その30 これは敗走ではない! 戦略的撤退だ!
「それじゃあレディ…………ゴー!」
なのはさんの声と共に俺は、魔力弾を何発も用意して放とうとするハラオウン提督の真正面に突撃……
なんてしないで、全力で近くの細い道へと逃げ出した。
「………ほう」
なんかそんな低い声が後ろからかすかに聞こえて、寒気がした。
Side シグナム
私達は結界の外で、中の戦いの様子を見ていた。無論結界の維持も手は抜いていない。
……しかし、ハラオウン提督もブランデンブルクも高町のような結界を破りかねない砲撃を放つことなどほとんど無いし、結界を維持する者も私、主はやて、テスタロッサ、シャマル、ザフィーラ、アルフと十分すぎるほどにいるので、そこまで必死になることもないのだが。
「……ちょっとちょっと! 喧嘩吹っかけておいてなんでいきなり逃げ出してるのよ!? おかしいでしょ!」
いきなりの逃走に唖然としていたバニングス嬢が声を荒げる。
「……ううん、アリサ。レーヴェのこの行動は正常だし正解」
テスタロッサは静かに首を横に振る。
「どういうこと?」
月村嬢が首を傾げるのに対し今度は主はやてが説明を始めた。
「まず、レーヴェは射撃の能力はクロノ君ほど高くないんよ。適性の問題で、誘導弾制御も得意や無いからな。撃ち合いになったら勝てる可能性は低いし、正面に突っ込んだら間違いなくいくらか被弾するはずや。それにクロノ君は空飛べるけどな、レーヴェは飛ばれへん、ううん、飛べてもクロノ君ほど上手くはないんよ。せやからあの大通りで戦うのは不利なわけや。高さ制限されてるとはいえ、広い空間やったら飛べる方が移動の自由度が高いからな」
その説明に私が付け加える。
「ですから、細い道……飛ぶには狭く、走ったり跳躍する方が有利な場所にブランデンブルクは移動したというわけです。見えないところに射撃を正確に届かせるのは困難ですから、射撃の実力差を地形を利用して縮めるというのもあるのでしょう」
「そうすればクロノは追うしかない。なのはみたいに建物ごと撃ち抜くっていう手もあるけど、クロノは魔力量がなのはよりも少ないし、外したときのリスクが大きい。何より効率が悪いから」
うむ、確かに高町ならやりかねんな。私がテスタロッサの言葉に内心で頷く横で、普段は無口なザフィーラが珍しく口を開く。
「おそらくだが、レーヴェはさらにそれ以上のことまで意図しているだろう。相手の視界から消えたということは、もし相手の行動ルートが読めていれば、先制攻撃というアドバンテージを得られるということだ。それを理解しているあいつが何もしないなどということはあるまい」
それも確かに。あいつは相手の思考の裏をかくことにおいて図抜けている。
まあ騎士の戦い方ではないが、あいつが「騎士になるつもりは無い」と言っている以上、特に何かを言うつもりも無い。
「せやけど、クロノくんも局に入って十数年の歴戦の勇士。いくら最近が指揮官の仕事ばっかりで戦闘の勘が鈍ってるっていっても、それくらいのことは当然理解しとるし、対策も考えとるはずや。そして対策をしてるっちゅうことは当然レーヴェもわかっとる。……こっから先は相手の行動の読み合いや」
どこか楽しそうな表情で主はやてが告げ、バニングス嬢と月村嬢の顔が真剣になった。
……私達の会話の間、終始ヴィヴィオは私達の声が耳に入っているかどうかもわからないほどに集中して、食い入るようにディスプレイを見つめていた。
Side end
Side クロノ・ハラオウン
レーヴェ君が逃げ出した後、僕は低空、低速飛行で彼を追って路地裏に入った。
入り込んだとき、そこにすでに彼の影は無い。
「……ふむ」
しかし、魔力探知を使えば居場所などすぐにわかる。
魔法陣を展開し、魔力を探る。
……見つけた。
待ち伏せをするつもりのようだ。複雑な道を行った先、十字路の角辺りで動きを止めている。
おそらくあの判断能力から察するに、魔力探知によって居場所が割れるということはわかっているはずだ。それなのに動かないのは、それでも大丈夫といえるほどの策を用意しているのだろう。
……警戒をしつつも、どのような策を用意しているのか少し楽しみになった。
いよいよ十字路の目前。今までさして罠も無く、少し拍子抜けだ。
いや、これも油断を誘うためかもしれないと、すこし前に出たとき
「っと!」
バインドが発動して僕を捕まえようとした。
発動速度が速かったので少し焦ったが、かわすことに成功。
……ふむ。
魔力探知の表示を再度確認する。
ここで出てくるかと思ったのだが、そうでもないようだ。
しかし策に感づかれて逃げるという様子でもない。ずっと動きを止めたままだ。
観念したというわけでもないだろうし……。
「……もしや、退屈すぎて眠っているのか?」
いやそれはない。頭を振って不意に浮かんだ考えを否定する。
どういうことなのだろう。
十字路を進み、様子を確認してから、
「っ!」
一気に左側……彼の目の前に飛び出す。
が、そこには誰もいなかった。
しかし、反応はここにある。まさか幻術かと思いつつ、警戒を解かずに反応の元へ近づく。
暗がりにあるので少し見難い。
反応の原因となったものに近づき、屈んで確認する。
「………そういうことかっ!」
そこにあるのは一着の灰色のコート。
レーヴェ君のバリアジャケットだ。
バリアジャケットは魔導師自身の魔力で作られるものだ。強い魔力を宿せば魔力反応の偽装も可能だろう。
なら今彼は…………ッ!
