その37 戦士絶招トロイメライ
俺が練習をしている所にやってきたリヴァの開口一番の一言はこれだった。
「練習に精が出るね。ところでレーヴェ、君はいったいルーテシア嬢のことをどう思っているんだい?」
「……脈絡もなく突拍子もない話を振らないでほしいんだが」
全くもって意味が分からない。恋愛的な意味で聞いているのだとすれば尚更だ。
ストレッチをしながら思う。
友人関係、師弟関係という意味での親しさなら十分だろうが、お互いに恋愛感情は抱いてないし、それっぽい動作なんて欠片たりとも存在しなかったはずだ。リヴァがルーテシアを口説くという可能性もなくもないけど……。
「ああいや、誤解を招くような表現をしてしまったようだね」
「確信犯じゃなかったことにむしろ驚愕だ。で? 結局俺に聞きたいのはなんなんだ?」
「わかった、言い換えよう。そうだね………」
しばらく考えて一言。
「二年前の事件。本当に君は誰も恨んでいないのかい?」
一瞬だけ体が硬直した。静かに問う。
「……ルーテシアに聞いたのか?」
「まあね。それで? 結局どうなんだい?」
………瀕死になったあの時と、施設で真っ青な顔をして震えるルーテシアを思い出し、吐息を一つ。
「本当に誰も恨んじゃいないさ。……いや、一人だけ恨んでる奴はいるか」
「……へえ? いったいそれは誰なんだい」
「
あのとき弱かった自分。勝てなかった自分。それが今でもどこかに引っかかっている。
「………そうか。それについては何も言わないよ。しかしルーテシアとガリューは気にしているようだったが?」
「……お前どこから見てたんだよ?」
もしガリューが恐縮している様子からだったなら本気で「どんなストーカーだ」と思う。
「……まあいいや。ルーテシアはデバイスマイスターの師匠やったこともあってだいぶ慣れてきた方だと思うんだがな。それでもやっぱり棘みたいなのが残っているらしい。ガリューの方は……あいつは、生真面目だからな」
「どうにかしたい所だね。何か彼らにやってほしいこととかはないのかい? それで手打ちにするとかって言うのでどうだろう」
「いきなりそんなこと言われてもな…………あ」
思いついた。というかこれは……一石二鳥?
「あったのかな?」
「うん、まあ。これなら納得してくれる、はず」
アイデアをリヴァに伝えてみる。
「よし、ならメガーヌさんに掛け合ってみるよ」
「ああ、うん、頼む。……しっかしお前、なんでまたこんなことに首突っ込むんだ? 言っちゃなんだが、お前、あの事件に関しては他人事だろ?」
「愚問だね。女の子が困っている様子ならどんな事情だって助けるのが僕のポリシーなのさ」
髪をかきあげ笑うリヴァ。
やっぱ似合ってない。……けどまあ、そのポリシーを貫こうとするのは凄いと思った。
そして、一時間後。メガーヌさんの承諾のもと、構築された陸戦場のフィールドで俺とガリューは向き合っていた。
フィールドの形状はきわめて簡単。
大体、地上部隊の隊舎の通路の標準となっている幅、高さに設定してもらった。途中で曲がり角も見える。
周りの連中は皆、モニターで俺たちのことを見ているのだろう。
『……どういう、こと? まるであの時みたいな……』
「ガリュー、あの時の傷、完治したって言ったよな?」
モニターの先、ルーテシアの問いに応えず、俺ははっきりとそう質問した。
目の前の人型召喚獣は頷く。が、その動作には返事に対して少し遅れていることから、戸惑いが窺えた。
「だから、ちょうどいいと思ってな」
『………何に?』
「今の自分を知るのに、さ。………トロイメライ、セットアップ」
『Stand by, ready. Set up』
バリアジャケットを纏い、同時に成人モードへと変身。
目を閉じて、あの時のことを思い返し、そして目を開く。
「あの日、ボロ負けした俺はちゃんと成長できているのか。今までの鍛錬は本当に意味があるのか。少なくともこの戦いはその指標になる。……だから」
