その26 マジカルなイリヤがセイバーと一対一でバトルするときの気分はきっとこんな感じ
高速で踏み込み、まずはザフィーラさんの迎撃の右拳をぎりぎりですり抜ける。
引き戻されると同時に放たれる左拳もわずかにかがんで回避。これでこちらの手の届く距離まで至った。
まずは腹部に飛び膝蹴り。加速の勢いを殺さず左足で地面を蹴り、運動エネルギーを右膝に集中させて一撃を叩き込む。
「むうっ………!」
当然ザフィーラさんは避ける事は出来ず防御する……かと思いきや左足の蹴りをぶつけてきた。
勢いよく衝突。衝撃がびりびりと右膝にくる。当然痛いがそんなことは気にしている場合じゃない。
着地して態勢を整えたと同時に空気を切る音を響かせつつ右肘が降ってくる。冷静に見極め……
ちょうど落ちてくるザフィーラさんの右肘、その側面に左肘を正確に叩き込んだ。
相手の攻撃に対して垂直のベクトルに突きこんだ攻撃は力負けはしていても見事に役割を果たし、攻撃は逸れる。
それを確認しないまま俺は踏み込んで多少の隙が出来た右脇に右肘を入れる。
硬い感触、まるで石か何かを叩いているような感覚だ。ダメージはほとんど防がれてしまっただろう。
一撃を入れたら即座に回避と防御。迫り来る右の蹴りに飛び下がって回避しようとするが間に合わない。
バックステップで来るであろう衝撃の対策をしつつ、両腕をクロスさせて蹴りの予想軌道に合わせる。
「むんっ!」
「………っ」
両腕に想像以上に重い衝撃、数メートルほど吹き飛ばされる。
しかし対策がどうにか功を奏したようで、両腕も多少まだ痺れが残るもののまだまだ動かせる。
強制的に距離をとらされた俺は次の一撃を思考しつつ、身を低くして構える。
ザフィーラさんも右足を戻して構えなおす。
Side ヴィータ
呆気にとられた。
「おいおい……ここまでやるか、あいつ」
以前会った時よりも格段に強くなっていやがる。
どんな鍛錬をしたのか知らないが相当な地獄を見たことは間違いねえな。
……相手に真正面から一撃を叩き込む感じじゃねえが。
あれは死角を突き、急所を狙う暗殺者の動きだ。「騎士になるつもりは無い」って言ってたから魔導師のほうで行くのかと思えば、いやはや……。
ま、あいつ自身の心根が歪んだりしたならともかく、そうでないなら当面は口出ししないでおくか。教え子の全員に騎士になれとか言うつもりもないしな。
言うにしてもせいぜい闇討ちとか卑怯な手は出来る限りやめろよというくらいか。……いや、リンカーコアを闇討ちで奪ってたアタシらが言えた義理じゃねえな。
「ヴィータさん……」
「なんだ、ミウラ」
話しかけてきたのは最近入ってきたばかりの少女、ミウラ・リナルディだった。
もっともミウラもあたしも試合からは一切目を離していない。
「すごいですね、あの人……師匠にあそこまで食いつくなんて」
「まあ、あいつはお前らとは純粋に努力の量が違いすぎるからな」
そもそも戦技の修練を始めた時が違いすぎる。ここは地道にやっていくしかないだろう。
「だが、努力とかそういうのを抜きにするとあいつがザフィーラに食いつけている理由は……目だ」
「目?」
「あいつは目でザフィーラの攻撃を完璧……とは言わないまでも大部分を視ているんだ。攻撃の予想と認識が出来ればたいていの場合対策は出来る。もっとも見えていてもどうにもできない攻撃っていうのも世の中にはあるがな」
だがそれ以上に凄いのはあいつの精神力だ。
相当な威力を秘めた一撃、それを視ればたいていは腰が引ける。目をつぶろうとすることはなくても恐怖で身がすくんで一瞬は対応が遅れる。
しかしあいつは全てを平然と見据えて捌いた。
あいつ、何かを呟いたと同時にあの表情になったな。魔法……じゃない、おそらく精神集中のためのものだろう。最近教わり始めたって言う師匠にでも教えてもらったんだろうか。