「ここでバインドか!」
突如灰色のコートが緋い魔力の糸のようになって解け、そのまま僕を拘束した。
Side end
(ここ、だ………ッ!)
俺は奥歯をかみ締めながら真正面の十字路の方へ突っ走った。
実は俺はクロノさんの真正面、その隅に隠れていたのだ。セットアップ等も総て解除、バリアジャケットも着ることなしに。
そしてその結果、重ねた末の罠に見事に引っかかってくれた。今、右の角でもがいていることだろう。
「トロイメライ、セットアップ!」
『Stand by, ready. Set up』
即座にデバイスとバリアジャケットを再構築。射撃魔法で一気にけりをつけようとしたが、角度的には無理がある。
剣を右手で引き抜き、角で右に曲がり、振りかぶることも無く、後ろから突き一撃で急所を狙う。
(同僚みんなと司書長の恨み、ここで晴らすっ!)
「なっ……!」
青色のバインドが巻きついてきた。
「いざというときの備えが、役に立ったようだな」
縛られているハラオウン提督の声。幾分苦しそうだがやや得意気な声になっているので少々むかつく。
「
「その通り」
お互いに拘束されている状態。
鍵は、お互いのバインド解除までの時間だ。おそらく彼が仕掛けたこのバインドは緊急用のもの。発動速度は速くとも強度はそれほどでもないはずだ。一方、完璧に罠として狙っていた俺のバインドはかなりの強度のはず。しかし、相手が歴戦の勇士であること、発動からある程度時間が経っていることからやや微妙といったところか。
「…………」
「…………」
バインドの解除に集中して、お互い無言の時間が続く。
先に解除できたのはハラオウン提督だった。
「ッ!」
彼は即座に振り返ろうとするが、そのときには俺もバインドを解除できていた。
振り向きざまに振るったハラオウン提督のデバイスが、俺の剣と衝突。
すかさず俺は左手で銃を引き抜き、銃口を相手へと向ける。
そのまま連射。
「くっ………!」
即座にハラオウン提督は多層防御陣を展開しつつ、後ろに飛び下がって距離をとる。
そのままデバイスの先に青い光が灯る。
『Stinger Ray』
「ファイアッ!」
射撃で撃ち落とせるかと一瞬考えて……スピードを見て即座にその思考を破棄。
かといって防ぐのは却下だ。距離を離されれば勝ち目がなくなる。ここから逃走しても罠の警戒度は跳ね上がってるから今のような状況は二度と作れないはずだ。
ならば、
(斬るのみ)
前へと走りながら距離と相対速度を量る。軌道を読む。そして……
「………ッ!」
振りぬいた。
弾丸は見事に真っ二つ。そのまま散っていくのを見もせずにさらに左手の銃で牽制射撃をしようとしたとき、
「ちっ………!」
思わず舌打ち。敵のデバイスの前では青い魔力がやや大きめの球となって輝いていた。
砲撃魔法だ。
そのまま駆け抜けようとしたら間違いなく黒こげ。
防御陣は多分貫かれるだろう。
砲撃を斬って通り抜けるなんてシグナムさんみたいな真似は出来ない。少なくとも今はまだ。
ならばここは回避の一択のみ。
即座に近くのわき道に入り、砲撃をやり過ごそうとして、
「な…………!」
青いバインドに絡めとられた。
どうやら、距離をとりつつわき道各所にバインドを仕掛けていたようだ。
そのまま横を砲撃が通り過ぎ、
「チェックメイトだ!」
すぐに場所を特定したハラオウン提督が飛んできて、そのまま俺にデバイスを突きつけた。
少し、ため息をつく。
………試合終了。俺の負けだ。
で、その後。
「大人気ないよ、クロノ君。いくらカレルとリエラの前だからって」
「いや、だがな、エイミィ……」
「というか子供相手なのに結構本気だったよね。……鍛えなおした方がいいんじゃないかな?」
「フェイト!? 君もか!?」
なぜかハラオウン提督は家族にこっぴどく叱られていた。
自分が喧嘩吹っかけておいて言うのもなんだが、この展開は予想していなかった。
「そうねー。そもそもクロノの資料請求が厳しすぎるからこんなことになるのだし……」
「母さんまで!?」
