その41 鋼鉄の教会騎士団
「レーヴェ、いるか?」
「あ、ベル兄さん」
ここは聖王教会のデバイスルーム。
製作途中のAIのプログラムを書いていた俺は扉の方からした声に顔を上げた。
扉の近くにいたのは兄のアーダルベルト、略してベルである。もう騎士見習いは卒業、聖王教会の教会騎士だ。新人の中でも有望株らしい。
「どうしたの?」
「ちょっと整備頼みたくてな………」
「ん、わかった」
頷き、差し出されたデバイスを手に取った。専用の工具を取り出し、ディスプレイを展開する。
兄さんのデバイスは槍のように長い長騎剣と呼ばれる剣だ。刃の幅は広くないのだが、リーチの問題もあって使用には相当の技巧を必要とする。
パーツをある程度分解しメンテナンスを行う。ずっと黙ってるのも辛いので少し話を振ってみる。
「それで兄さん。グラシア卿………カリムさんのことはもう諦めたの?」
「ちょっと待て、俺の思いが叶わないこと前提で話をするな!」
「じゃあ告白してみればいいんじゃないかな」
俺の軽い一言に兄さんは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「ぐ………いや、シスターシャッハが、以前『私が認めたものでないとカリムとの結婚は許さない』って」
未だに兄がシスターシャッハとの模擬戦に勝ったという話を聞いたためしがない。勿論俺だってまだ勝てないけど。
「あのさ、幸せの青い鳥とか高嶺の花って知ってる?」
「もっと良い人が近くにいるってことか?」
疑わしそうな眼を向けてくる兄さんに頷く。兄は結構モテるのだ。本人が気づいていない上、絶賛片想い中なのを全員が知っているからアピールもしにくいのである。
その代表的な一例が………
「白兎隊の人たちとか」
「いやあの黒ウサギどもは絶対に俺が嫌いだろ」
白兎隊。兄さんが若くして隊長を務める金羊隊と並ぶ、新人の中でも優秀とされるもの達で形成された小隊の名前である。
ちなみに白兎隊は女性のみ、金羊隊は男性のみだそうだ。特に白兎隊は美少女揃いと評判だとか。
時たま彼女達のデバイスの整備をすることもある。その時にいろいろ話を聞くのだ。
「いや、黒ウサギって」
「どいつもこいつも外面は清純そうに見えて性格は真っ黒だ。不本意ながら同期の男の中で多分一番近くで見てた俺が断言する」
思いっきり言い切った。いや、鈍感とかそういうのもあるかもしれないけど、彼女達のアプローチの仕方も問題なのだと思う。
「レフレンシアさんとかも?」
レフレンシア・セビリィシス。副隊長にして眼鏡の似合う知的美少女だ。戦闘において人形型デバイスを操る、ミッドでも数少ない「人形使い」で、そのデバイス、「シゥビーニュ」は俺が今作っているデバイスの参考にもさせてもらっている。
「レンシア? アレが代表例だろ。人形けしかけてこっちの行動を制限した挙げ句ポイントで爆撃とか性格が悪い奴以外にできるとは思えん」
「愛称で呼べ」と言ってしかも他の奴には愛称で呼ばせない時点で察せないものなのか………?