いや、それもあるかもしれないが、あいつが捌ききれる理由にはもう一つあるんじゃないか……とあたしは思っている。
……あいつは一度、死に瀕したことがある。それだけの痛みを戦いで味わったことがある。
それによって危険に対する恐怖がある程度麻痺したんじゃないだろうか。
あるいは危険に対応するために恐怖以上に対処への意識が強まったのかも知れねえが……。
……と、ザフィーラが前傾姿勢になる。
「動くぞ、よく見とけ」
「はい!」
Side end
今度はザフィーラさんが突っ込んできた。
真正面に来る右ストレートをかがんでよけると同時に、俺は足払いをかける。狙うのは体重のかかっていない右足。
避けようとして空中に右足が浮き、体勢がやや崩れたところで先ほど攻撃した右のわき腹に掌打を叩き込む。
「く……!」
顔を多少歪めているがそれでも一本といえるほどのものじゃない。
反撃の右蹴りが来るので左に転がって回避。
即座に立ち上がり反撃から足を戻しきっていないザフィーラさんの懐へ飛び込む。
今度は左拳で右わき腹にダメージの蓄積を狙う……
……と見せかけてそれはフェイク。
「な……!」
思いっきりジャンプしてあごに右の一撃を加え意識を刈り取ろうとするが、
「それまで!」
その声と左から感じた空気の動きに動きを止めた。
左側を見れば、すぐ近くに足があった。
足を戻さずに迎撃しようとしたのだろう。フェイクにある程度引っかかってくれたようだが、それすら軌道修正の範囲内だった……ということか。
軌道のずれとかがあるにもかかわらずあのキレ……あの打撃を貰ったら間違いなく即敗北だったはずだ。
察知できなかったのは俺が懐に飛び込んでいたことで視界の外からの攻撃となったからだろう。
ため息をつき、俺は呟いた。誰にも聞こえないように、小さな声で。
「『我は戦の終わりを告げる』『我は人なり』」
ふっと思考が引き戻される。イメージの中で刃がただの人に戻る。
俺はザフィーラさんに向かって一礼。
「ありがとうございました」
「うむ、それにしても強くなったものだ。最後の一撃も蹴りが間に合わなければ危なかった。右脇腹を狙うと思い込ませたのもまた見事」
「あはは、フェイントごと叩き潰されるってのは考えてませんでしたけど」
と答えてから、不意に俺は辺りが妙に静かな事に気がついた。
(あれ、さっきは皆騒がしかったはずなんだけど……?)
首を傾げつつ周りを見回すと、
『すごーい!』
「ひゃあ!」
いきなりの大合唱にびっくりしてしまった。尻餅をつくがそんなことにはかまわずに同年代の子達が俺を取り囲む。
「あんな速い攻撃を前にかわすなんて!」
「それもあるけど攻撃に攻撃をぶつけて逸らすなんて真似普通出来ないよ!」
「いやフェイントでしょ! 最後の攻撃すごかった!」
「え? え? え?」
正直いきなりすぎて戸惑うしかない。
と、そこにヴィータさんの一喝。
「落ち着けお前ら!………よし、落ち着いたな。こいつはレオンハルト・ブランデンブルク。あたしらの以前からのよしみで今回来てもらった。これからも時折来るから、お前らのアドバイスとかをこいつにはやってもらう。同年代の言うことだからって馬鹿にしないように!」
『はい!』
「じゃあ解散、ザフィーラの指示に従って練習開始!」
『はい!』
声のそろった返事に目を丸くしているとヴィータさんが歩み寄ってきた。
「見ごたえあったぜ」
「あ、ありがとうございます」
「で、さっき言ったようにアドバイスを頼みたいんだが……いいか?」
「非才の身ながら、頑張らせて頂きます」
シスターシャッハの真似をしてみた。ヴィータさんは苦笑する。
「どこが非才だ。……ま、いいや。とりあえずこいつの練習、見てやってくれ」
そういって紹介されたのはピンク……じゃない、淡い茶色の髪をした少女だった。
