その21 えっと……カフェモカ?
「さて、昼も食べたし。じゃあ……えっと、歌、歌うの苦手なんだっけ?」
アインハルトに確認。カラオケにしようと思ったんだけど……。
「あ、いえ。ただ……流行に疎いもので」
あまり曲を知らない、と。まあ今回は二人で楽しむために来てるんだし、これはいいか。俺の趣味を押し付けても仕方ない。
「じゃあ、ゲーセンだな」
「げーせん、ですか?」
「ゲームセンター。アーケードゲームとか……ってまあこれは行けば分かるだろ」
「あ、あの……」
先導するために歩き出そうとしたのだが、アインハルトの小さな声が俺の足を止めた。
「ん、なに?」
振り返ると、彼女は顔を真っ赤にして口ごもった。
「えっと、どうした?」
「あの……手を……」
……ああ、なるほど。ちょっと苦笑してから、右手を差し出す。
アインハルトはためらいがちに左手を差し出してきたので、優しくその手を掴む。
「……行こう」
「……はい」
鍛えているためか少し硬い、小さな手を引いて俺は歩き出した。
ゲーセンで最初にアインハルトが気を引かれたのは、いわゆるパンチングマシン……打撃部分を殴ってパンチの重さを量るアレだった。
……女性としてそれはどうよ。
俺の声なき声に気づかぬまま、彼女は若干名残惜しげにしてから繋いでいた手を離し、歩み寄ってお金を入れた。
『Ready』の文字が表示され、打撃部分が立ち上がる。
アインハルトはいつもの試合のときのようにしっかりと構えて……っておい!
「覇王……断空拳!」
足から練り上げた力を拳という一点に収束し、思い切り打ち下ろした。
……おいおいマジですか!? こんなとこでそんな本気出すか普通!?
って、知らないんだったか。
計測の結果、出た重さは……400キロ。
一位が999キロとか出してるのを見て少し不満そうなアインハルトに声をかける。
「まあ身長やら体重やらを考えたらむしろすごいんだけどな。それにこれはあくまで機械だしセンサーの機能もどこまで正しいか分からん。威力と重さって微妙に違うしな」
「それは、分かっていますが」
若干不満そうだ。
……ちなみに、であるが。999キロではないものの、上位ランキングの中に、大量に男性の名が書いてある中、二人の女性の名前が存在する。その名は「スバル」と「ギンガ」。……何本気でやってるんだ管理局員。
少し頬を膨らませ気味のアインハルトを連れて次に来たのは、いわゆる格闘ゲーム……格ゲーだった。
ゲームの名前は「機動天使の領域」。一対一の格闘だが、2Dではなく3Dだ。
俺はコインをいれ、「ヒカル」という軽量の女性キャラに決定。横でうずうずしながら見ているのを知りつつ、とりあえずゲームスタート。
ラリアット、背負い投げなどを織り交ぜつつ、打撃を中心に果敢に攻める。ダメージを通される可能性もあるので、攻撃は防御ではなく回避。
実はこれ、だいぶやりこんでいるからな。ラスボスまではあっさりと進める。
相手の超必殺技……アストラルエミッションを首の皮一枚で防ぎきり、相手の硬直時間中にレバーとボタンをすばやく操作。
ヒカルの足が虹色の軌跡を描いて、ラスボスを蹴り飛ばした。
「これって……!」
アインハルトが声を上げる。そう、これは俺がよく使う技、光速回転蹴りなのだ。あの技はこのゲームを参考にしている。
もう一人使うキャラがいた、というかそいつがこの技の元祖だが、そいつはその技を出す前に倒しきっている。なにせ、オリジナルのほうが威力高いしな。
「まあ、こういうのも参考になるだろ?」
「はい、よく分かりました」
神妙に頷いたアインハルトはコマンド表を見つつ悪戦苦闘するが、いまいちはかばかしくなく、しょんぼりしていた。
「まあ、これも練習なしには上達できないよ」
「……時折、ここで練習します」
悔しそうだった。こいつ、負けず嫌いだからな。
帰る前にUFOキャッチャーが置いてある方を回ってみる。その一角、ぬいぐるみが山盛りになっているところでアインハルトは足を止めた。
視線の先には大人の握りこぶしよりやや大きい程度の小さな白い……
「……猫?」
「いえ、雪原豹のようです」
ずいぶんとじっと眺めているので、俺は提案してみた。位置的には取りやすい、真ん中より取り出し口に直結した穴にやや近いところにある。
「よし、じゃあ試しにやってみるか」
「え、あの……」
お金を入れる。
こういうのは操作する人間の腕次第だ……とよく言われるが、その前に大前提が存在する。
すなわち、操作して動かすアームの景品を掴む力が強いか否か、だ。
