その35 ルールーのアトリエ 〜カルナージのデバイスマイスター〜
遊ぶのが終わり、今は夕食である。
……と、アギトとルーテシアが来たな。
そのまま設計図を俺に突き出す……ってあれ、げっそりしてる?
「間違い、百カ所、全部見つけた………。これでOK?」
とりあえず全てに目を通す。照合、確認っと。
「うん、OK。じゃあ夕食終わった後に準備と仕上げな。パーツは用意してあるし」
「やったーっ!」
「よかったなルールー!」
ルーテシアが諸手を上げて喜び、アギトが小さな手で彼女の肩を叩く。
そのまま二人とも席に着いた。ちなみに今日の夕食はみんな大好きカレーだそうだ。
………夕食が終わった後。
俺とルーテシア、それとリヴァは、デバイス調整室へと向かっていた。
「では、御開帳ー………」
ルーテシアが冗談めかして開けてみせる。
中に広がっていた光景は……………。
「………うん、十分だな」
思わず呟く。
そりゃもちろん本局技術部に勝るとも劣らぬ……というほどではないが、少なくとも聖王教会で普段使っているのと同程度の設備はあった。
「つーか、よくもまあここまで金かけたもんだな」
「ふっふー。ここでオフトレとかもやるでしょ? だったらこの部屋もあると便利かなーって言ったらママにOKもらえたの」
……メガーヌさん、おおらかだなー。
「それで、ここで作るのかい? 僕の新しいデバイスを」
「うん、まあな。といっても」
テーブルの前に立ち、ロイの待機状態……すなわち首にかかっているネックレスのトップにあたる緋色の弾丸を、ピン、と指で弾く。
「後はパーツを組み合わせて調整するだけだけど」
瞬間、テーブルの上にずらりと無数のパーツが整然と並んだ。トロイメライの拡張領域に入っていたものを取り出したのだ。
「ルーテシア、工具は?」
「そこに」
質問するとルーテシアは引き出しを指差す。開けるとやはり十分なものがそろっている。
「よし、じゃあ二人で手分けしてやるぞ」
「え、いいの?」
「まあ設計図を持ってるトロイメライがそっちで確認につくから問題ないだろ。俺も設計図見ながらやるし。さっき手伝わせるって言ったはずだぞ」
戸惑うルーテシアに言いつつ、パーツの一つを手に取り、回路、傷やホコリ等を確認。……問題なし。じゃあこれと組み合わせるのは……っと。
「……うん!」
一つ頷き、ルーテシアもパーツを手に取った。俺が組み始めたものとちょうど対になるもう片方のデバイスの方だ。
「ふむ、僕はお邪魔かな?」
「見ててもいいが退屈だぞ」
「そうか、ではできたら呼んでくれ。まあ時折訪ねさせてもらうよ」
手をひらひらと振って、リヴァは去っていった。
思わず苦笑して肩をすくめてしまう。
「やれやれ、できる時は何時になると思ってるんだか。ああルーテシア、お前も眠くなったら先に」
「ううん、やる」
「……そうかい」
強い意志を感じさせる言葉に、俺は一言返して作業に没頭した。
先ほど、俺は組み合わせと調整と言った。しかしプラモデルを組み立てるような感じとはちょっと訳が違う。
パーツの歪みや凹み妙な突起がないかなどは常に確認しなければならないし、組み合わせの番号を間違えたりしたら大惨事になるというのは変わらない。
一方で彩色は必要ない。既に済んでいるからな。また、確認しなければならないものがちょっと増える。……回路だ。知っての通りデバイスは言ってしまえば機械である。さらに言えば「精密機械」である。回路のミスなどはプラモのパーツを一個なくすこと以上にまずい。何せ、最悪の時はデバイスの暴走という物理的被害が発生しかねない。あらゆる意味でそれはまずい。
細心の注意を回路に払いつつ、デバイスを専用の工具で組んでいく。
時折差し入れを持ってきてくれるリヴァやその差し入れを作ってくれるメガーヌさんに感謝しつつ、作業を続ける。
結局、二つのデバイスが組み上がったのは翌日の午前二時だった。
一通り魔力を通してみて最終チェックを終わらせ、AIの方も問題ないのを確認してから待機状態に戻す。
