その23 Lの憂鬱/後悔先に立たず
次の日の朝、普通に授業に出て、普通にアインハ……
「って、もう関わらないんだったな」
ため息をつき独り言。ずっとそのことばかり考えていて授業の間も暗鬱な時間を過ごすことになった。
いつもは一緒の鍛錬の後に行っていた無限書庫に顔を出す。
「おや、レーヴェ君じゃないか。今日は早いね」
真っ先に声をかけてきたのは無限書庫司書長、ユーノ・スクライアさんだった。
「……ええ、まあ。これからはこの時間になるんじゃないかなーと思いますよ」
俺の言葉にユーノさんはぱっと顔を輝かせた。
「それは助かるよ! またあの黒いのが無茶な資料請求をしてきたからさ、少しでも手伝ってくれると助かる」
「お任せあれ。ってあれは……?」
ふと、ヴィヴィオと一緒に女の子がいるのを見かけた。
「ああ、ヴィヴィオとコロナだね。最近友達になったみたいだよ。二人とも本が好きみたいだから」
「はぁ、なるほど」
なんとなく頷いた。
……そういえば、「ここで働いてるんだ」って案内して以来、あいつ本の虫になってここからしょっちゅう本を借りていくようになったな。最近、その影響か、それとも魔導師としての性質ゆえか、精神年齢が10代前半くらいまで引きあがったような気がする。
何を読んでいるんだろう。「頭が良くなる本」なんていう頭の悪い本を読んでるわけでもあるまいし。
以前「何読んでるの」って聞いたら真っ赤になって「秘密!」とか言って怒ってたからな。まあ、なのはさんもいることだし、ヤバイ内容のものには手を出していないんだろうけど。
「まあ、ヴィヴィオがここに来たがる理由はそれだけじゃないんだろうけど……ってレーヴェ君!?」
とりあえず話しかけてみるか、貴重なViVidからの登場キャラだし。
……だが、あんな真似をアインハルトにしたのにヴィヴィオに話しかけていいのだろうか。いや、確かにヴィヴィオも間接的に関わっていたとはいえ、直接的には俺とアインハルトの問題だ。これでヴィヴィオを遠ざけたら、ヴィヴィオはわけも分からぬままに距離をとられたことから理解しようとするために近づこうとしてくるだろう。それで事情が知れたらろくでもないことになる気がする。
飛んでいく俺に驚愕と恐怖の色を帯びた声が後ろからかかる。
「あ、ちょっと話してきますー。すぐ戻ってハラオウン提督の請求の手伝いするんで」
「あ、うん、ならいいけど……」
そんなにやばいのかあの提督の請求。
さて……。
「よっ」
俺が近寄って挨拶するとヴィヴィオは笑みを浮かべてこっちによってきた。
「レーヴェ!」
「この人がヴィヴィオが言ってたレーヴェ、さん?」
少女が首を傾げたのにヴィヴィオは頷いた。
「そうだよ。レーヴェ、この子はコロナ・ティミル、私の友達」
友達、か。
再び思い出して顔を歪ませそうになるがどうにか我慢。
ぺこり、とコロナは頭を下げて挨拶。
「コロナ・ティミルです。よろしくお願いします。レーヴェさんのお話はいつもヴィヴィオから聞いています」
いつも、ねえ。そんなに話すことないような気がするけど。
「ふーん。どんな話?」
「それは…」
答えようとしたコロナを顔を赤くしたヴィヴィオが遮った。
「で! こっちがレオンハルト・ブランデンブルク! 通称『レーヴェ』!」
通称って何だ。
一応紹介されたので挨拶はしておく。ヴィヴィオが俺について話していることも結構気になるけど、それはまた後でじっくり聞かせてもらうとしよう。
「レオンハルト・ブランデンブルク。レーヴェって呼ばれてる。そう呼んでくれ。よろしくな」
「はい、レーヴェさん。よろしくお願いします。私のこともコロナでいいですよ」
俺の笑顔ににっこりとコロナは笑みを返してくれたが、ヴィヴィオは不審そうな顔をした。
「ねえレーヴェ、元気ないよ。大丈夫?」
……聡いな。気づかれないように演技してたつもりだったんだけど。
「え、俺は元気だぞ? そんな風に見えるか?」
「うん、まるですごく悲しいことがあって落ち込んでるみたいに見える。だってその笑顔、嘘だもん」
……よくもまあそこまで看破できるものだ。これは感受性が男よりも強いとされる女という性別ゆえか、それとも一年になる付き合いゆえか。両方ってこともありうるけど。
しょうがないので本当のことを言う事にする。まあところどころ伏せたりはするけど。そうしなきゃヴィヴィオが気に病むだろうし。
「実はな、友達と大喧嘩しちゃったんだ。しかも仲直りとかできないまま絶交しちゃった」
無理に笑ってわざと軽く言ってみたんだが、二人の少女に与えた衝撃はすさまじいものだったらしい。
「『絶交しちゃった』って…大変じゃないですか!」
「は、早く仲直りしないとだめだよ! どうしてそうなったの?」
「お互いにさ、絶対に譲れないものがあって、それが衝突しちゃったけど、それでもお互いに譲ることができなかったから、かな。仲直りしようとするってことはこっちがそれを譲るってことだ。だから仲直りもできない」
「そんな……」
「そんなの、悲しすぎるよ…」
二人が表情を暗くしてしまったので、とりあえずうまい具合にまとめてこの話題は終わらせてしまおう。
「そうかもな。だから二人は、そんな悲しすぎることがないようにしろよ」
「「……はい」」
二人ともそこは強く頷いたので、俺は仕事の方に没頭することにした。
「じゃあ、俺はもう行くよ」
そう言って背を向けようとしたとき、いきなりヴィヴィオが顔を上げた。