押すにせよ掴むにせよ引っ掛けるにせよ、力が弱かったら景品を手にするのは不可能ではないにしても途方もない時間と金がかかるのだ。
だからまずは一回分の料金で試す。
狙ったぬいぐるみ……雪原豹の頭を掴み、持ち上げたものの、運んでる途中、揺れてバランスの問題で落ちてしまった。
「ああっ………!」
アインハルトが残念そうな声を上げるが俺はむしろ安心していた。これならいける。
今度はある程度のお金……五回分のお金をまとめて支払うことで六回操作が可能となった。
「さて、やりますか」
とりあえずさっきのでバランスはつかめた。頭よりもやや下、首の部分にうまく合わせるようにアームを動かしていく。
……よし、掴んだ。
運んでいくのを俺とアインハルトは固唾を呑んで見守る。
そして、獲得用の穴の部分まで行き、静かに……落ちた。
「ぃよっし!」
思わず俺はガッツポーズ。
受け取り口に手を突っ込み、手にしたぬいぐるみをアインハルトに渡す。
「はいこれ」
「で、ですが……」
「初めて一緒に遊んだ記念に、な?」
「……はい。大切にします」
嬉しそうに小さなぬいぐるみを抱きかかえるアインハルト。無表情ながらも顔をぬいぐるみに寄せる様はすごく可愛らしかった。
「で、残り五回。予想外に早く取れたし、どれ次に狙おうかな……?」
「……あれはどうでしょう?」
今度は分かった。ライオンだ。銀色の鬣を持ったファンシーなライオンのぬいぐるみが奥にある。
「レーヴェさんにぴったりだと思います」
まあ
「よし、じゃあそうするか」
とりあえずさっきと同じように動かしてみる。若干奥にあるので、場所が把握しづらい。
一回目は腕の部分を掴んだものの持ち上げられなかった。他の人形が足元に埋まってるっぽいからだろうか。
二回目はどうにか引っこ抜いたものの、その反動で取り落としてしまう。その時すごく掴みづらい体勢になった。
三回目、四回目でどうにか掴みやすい状態になり、
五回目、つまり最後で……、
「うっし、ゲット!」
銀獅子のぬいぐるみが落ちてきた。横でアインハルトは雪原豹のぬいぐるみを抱きかかえたままパチパチと小さく拍手。
「お見事です」
それから俺がアインハルトと同じように抱きかかえて見せるとアインハルトは自分と見比べて一言。
「お揃い、ですね」
言ってから恥ずかしくなったらしく、顔を赤らめて黙り込んだ。俺だって顔が火照ってしょうがない。
ずっと持っているというのも少し恥ずかしいので、俺はぬいぐるみをロイの余剰空間に格納した。
「……今日は、お時間を割いていただきありがとうございました」
帰る途中にアインハルトは静かに礼を言った。
俺は手をパタパタ振ってみせる。
「ああいや、こっちが誘ったんだし。別に礼を言われるほどのことじゃないよ。俺も楽しんだしな」
「それでも、です。今日は自分の見識の狭さを思い知りました。これからはこういう息抜きも時折するつもりです。……その、お邪魔でなければまたご一緒したいのですが……」
「……喜んで」
「ありがとうございます。とりあえず明日からはまた修練をがんばらなければ。目的もできましたし」
目的? なんだろう、それは。
質問しようとしたのだが、
次の言葉に、俺は体がすぅっ、と冷えていくのを感じることになる。楽しかった時間の余韻が一瞬で消し飛ぶほどに。
「JS事件のときゆりかごが上がったのを見て、『ひょっとしたら』と思っていましたが……昨日聞いたうわさだと、聖王のクローンはやはり生きているそうです。もっと修練して、強くならなければ」
…対策を、考えてみる。ヴィヴィオとアインハルトの衝突を防ぐための対策を。
なまじ事情を知ってるだけに、ノーヴェのようにジムなり道場なりを勧めるわけにもいかない。俺もいろんな人に教えてもらってるが、「特定の流派」に入っているわけではない我流のため、言っても意味がないからだ。
DSAAを勧めようとしても拒絶するだろう。試合よりも実戦を重視してるのは俺も同じだから説得力がない。
だから俺はできるだけ何気なく聞いた。四年後、否、三年後にあんな真似をさせないために。
……友達が次々と格闘家を襲うとか見たくないからな。
「……それで、強くなってそいつをどうするんだ?」
アインハルトは怪訝そうな顔を一瞬だけして即答を返した。
「無論………戦い、そして打ち倒します。そして覇王流の強さを証明する。それが私の、クラウスの記憶を受け継ぐものとしてのたった一つの存在理由だから」
「……………………」
……その言葉に俺はなぜか非常にイライラしてきた。記憶を継いでるからそれを存在理由にするだって?