ホルスターから銃を引き抜く。両の手に握ったそれを目の前の敵に向け、言う。
「手加減なし。全力で来てくれ。そうじゃなきゃ意味がない」
僅かに、ガリューは逡巡する様子を見せた。だから俺はさらに付け加える。
「……前にも言った通り、お前にもルーテシアにも恨みはないさ。けどな、………単純に悔しいんだよ、負けたままだと。それにリベンジで手加減されて勝っても、嬉しくも何ともないんだ」
俺の一言に覚悟を決めたのか、ガリューも構える。
『リヴァ、あなた………』
『はっきり言って僕もこれがベストだと思うね。勝っても負けても恨みっこ無しのリベンジ。わかりやすくていいじゃないか』
わかってるじゃないか、リヴァ。
『…………ママ……』
『男の子ってそういうものよ、諦めなさい。……ルールはDSAA準拠、ただしライフポイントは無制限………どちらかが倒れるまでの勝負。では』
戦いが、始まる。
あの日、捨て身でダメージを与えるしかなかった自分に勝つための戦いが。
『試合、開始』
メガーヌさんのその言葉とともに、黒い影が突進してきた。
両手に持った銃の引き金を引く。
『Scarlet bullet』
球体ではなく弾丸の形状をした炎熱変換高速直射弾。
貫通の強化等もしたその緋色の弾丸が、弾道安定のため螺旋を描いて各銃口から三発ずつ、計六発、飛ぶ。
流石に喰らうのはまずいと判断したか、ガリューは突進をやめ、左……俺から見て右に跳んだ。
しかしその行動を予想していた俺は、カートリッジの薬莢が床を跳ねる音も聞こえない内に双銃をホルスターへと戻し、剣帯から双剣を引き抜き、魔力刃を形成しつつ駆ける。
構えは攻め、『葦の矢』だ。
口ずさむのは
「『我は鋼なり』………」
真っ正面に突っ込んでくるのを好機と見たか、ガリューは長い左脚で旋風を巻き起こしそうな勢いで蹴りを叩き込もうとする。
俺は跳び上がり、ちょうどその脚の上空を舞う。
その状態でも鍵詞は続く。
「『鋼故に怯まず』、『鋼故に惑わず』……」
見上げるガリューに向けて双剣を同時に大上段から思い切り叩き付ける。
無名流剣技、「剛の太刀」。
ガリューは右腕でかろうじて防ぎきったものの、片足が浮いた体勢の問題から腰を落とす。そのまま腕を振り払い俺を跳ね飛ばすが、その腕からはブスブスと煙が上がっていた。
「『一度敵に逢うては一切合財の躊躇なく』」
跳ね飛ばされた俺は宙返りを何度かしてスピードを殺しつつ着地。その間も口は止まらないし、目は敵に向けている。
「『これを討ち滅ぼす凶器なり』」
最後の詞が終わると同時、ガリューは再び突進、左腕で直突きを叩き込んでくる。あの時と同じ、とんでもないスピードだ。
俺はより広がり、クリアになった視界でその軌跡を予想しつつ、手にした双剣で防ぐ……ような真似はしない。そんな真似したら防御ごと潰される。
体を捻って躱しながら同時に力をため、攻撃の側とは逆方向、つまり相手の右腕側へとすり抜けつつ双剣で斬りつける。
交差後、即座に体を回転させ、さらなる斬撃を加える。
無名流剣技、「重ね刃」。
「……………!」
ガリューは声もなく、だが驚愕しているのを何となく気配で察する。そのまますり抜けてから体勢を整えようとした所で、背を向けた敵から、殺気。
瞬間的に双剣を交差させて防御。衝撃を殺すため地を蹴るが、そんな努力は関係ないと言わんばかりに吹き飛ばされた。
「が、っは………!」
肺から無理矢理空気が吐き出される。
双剣を弾き飛ばされ、天井へと飛ばされつつも敵の方へ顔を向けると、右足で蹴りを放ったらしい。
だが、やられたままではいられない。
双銃を引き抜く。鉄血転化で引き上がった思考能力で計算をしつつ、敵ではなく中空へと銃口を向けて、引き金を引く。
『Scarlet bullet』
突っ込みそうになっていた天井に向けて二発。左右に一発ずつ放ち、反動を使って姿勢を制御する。
