その25 八神家の一族
夏が過ぎ去り、過ごしやすい季節になったころ。
俺は八神家に向かっていた。
もちろん、どうしてこんなことになったのかというのもきっちり説明しなければならないだろう。
話は少し前、まさに「残暑」と呼ぶべき、最高気温はやや低下したものの未だシャツが汗で体に張り付く気持ち悪さに顔をしかめていたような時季の休日に遡る。
ここは高町家二階、ヴィヴィオの部屋。
俺はクーラーが効いた
「……ああ、そうそう。この『時空管理局の資料請求制限』ってな、ハラオウン提督……フェイトさんのお兄さんの請求があまりにも多すぎて悲鳴を上げたユーノさんが訴えてできたんだって。局のほうも渋って、ベテラン商人も真っ青になるような交渉戦が繰り広げられたんだってさ。もちろん双方の土下座込み」
「えー!?」
脱線と裏話も入れながら。そうした方が飽きないからな。
「ね、ねえレーヴェ、ここ、この『古代ベルカに関する資料の分類ミスの危険性』ってところが良く分からないんだけど」
「うん、どこ?」
とりあえず問題の方に顔を寄せてその内容を探そうとすると、ヴィヴィオは慌てたような声をあげた。
「わひゃっ! ち、近っ……」
「へ? 地下がどうかしたか?」
振り返って確認すると、彼女はぶんぶんと首を横に振った。顔が少し赤い。
「え、ううん、なんでもない………」
「? 変なの。それでこれはな、古代ベルカ語は一つの言葉が全く異なる複数の意味を持つ難解な代物で……」
と解説を始めたところで、階下からなのはさんの声がした。
「レーヴェ君、ヴィヴィオ、いったん休憩しよー! お菓子もあるから降りといでー!」
「「はーい!」」
とりあえず一時中断して、俺達は一階に降りた。
「……道場、ですか?」
「そう、はやてちゃんがやってるんだって」
おいしいお茶とクッキーをいただいているとなのはさんがそんな話をした。
そうそう、クッキーはなのはさんの手作りだそうだ。
「すごくおいしいです!」
とほめるとなのはさんは照れた。
「喫茶店の娘だから自然と覚えちゃって……」
「確かにお店に出しても全く恥ずかしくないレベル……ってどうしたヴィヴィオ? すごい怖い顔してるぞ?」
「……なんでもない。………夜ご飯の時にびっくりさせるんだから」
「?」
最後の方が聞こえなかったが
道場の話に戻る。
「俺はもう師匠がいるんですけど……」
「あ、入ってほしいってわけじゃなくて、……他流試合って言えばいいのかな? 練習の相手になってあげてアドバイスしてほしいみたいなんだ」
他の戦い方をする人を見て気づくこともあるからね、と続けて、
「空いてる時間があったらでいいんだけど、行ってあげてくれないかなって」
「はい、わかりました」
自分にとってもいい練習になるし、八神家の皆さんにはいろいろ教えてもらったからな。
断る理由はなかった。
……そういや晩御飯のとき、おかずをいくつか作ったヴィヴィオはなんであんなに目をきらきらさせて
「いいお嫁さんになれそう?」
って聞いてきたんだろう? おいしかったから
「このままがんばればなれると思うよ」
と答えたらガッツポーズしてたな。小学生の頃の夢がお嫁さんていうのはよくある話しだし、そういう夢でもあるのかな。
さて、目の前には八神家。
とりあえず、
「潜入するか」
「「なんでだ」」
「いや、師匠に教わった技術を試してみたくて…ん?」
振り返ったら後ろにいたヴィータさんとシグナムさんが呆れた表情をしていた。
手に大きな袋を提げている。買い物帰りなのだろう。
「お前の師匠って一体何なんだ……?」
「さあ………?」
そう訊かれても首を傾げるしかない。
「まあともかく入れよ、いろいろ説明しといた方がよさそうだ」
ヴィータさんがため息混じりに告げた。
中に入ってはやてさんやリインさんの、なのはさんにも劣らぬ美味しいお菓子をいただきつつ、話を聞くと、
「……俺とまともな試合になる生徒がほとんどいない?」
