その24 弟子入りの難易度は人次第
あれから、一週間。
俺は訓練の具合を元のペースに戻すようになった。
否、以前よりもさらに苛烈な訓練を自らに課すようになった。
朝早くに起きてロードワーク。その後に双剣の素振りや格闘技の訓練をこなしてから朝食を食べ、学校へ向かう。
学校帰りに無限書庫で仕事しつつ理論等を学び、帰って来てから夕食までは射撃の訓練をして、夕食の後も魔法を含む近接戦の練習だ。
覇王の名を継ぐ彼女は、いずれ俺を倒さなければならないと考えている。今のままでは俺には勝てないと考えているだろうから、その修練はより苛烈なものとなるだろう。
追い抜かれないようにするにはこちらも練習量を増やすしかない。
そうやって、俺は学校の時間以外の大部分を訓練に費やした。親は心配していたものの、反対しても俺が絶対に首を縦に振らないと分かっているのだろう。体に気をつけるようには念を押されたものの、それ以外は特に何も言われなかった。
ヴィヴィオたちと話すことも少なくなった。会話するのは司書資格取る勉強教えるときくらいだ。
宵闇の中、一言も発することなく、魔力刃を形成した双剣を振るう。
緋色の軌跡が二条、虚空を切り裂いては消えていく。
シスターシャッハが教えてくれた双剣の基本的な型を無心で何度もなぞる。
……足りない。
理想とする剣閃をイメージしながら振るうが、自分の斬撃は全くそれに追いついていない。
フェイトさんのライオットのような圧倒的な速さ。
シスターシャッハのような鋭く正確な一閃。
それらすべてが圧倒的に足りていない。
足りていないなら、もっと練習するしかない……!
俺は深呼吸し、心を深く沈め、さらに練習に集中しようと……
「へぇ、なかなかに見所のあるヤツじゃねえか」
したところで、突如発せられた声に打ち切られた。
センサーで探知できなかった……というわけではない。気づいていたが別に危険度はそんなに高くないと放置していただけだ。しかしその声で集中が乱された。意識の外においていたせいでそのまま対処できなかったためだ。
双剣を下げ、声をしたほうを睨みつける。不快感を隠さずに応対する。
「どちらさまですか。見れば分かると思いますが、練習中なんですけど。邪魔しないでいただけませんか」
現れたのは三十代……「お兄さん」と呼ぶのはそろそろ無理そうだが、「おじさん」呼ばわりされると傷つきそうな感じの若々しくもなければくたびれてもいない、あえて言うならややシブい長身の男性だった。黒めのTシャツとズボンを着ている上、肌がやや浅黒いためか、よく目を凝らさなければ見失ってしまいそうだ。
…いや、前言撤回しよう。おそらく目を凝らさなくても見失うことはあるまい。
なぜなら、彼の左目には黒い
「いや悪いな、つい声が出ちまった。こんな夜遅くまで剣を振るガキとか今まで見たこともなかったし、ずいぶんと真剣だ」
「……………………」
そう思うんだったらその真剣な練習の邪魔をするのはやめてほしい。
俺のそういう思いに気がついたのか、その男は苦笑して肩をすくめて見せた。
「そう怒るな、そんな無意味に時間を削ろうってわけじゃねえ。……お前、俺の弟子にならねえか?」
「は?」
目が点になった。
「こんな風に夜一人で自主練するっつうことはそれくらい強くなりたいってことだ。しかもその目から察するにできる限り早く、な。しかも一日観察してて分かったが、扱う武器は複数。扱いの様子を見て、理想の形を予想するに高速で敵に近接戦闘を挑む強襲型」
………思わず無言になる。さすがに夕方などは練習してるときは周りに人が多いので意識してないが、まさかずっと見られていたとは。しかも完膚なきまでに見抜かれている。
「俺はもとはいわゆる『戦場の何でも屋』ってやつでな。賞金稼ぎとか傭兵とか……あと戦場での潜入破壊工作、情報収集、暗殺その他もろもろの仕事をやってきた。まあもう足は洗ったけどな。とはいえこの技、使いようによっては人を救うこともできる。受け継いだものが俺の代で失われるっつうのは忍びなくてな」
「……それで、何で元暗殺者さんは俺を弟子にとろうと思ったんです?」
警戒しつつ問う。俺のことを消したいなどと思う奴がいるとは思わないし、身代金狙いで誘拐するならもっと狙い易い奴なんて大量にいるだろう。だが可能性はゼロではない。
「何個か理由がある。一つ目、俺はバトルスタイルとしてはお前のそれに近かった。双剣と、あと徒手空拳。そして場合によっては質量兵器の火器とかも使ったからな」
なるほど、質量兵器の火器に俺の銃はかなり近いものだ。そういう意味では確かに向いているだろう。
「二つ目は適性というか受けてくれそうかどうかの問題だ。見たところ、一つの武器にもこだわっていないし、相手を出し抜く駆け引きも否定しない。技にしろ武器にしろ、騎士の様な綺麗な『正々堂々とした戦い』にこだわっていない。これなら俺の技を継ぐことに拒否感を持ちにくいだろうってことだ」