ちなみに俺の方はというと……
「今回の敗因、把握してるか?」
「はい、判断ミスです」
「具体的に説明してくれるかな?」
ヴィータさんとなのはさんと反省点について会話中だった。
「ええ。一つが相手の用心の度合いを見誤ったためにバインドに引っかかったこと。もう一つがバインドが解かれた直後の行動のことです。あのとき俺は即座に迎撃をしましたけど、そうじゃなくてレアスキルを使って頭上に転移し、上空から攻撃すればさすがに彼も備えができていなかったでしょう。実際あの瞬間まで俺は一度たりとも相手の上をとるようなそぶりを見せませんでしたから、相手の意表を突くという意味でも上手くいった可能性は高い。……………勝負に熱くなりすぎました」
何かに書いてあった気がする。「勝負は勝負、外面はともかくその中身にまで私怨を交えてはいけない」。
気負いや怒り、迷いは太刀筋を鈍らせたり歪ませたりするから。今回のことでそれを思い知らされた気分だった。
「うん、そこまでわかっているなら言うことはないかな」
「一瞬の迷いや判断ミスが命取り。それをきっちり肝に銘じとけ。………だが、まあよくやった方だと思うぞ」
「あ、ありがとうございま………「わかった、資料請求減らすからもう勘弁してくれ!」………す」
「よくやった」と割とほめられたので嬉しいはずなのに、あんまりなBGMで居心地の悪さが半端なかった。
………あとで
その後、俺は弱点でもある飛行を少しづつなのはさんとヴィータさんに教わるようになった。
まあ、こんな感じで、日ごろとは異なる練習も含めて、俺の地球での充実した年末は過ぎていった。
Side クロノ・ハラオウン
こっぴどく家族に叱られた夜、僕はある奴に通信をかけた。
『はい、無限書庫で……ってなんだ、クロノか』
「なんだとはなんだ、全く………」
通信をかけた相手はユーノだった。まだ残っている頃合だったからな。
『はいはい。……まさか、また資料請求とか言わないよね?』
「いや、休暇に仕事は出来る限り持ち込みたくないからな」
僕があっさりとそう答えると、ユーノの顔に青筋が浮かんだような気がした。
『………ひょっとして何? 嫌がらせ?』
「そうじゃない。……レーヴェ君に会った」
『ああ、そういえば地球に行くって言ってたね』
「大変だったんだぞ、最初から僕のこと射撃魔法で撃つ気満々だったんだから」
『………あとで彼の給料アップ考えないと』
「……なぜその結論に落ち着く? いや、やはり理由は言わなくていい」
先ほど聞いたのと似たような、耳に痛い嫌味を言ってくるのが目に見えているからな。
「しかし、いい仲間を持ったな」
ある意味、あれは上司を思う心から発生したものだ。
だから僕はそれをとりあえず伝えたかった。自覚してるかどうかの確認もあるが。
『当たり前だよ、一緒に
平然とした口調で言いつつも、ユーノの言葉には混じりけのない喜色が混じっていた。
「そう、か。……来年は出来るだけ資料の請求を減らすようにするよ」
『言ったね? 約束は守ってもらうよ、絶対に』
「ああ、絶対だ」
そうでなければまた彼に撃たれるし、家族に叱られるし、な。
Side end
Side 高町ヴィヴィオ
夜、わたしは一人で星空をベランダから見上げていた。
「美由希さんのときも思ったけど、甘かったなあ……」
彼に近づくために、隣に立つために強くなると決意した。
でも、その差は圧倒的だった。
クロノさんと戦ったときの全力と、私と戦ったときの手加減との差はあまりにも大きかった。
彼に本当に追いつくことは出来るんだろうか……?
「……ううん。追いつくんだ、絶対に」
いつかきっと隣に立てると信じて、前に進み続ければ、きっと背中も見えるはず。
「…………へくちっ」
決意したところでくしゃみが出てしまった。寒い中に薄着で長いこといるのは得策じゃない。
強くなるにしてもまずは体調管理から、だよね。
柔らかいベッドの中に潜り込んで、眠りにつく。
明日も、レーヴェに教えてもらえると、いいな…………。
Side end