その23・裏 Eの悔恨/ヤンデレが加速する
Side ハイディ・E・S・イングヴァルト
……あのあと、どうやって帰ってきたか覚えていない。
私は呆然として何も考えることができないまま、家の自分の部屋に帰り着いた。
手に持っていた荷物を机の上に置き、いつものように壁いっぱいのガラス棚に大量に納められた写真立て……中身はもちろん
………そこでようやく、私は我にかえった。
『じゃあな、アインハルト・ストラトス』
学校に行くことに不安になっていて、髪や瞳をからかわれても縮こまっているしかなかったあの日。
レーヴェさんが救ってくれなければ、私はもっと孤独な学校生活を送っていたことだろう。
あの人は私を認めてくれる唯一の存在。世界で一番大切な人。
優しくて、強くて、狂おしいほどに愛おしい、素敵な人。
大怪我したとき、傍にいることができなくてすごく悔しかった。
あの人はいつも私を安心させるように微笑みかけてくれた。
一緒に修練をする日はいつも学校へ向かう足も軽かった。
優しく手を握ってくれたとき、私の全身の血は沸騰しそうなほど熱くなった。
……けれど。
もうあの人が私の名前を呼んでくれることはない。
もうあの人が私と共に修練をしてくれることはない。
もうあの人が私に笑いかけてくれることはない。
もうあの人の手の温もりを私が感じることはない。
もうあの人が私と一緒に今日みたいにデートしてくれることも、な
「……っぁァあああああああああああああああああアああ亜あああアあああああああああああああアあああああああああ!」
突如として押し寄せてきた絶望の波に、私は見たくないものから逃げる子供のように布団に顔を押し付け、絶叫した。
でも思考を止めることができない。認めたくない現実を頭の中の冷静な部分が残酷に囁いた。
レーヴェさんは聖王につき、
涙を流し、嗚咽している私に次に押し寄せてきたのは後悔の波だった。
もし私が彼よりも強かったなら今頃私は聖王のクローンを叩き潰し、何も心配することなくレーヴェさんと一緒に修練をしていただろう。
もし私が彼が去る前に覇王の悲願を捨てる覚悟をして「待って下さい」と声をかけていれば彼は足を止めてくれただろう。
私の体が、心が弱いせいで彼はいなくなってしまった。
そしてもう、二度と帰ってくることはないのだ。
私はその日、一晩中泣き続けた。
泣き疲れて眠り、そして目が覚めても、現実は現実のまま、冷然とそこにあった。
少しだけ落ち着いた私は、悲しみの底に沈みながらも冷静に考えることができるようになっていた。
もはや覇王流を継ぐものとしての存在意義以外何もかもを失ってしまった私は、妄執だろうと独りよがりだろうと突き進むしかないのだ。
たとえ、彼と戦うことになったとしても。
そのためには私はもっと強くならねばならない。
今のままでは彼に勝つこともできない。
だから、もっと修練を積み重ねる。彼を超えられたと確信できるまで。
そして私は彼を倒し、聖王を打ち倒す。
そうすれば、もしかしたら彼が戻ってきてくれるかもしれない。
彼は聖王に騙されて、誑かされているだけかもしれない。
聖王を倒せば、彼も目を覚ましてくれるかもしれない。
そうすれば、今度こそ彼は私だけの存在になってくれる。
そしてもう二度と放さない。あの人に近づくもの全てを私が排除して、あの人を守って、私で満たして……。
体に力がよみがえる。
私は机の上に置いてあった雪原豹のぬいぐるみをそっと抱きしめた。
「待っていて下さい、レーヴェさん。私、もっと強くなって」
あなたを、助けますから。
声にならない声で呟き、ガラスの棚、その中央にぬいぐるみを静かに置いた。
雪原豹の目は光の加減からだろうか、どこか潤んでいるように見えた。
Side end