それじゃあ、ナンバーズがスカリエッティに作られたから従ってたのと同じじゃないか。
クラウスっていう偉大な先祖に縛られているだけじゃないか。お前自身の、覇王の血筋とか関係ない存在理由はないのか。
それに、
「そんなことで覇王流の強さは証明できるのかよ? 武技の使い手として最強の存在のクローンって言ったって、その戦技を受け継いでないんだから意味ないだろ」
「……どうして、そんなことを知っているのですか?」
……しまった、口が滑った。心の中で舌打ちをする。
「そういえば、『ゆりかご』が空に上がったのはあなたが以前大怪我をしたちょうど一週間後でしたね。それに、あなたが事件に巻き込まれたのは、その事件を担当し解決へと導いたという機動六課の隊舎……。……まさか」
アインハルトの目が鋭く俺を射抜く。
「知って、いるんですね? そのクローンのことを」
……くそ、失敗した。
歯噛みしたくなるのをこらえて、必死な目をする少女に俺は答える。
「クローンなんて言い方をするな。オリヴィエとは関係なく、あいつはただのガキだ」
「ではその人の居場所を教えてください」
「『打ち倒す』とかいうやつに教えるわけねーだろ。たとえ言わなかったとしてもそんな目をしてる君に教えるつもりはない」
静かに睨みつけられる。その目に宿るのは理不尽に対する怒りと焦りだ。
「……あなたに何が分かるんですか」
「確かに俺には君の思いはわからないよ。でも、そのクラウスも、クラウスが守りたかった人ももういない。覇王流の強さを証明する、それ自体は別にいいさ。でも、そのために過去とはほとんど関わりのない女の子を、それも戦技とかを欠片も習得していない子を倒すなんて、そんなのはただの……」
言いよどんでからはっきりと告げる。
「ただの、妄執か独りよがりでしかない」
「っ…………!」
アインハルトは息を呑む。表情にひびが入ったような錯覚を覚えた。
「君以外にも先祖返りの人、クラウスの記憶を持った人は祖先の中にいたんだろう? でも彼らが生きた時代には聖王のクローンなんていなかった」
「だから私はその方々の分まで……!」
「そして彼らは何らかの形で彼の記憶と折り合いをつけた! 君は単純に、偶然に同時代に因縁を持つ奴がいたから祖先を理由にケンカを吹っかけようとしているだけだ!」
大声でアインハルトの言葉を遮る。彼女は顔を歪ませ、俯いた。
ため息をつき、声のトーンを落とすことで自分を落ち着かせようとするが、うまくいかない。
感情的になりすぎだと諌める声が自分の中に湧き上がるが、もう自分でも止められなくなっていた。
「……それに、あいつはその『最後の聖王』オリヴィエのクローンってだけで、自分のオリジナルの記憶とかは持っていない。何より、あいつは……やっと普通の女の子として幸せを味わうことができるようになったところなんだ」
どうにか息を整え、言葉を続ける。
沈痛な面持ちのまま、言葉を発さない覇王の末裔に。
「あいつがすごい苦しい思いをしてようやくオリジナル由来の因縁を遠ざけたっていうのに、その幸せを邪魔するって言うのなら……」
俺はじっとハイディ・E・S・イングヴァルトを見据える。
「俺はそいつを許さない。……たとえ、君であっても」
その一言に彼女はぴくり、と肩を震わせ、沈黙した。重苦しい空気に包まれる。
……しばらくして、顔を上げた。虹彩異色の目に静かな決意の炎を灯して。
「……なら、拳で決めましょう。あなたが勝てば私は諦めます、だから……私が勝ったらその人のことを教えてください」
「……いいよ、やってやる。……後悔するなよ」
「……そちらこそ」
……はぁ。
楽しかったはずなのに。
なんで、こんなことになっちまったのかね。