その31 俺のクラスメイトがこんな変人なわけがない
年末を愉快に過ごし、俺達はミッドチルダに帰ってきた。
帰ってきてすぐに修行の成果を師匠に見せて合格を貰った。ここからは技と実戦稽古を増やすらしい。
そうそう、合格ついでによくわからん術式を貰った。
「なんですか、これ?」
よく調べてみると身体制御の術式だった。しかし若干、いやかなり弄っているな。肉体強化って感じじゃないし。これそのまま使ってもあまり意味がなさそうな気がするんだが……。
師匠は肩をすくめて答えた。
「ま、そのうちわかるさ。言うと意味がなくなっちまう、自分で気づくべきもんだ。使わなきゃなんねえと感じたときに使え。お前もだが、お前のデバイスもだ」
『私ですか?』
師匠の言葉にトロイメライが疑問の声を上げた。
「ああ、判断はお前の方が向いているかもしれん。この術式に関しては、だが」
『……分かりました』
そんな、初等科3年生の学年末も近づいてきたときのことである。
「ちょっといいかな?」
昼休み、俺に話しかけてきたのは金髪碧眼の少年だった。中肉中背というやつで、顔も悪くないのだが、笑顔から滲み出す胡散臭さが二枚目を三枚目に変えている気がする。
基本的に俺は友達が少ない。同学年にはもう誰もいない、いなくなったといってもいい。やることが多くあることを理由に誘いを断っているため、「悪い奴ではないが付き合いが悪い」という印象が強いからな。
だから、はっきり言って俺に話しかけて来る奴というのは非常に珍しい。単純に学校の事務的な用事の奴以外はほとんどいない。いじめとかは少ないところだしな。
しかしこいつはいつもの学級委員じゃない。
さて、こいつは誰だろう?
「何?」
一言で答える。頭の中ではなのはさんや他の人たちとの模擬戦のシミュレートをしながらだ。……あ、なのはさんまさかのスターライトブレイカー。詰んだ。
「実は頼みがあるんだ」
「うん、何?」
無理なら無理と即座に突っぱねればいい話だ。ギガントシュラークとか防げるわけがない。
「特注でデバイスを作ってほしい。君がデバイスマイスターだと聞いてね」
…………え?
あまりに予想外の発言に、俺は一瞬呆然とした。
……脳内で、棒立ちのままスバルさんにディバインバスターを叩き込まれた。
とりあえず、授業も近いので詳しい話は放課後にすることになった。
そして放課後。人が少ない教室で俺達は向き合っていた。
「じゃあまず質問。クラスメートみたいだけど、名前を聞いてもいいかな」
「……ひょっとして君、覚えていないのかい?」
「うん、まったく」
頷く。実際、
「やれやれ、もうこの学年も終わりに近いというのに、なんとも寂しいことだ。……オリヴァルト・アスラシオンという。忘れないでくれたまえよ?」
「まあ、多分しばらくは忘れないだろ。デバイス作ることになればしょっちゅう顔を合わせるんだし」
「……その後は?」
「……さあ? 努力はするけど」
少し落ち込まれたが、しょうがないのだ。人の顔を覚えるのが苦手なのである。正確には見覚えのある顔だとわかっても名前を思い出せないときがあるということだ。
「それで、俺がデバイスマイスターだなんて誰に聞いたの?」
自慢とかは好きではないので、そういうのを学院で口にした記憶はない。
「僕の父さ。教会騎士で、整備をいつも見てもらっているという話を聞いてね。紹介があれば安くしてくれるという話も聞いたのだけど」
「アスラシオン、アスラシオン……ああ、思い出した。騎士杖使いだっけ? 珍しかったから覚えてる」
たいていが槍とかで、それまで騎士杖の使い手は周りにははやてさんくらいしかいなかったしな。
「ふむ、それはよかった。では頼んでもいいかな?」
安心したように肩の力を抜くアスラシオンに俺は問いを投げかけた。
「ひとつだけ。何で見ず知らず……でもないけど、あまり接点のない俺を?」
再び目の前の表情が少し硬くなる。少し言葉を選びながら、アスラシオンは答えを返した。
「父は管理局の人に直接的なコネクションをあまり持っていないようだし、なにより自分のものだから自分で人を選んで頼みたいと思っていたんだ。そしたらクラスメイトにデバイスマイスターがいると聞いた。しかも成績優秀で、教会の方でも仕事が丁寧と評判だ。これは渡りに船、頼むしかないと思ってね」
なるほど、筋は通っているし裏もないようだ。少し顔を見ていたが、嘘をついてるような感じでもない。少し緊張してはいるが、それはこの答えで俺が仕事を請けるかどうかを心配してのことだろう。
「わかった、請けよう。特注と言ったな? 割引は当然するが、経費等を考えるとどうしても普通の品と比べて値が張る。構わないか?」
「ああうん、その点は問題ないよ」
ようやく安心したようでアスラシオンはあっさりと頷く。
「今デバイスは所有しているか?」
データの吸出し、再利用等もあるから、間違いなく持っていれば必要だろう。
その言葉に頷き、彼は二枚のカードを俺に差し出した。
「中古のストレージを二つ。父と母が自分の専用デバイスを持つ前のものだ」
なるほど、両親のお古を練習のためのデバイスとして使用していたと。
しかしこれ、見覚えがある気がする。
「ああ、そういうことか。以前ずいぶんと古い型の整備を頼まれたことがあったが、そのためだったのか」
「フフ、実際は縁が何かとあったということだね」
