その34 魔法少年レーヴェの手違い
「えっと……何する?」
「さあ? ボク知らない」
そっぽを向くミウラに頭を抱える。このぎすぎすした空気、実に居たたまれない。
「あ、あのさ。なんでそんなに怒ってるんだよ?」
拗ねてると言ったら結構な勢いでむくれそうだったので言い方を変えて問うてみる。
「別に怒ってなんかいないよ。ただ、誰にでも似合ってるって言うんだなーって思っただけ」
「そりゃ、それぞれの人に似合った格好っていうのがあるからな」
「ふーん? じゃあシグナムさんは『似合ってて綺麗』で、ボクは『似合ってて普通』なんだ? ……お世辞って時折腹が立つことあるよね」
……あー、なるほど。そういうことか。「似合ってる」以外に何も言わなかった上にシグナムさんに目を奪われてたから、「ただのお世辞だったのか」ってむくれてる訳だ。
「いや、お前は『綺麗』っていうか『可愛い』だからな」
「………可愛い?」
ぴくり、と反応した気がする。手応えありか?
「おう、しょっちゅうはやてさんとかに言われ慣れてるだろうから、別に言う必要ないかなーって思ってたけど」
「……べ、別に慣れてるなんて思われるほど言われてないよ」
「そっか、そりゃすまん」
……少し、空気が和らいだ気がした。ふう、やっとのんびりできる。
俺が安堵したところで、ミウラがおずおずと尋ねてきた。
「……ていうか、ボク、可愛い?」
「……あのさ、それ、自分から聞くのって恥ずかしくないか?」
「そうじゃなくてっ! あくまで『本当にそう思うのか』っていう確認だよ、確認!」
「ん、まあな。俺はそう思うぞ。人の価値観なんてそれぞれだから、『全員がお前を見てそう思うか』っていうのには答えられないけど」
「……そっか」
また沈黙。いったい何なんだホントに。
「………ボクね、取り柄みたいなのが全然ないんだ。不器用だしドジだしおっちょこちょいだし口下手だし……何をやってもだめなんだ。それに『ボク』なんて自分を呼ぶ女の子とかいなかったから、その、男の子みたいで可愛くないんじゃないかって……」
「……んー」
悩み相談、か。
「レーヴェは凄いね、デバイス作ることもできるし、戦技だってとても強い。何でもできるんだもん。だから、羨ましいな……」
「別に最初から全部できた訳じゃない」
とりあえずそこだけは言わせてもらう。天才扱いはごめんだし、これがひょっとしたらこいつの悩みの突破口になるのかもしれないし、な。
「親が騎士でな。俺も騎士になりたくてガキの頃は練習してた。デバイスを作ることができるのは、そのときに自分で自分のデバイス作りたいと思って勉強したからだな。途中で俺は騎士に向いてないって分かって戦い方は変えたんだが、それとは別に俺が戦技をとても強くなった直接的な理由はきっと……敗北だよ」
「………敗北?」
「そう、それも決定的なやつ」
もちろん
「……想像できないや」
「そうか? 俺しょっちゅう負けてるからそんなでもないと思うんだけどな。……けど、その敗北は本当に特別だった。いつもの試合なら失うものは何もない。でも、そのときの戦いは……詳しくは言えないけど、負けたら間違いなく大事なものを失う絶対に負けられない戦いだった。その戦いに敗北したんだ」
「………」
「今でも覚えているよ。相手に捨て身でカウンター技叩き込んだ後にぶっ倒れる途中。体を動かそうとしても本当に指一本すら動かせない無力感。相手の方が実力が上なんだと理解はしていても納得ができなくて、悔しさだけが心の中を占めていく感覚」
たとえ負けると分かっていても。
他の人に託すしか選択肢がない。自分はほとんど役に立ててない。
お前はヒーローになんてなれないんだと突きつけられたような感覚。
「………」
ミウラは少し身を竦ませた。恐怖からなのか、それともそれ以外なのかは分からない。けど、俺を見たその目は、間違いなく俺に続きを促していた。
「結局、その敗北は他の人がカバーしてくれてな。だから失わずに済みはしたけど……。でも他の人がいなかったら、あるいはその人が敗北してたら、確実にそれは失ってた。……それが悔しくてな。だから必死で修行した。本当に本気で強くなろうとしたのはそれからだったと思う」
そこで少し息をついて、力を抜く。同時にミウラも少し脱力したようだった。
「だから正直、今お前が言った俺の取り柄なんてのは、後から必死で獲得したものなのさ。……今取り柄がないならこれから作ればいい。お前がもっと可愛くなりたいって言うならそのために努力すればいい。これから先、俺たちにはまだたっぷりと時間があるんだから。おまえは努力家だと思うし、不可能じゃないと思うぞ」
「ボクより凄い努力家に言われてもなー………」
ミウラはすこし苦笑したようだった。とはいえ、ネガティヴモードからは復帰したみたいでよかった。
「おーい、何やってんのー?」
「あ、みんな!」
予想通り、少しずつばらけ始めたようだ。
「前に他の所で水の中でできる面白い訓練方法を教えてもらったんだよ。それやろうとしてたとこー」
「あ……」
何食わぬ顔で答える。ミウラの相談のことなどおくびにも出さない。当の本人は目を丸くしてこっちを見てるが気にしない。
「ほれ、こんな感じ」
拳をまっすぐに突いて、川の一部を割り、水柱を立たせる。
………ふむ、4mくらいかな?
川を拳の威力で割る「水切り」だ。スバルさんに教えてもらった。
「すっげー!」
「シャワーみたい!」
「やっぱレーヴェはすごいなー」
みんなの上げる声に苦笑する。
「そんなことないさ。これくらい練習すれば誰にでもできるようになる」
「ホントかよー?」
疑問の声に、ちょっとだけ真剣な声で答える。
「そうだな、魔法とか使ってたら話は変わるのかもしれないけど、武術……魔力を使わない純粋な格闘技にはこんな言葉がある」
「へー、何?」
「『武術は才能だけでは決まらない。積み重ねた努力は才能を上回りうる』ってな」
どっかの漫画にそんなことが書いてあった気がする。実際これに魔力は使っていないし。
「へえー……」
「だから練習すりゃこれくらいはできるようになる。まあ、俺だって努力は続けるから負けるつもりはないけど」
ニヤ、と笑ってみせると少年たちは奮起したようだった。
「絶対追い抜く!」
「おう、その意気だ」
笑みを浮かべ、俺ももう一回挑戦する。
構えは脱力。途中はゆっくり、インパクトに向けて………。
鋭く加速。
「…………ふっ!」
「嘘ぉっ!」
周りが大きな声を上げた。
………7メートル、といった所か。はてさて、