その39 闘争はランチの後で
翌日。
昨夜の話をしたら、なぜかミウラほか数名ががたがた震えてガチ泣きした。
ホラーって言うほどでもないんじゃ……?
ちなみに、リヴァはその中には入っていない。静かに、死者の冥福を祈るように瞑目した。
一方、シグナムさん達八神家の面々は「そうか………」などといって口数が少なかった。グランガイツ卿のことを思い出していたのだろう。
だが、そんな湿っぽい空気も、午前で終了して。
「ね、レーヴェ君」
「あ、メガーヌさん。なんですか?」
昼食後に、食堂で声をかけられたので振り返って答える。
「ちょっと、シミュレーターのデータ取りにつきあってくれない?」
うん? と思わず首を傾げた。そういうことは教導官をやっているヴィータさんとかの方が適任のはずだ。
俺の不思議そうな顔に気がついたのか、メガーヌさんは補足した。
「ちょっとそいつ、ヴィータさん達相手だと………弱すぎるのよ。かと言って初心者でも倒せるほどじゃない……中級レベル? って奴なの。だから、あなたの力を借りたいのよ」
「……は、はぁ……」
曖昧に答えを返すが、よくよく考えてみると悪い話ではない。昨日の疲労とかももう無いし、スキルアップとかのためにはちょうどいいだろう。
「わかりました。何とやるんですか?」
ガジェットとかだろうか。アレならやりようによっては中級クラスでも倒せるようだし。
「それはその時になってからのお楽しみ」
ウインクして言われた。
そんなわけで毎度おなじみ陸戦訓練場である。
訓練場では俺一人がバリアジャケットを装備して突っ立っている。今回は廃棄都市群というよりも何かの基地……あるいは実験施設みたいな所だった。かなり広い一本道である。
『じゃあ始めるわよー。用意はいい?』
「あ、はい。いつでもどうぞ」
『それじゃあ、エネミー、構築!』
メガーヌさんの楽しげな声の後に、目の前で光の粒が何かを構築していく。
あれは……人か?
しかし、グランガイツ卿ならわざわざ秘密にする意味もない。
その人影が明確になっていき…………!
「………おいおい」
自分の顔が引きつったのがわかる。
………紫紺の髪。
不健康そうな青白い肌。
そして、爛々と輝く、狂気の光の宿った黄色い眼。
二年前、ミッドで都市型テロ事件を引き起こした男。実際に会ったことはないが、時事問題でも良く出てくる。
なにより、こいつはノーヴェ達を作り、同時に俺に決定的な敗北を与える遠因となった奴だ。
技術者型の広域次元犯罪者。
アルハザードの遺産。
最悪のマッドサイエンティスト。
コードネーム、
「ドクター、ジェイル・スカリエッティ…………!」
しかし、こいつの戦闘データなんてどうやって手に入れたんだ?
あ、ノーヴェやチンクに協力してもらったのか。
『ハラオウン執務官……フェイトさんから直接戦闘のデータを「参考に」って貰ったのよ。それにノーヴェ達から聞いたのを色々付け加えてこの間出来たの。ストレス解消にいいかなって』
ストレス解消にシミュレーターを使うって………。
『そんな訳で、実戦テストをしてほしいの。強さとしては事件当時の彼と同じ位だと思うわ』
「……それ、かなり強いんじゃ?」
フェイトさん思いっきり閉じ込めてたし。
『大丈夫、あいつ多分ひ弱だし。当たれば……落ちるわ』
素晴らしい笑顔で言い切られた。
まあ、フェイトさんみたいに動揺しなければ躱せるんだろうけど……。
油断はしない方が良さそうだ。双剣を構えて、相手をじっと見る。
『それじゃ…………シミュレーション・スタート!』
開始の合図とともにスカリエッティが歪んだ笑みを浮かべ、左手の全ての指を曲げた。
瞬間、本能的に全力で後ろに飛び退った。
その場所を確認してみると十本ほどの赤い糸が俺の足下に出現し拘束しようとしていた。
さらに次々と糸が足下に現れ…………
「っと!」
必死で回避を続ける。
こういうときは………
(まずは出現する速度)
目測で測りつつ、ぎりぎりまで引き寄せてから避ける。
(出現する本数は……それほど多くないな)
多くても二十本だろう。
そして、
(出現する範囲、は………)
後ろに避け続け、大体100mを境にして、糸の動きは止まった。糸の最長の長さは3mくらいのようだ。
そもそも、研究者は基本的に戦闘者ではない。だとすれば、戦闘における技能も基本は自己防衛が主体となる。
だから、自分を中心にした防御用の魔法ではないかと踏んだのだが、どうやら当たりだったようだ。
あと調べなきゃいけないのは、……糸の強度か。
トロイメライが教えてくれた情報に「AMF近似のエネルギーで構成されている」というのがあったので銃は使っていないんだけど、双剣の方だったら何とかなるんだろうか。フェイトさんも斬っていたし。
うねうねと敵を求めて彷徨う糸に対し、右手の剣を一閃。
断ち切れた糸の先端部分は空気に溶けるように消えた。
「…………よし」
頭の中で作戦を吟味。弾き出した解答に従い、準備をする。
双剣を持ったままクラウチングスタートに近い体勢を取る。
今回は鉄血転化に頼らないでやってみる。普段の判断能力がどれくらいか確かめてみたいから。
『Get set』
ロイの言葉に口の端を吊り上げつつ、腰を上げる。どうやら俺の相棒は俺がこれからすることを理解しているみたいだ。
『Go ahead』
その言葉が発されたのと同時、俺は弾丸のごとく飛び出した。
まずは目の前で蠢いている糸を斬り捨て、ハードル走のように飛び越える。
そのまま加速、加速、加速………!
