その38 なんかいろいろ突破したらしい(注:天元ではない)
無数の星が空を飾る夜。
バーベキューを終えた後、腹ごなしも兼ねて、再び俺は廃棄都市群をモデルとして構築された訓練場に立っていた。
双剣を振る。ただの力任せでは力が流れてしまうから、完全にその流れをつかみ、支配し、制御しきる。
幾重もの緋い軌跡。
けれどその速度も精度も少しずつ、だが着実に上がっている。
『……最後です』
「ああ」
型の終わり。双つの剣が交差し、そして、
踏み込み。
全身の力を双剣の斬り上げに使う。
「………っ」
空を斬ったそれは、俺の技の中で最高速の一閃だった。
まだ、名前とかはないけれど。
「……ふぅ」
一息つき、もう一回最初から始めようとした所で
花の香りが、した。
「なっ…………!」
周りを見回せば、最初にいた廃棄都市群に似た訓練場ではなくなっていた。
気づかぬ間に再構築されたそこは池に浮かぶ舞台のようになっていて、池には白い蓮の花が咲いている。舞台の周りも白菊や白百合で覆われ……暗い中白い花に囲まれた舞台はどこか幻想的な雰囲気を感じさせる。
不意に、背後……やや離れた所に誰かの気配。
しかし害意は一切感じられない。きっとメガーヌさん辺りが驚かせようとサービスしてくれて、びっくりした様子を見にきたのだろうと思って、ゆっくりと笑顔で振り返る…………
が、その人を見た瞬間笑顔が凍り付く。
「……………え……………?」
メガーヌさんではなかった。そもそも男性だ。
壮年の巨漢。黒い髪の下、顔には今までの経験を示すかのようなしわがわずかに見られ、黒い目には強い意志の光がある。
茶色いコートを纏い、右手には長刀に似た槍を持っている。鋼色の手甲と脚甲が鈍い光を放っていた。
面識のない人物。しかし俺はその人を知っていた。その人のことをいろんな人から聞いていたから。
現代、特にミッド地上に置いては希少だった、古代ベルカ式の使い手。
俺が弱かった頃、二年前のあの事件で亡くなったはずの、
「騎士、ゼスト・グランガイツ卿………?」
呟くような、喘ぐような声で発した俺の質問にその男は黙して答えない。
ただ、負の感情が一切ない、どこかシブい笑みを浮かべ………、
槍を構えた。
「…………ッ!」
瞬間、凄烈な闘気を感じて飛び退る。
そのまま手にしていた双剣を本能的に構えると、グランガイツ卿はますます笑みを深めた。
その笑みに、俺は一つの確信へと至る。
(ひょっとして………そういうことなのか?)
戦い、というよりも試合。あるいは稽古を付ける、といった所だろうか。
動機が読めないし、なぜここにいるのかもわからないけれど………
それなら、胸を借りるつもりでやらせてもらうだけだ。
「………よろしく、お願いします」
ただ一言、そう挨拶し、俺は
Side ルーテシア・アルピーノ
夜、なぜか私は目が覚めてしまった。
(ああ、ひょっとしたら……意識、しちゃってるのかも)
私の心を軽くしてくれた男の子の頬に口づけしたことを思い出し、頬が少し熱くなる。
すこし頭を冷やすために、水でも飲もうと二階の自室からリビングのある一階へと降りると、
「あら? どうしたのかしら、これ…………?」
ママがディスプレイを見て首を傾げていた。
「どうしたの、ママ………ってアギトも?」
「ああ、なんか目が覚めちゃってさ」
「奇遇ね、私もよ………。それでママ、何かあったの?」
照れくさいのか頬をかくアギトに微笑みかけ、またママの方に向き直る。
「今ね、レーヴェ君が訓練場で練習しているみたいなんだけど………」
「それならいつものことって話じゃない? そう聞いたけど」
「いいえ、話はここからなの。彼がいる訓練場が見たこともない設定になってる。しかも今、DSAAルールで試合を始めてるみたい。………相手も設定していないのに」
…………え?
「確かに、それはおかしいわね……? 相手の方、解析できないの? 映像は?」
「どっちも今してる所よ………出たわ」
映像は奇妙なモノを映し出していた。
空中に向かって飛びかかり、跳ね飛ばされているレーヴェの姿を。
相手の方は透明人間になったかのようにまるで見えない。
「名前の方は!?」
「
LP11000
Z.G.
LP14300
上のがレーヴェだ。それはわかる。下のが対戦者の名前なんだけど……
「この、イニシャル……」
思わず漏れた私の呟きが聞こえているのかいないのか、ママも呟いた。
「レーヴェ君が近距離で飛びかかって向かった先を考えると、相手のリーチは相当長い。でも遠距離攻撃の感じは全然ないし、これってやっぱり………」
一瞬沈黙して、ママは震えを帯びた声でその正体の予想を口にした。
「隊長………?」
その言葉を聞いた瞬間、私は扉を開けて、靴も履かずに弾丸のように外へと飛び出した。
「ちょ、ルーテシア!」
「ルールー!?」
後ろからママとアギトの声が聞こえるけど、返事なんてしていられない。その時間も惜しい。
そのまま転びそうになりながらも必死で駆け出す。
ごめんなさい。でも……………、
今は、あそこに行かなきゃ…………!
