第88話 鉄球vs拳
「お前は俺の団員に相応しい気がする!
だから黒の鉄球団に入れ!」
うわぁ……凄く嫌だな。
しかも背中に黒い鉄球背負っているから、こいつがリーダーなのか?
って言うよりコイツ……チャン・コーハンなんじゃないか?
「断る」
「即答とは……もう少し考えてくれてもいいんじゃねぇか?」
「断る!」
「そうか、なら力づくしかねぇな!
もし俺が勝ったら団に入れ!」
「……何で俺にこだわる」
「お前からは強い奴が発するオーラみたいなもんを感じるんだよ。
如何に胡散臭い奴とはいえ、お前のオーラはホンモンだ!」
正直団に入るのは絶対遠慮するけど、コイツいい奴っぽいな。
周りの騒いでたメンツも静かに見守っている。
「その黒の鉄球団とやらは何をしているんだ?」
「俺達か? 俺達は賞金首や盗賊倒す集団よぉ!」
「強奪とか侵略とかはしないのか?」
「そんなことして何が楽しいんだよ。
賞金首の方が強くて、戦ってて面白ぇじゃねぇか!
どうだ! 入る気になったか?」
「確かに面白そうではあるけどな……断る」
「なら力づくでいくぜ!
もし俺に勝てたら、一回言うこと聞いてやるよ!」
正直要らないけど……コイツと戦ってみたい。
接近戦を実戦で試してみたい。
そんな欲求に俺は勝てなかった。
「武器を取れ」
「アン?」
「その鉄球が武器なんだろう?
なら使え。
俺も本気でいく」
俺は最も信頼している空手の構えをとった。
すると髭は先ほどまで浮かべていた笑みを消し、背中から鉄球を取った。
「お前メイジじゃねぇのか……」
「俺はどっちもイケるタイプでな。
今回は拳一つでいくことにした」
「っは! 舐めてやがんな……後悔すんなよ!!」
髭は鎖付きの鉄球を振り回し始めた。
あれに直撃すると、俺の身体は粉砕骨折するだろう。
簡単に言えば砲丸投げ用の砲丸を五つ熔かして一つにしたものを、振り回している様なもんだ。
頭に当たれば即死、胸に当たっても即死。
まぁ胸はこのローブがあるから大丈夫かもしれないが……。
「オラァ!!」
「フッ!」
上から振り下ろされた鉄の塊を俺はサイドステップで避け、そのまま距離を詰めようと踏み込んだ。
しかし髭がニヤッと笑って思いっきり鎖を引っ張ると、背後から鉄球が飛んできた。
俺は急いで回避して元の場所に戻る。
「……凄い力だな」
「あったりめぇよぉ」
「もし当たったら死んでいたんだが?」
「オメェなら避けんだろ?」
俺は恐らく仮面の下で笑っていたはずだ。
今まで自身の格闘能力をここまで使うことはなかった。
ましてや実戦なんて……俺はバトルジャンキーにでもなったのか?
まぁ今はそんなことどうでもいい……こいつに勝つことだけを考えよう。
「次は俺が驚かせよう」
「出来るもんならやって見やがれ!」
俺はどっしりと腰を据え、髭の正面に構えた。
髭は最初躊躇したが、俺に向かって正面から鉄球を投げ付けてきた。
「(大丈夫、俺はできる! 訓練の時は出来たんだ……ここでも出来る!!)ハァッ!!」
「何!?」
今まで練習した中で使いどころが難しいネタ技の一つ、剛体術。
インパクトの瞬間に全身の関節を完全に固定化し、体を硬直させ、体重の全てを拳に乗せて放つ。
人間が打撃を放つ時、その動作で稼動する関節は数十箇所にもおよび、その全てがクッションになってしまう。
もしその打撃に必要な関節の稼動を完全に固定化したとき、人は鉄球になれると言われている。
自分の体重が60キロならば、60キロの鉄球になれるという技。
俺としても練習し始めた時は出来ると思っていなかったけど、丸太で練習している内にコツが掴めてきた。
木を割り、石を割り、練習開始から3年でようやく人くらいの大きさの岩を砕くことに成功したのだ。
前世だったら絶対無理だっただろうなぁ……。
しかし今の俺なら、純度の低い鉄球くらい!!
「俺の鉄球を……砕いただと!?」
「どうする、まだ続けるか?」
「……いや俺の負けだ。
俺の出せる限りの力で打ち込んだんだ。
それを鉄球ごと打ち砕かれたらな……」
「そうか……それじゃあ俺は人を待たせてるからな」
俺はそのまま酒場を後にしようとドアに向かった。
しかし髭が俺を呼びとめた。
「おい! 命令はしないのか?!」
「あぁ……そんな話だったな。
それじゃあいつか俺が困っているときに助けてくれ」
「ハッ! そんな約束破っちまうかも知れねぇぞ?」
「まぁその時は俺の見る目がなかったってことだ」
「……チャンだ」
「ん?」
「俺の名前だ、覚えておけ」
「そうか、俺の名前は……」
どうするか……流石に本名は不味いな。
ならこの仮面の持ち主に名前を借りますか。
「ヘイだ」
「じゃあヘイ! お前が困っているとき、俺はお前の力になろう!
困った時はこの酒場に来い。
俺達黒の鉄球団は基本的にここにいる。
なぁ同志たちよ!!」
「「「「「「「「おおおぉぉぉぉぉ!!!」」」」」」」」
「客の殆どが団員か……わかった。
もし困ったらここに来よう」
「おう! 用事なんてなくてもお前はもう俺達の仲間みたいなもんだからな!
いつでも来い!」
「あぁ! いつかまた会おう!」
そうして今度こそ酒場を出て、タバサ達と合流するべく町の外へと歩き始めた。
名前はストレートに行きました。
そして初めての接近戦の本格的な実戦。
コジョンドとの肉弾戦練習は行ってましたが、実戦使用は本編初ですね。