安定した所でこちらへと飛ぼうとしていたガリューに向けて連射。一発でも当てるためにやや弾丸を散らしつつ、左右から十発ずつ放った所で、
『Cartridge emptied. Please reload』
両方とも弾倉の中にあるカートリッジを使い切った。そのまま着地する。
そこへガリューが飛び蹴りを仕掛けてきた。流石に無傷とはいかないようだが、それでもこの一撃、喰らえば負けだろう。
思い切り吹き飛ばされ、床をバウンドした時のことを思い出す。
リロードには時間が足りなすぎる。
威力のない弾丸で勝てるか? 否。
なら格闘戦を仕掛ける? 否、経験で負けている。却下。
思考が凄まじい勢いで最適解を探す。
(ならば……)
俺は手に持った双銃をガリューに向かって全力で
ダメージを受け、多少動きが鈍くなるが、それでもその一撃の威力は衰えていない。僅かな時間稼ぎになっただけだ。
………だが、俺がしたかったのはまさにその僅かな時間稼ぎ。
全力で跳び退りつつ、突き出した両腕を引く。
まるで何かを
緋い線が走り、その後を同色の閃光が追う。
その終着点は、俺の、手の中。
俺の両手にはめられたフィンガーレスグローブの、手の甲の部分から伸びた魔力で形成されたワイヤーが双剣の柄と繋がっていたのだ。怪しまれないようにそのワイヤーの魔法を起動したのは僅か数秒前。
着地直後の僅かな硬直。
その隙を突いて、俺は最後の一撃を繰り出す。
緋色の魔力刃から発せられる熱に、空気が揺らめいた気がした。
もちろんガリューも甘んじてそれを受けようとはしていない。全身のバネを用いて放たれる、これまでで最速の、直突き。
放たれた右腕のそれに本能的に総毛立つが、それを紙一重で躱す。
それでも巻き起こった風が、俺の頬に幾条もの切り傷を与える。
その傷が俺に痛みを訴える前に、俺は斬撃を叩き込む!
左腕を左下から右上へ。
右腕を右下から左上へ。
炎を吐き出す超高熱の斬撃が交差する。
体内に、その刃を残しながら。
しかし、これで終わりではない。
よろめくガリューに、本当の最後の攻撃を浴びせる。
ちょうど、両腕が今描いた軌跡を逆行する形でもう一度、再構築された剣が走る。もちろん、刃を残すのを忘れない。
無名流剣技、「双月輪」。
そこに組み込んだ術式は、
「桜花狂咲、改………」
斬り払い、一歩後ろへ下がって様子を見つつ、俺は呟く。
「『
『Burst blaze blade』
計四つの刃が、大輪の爆炎の花を咲かせた。
あとに残るのは、音を立てて膝をついた召喚獣のみ。
「……俺の、勝ちだ」
無意識のうちに早くなっていた呼吸を整えつつ、俺は呟く。
もちろんあの時と違って、クラッシュエミュレートはあっても、後遺症が出るような感じにはなっていないはず。
……そうだ、ガリューに投げつけた双銃回収しなきゃ。
そんなことを考え、……しばらくしてからそんなことをゆったり考えられる自分に気づく。
そこでようやく、ああ、勝てたんだと自覚し………
なぜか安心して緊張の糸が切れた俺は、仰向けに床に倒れ、そのまま意識を落とした。
『しゃ……シャマル先生ー!』
意識が落ちる直前、ミウラの声が聞こえた気がした。
Side ミウラ・リナルディ
ボク達は終わりまで声もなくその戦闘を見ていた。
………凄かった。
魔法だけじゃない。戦闘技巧、そして相手の裏を突く戦術。
どれもこれも、レーヴェのそれはボクらをはるかに上回っていた。
初めて会った時にもそう感じたけれど、それよりもさらに引き離されたような気さえする。
自分に置き換えて考えてみると、最初の突進で「詰み」になっていた可能性が高い。
努力を重ねて取り柄を得る。その言葉の意味が痛いほどに伝わってきた。
そして、それはボク達もそれくらい強くなれるってことだ。
けれど、気になるのは………最初の言葉。
そして、昨日言っていた「決定的な敗北」という言葉を思い出す。
…………横目で少しルーテシアさんを見ると、安堵した様子で息をついていた。
………一体、何があったんだろう?