しっかりと緑の瞳で俺の目を見据えてから一礼する。
「はじめまして。ミウラ・リナルディです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。えっと、じゃあ普段やってる練習を見せてくれない?」
「あ、はい」
「あと、敬語とかいいから。俺まだ初等科の三年だし」
「え、ボクと同い年!?」
驚愕してるがまあ気にしない。
「そういうこと。じゃ、よろしく」
「あ、うん……」
そう言って彼女は頷き、構えて練習し始めた。
ふむ、基礎固めの途中……かな。目指してるものはザフィーラさんの感じと、ミウラさんがやっている練習からなんとなくだけど……懐に入り強い打撃で相手を叩き潰すハードストライカーってところか。
応用に入るには早いけど……
「うーん、見た感じだけどある程度余裕があるかな」
「余裕?」
「うん、もう少し負荷増やしたりしても大丈夫かな」
壊れるぎりぎり寸前まで追い込む……というのはさすがに人に強要するつもりはないが、それでもめちゃくちゃきついと感じるほどの修練じゃないと伸びるのに時間がかかるからな。
「まあ、やる前にヴィータさんやザフィーラさんと相談した方がいいだろうけど」
「そっか。……あの、レオンハルト君は」
「レーヴェでいい。長いからな」
「あ、うん。ボクも『ミウラ』でいいよ。それでレーヴェは普段どんな練習してるの? あんなに強いんだし、いっぱい練習してるんだよね?」
「えーと……」
日常の部分だけにして、師匠の部分は抜いとこう。あの人時折メニューがいろいろ変わるからな。潜入捜査の練習とかトラップ解除とか効率的な破壊工作とか噂話をばら撒くとか、情報収集の方法とか変装とか演技とか戦闘とか。一番大事なものが最後にきている気がしなくもない。まあ戦闘重視だけど。
しかし日常の話だけしたらミウラは絶句した。
「……努力の量が違うってヴィータさんの言葉の意味を理解したよ」
「慣れればそんなでもないぞ? まあ始めた時期も違うんだけどな。数年前から練習は始めたし」
「そう……。DSAAも出るの?」
「うーん、考え中だけど少なくとも10歳のときの申請はないかなって感じ。まだそこまで自信ないし」
「それだけの実力でそういわれるとなー……」
ミウラは苦笑していた。
「ま、お互いがんばっていこうぜ?」
「うんっ!」
ミウラの笑顔がなぜか
胸がズキンと、痛む。
無理やりそれを押し隠して、俺は微笑みを返した。
Side 高町なのは
夜、私ははやてちゃんの家に通信をしていた。
ヴィヴィオから話を聞いて、はやてちゃんのほうにも様子を見てもらうことにしたのだ。
「どうだった、レーヴェ君は?」
画面に映ったヴィータちゃんが真剣な表情で答える。
『おそらく最悪の状況は脱したと見ていいと思う。吹っ切ったってほどでもないがそこまで引きずっちゃいねえみたいだ』
「それにしても友達と喧嘩別れか……悲しいね、そういうの。私はそんなことなかったから……」
つい俯いてしまう。あの子の心の傷はどれほどのものなのだろう。
『……言っておくが、無理に仲直りさせようとかすんなよ。両方に関係ある奴ならともかく、片方の事情しか知らない奴が間に入ってもこじれるだけだ。あくまでそれはあいつ個人が自分で解決するべき問題で、あいつにはあいつの事情がある。いざとなったら相談してくるだろうしな。余計なおせっかいはやめとけ』
ヴィータちゃんの冷たく聞こえる声音。でも、それはレーヴェ君のことを真剣に思いやっているのだということを私は理解していた。
「わかってる。ありがとね、ヴィータちゃん」
『礼を言う必要はねーよ。あたしだって事情を聞いたら同じ真似をした』
「……そっか」
ねえ、レーヴェ君。みんな、君のこと心配してるよ。
早く完璧に立ち直ってくれるといいな。
Side end