その36 ルーテシア・アルピーノの秘密
結局、調整を済ませてからすぐに寝たものの、起きたのは朝10時だった。
「………寝坊した」
がらんとした食堂を見て呟く。
と、横から欠伸まじりの声。
「ふぁ〜………おはよ、レーヴェ」
「……ああ、お前もか、ルーテシア」
「うん……。ママに聞いたら、リヴァはまだ爆睡状態だってさ。興奮してなかなか眠れなかったみたい」
夜更かしは美容によくないって怒られちゃった、とルーテシアはちょっと舌を出しておどけてみせた。
その後二人で食事をとる。昨日の組み立ての反省とかもしながらだから少し時間が伸びてしまったが。
「まあ、いいや。じゃあ俺は皆の練習のほうに合流……ってあれ?」
見覚えのある影に思わず声を上げる。近づいてみるとそこにいたのは漆黒の人型の召喚獣だった。
「やっぱりガリューか、久しぶり」
「!…………」
驚いた様子を見せた後、ガリューは深々とこっちに礼をしてくる。
「ああそうだ、怪我は完治した?」
「……………」
頷いて肯定の意を示してきた。
「そっか、そりゃよかった。じゃあ、またな」
「……………」
どこか恐縮した感じで送られた。やっぱり罪悪感が残っているんだろうか……。
そんなことを考えつつ、俺は八神家の皆の所に向かった。
Side オリヴァルト・アスラシオン
『マスター、起きろ!』
『そうですよマスター。起きてください』
ベッドの脇の机の上から発せられるデバイスの声で僕は目を覚ました。
「……やあ。おはよう、ヴェス、フェン」
『おはよう、マスター』
『おはようございます。では着替えて顔を洗いにいきましょう』
寝ぼけ眼で着替えつつ、時計を見る。……10時過ぎか。寝坊してしまったな。
階下に降りると、紫色の長い髪を持つ後ろ姿を見つけた。
「……おや、メガーヌさん。おはようございます」
「はい、おはよう。朝ご飯、できているわよ。さっきレーヴェ君とルーテシアが起きてきたの見かけたから君もそろそろだと思ってね」
振り返り、驚いた様子もなく返事をし、最後にばっちりウインク一つ。完璧だ。
僕のものと思われるできたての朝食を残して、メガーヌさんはキッチンの方へ向かった。昼食かなにかの仕込みだろうか。
顔を洗ってから、よく噛みつつも手早く朝食を頂いた。
……さて、外に出てレーヴェたちと合流しようかな。
「……ん?」
玄関を出た所でルーテシア嬢を発見。
「やっぱり、引きずっちゃうわよね……」
呟くその声がひどく寂しげに聞こえたから、僕は思わず聞いてしまった。
「ふむ、何をかな?」
「!」
思い切り振り返ってきた。完全に気づいていなかったのだろう。
「ああ、すまないね、ルーテシアさん。偶然とはいえ立ち聞きしてしまった」
「…どこから聞いていたの?」
「『やっぱり、引きずっちゃうわよね』の部分だけかな」
「………そう」
俯いた少女は、ぼそりとこんな言葉を漏らした。
「私がここにいる理由、知ってる?」
「ん、ホテル経営だろう?」
「……あはは。それは副業。本当はね、私がひどいことをしたからなの」
…………そこから彼女が語り始めた言葉に対する感想は「驚愕」の一言に尽きた。
まさかあのJS事件でそんなことがあったとは。
そして、レーヴェの入院にそんな事実があったとは。
彼自身は一切周りのことに興味がないし、自分がどれほど気にされてるかを知らないのだろうが、JS事件の方に皆が注目していたものの、彼の入院は当時結構噂になっていた。巻き込まれたのではないかという話も聞いていたが真実だったとは。
彼の学院内での評価はこうなる。
性格は良く全般的に成績優秀。顔の方も悪くないが、付き合いが悪いので異性に嫌われることもないが好かれることも少ない。告白されることがあっても全部断っているようだ。だがそれで嫌われる……という話も少ない。
基本的に皆から一目置かれているのだ。
「まあ半分操られていたようなものとはいえテロリストに手を貸していたのは確かだから……って無人世界で保護観察になってね」
「ふむ……」
「それで、結局私もガリューもレーヴェには許してもらったけど……なんか、罪悪感が残ってるのよね」
「それで普段は意識していなくても時折……と?」
「うん……」
なるほど、許すと言われても納得しきれない訳だ。
「要するにもやもやするのをすっきりさせたいと」
「……間違ってはいないけど、なんか卑猥だよ」
「まあいいじゃないか。……時間が解決してくれるなどと言っても、もう一年は経っているのだろう? ならば別の方法を考えた方が賢明だな」
「そう……かもね」
しかし、被害者の側はどうなんだろう。本当に気にしていないのかどうか。気にしていなかったとして、今の状況をどう感じているのか。
「……よし、レーヴェに聞いてみようか」
「なんでっ!?」
「彼も君たちも納得する落とし所で落ち着くのが第一だからね。君たちが納得したとしてもそれが彼に対する押しつけでは本末転倒だろう?」
驚愕して食って掛かってきたルーテシア嬢は僕の返事で黙り込んだ。
「じゃあ少し聞いてくるよ。何、これは僕の我が儘だ。僕が君の話を偶然聞いてなんとかしたいと勝手に思ったからするだけのこと」
暗に責任は負わせないと匂わせてみる。
「……どうして、そこまでするの? 今の話聞いて『怖い』って……思わないの?」
「僕としてはレーヴェに同意だね。君はもうそんなことはしないつもりなんだろう? あとは、そうだね……」
やっぱりかっこつけてるみたいだなと思う。
レーヴェに指摘された口調とかは直すつもりでいるけど、それでもこの夢はやっぱり捨てられない。
「白馬の王子様…もっと言うと困っている女性を助けることが出来るヒーローに憧れてね。困っている女の子は出来るだけ助けたいんだ」
「……男の子は助けないの?」
おや、なかなかに鋭い意見だ。
「まあ、友だと思える男ならいざというときは助けるさ。男にはプライドってものがあるからね」
僕のおどけたような返事にくすりと笑い……紫色の髪の少女は、薄い笑みを浮かべて……でもその瞳には切実な光を宿しながら、
僕に、請うた。
「……じゃあ、お願い。助けて、王子様」
「……喜んで、プリンセス」