いや、確かに戦い方はえげつないけど。
「アルゴラさんとかは?」
アルゴラ・ハイドリアヌス。容姿は金髪巨乳の美女であり、最前線で剣を振るう切り込み隊長だ。長騎剣ほどではないものの刃渡りの長い、刃が波打った形となっているフランベルジュを用いる。
「ありゃ戦闘狂だ。俺を見ると嬉しそうに剣を振りかぶってきやがる」
「愛情表現のつもりなんだが………」としょぼくれた顔で言われたことがある。
「エリエオラさんは?」
エリエオラ・リビエラ・スンナ。長い黒髪が美しい、儚げという言葉が似合う白兎隊の隊長にして、アルゴラさんに負けない剣士だ。戦闘となればレイピアとマインゴーシュの二刀で相手に素早く襲いかかる。
「エリエ? あいつが一番ヤバいだろうが! 底意地の悪い作戦をいつも考えているのはあいつだし、模擬戦の前の昼食で毒とか盛ってきやがるんだぞ!?」
実は料理が大の苦手で、真面目に作ったはずなのに大惨事になったそうだ。素人の場合、隠し味は愛情だけで十分だなんて言葉をどうして男が女に伝えなきゃならないんだろう。
「ほい、出来たよ。…………あのさ兄さん」
「おお、サンキュ。なんだ?」
「後ろ」
ため息をつきたい。俺は奥の一点を指差した。首をひねって振り返った瞬間、兄さんは凍り付いた。
「ふうん、性格が悪い、ね。傷つくなあ、そういうことを言われると」
「ほお、戦闘狂か。わかっているじゃないか」
「ベルさん、酷っ…………!」
話に出た三人がそこにいた。
噂をすれば影、ではない。彼女達が近くに来たことがわかったから俺がその話を振ったのだ。
あ、兄さんがバインドされた。銀の魔力光から見るにレフレンシアさんだ。
「すまないね、レーヴェ君。少しお兄さんを借りていくよ」
「どうぞどうぞ。俺もこれから用事がありますし」
俺の言葉に顔を引きつらせた兄さんが「おいやめろ!」などと叫んでいるが、誰も気にしない。
「さあ、鍛錬の時間だぞ、ベル!」
「ふふ、後でたっぷりお話も聞かせてくださいね」
…………カリムさんへの片想いの成就についてどうこう言う前に、兄さんがいろんな意味であの三人に喰われてしまわないかがちょっと心配になってきた。いや、それならそれで良いのかもしれないけど。
さて、と。仕事の時間も終わったし約束の場所に行くとするかな。
用事というのはこのまえのシスターシャッハの頼みの件である。
訓練場に来てほしいそうだ。
行ってみると、シスターシャッハと同じトンファー型の双剣を振って練習しているシスター服でオレンジの髪の少女がいた。年は多分俺より少し上くらいか? そばにはシスターシャッハもいる。
「こんにちは、シスターシャッハ」
「こんにちは、レーヴェさん」
挨拶を交わすと、練習をしていた少女が興味深げにこっちを見てきた。
「ああ、君が陛下が言ってたレーヴェ? よろしくー」
「シャンテ! 挨拶はしっかりしなさいとあれほど………」
説教が始まりそうだったので、さりげなく遮る。
「陛下ってのがヴィヴィオのことなら、多分そうだよ。レオンハルト・ブランデンブルク。こちらこそよろしく」
「あ、うん。アタシはシャンテ。シャンテ・アピニオン」
説教を止めただけで感謝の眼で見られても困る。
「それでシスターシャッハ、今日はどういう用件で?」
「…………そこのシャンテと模擬戦をしてほしいのです」
少し頭痛を抑えるように手を額にやりつつ、シスターシャッハは言った。
「え、この子そんなに強いの?」
瞠目したシャンテがシスターシャッハへと振り返る。それを見てシスターシャッハはため息をついた。
「彼の兄とやったことはありますね?」
「………ああ、ベル兄? ボコボコにされたけど。同じ姓だったもんね、ベル兄の弟さんか。そっか………」
………実を言うと、現在の時点で兄さんとはほぼ五分五分だったりする。
と、そこで念話が来た。どうやらシャンテには聞かせたくない話らしい。
『正直、シャンテは少し天狗になっています。それで、年下のあなたにやられたら眼も覚めるだろうと思いまして………お願いできますか?』
『期待に添えるかどうかはわからないですけど………負けるかもしれませんし』
『いいえ、あなたは勝ちます。断言しても良い。彼女とあなたでは訓練の量も質も違いすぎる』
「………わかりました。やらせてもらいます」
最後は念話ではなく普通に声で返した。シスターシャッハは嬉しそうに頷く。
「ありがとうございます」
「へっへーん。言っとくけど私、強いよ?」
「そっか。それは楽しみだ」
シャンテの言葉に何となくそう返す。
「ファンタズマ、セットアップ!」
赤い軽装のバリアジャケットを纏ったシャンテが先に訓練の開始場所に向かう。
………
………さて。
「行こうか、トロイメライ。…………
『はい、マスター』
セットアップし、俺も訓練の開始場所へと向かった。