うん、やっぱり笑みが胡散臭い。わざとじゃないんだろうけど。……それにしても。
「なぜデバイスを二つも使うんだ? 普通は一つにまとめられるだろうに」
俺の当然といってもいい疑問に、アスラシオンはニヤリと笑む。
「それは後でのお楽しみだ。魔法を使うところも見せた方がいいのだろう?」
「データ収集のためには当然そうなるが」
「ではそのときに理由も伝えよう。そうだね、ではこちら側からのとりあえずの指定としては……インテリジェント型、形状は杖。これと同じく二本頼むよ」
「わかった。AIはどうする? 一つに統一するか、分割するか…」
複数の武器のAIを統一することの利点は安くて済むこと、二つを完全に同期して使えることだ。もっとも、同時に二つの術式を展開すればその分AIにかかる負担も増えて、処理速度が落ちる可能性もあるが。
俺のトロイメライの場合はその分変形機構が今のところ存在しない。さらに言うと最新型と同等のすさまじい演算能力を持つ上、極端に複雑な術式を複数同時に展開することはほとんどないので問題がないのだ。
逆にAIが違う場合、単純な処理速度は上がる。AI同士がリンクするシステムを用意しておけば、ラグもなく行動できるので、同期に関しては二つを同時に御しきれるかどうかが問題なのだ。両方に術式を同時に命令するなどというのはマルチタスクが得意でも簡単ではない。逆に複数のデバイスを完全に扱いをマスターすれば、リンクしているといっても「AIの自己判断」が二つ存在しているため、使用者当人のサポートがより万全になる上、デバイスに任せれば緊急時に自分とあわせて同時に三種の術式展開も可能になりうる。
「複数でお願いするよ」
「大丈夫なのか?」
主に値段的な意味と能力的な意味で。
「ああ、こういうのは金に糸目をつけるのはよくない。扱える自信はあるし、それに必要でもあるしね」
やめろ男のウインクなんか興味ない。
魔法練習場に着いた。
「さて、ではお見せするとしようかな」
「お前のそのしゃべり方は作っているのか?」
めったやたらと気取ったしゃべり方だ。疲れる。
「いや、昔のロマンスの劇とかが好きでね。真似していたらいつの間にかこんな風になってしまった、とこういうわけなのさ」
「ああ、じゃああの気障に見せかけて胡散臭い笑いもか?」
「胡散臭い!? い、いやその通りだよ? 白馬の王子様になってみたくてね」
ショックを受けながらも気丈なアスラシオンに哀れみの目を向けながら宣告する。
「そんな王子様、現代の
「酷いな!? ひょっとして僕の友達が少なかったのもそのせいなのか……?」
「
「……これからは少しづつ気をつけるとしよう」
少しうなだれていたが、気を取り直したようにアスラシオンは二枚のカード……待機状態のデバイスを指の間に挟み、
「セットアップ」
告げた。
直後
手には異なる形の二本の杖。
「さて、では行くとするかな」
そう呟き、彼は数発の魔力弾を展開。
そして魔力で作られた的に向かってそれらを放ち、弾道が重なる。
(クロスファイアシュート……?)
ティアナさんが使っていた複数の弾丸を集めて強い一撃として束ねて放つ技を思い出したが、そうではなかった。
否、その程度のものではなかった。
二つの弾丸が重なった瞬間、魔力弾は散弾のように弾け、的を粉砕した。
「なんだ、これ…………?」
「見ての通りさ」
今度も二発。先に放たれた誘導弾に直射弾が追いつき、重なったところですさまじい貫通力を誇る徹甲弾へと姿を変えた。
「二つの術式を組み合わせ、別の効果を得る、魔法の合成技術だよ」
「………」
黙り込んではいたが、俺の頭の中は驚愕で埋め尽くされていた。
はっきり言えば外部での魔力収束と同じ、射撃技術の中でもトップクラスといえる技。
「最初から合成した術式を使えばいいじゃないか」と言う人もいるだろうが、そうじゃない。この技術が本当に恐ろしいのは、何が来るか
弾丸が同じように見えても重なった瞬間にどう変わるのか、それとも変わらないのか、あるいは重なったように見せかけただけなのか。それは直前にならなければ分からない。
この技術の難しさは、術式の中身にある。感覚で組むだけでは単純に威力の相乗(それも非効率的な)物となるが、中身を詳しく理解して、さらに組み合わさったときに効果が変化するいわばパズルのピースのような術式を組み込むということが必要だ。理論派でなければ出来ない技とも言える。
「お前、これどうやって覚えたんだ」
「小さい頃に魔法を組み合わせるという考えを思いついてから、ずっとそれに取り付かれていたのさ」
その後はどうすればどうなるというデータ採集と実験という「遊び」をしていたのだろう。
とんでもない奴だ。
「………オリヴァルト・アスラシオン」
俺は初めて目の前にいる少年をフルネームで呼んだ。
「なんだい?」
「さっきの言葉、訂正する」
その言葉に少し彼は首をかしげた。
「……ふむ?」
「断言しよう。記憶喪失にでもならない限り、お前のことを忘れることはない」
「……なるほど」
ふっと力を抜いて微笑む。さっきの胡散臭い笑みよりもいい笑みだ。
そのまま右手を差し出してきた。
「呼び名はリヴァでいい。デバイス、よろしく頼むよ」
「こっちもレーヴェでいい。任せろ、リヴァ」
こうして俺は、長いこと好敵手にして相棒となる生涯の友、後に「