これも当たり。騎士にはならないつもりでいたし、もともと正々堂々と言う言葉に「勝たなければ意味はないのでは」と違和感を感じる人間だ。
しかし本当に人間観察能力に舌を巻く。
「三つ目は………目だ」
「目?」
「戦いの場において冷静冷徹に自分を、相手を見つめ、思考する目。そういう目が俺の技……もっと言うと奥義には一番向いているんだよ」
……おそらく、いや間違いなく意図などないのだろうが、かなり突き刺さる言葉だった。
冷静冷徹? あんな選択をした俺が? 戦いじゃともかく対人関係じゃそんな能力は間違いなく存在しない。
それにしても……奥義、ねえ。若干胡散臭いものを感じる。
「どれくらい強いんですか?」
「奥義が? 俺の技が? それとも俺が?」
「全部です」
いや、正確にはこの人が俺よりも強いのは分かる。そこから先、どのくらい強いのかが分からないのだ。個人的に最強の基準は六課の隊長メンバー辺りなのだが、この人がそこまで届くか、それとも及ばないのかが気になる。
「ふーん……」
俺の言葉に含められた意図を読み取ったのか、ニヤリと笑う。ふてぶてしいその笑みがすさまじく似合っていた。
「奥義については使い時、使い方によるな。真価を発揮できるときとできないときがある。お前の資質も関連してくるし、一概に最強とは言えんよ。ただ、使い勝手はいいし、どのような状況でもある程度は対応ができる」
まあ教えてくれるのは攻撃技なんだろうし、場合によるって言うのも分かる。ある程度の対応が可能っていうのは確かにいいことだよな。
「技の方は正直『信じろ』以外言えることはない。俺は自分の技で何度も戦場を生き延びてきたが、それを証明するなんてほとんど不可能だからな。そして俺自身についてだが……」
男性の腰の辺りで何かが光った気がした、その次の瞬間には首に実体剣の刃を押し当てられていた。
刃の長さは俺の双剣よりやや長いくらいだろうか。成人モードの俺よりもやや身長が高いのでそれにあわせて長さも決めているのだろう。
「これくらいは軽い」
………反応、できなかった。否、反応を「許されなかった」というべきか。対応の姿勢が取れなかったのは、それだけ予備動作が少ないってことだ。フェイトさんの攻撃でも構えようとするくらいの時間はあるだろうが、この攻撃にはそれすらなかった。その時点でこの人の凄まじさが透けて見える。
デバイスのセットアップをしながら斬りかかり、ちょうど俺を斬る頃にはセットアップが完了していた。武装をしていない………セットアップしていないことに対する油断も突いたのだろう。
同時に悟った。この人は俺のことを犯罪目的では一切狙っていない。これくらいの力があるなら見つけてすぐに俺をどうにかするなんて簡単だろう。
「どうする?」
「……よろしく、お願いします」
頭を下げた。
「よし、じゃあとりあえずは朝と夜、暇なときにウチに来い。明日の朝案内してやる。あ、金ならいらねえから」
……毎日来いとか言わないんだ。
俺の表情から言いたいことを察したのか、適当な調子でその男性は言った。
「俺がやるのは教えることと、学んだことをお前が練習して、ちゃんとできてるか確認することだ。基礎の部分はかなりしっかりとできてるみたいだし、修行は日々の中でもできるからな。俺はテオドール・アキュラ。『テオ』でも『師匠』でも好きに呼べ。これからよろしくな、レオンハルト・ブランデンブルク」
「……なんで俺の名前を?」
「昔取った杵柄ってやつさ」
情報収集って言ってたっけ。それなら俺の名前を調べることも容易いということか。
「よし、じゃあ記念すべき第一日目、とっておきの奥義を教えてやる! ……ん? なんだ、微妙な顔して」
………いや、分かるだろ普通。
「そんなん最初に教えていいんですか?」
「うん? ああ、問題ない。最初は皆できないし、あくまでこれは準備段階。結局大体の戦い方を覚えた頃に形になっているといいな……ってものだし」
「はあ…………」
「これ、今日から毎日の宿題な。
「……言葉?」
言葉を覚える…刻み込むのが準備だということか。
「そうさ。じゃ、言うぞ? 『我は鋼なり』……」
こうして俺は自分の師匠……テオドール・アキュラに弟子入りした。
最初から奥義伝授。この流派おかしいだろ。
次回はそのまま修行編……ではありません。
あえて言うなら「どきどき家庭教師レッスン」です。……なんかエロゲのタイトルみたいだな。
………ああ、師匠の元ネタですか?
半分は「アリアンロッド・サガ・ノベル」より「堕ちた剣聖」テオドール・ツァイス。
もう半分は「棺姫のチャイカ」より「乱破師」トール・アキュラ。
両方とも富士見ファンタジア文庫から。