
俺の手を掴んで外へ連れ出そうとするタバサ嬢をなんとか止めると、一旦椅子に座らせた。
何でこんなに焦ってるんだ?
「まず落ち着いて。
……落ち着いたみたいだね。
それなら改めて聞こうかな?
僕に着いてきてほしい場所ってどこ?」
「私の部屋」
こんな時間に?
なんかあったのか?
「この間の話の続き?
それならここでも「違う」……それじゃあ何があったんだ?」
「彼女が呼んでる」
「彼女? 誰のこと?」
「イルククゥ」
いるくくぅ?……イルククゥ……イルククゥって俺が小さい時にあの森で倒れてた全裸の女性か?!
何でこんな場所で彼女の名前が出てくる?
「なんで彼女がこの学院に来てるんだ?
それに彼女は俺が小さい頃にあった人で、今になって呼び出される理由が分からないんだけど……」
「彼女は今日偶々ここに来た。
でも呼んで来てと頼まれた理由は分からない。
それは本人に聞いて欲しい。
だから私の部屋まで会いに来て」
何で俺の部屋に直接来ないんだろう?
まぁなんにせよ久しぶりに会ってみたいという思いもあったので、俺はタバサ嬢の部屋へと向かうことにした。
「入って」
「それじゃあ、失礼します。」
部屋の中にはベットでゴロゴロしている青髪の女性がいた。
何しているんだこの人は……。
「藁なんかよりも全然気持ちいいのね、きゅいきゅい!」
「連れてきた」
「人間の寝床は凄いのね!!」
「……」
未だにベットの上でゴロゴロ転がっている彼女は横に立って杖を振り上げているタバサ嬢に気付いていないようだ。
あ、振り下ろした。
「(ゴンッ)イッ!? 痛いのねーーーーーーーーーー!!
いきなり何するのよ!」
「レッド、連れてきた」
タバサ嬢が俺の方を指さして、イルククゥはゆっくりと俺の方へと視線を動かしていく。
それにしてもこの人あの頃から歳とったのか?
全く変化してない気がするんだけど……。
そんなことを考えている内に、彼女の視線は確りと俺を捉えていた。
そして徐々に彼女の表情が笑顔へと変わっていく。
「レッド……レッドーーーーーーーー!!」
「うわっ!!」
ベットの上から勢いよく俺に飛びかかったイルククゥを、身体全体で受け止めながら転ばない様に踏ん張った。
最初は「いきなり何をするんだ?!」って言いたかったんだけど、俺の首に腕を回しながら胸元に顔を埋めて本当に嬉しそうにしている顔を見ると、注意する気も失せるよね。
「本当に久しぶりなのねーーーーーーー!!」
「あ、あぁそうだね。
それにしても行き成り学院に来たからビックリしたよ」
「私としても来る予定はなかったんだけど、目の前に鏡が出てきて、その鏡を潜ったらここに着いたのね!
あと一寸でお肉にありつけたのに……るーるー」
「鏡を潜った?」
「そうなのね! 鏡を潜ったらそこにおねえさまがいて、おねえさまとキスして契約結んだのね。」
そういってイルククゥはタバサ嬢を指さした。
タバサ嬢は軽く目を押さえながら、少し俯いた。
……鏡を潜って今日タバサとキスをして契約を結んだ?
ということは、シルフィード=イルククゥ?
そうなのか?
やっぱり大まかなイベントしか覚えてないなぁ。
「彼女が私の使い魔」
「でも彼女は人間……」
「私は人間じゃないのね! イルククゥなのね!」
「いや、そう言うことを聞いてるんじゃなくてね?」
「彼女は風の韻竜。
今は人間に化けているに過ぎない」
タバサ嬢は少し覚悟を決めて俺に風の韻竜であることをバラした。
……イルククゥは落ち着きがないから、いつか俺に話しかけてただろうしなぁ。
そういえばそんな能力あったなぁ。
でもイルククゥって言う名前は覚えていなかった……‘タバサの使い魔はシルフィードだ’って覚えてたから、その名前で連想できなかった。
「そうだったのか……」
「彼女のことは秘密。
普段は喋らないように言ってるから、貴方も話さないで」
「あぁ、分かった」
目立ちたくない気持ちは俺も分かるから、その願いには答えよう。
「ところでイルククゥ、君は何で僕を呼んだんだ?」
「久しぶりに会いたかったのね!
それにあの時のお礼をまだしてなかったのね!」
「あの時?」
「あぁ彼女がドリュウズ領の森で傷を負って倒れてたところを介抱したんだよ」
「火竜の縄張りに入ってしまった時に後ろから引っ掻かれて、危うく死んじゃうところだったのをレッドが治してくれたの」
「大怪我を小さな子供がその場で治した?
………どうやってやったの!?」
タバサ嬢は急に俺の胸倉を掴んで自分に引き寄せようとしたが、体格や体重的に無理があったために自身が近づく形になった。
しかしそんなことお構いなしに、タバサ嬢は俺をしっかりと見つめている。
いや、しっかりと言うより鬼気迫る感じがする。
「それは……話せない」
「何故!!」
「これを話してもし、他の人に知られると困るからだよ」
「それでも……絶対に話してもらう!」
「きゅい!?」
タバサ嬢は俺を突き飛ばして、俺に向かって杖を構えた。
はぁ……どうしようかな。
タバサ嬢がここまで聞きたがっている理由は恐らく、母親の治療だろう。
エルフの薬で心を壊された母親を治す方法は、エルフの薬しかない……しかしそれはあくまでこの世界のルールだ。
ポケモンの技を使えば治る可能性はゼロではない。
しかしそれがジョセフにバレたら?
彼の興味が俺に向くかもしれない。
それは非常に困る。
それに確かにタバサ嬢の助けになってあげたいが……この状況は気に入らない。
「これは……脅しかな?」
「………そう」
「お姉さま止めるのね!! こんなこと良くないのね!!」
確かに自分の母親を助けたいという気持ちは素晴らしいと思う。
しかしそのために脅しという方法を取ったのは、悪手だな。
俺の協力する気が若干ではあるが薄れた。
そしてこの距離なら俺は魔法を使われるより早く、タバサ嬢の首をへし折ることが出来る。
しかしタバサ嬢も俺の秘密が他者にバレる事でどの様な未来が生まれるのか予想がつかないから、焦ってこんな方法を取ったのかもしれない。
ならば情報を小出しすることで反応を見て、その対応で判断しよう。
最悪ジョゼフ、シェフィールド、ビダーシャルと戦うというデメリットを無視してでも、彼女に手を貸す価値があるかを……。
ここで主人公は人生の岐路に立ちます……これから先もありますがw
レッド君はタバサ嬢を気に入っていますが、だからと言って自身を危険に晒してまで協力するかと言われれば迷うレベルです。
因みに両親相手なら迷わず助けますし、カトレアさんやモンモランシ家ならある程度力を貸します(ポケモンのこと知ってますし)。
ルイズは現状サイト君がいるので、基本サイト君に任せます。
……まぁ妹分なので目の前で本当に危なかったら情に流されるでしょうがw
ギーシュとタバサは弟子の様な存在ですので基本は助けますが、今回の様に行動を起こすことで自身に途轍もない被害が来る可能性がある場合は状況次第で断る可能性もあります。