「あ、あのさ、レーヴェ! お、お願いしたいことが、その、二つあるんだけど……」
「ん、何だ?」
振り返って首を傾げてみせる。ヴィヴィオは少しもじもじとしてから、やや小さな声で言った。
「えっとね、私も無限書庫の司書の資格取りたいから勉強を手伝ってほしいの」
……それが一つ目か。
「ふむ。二つ目は何だ?」
「
……昨日の今日で、か。戦技を継いでないと彼女に言ったことを思い出し、胸のうちで嘆息する。
「……どうしてだ? お前には最強の
俺の質問に少し考えてから、ヴィヴィオは静かに、けれどさっきと違ってしっかりした口調で答えた。
「……確かに今はそうかもしれないよ。でもね、守られたままじゃ嫌なの。……強くなるって約束したから」
「そう、か………」
きっとこいつは、意地でも引かないんだろうな。全く、そういうところは
でも。
「一つ目はいいけど二つ目はダメ」
「ど、どうして!?」
詰め寄ってくるヴィヴィオに対して俺はパタパタと手を振って見せた。
「落ち着け、理由を話すから。俺が使ってる体術はストライクアーツをベースとしているだけであってあくまで我流だ。俺専用のものをお前がそのまま学んでも100%完璧に使いこなすのはまず無理だ」
「……うん」
納得したのかしぶしぶ頷いた。だから俺は安心して説得を続ける。
「だから、基礎からしっかりとスバルさんとかに教えてもらえ。昔から残ってる武術っていうのは汎用性がある、誰にでも使うことができるようになってるってことだ。だから俺もそれをベースにしてる。……ある程度基礎が固まってきたら途中途中で技とかいろいろ教えてやるからさ」
「…わかった。そうする」
「あ、司書資格の方はみっちり教えてやるから安心しろ。今度お前の家で…ってまあそこまでやらなくてもいいか」
少し落ち込み気味だったヴィヴィオは俺の最後の一言に激烈な勢いで反応した。
「ううん、ぜひ! むしろ絶対来て!」
「へ? あ、うん……。じゃあ今度な。俺、これからユーノさんの手伝いに行くから」
ちょっと引き気味になりつつ、俺は仕事の方へ戻った。
後ろの方で小声で交わされたずいぶんとませた会話には気づかぬままに。
「よかったねヴィヴィオ、ストライクアーツはダメだったけど、その分家で勉強を手取り足取り教えてくれるって」
「べ、別にレーヴェはそこまでは言ってないよ!?」
「そうしてもらうようにあなたが頑張ればいいじゃない。お料理の練習もなのはさんと一緒にしているんでしょ? 手作りの晩御飯をご馳走したらきっとメロメロだよ?」
「あう……」
「それにストライクアーツの方も頑張ったら密着して教えてくれるんでしょ?」
「み、密着ってそんな……。それに、わたしは」
「『レーヴェがあんなふうにボロボロになるのをもう見たくないから』だったっけ? 本当にヴィヴィオってレーヴェさんのことが好きだよね」
「うう……。で、でもレーヴェは今、結構落ち込んでるみたいだし……」
「……うん、心配だね」
「わたし、ママに相談してみる」
歴戦の猛者たちが次々に力尽きていくような資料請求は、何かに没頭してアインハルトのことを忘れていたかった俺にはちょうどよかった。
しかし、どんな仕事だっていつか終わりは来る。来てしまう。
家に帰ってきた俺は晩御飯を食べてから部屋に戻り、しばらくぼうっとしていた。
ふと、ロイの中に入れてあったデータを展開し、ディスプレイに映し出す。
そこに映っているのは設計図……クリスタル型のコアのデバイスの設計図だ。
……アインハルトのために用意していた、真正古代ベルカ式のデバイスの、設計図だ。
もうあいつとは関わりを持たないんだから、消してもいいかなと思ったのだけれど……。
やっぱりやめた。別に消さなきゃいけないわけでもないし、この設計図作るのには相当の時間をかけたからもったいないという思いもある。他のものに流用することも不可能ではないだろうし。
と、設計図を眺めていた俺にロイが声をかけてきた。
『マスター』
「…何だ?」
『これはどうなさいますか?』
突然出てきた指示代名詞に俺は首を傾げた。
「『これ』って何?」
『これです』
音もなく俺の膝の上に落下したのは、銀獅子のぬいぐるみだった。
ゲームセンターで取った、彼女とおそろいの……。
「………っ」
一瞬捨てようとして、踏みとどまった。
可哀想だ、と思ったのだ。貰われてすぐに捨てられてしまうということが。
それに、このぬいぐるみを捨ててしまうということは忘れるということだ。
俺が彼女にした仕打ちを、彼女との思い出をすべて捨てるということだ。
最低なことをした人間ではあるが。
それでもそんな恥知らずにまでなることは、俺には到底無理な話だった。
机の上、ちょうど真正面にぬいぐるみを置く。
雪原豹の相棒がいないせいか、銀の獅子の瞳は、どこか寂しそうに見えた。
「ヴィヴィオー」
「はい、なんですか、ユーノさん?」
「はい『ロウきゅーぶ』最新刊ね。いつもこれ借りてくねー」
「あはは、登場人物の女の子に感情移入しちゃって……あ、これレーヴェには秘密ですよ?」
「ふーん……」
入れなかった没ネタ。ええ、この空気の読めないネタをここにどう放り込めと。
まあそんなことは置いといて、レーヴェ側はこれからこの気持ちを背負っていくことになります。なのはさんたちのおせっかいがどんな風に出てくるのかは……分かりません。
次回はアインハルト側を少しだけ。
そうそうタイトルの元ネタは……分かりますよね?