「「………完成ー!」」
思わず二人で快哉を叫んだ。
この時間まで起きていたリヴァを念話で呼ぶと、すぐに駆けつけてきた。
「……見せてもらっても?」
「当たり前だ、お前のだろ」
灰色の中に赤い十字が入ったカードと黒に黄色い線が入ったカード……待機状態のデバイスを渡す。
「じゃあまずはマスター認証からだね」
「……ああ、そうだね」
ルーテシアに言われ、リヴァは頷いた。
「マスター認証、オリヴァルト・アスラシオン。
術式、ミッドチルダ。
個体名称を登録。マスコットネームは」
黒のカードを右手で左から右へと振り、
「『ヴェス』と
灰色のカードを左手で上から下へと振る。
「『フェン』」
応答するように淡く輝くのを見て頷き。リヴァはさらにもう一言。
「正式名称はそれぞれ『ヴェスピッド』および『フェネクス』」
……ふうん。「
ちなみにこのカラーリングは本人の希望を採用している。
……のちに聞いた所、それぞれ名前にはちゃんと理由があるそうだ。
まず、ヴェスの方は家紋がスズメバチなのだそうである。珍しいものだと思ったので幼い彼は聞いたそうだ。「どうしてドラゴンとかじゃないのか」と。
それに対して親はこういう家訓があると教えてくれたそうだ。
「蝶のように舞うのは他の騎士に任せよ。アスラシオン、汝はただ相手の急所を刺し貫く必殺の蜂たれ」
代々、騎士には珍しい騎士杖と遠距離を扱うのもそれと関係しているそうだ。
一方で、フェンの方は子供の頃に読んだ物語かららしい。火の中に飛び込み灰の中から何度でも蘇り、涙は癒しとなる。その様はまるで、窮地に飛び込みつつも何度でも立ち上がる勇敢で慈愛に満ちた騎士にふさわしいように思えたとか。
「ヴェスピッド、フェネクス。セットアップ」
『了解、マスター!』
『了解です』
元気な声と静かな声がそれぞれのAIから発せられ、
一瞬、光が瞬く。
そして、リヴァはそこに立っていた。
黒に黄色い線が入ったやや短い杖と、灰色の中に所々赤が入った長めの杖を両手に持って。
バリアジャケットもやや変化していた。前は白いダッフルコートのようになっていたのだが、トレンチコートに変わっているし、金のボタンや、赤い結晶と黒い紐で出来たループタイなど装飾がやや豪華になっている。もっとも、派手過ぎというほどでもないが。
杖の形状を解説させてもらうと、ヴェスの方はデュランダルのカラーリングが変化したものを想像してほしい。というか、以前の模擬戦の後仲良くなったクロノさんに頼んで参考にさせてもらった。もちろん性能はそれよりもさらに高いものだが、あの杖が氷結魔法に特化するために使っていたスペック分を合成魔法の使用補助のために使った。
フェンの方ははやてさんが持っているシュベルトクロイツのカラーリングがやや変化したものを想像すると分かりやすい。近接にもある程度対応できるようにその杖の先端部の円環がやや小さくなって、十字槍に近い感じだ。円環の中心部には赤い結晶が埋め込まれている。八神家の協力を得たことからこの形状となった。あまり大規模な魔法を使わない分、合成のために高速処理などの機能が詰め込まれており、シュベルトクロイツと比べるとやや強度は落ちるが、まあ問題ないレベルだろう。
感無量といった表情のリヴァを見て、俺は、ルーテシアと笑みを交わす。
といってもまあ、ずっと浸っている訳にもいかないんだが。
「さて、じゃあ細かい調整を済ませようぜ。悪いが、俺はもう眠いからさっさと終わらせてベッドに行きたいんだ」
「あ、私も。なんか組み上げるまではハイテンションで集中できてたんだけど、緊張の糸が切れちゃって急に………」
ルーテシアがふわあ、と欠伸する。
「ああ、わかった。………ありがとう」
「依頼を果たした。それだけさ。いい経験させてもらったし」
「そうね。いい経験させてもらったのは私もだし」
リヴァの心からの感謝に俺たちは微笑し、早く寝るべくデバイスの調節を始めるのだった。