「せや、さすがに経験も密度も違いすぎる」
はやてさんは頷いた。
「……まあ確かにそうですよね。むしろ一年もしない間に俺よりも強くなった人間がいるとしたらそれはもう『天才』ですよ」
そう言える程度には同年代で技能が優れている自信がある。立ち上がるようになってすぐに魔法と戦技の修得に明け暮れるようになるガキなんぞそうそういやしない。俺や
「だから、最初レーヴェにはザフィーラの相手を頼みたいんだ。あいつらにはそれを見学してもらう。そうした方がお前の実力を皆認めるからアドバイスのときお前の意見を受け入れやすくなるだろ?」
「……いいんですか?」
ヴィータさんの言葉にこう問うたのには理由がある。はっきり言って同年代でまともにザフィーラさんとやれる俺の方がレアなのだが、勘違いして「俺じゃダメだ」とか諦める奴も出る可能性があるのだ。
シグナムさんがあっさり答える。
「大丈夫だ。そんな弱く育てたつもりはないし、落ち込んでいれば我が家の教導官殿が何とかしてくれるさ」
「っておい、アタシに丸投げかよ!?」
……ならまあ、大丈夫か。俺はこくりと頷いた。
「分かりました、全力以上でやらせていただきます」
というわけで試合である。セットアップしてザフィーラさんと向き合った。今回はあくまで格闘の練習試合、スパーのようなものだから成長した姿に変身はしない。そうした方がヴィータさんの言う「説得力」もあるからな。
……しかしなんだろう、周りからすさまじく注目を浴びている気がしてならない。
「皆、よく見ておくように」
『はーい!』
そんな事言わないでくださいよザフィーラさん視線がきついんだから!
無理と分かりつつも胸中で叫ぶ。
だが今は戦闘。とりあえずそういう余計な考えは排除しなければならない。
……いったん深呼吸し、一言ずつ確かめるように
「……『我は鋼なり』『鋼故に怯まず』『鋼故に惑わず』……」
思い描くは一振りの刀。脇差のような小さいものだが、そこには確かに必殺の意思がある。
「ん……?」
ザフィーラさんが眉を寄せたが、それを無視して呟きは続く。
「『一度敵に逢うては一切合財の躊躇なく』『これを討ち滅ぼす凶器なり』」
頭の中が切り替わる。もはや周りで見ている子供達は触れてはならない障害物という程度にしか認識していない。雑音などそもそも気にもしない。
……奥義、「鉄血転化」。攻撃技ではない、むしろ戦闘における補助の技だそうだ。
その第一段階。
設定した鍵詞で発動する自己暗示によって、感情というノイズを排除し、自身の思考を目的合理的にして戦闘に特化させる。もちろん修行中なので暗示のかかりは甘いし、ノイズの量もかなりあるから、現在は精神集中よりちょっと良いという程度でしかない。時間制限もある。ただそれでも十分有効ではあるし、これを扱うのに慣れるためにも日々使用はするようにしている。
思考が向かう先は一点。「どうすれば勝てるか」だ。
今回はあくまでストライクアーツの試合なので双剣も双銃も使えない、格闘のみだ。一発アウトの有効打か、どちらかのダメージが戦闘を困難にするレベルになった時に終了である。
この場合、戦力の差を比較すると少なくともパワーとガードとリーチでは完敗している。スピードではどうにか勝っているが、スピード任せで攻撃を叩き込んでも大したダメージにはなるまい。
また防御重視で隙をうかがうにしても、圧倒的なパワーで押し切られる可能性は相当ある。
ならばまずすべきは攻防のバランスを取り、攻めるときはガードをこじ開ける、あるいは崩すこと。
そして急所に一撃。それ以外に手はないだろう。
もちろん、それくらいザフィーラさんも把握しているので対策は考えているに違いない。
だから相手の意表をつくこともまた重要、か。
身長が相手より低いがゆえに小回りが効くのも生かして……
構えたまま思考を続けていると耳が必要な情報を自動的に脳に届けた。
「それでは、はじめっ!」
その言葉を聞くやいなや俺は地面を蹴り飛ばして前に加速した。