と、悶々としている時、ざわつく皆の中からヴィータさんとシグナムさんの会話が聞こえた。そちらに近づき、耳を澄ませてみる。
「……よくやったよ、あいつは」
「ああ、本当に成長した。二年前………初めて会ったとき、六課のフォワード同様、光るものがあると思ったものだったが」
「まさかたったこんだけの時間でここまで成長するとは思ってなかったな」
普段の厳しい感じとは打って変わって労るような声。
「………ふ、今度の模擬戦では、もう少し本気でいった方が良いかもしれんな」
「………おいシグナム。頼むから力加減は間違えてくれるなよ」
このバトルジャンキーがと悪態をつくヴィータさんにシグナムさんが苦笑する。
「まあそのうち、本気でなければ負けるようになるかもしれんぞ? テスタロッサや高町のことを考えればありえない話ではない」
「まあ、そうだけどさ」
………師匠やヴィータさん達はきっと事情を知っているんだ。それでもあんな風に安心して会話を続けている。
だったらきっと、今レーヴェにとって悪いことはないんだ。
ならわざわざ、過去のことを今聞く必要はないよね。
「あ、お見舞い……行かなくちゃ」
ボクは彼の寝ているベッドがある所へと駆け出した。
Side end
Side オリヴァルト・アスラシオン
八神家道場の面々から離れ、森の中の木に背を預ける。
「あの近接戦闘技巧と戦術眼………やはり、侮れないな」
もともと凄まじい実力の持ち主であろうことはわかっていたが、それでも度肝を抜かれた。
(射撃も近接もまだまだ伸ばさなければ………な。しかし)
今回の僕の目的……少なくとも第一目的は、レーヴェの戦力調査ではない。
第一の目的は……
「………こんな所にいたんだ」
ちょうど考えていた少女が現れた。
「少し考え事がしたくてね。それで? 君はどうだった?」
今回の
「なんか、吹っ切れた気がする。おかしいね、私自身は戦ってないのに」
「ガリューの方はどうだったんだい?」
「負けたけど、すっきりしたって。なんかそれだけ伝えたら大の字になって寝ちゃった」
「………そっか」
おどけたような言葉に、頷き、おどけたような言葉で返す。
「ルーテシア姫、私はあなたを助けることができましたかな?」
「……ふふ。ええ、十分に。ありがとう、王子様」
微笑んだルーテシア嬢は不意に僕に身を寄せてきて………
頬に、柔らかい感触。
「………………へ?」
「これはお礼。あと、さん付けじゃなくて良いよ? 別に略称とかでも全然気にしないし。それとね」
身を翻し、振り返って、紫のお姫様は笑った。
「別にカッコつけなくていいよ? カッコ付けなくったってリヴァは十分かっこいいんだから!」
Side end
目を覚ますとベッドの上。体を起こして窓を見ると、夕日が目にしみた。
どうやらずいぶんと寝てしまったらしい。
……でも、なんか少しすっきりした。あの日から俺は強くなっている。それが実感でわかった。
立ち上がり、体の状態を確認する。うん、問題ないな。頬の傷とかもないし。
首にロイが吊るされているのをしっかりと確認してから、廊下へと出る。
とりあえず皆は今どうしているか尋ねようとリビングに向かう……
「レーヴェ?」
……途中で声をかけられた。
聞き覚えのある声に振り返る。
「ミウラか。皆はどうしてる?」
「晩ご飯の準備だよ。……その、けがははもう良いの?」
躊躇いがちな質問に笑顔で答える。
「ん、余裕。良く寝たし気分もすっきり」
「あはは、そっか」
ミウラは俺の答えに相好を崩した。
「晩ご飯なんだって?」
「バーベキューだって」
「うわあ、楽しみだなあ! 肉食うぞー!」
「もう、野菜もちゃんと食べなきゃだめだよ」
そんな会話をしつつ、俺たちはリビングに向かった。