Side end
(ああもう、わかってたことだけどこの人クソ強い………!)
俺は距離を取りつつも双剣を構えてグランガイツ卿を警戒しながら歯噛みしていた。
正道の騎士の戦い方……しかもヴィータさんやシグナムさんに通じる所があるように思えるのは古代ベルカ式だからか。
時折隙のない……威力の低い攻撃が入るくらいで、遠距離のための双銃を抜く暇も与えてくれない。現に今も……
(ホラ来たぁっ!)
槍を構えて思いっきり突撃してきた。しかもあの剣道でいうところの下段に近い構え……
(機動力削ぐために足刈り狙いかよ!)
鉄血転化を使っていないのも使わせてくれないからだ。凄まじい勢いで突撃してくる。防ぎ切ることは不可能に近いので必死で避ける、もし当たれば衝撃を緩和するしかないのだ。鍵詞を唱える暇があったらその分呼吸を整えることに当てている。
間違いなく俺から見て右から左への切り上げあるいは水平の一閃。
どうする、どう避ける?
右、自分からぶつかりに行くようなもの。
左、……………ほぼ間違いなく避けきれない!
なら………!
(よく見ろ、ぎりぎりまで見極めろ……今だ!)
グランガイツ卿の槍が俺の足を刈ろうとした刹那、俺は飛び上がっていた。
「っらあッ!」
(ガリューの真似だっ!)
思いっきり右足を振り抜く。
重くて鈍い感触とともに頭部を蹴飛ばした。
(流石に効いただろ……!)
Z.G.
Damage 2000
LP12300
クラッシュエミュレート軽度脳震盪
しかも、集中を高めていく中で出来る限り早口で。
「『我は鋼なり』『鋼故に怯まず』『鋼故に惑わず』『一度敵に逢うては一切合財の躊躇なく』」
頭を振ってこっちへと構え直そうとするグランガイツ卿を前に言い切る。
「『これを討ち滅ぼす凶器なり』」
視界がクリアになる。雑音が消える。体の疲労感すらかなり軽く感じられるようになる。
グランガイツ卿が揺らぐ視界をどうにか立て直し、構え直したときには、
もう俺は、双剣が届く距離まで接近していた。
槍のリーチの長さを活かせない、むしろ取り回しのいい双剣が活躍する距離まで。
「………ッ!」
下手に大きなダメージを取ろうとはしない。隙に繋がり、それで吹き飛ばされたりしたら本末転倒だから。
だから。
(手数で、押す………!)
右手の剣が放つのは薙ぎ、突き、払いを連続動作で行う無名流剣技『三弦』。
それをグランガイツ卿が受け止めている間に微妙に体勢を変え、今度は左手の剣による連続突き、無名流剣技『驟雨』を叩き込む。
Z.G.
Damage 1100
LP 11200
クラッシュエミュレート 軽度出血
(突きのときに大事なのは引く時のスピード………だっけ)
師匠曰く、突きとその後の引き、両方のスピードが速い槍使いに近づくのは至難の業だとか。
とはいえ、この人はパワータイプ。手数を繰り出すのは重突撃よりかは苦手なはずだ。
さらにもう一太刀………?
右手の剣で斬り掛かる時に違和感を覚える。さっきまでは攻撃する時に対応しようとして槍をある程度は動かしていたのに………ッ!
気づいた瞬間頭の中で最大音量で
(肉を斬らせて骨を断つつもりか!)
とはいえ、攻撃を途中で止めるなんて真似をすれば逆に体が硬直する。出来る限り早く動作を終わらせつつ、回避のために体の位置をずらし、ダメージを殺すために跳躍する準備をするが………。
「おいおい、勘弁してくれ………」
あまり無駄口を叩かないように思考が統制されている鉄血転化の状態であるにもかかわらず、思わずぼやきが漏れた。
(ダメージ覚悟で刀身を手でわしづかみとか………!)
白羽取りを心得ている者ならともかく、単純に手に傷がつくことを前提でやるのははっきり言って愚の骨頂に近い。
よっぽど打たれ強くて、そうすることで相手の身動きを取れなくしようとする戦術を考えていなかったらの話だけど。
実際その作戦は功を奏していた。
コンマ数秒の間俺の動きを鈍くするくらいには。
(刀身を破棄、緊急回避と緩衝を…………!)
『Blade Burst』
即座に右手の剣が爆発を起こす。拘束状態から抜け出しつつ脱出を図るが………
さっき稼がれたコンマ数秒はかなり致命的だった。
「がぁっ………!」
リーチの問題か刃ではなかったものの、柄の部分を思いっきり右肩に叩き付けられた。高速で展開した
ミシミシと嫌な音が肋骨にまで響いてきた。あの時のガリューの蹴り以上にヤバい。
「ぐっ!」
どうにか受け身だけは取れた。鉄血転化を使ってなかったら不可能だっただろう。
しかし、これは戦術的な意味でも結構痛いな………。
Z.G.