だが、相手もやられたままではない。糸を次々と地面から出現させ、時には俺の進む位置を予測して待ち伏せさせる。
ジグザグと直線を組み合わせて相手の攻撃を躱し、斬り捨て、ただひたすらに前へ、
……この戦いで転移を使わなかった理由は簡単だ。俺の攻撃と相手の迎撃の速度の差が微妙だったため、一発入っても軽くなる可能性があり、そのあとで拘束されたらおしまいだからだ。リスクが高すぎる。
隠れる場所とかはなさそうだし、疲労のことも考えると正面突破、短期決戦が最善だった。
かなり呼吸が苦しくなってきた、だがそんなことを見せても相手を勢いづかせるだけだ。
あと、15m………!
その時、スカリエッティが奇妙な行動に出た。左手の指の曲げ伸ばしによって糸を操作していたように見えたのだが………、
その左手で握りこぶしを作った。直後目の前に糸を格子状にした網が現れ俺を捕えようと襲いかかってきた。
「………………ッ!」
左手の剣を振るう。一閃、否、四閃する。剣の切り上げと切り下ろしを横にずらしながら二回繰り返し、その幅と斬撃の軌跡がちょうど一致して正方形を描くように………!
無名流剣技、「垂方」。
綺麗に正方形に切り抜かれた部分が再生するよりも早く、そこをくぐり抜ける。
あと10m。
スカリエッティが今度は拳をこちらへと突き出してきた。直後、奴の足下で赤いテンプレートが輝き、拳大の赤い光弾がこちらに向かって放たれる。
走りつつ屈んで回避する。光弾が巻き起こした風が髪をなぶるが当たってはいない。あと5m!
あと3mのところで、全長3mの糸が現れる。しかもどうやら後詰めがある上、後ろからも追いかけてきている。包囲するつもりのようだ。
当然だが、ここまで退く訳にもいかない。突破する!
目の前に向けて右手で横薙ぎ一閃。
切り裂かれた糸の後ろに伏せられていた更なる糸がこちらに伸びてくると同時に、全力で前方向に向けて跳躍。糸の檻を跳び越える!
上を見上げるスカリエッティが行動をする前に俺は空中で体を捻って体勢を整え、そして………
無名流剣技、「断骨」。
「剛の太刀」と違い、相手の後ろを空中で取り、剣を振って叩き付けるのではなく体重を載せるだけで相手の頭蓋骨から股下まで割るという暗殺用の剣技だ。
正中線上を通る緋い縦一直線の軌跡が確かにスカリエッティに刻まれ、直後、奴は霧散した。
『シミュレーション終了〜!』
その言葉を聞くと同時に何の変哲もない陸戦訓練場に戻り………俺は前のめりにぶっ倒れた。
呼吸が凄く苦しい。汗が全身から吹き出す。
『…………大丈夫、レーヴェ?』
「す、まん。ちょっと、休ませ、て………」
モニターから発されるミウラの心配そうな声に俺は息も絶え絶えに答えた。
かなり、鍛えているので持久力には自信があったんだけど……、流石に全力疾走はきつかった。
もう少し別の戦い方を考えないとだめか。まあ鉄血転化無しでもそれなりにはやれたのはいいんだけど。
…………つーか、よくよく考えてみたらこれが中級とか嘘だろう。スバルさんやエリオはともかく、ティアナさんみたいな射撃型だったりしたら間違いなく相当苦戦するはずだ。せいぜい中の上とかだろうこれ。
この試合のあと、俺の呼吸が落ち着いてから、お菓子を食べたあとに俺達はミッドチルダに帰還した。
帰りの次元船では当然眠りの中である。
今度はもう少し上手く試合を運べるようにになりたいな…………。