その20 激甘につきブラックコーヒーをご用意下さい
新暦76年、夏のある日。
俺とアインハルトは町に二人で繰り出すことになった。
修練も大事だけど、そればかりになりすぎると精神のバランスが崩れる。戦闘一辺倒になったせいで、上手くいかないとき、行き詰ったときに、逆に「自分にはそれ以外何もないのに」といったネガティブな囚われ方をする可能性もある。だから時折気を抜く時間が必要なのだ……と以前親父が言っていた。
俺のデバイス開発のような、修練以外に打ち込んでいるものもないアインハルトは、休日も修練しているというので、町に行くように説き伏せたのだ。
……「たまには体も頭も休めろよ」と言ったのだが、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「町に遊びに出かけたことがありません。買い物に行くくらいで……。ですから、その、遊び方を知らないのです」
…おいおい。どんだけ修練バカなんだよ。
休息を勧めたのは正解だったな。
ちょっとだけ呆れた視線を向けたのに気づいたのか、アインハルトは顔を赤らめた。
「で、ですから! 出来れば、遊び方を教えていただきたいのですが……」
……うん、まあ俺が提案したんだし。こいつ俺と同じで友達少なそうっていうか学院で俺以外の友達といるの見たことないし。
「ああ、いいよ。じゃあ……」
そんな感じで日程を設定した。
そして今に至るのだが……。
待ち合わせの10分前に到着し、あれ、これデートって言うんじゃないか? ということに気づき悩み始めてはや40分。
つまり待ち合わせから30分。
「……来ない」
クラナガンにある、とある公園の時計の下。
すごく分かりやすい場所だし、あいつも知っているから誤解の余地はない。
さすがにもう悩むのはやめた。今回はあくまで遊び方をレクチャーするついでに遊ぶだけで、デートとかそういう甘酸っぱい要素はあの生真面目さんに期待してはならないのだ。シャーリーさんから聞くと、エリオとキャロが一緒に町に出た時もデートっぽくならなかったらしいし。だからノーカンである。
というか、そもそも、来なかったら意味ないし。
なぜ来ないのか。とりあえず思いつくのは3つ。
1.何らかの事情があって遅れている
2.遊びに行くという未知の体験に怖くなって逃げた
3.ドッキリ大成功。最初からすっぽかすつもりだった
可能性が高いのは勿論1だ。寝坊とか列車の遅れとか。
でも3はさすがにないとしても2はありうるから怖い。いまちょうど悩んでいる……とかいうパターンもある。
さて、どうする…? 連絡するという手もあるけど、プレッシャーをかけるのもなんか違う気がするし……。
頭を抱え始めた俺の背中にやや上ずった、それでいて普段の涼やかさを失っていない声がかかった。
「た、大変遅れてしまいました。申し訳ございません」
振り返るとそこには普段とは一変したアインハルトの姿があった。
「……うわお」
思わず声が漏れた。
「あ、あの、服を選ぶのに時間がかかってしまって……。似合ってます、か?」
少女は碧銀の髪を揺らし、少しもじもじしていた。
彼女が着ていたのは白を基調としたサマードレスだ。ところどころにある水色の花の模様が涼しげな印象を与えている。
思わず俺が見とれていると、彼女は顔を紅く染める。暑さのせい……ではないだろう。
「あ、あの、そんなに見ないでください……」
「いや、すまん。……似合ってるよ、すごく」
こういうときはまず女の子の容姿を褒めることだ……ってのはよく聞く話だ。
もっともこれは本心から出た言葉だけれど。
「ほんとう、ですか?」
「うん、すごく可愛い」
「……嬉しいです、本当に」
……なんだよ。期待しちゃうじゃないか、甘酸っぱい要素。
恥ずかしそうに目を伏せて呟くアインハルトに、俺は少しだけ、自分の胸が高鳴るのを感じていた。
さて、じゃあまずは……
「映画でも見に行くか」
「はい」
映画館に着き、休日なのでかなり並んでいたチケット売り場へと向かう。
どれを見るかなー。面白そうなのは……
俺が大好きな叱られアニメが一つ。
いかにもな感じの甘そうな恋愛映画が一つ。
かなり怖いと評判のホラー映画が一つ。
ド派手なアクション映画が一つ。
間違いなくアクション映画一択だな。アニメは俺しか楽しめないだろうし、俺らの歳で恋愛映画とか間違いなく見終わった後がツラい。ホラー映画はこいつの好みじゃなさそうだし俺だって好きなものではない。
「これにしない?」
「あ、あまり知らないのでお任せします」
ということで選んだ映画のチケットを、ごった返す中俺が一人で買いに行った。
こういうのを女の子にさせるとかはさすがにな。
大きなかごに入ったポップコーンを一つとドリンクを二つ買って、ポップコーンを二人で分け合いつつ映画を見に行くことにする。
俺が左、アインハルトが右の席に座ってからしばらくして、照明が暗くなり、他の映画の紹介とか、盗撮は犯罪という注意とかマナーとかの説明が終わって、照明が完全に消える。
アインハルトを横目で見やると固唾を呑んでみていた。
「な、なんだか緊張します」
「ああ、気持ちは分かる」
分かるが、そこまでガチガチに緊張しなくても。
苦笑して、ポップコーンに手を伸ばすと、
偶然、アインハルトの手と重なった。
「「っ!」」
あわてて同時に手を引っ込める。アインハルトのほうを見ると、重なった手…左手を右手で包んでいた。暗い中でも分かるくらい顔が赤い。
心の中で絶叫した。
(どんだけベタなんだよ!)
と、会社の表記がされる。映画が始まるのだ。
「ほら、始まるぞ」
「は、はい」
映画は面白かった。アクションとかもかっこよかったしな。
…実際やってる身からすると、ところどころ若干お芝居な感じがしたけれども、殺陣って言うのはそんなもんだろう。迫真ある演技だったからそこまで気にならなかったし。
……ただ、なんというか、一度だけあったのだ。
……主人公とヒロインのラブシーン的なものが。まあ、年齢制限の設定に引っかからない程度のものだったけど。
目のやり場に困って思わずアインハルトのほうを見ると、あっちも同じような感じでこっちを見てたらしく、あわてて赤くなった顔を背けあうとかいう真似をすることになった。左側からほほえましげな生暖かい視線が来てたのは気のせいではあるまい。
……すさまじく恥ずかしかった。
感動的なBGMとともに主人公とヒロインが手をつないで歩いていくラストシーンが終わり、スタッフ・キャストの紹介が出る。
ふぅっ、と息をつき、監督の名前が出て、映画は終了。照明の光が戻り、辺りが明るくなる。
俺たちはお互いをちょっと見てから、上映していた部屋を出て、空っぽになったドリンクのコップやポップコーンのかごを捨ててから外に出た。
「お、面白かったな」
「そ、そうですね」
さっきのことを引きずってるせいで、俺たちはお互い、少しだけ視線をそらしながら話す。
「もう昼だしご飯にしようか」
「ええ、そうしましょう」
ファーストフード店にした。繰り返すがデートじゃないし。
買ったのは人気のハンバーガーのセット。中で席をどうにか見つけ、座って食べることにする。
「……うん、さすがにそうだよな。それは、ないよな」
「どうかしましたか?」
俺の呟きに、ハンバーガーを持ったままのアインハルトは首を傾げた。
「いやなんでもない。こっちの話」
「はい……?」
ポテトをつまみ、苦笑しながら言うと、彼女は首をかしげながらもハンバーガーをもぐもぐと頬張った。
……「ところで、ナイフとフォークがないようですが……」とか言うかな、とちょっとだけ想像してた。