Damage 2300
LP 8900
クラッシュエミュレート 左腕部中度火傷
レオンハルト・ブランデンブルク
Damage 6500
LP 4500
クラッシュエミュレート 右上腕部および右上部肋骨単純骨折
片腕がほとんど使い物にならない、という状況自体はあっちもこっちも同じだ。
しかし武器の差がある。
あっちは損傷した左手の方を支えに回せば、ある程度は槍をまともに動かせるだろう。もともと両手でも片手でも使えるようだし。
だがこっちの使っていた双剣は完全に片手用の武器。右腕がまともに動かないというのは、純粋に手数が半分に減った事以上にまずい。右側からの攻撃に対処しきれないというのはそれだけで十分な弱点になる。
まあ、今の状態だと痛みは耐えられるから、無理に動かしてもいいけれど……それは間違いなく残りが少ないライフポイントを犠牲にした行動になるだろう。
切り札を切るしか、ないか…………。
一瞬で覚悟を決めた俺は、しかしそんなことは当然おくびにも出さずに相手を観察する。
多分今度も斬り掛かってくるんだろう。
シグナムさんの「届く距離まで近づいて斬れ」って言う言葉は古代ベルカ式の騎士にとっては当たり前なんだろうな。
なら……。
右腕をかばうようにしつつ、そちらに攻撃を向けさせないようにすり足で相手の弱い左へと回ろうとする。
相手もそれがわかっているので右に行こうとする。
自然と俺とグランガイツ卿の足が歪な円を刻む。
………膠着した舞台の中、最初に動いたのはやはりグランガイツ卿だった。
「っ!」
一気に踏み込み右側を容赦なく狙って来た。
左に転がって躱す。が、グランガイツ卿は予想済みと言わんばかりに傷ついた左手を使って石突きで攻撃。
剣で受け止めたが、直後にそれを失策と悟った。
体勢を整えたグランガイツ卿の槍の穂先が一閃。
しかし、その攻撃は空を切る。
「……………ッ!」
相手が必勝を確信した時こそが最大の隙。かつて師匠にそう教わった。
グランガイツ卿の後ろに転移。左手の剣で急所………首を狙う。
「……がッ!」
石突きの鋭い打撃。即座に察して反撃に移ったようだ。だが、それでもこの一撃は外さない………!
刃が首に僅かに食い込み、そこで俺は完全に槍に吹き飛ばされる。その瞬間左手の剣の刀身を爆発させた。
………一瞬意識が飛んでいた。転がっていた床から即座に跳ね起き……ようにも体が動かない。
やっとのことでよろよろと立ち上がった。
………くっそ、試合の結果はどうなった?
ライフポイントを確認する。
レオンハルト・ブランデンブルク
LP 0
Damage 4000
Z.G.
LP 900
Damage 7600
…………負け、か。
もともと槍の早さから手加減されてたのは何となくわかってたけど、それでも負けるのか……。
まあ、手加減されてたとはいえ、あそこまでダメージを与えて、しかも最後は本気だったみたいなのを考えると上々……か?
『見事だ』
低い男の声に思わず振り返る。
『その年で良くそこまで鍛え上げた。お前は、強くなる』
「………ありがとうございます」
地上のエースと呼ばれた人にそう言われて、俺は凄く嬉しかった。
とそこに聞いたことのある声が響いた。
「ゼスト!」
「旦那!」
「隊長!」
ルーテシア、アギト、メガーヌさんだ。
皆、声を出せずに立ち尽くしている。
『お前達………』
それを見てグランガイツ卿は淡い微笑みを浮かべた。
『ルーテシア』
「……うん」
『心は元々己の中にある。それを理解したようだな』
「うん。私、もう大丈夫だから………」
『ならば、いい。………アギト』
「………おう!」
『あの騎士……シグナムと言ったか。いいロードか?』
「………ああ。旦那には負けるけどな!」
『そう、か。……メガーヌ』
「………はい」
『隊の中で一人でも生き残ってくれたこと、嬉しく思う。そして……お前に最後の命令をする』
穏やかな眼で静かに……かつての首都防衛隊の中の一部隊、『ゼスト隊』の隊長はその命令を下した。
『ゼスト隊は本日を持って解散。お前は……娘とともに幸せに生きろ』
「…………はい、了解です!」
涙を流しつつも、メガーヌさんは見事な敬礼をしてみせた。
それを見て、グランガイツ卿は満足げな表情を浮かべ………ふと宙を眺めた。
『………ああ。すまない、レジアス………今、戻る』
そしてこちらへと向き直り……
『では、達者でな』
そういって微笑むと、空気に溶けるように……消えた。
……後に残るのは嗚咽の声。
でも、この人たちなら………きっとすぐに立ち直れるような、そんな気がした。
余談であるが、この時、地球の時間で言うと8月15日。
亡くなった人々が霊となってこちらに戻ってくるのでその供養を行うという、いわゆる「お盆」の時のことであった。