その42 シスター・シャンテは祈らないで!
訓練場では徐々に緊張感が高まりつつあった。
双剣を抜く。スピードタイプだろうから接近戦になるんだろうしな。
「双方、準備はよろしいですね?」
シスターシャッハの言葉に頷く。
「大丈夫です」
「いつでもOK!」
「では、はじめ!」
その言葉と同時に、シャンテが突進してきた。
こっちは防御の「無方」で対応する。
しかし………確かに速いは速いが、攻めが単調だ。フェイントも分かりやすい。それに速いと言っても対処しきれない訳じゃないし、体格から考えてガリューのようにパワーで押せる訳もない。
良い練習になるなー、と思いつつ捌き続ける。
「こんのぉっ!」
焦ったのだろう、シャンテが振りの大きい一撃を繰り出してきた。
全くもって、読みやすい。
相手の双剣の攻撃を自分の双剣の向きを合わせることで逸らす。
上半身が浮いて前面の防御ががら空きになった所に、
「がッ!?」
腹に容赦なく膝蹴りをぶち込んだ。
軽く吹き飛んだ所にさらに容赦なく追撃を叩き込む。右手に持っていた剣をしまって銃を引き抜く。
『Scarlet bullet』
緋色の弾丸が打ち込まれては爆発する。
「ぐ、ぅっ…………!」
3mほど吹き飛ばした所で、撃つのをやめて、銃をしまって再び剣を抜く。しゃがみつつもこっちを睨んでいるから、流石にもう当たらないだろう。
さっきとは目つきが違う。まあ、流石にこれだけ喰らえば舐めてかかったのに対して後悔だってしてるだろう。
けど、
今度はこっちが攻める番だ。
「葦の矢」の構えで一気に突っ込む。
「な、はや…………!」
さっきと逆の状況。斬撃を俺が繰り出し、シャンテが捌く。
けど、状態は明らかに違う。
俺が繰り出すのは常に受け止めなければならず、しかも防ぎにくい場所だ。躱すという選択肢を与えない。なおかつ攻撃をさせないように封殺する。
「………っ!」
容赦なく喉を突こうとする俺に、一瞬シャンテの眼が恐怖に染まった気がした。
後少しで防御を崩せそうだ。焦らず正確に剣を繰り出そうとして………、足がよろける。
「! もらった!」
けどそれはフェイク。前に美由希さんが俺相手にやったことだ。
『手、本当に抜かなくていいんですね?』
『遠慮なくどうぞ』
シスターシャッハに念話で確認を取りつつ、もう一発。今度は双剣をくぐり抜けて………
さっき膝蹴りを入れたところに肘鉄を叩き込む。
「ぅっ……………!」
もう一回、苦悶の声を上げてシャンテが吹き飛ぶ。
まあ確かに痛いだろうけど、今まで叩き込んだダメージじゃ、まだ倒せるってレベルじゃないはずだ。パワーはあんまりないし。
実を言うとここら辺が兄さんとの引き分けの要因になる。駆け引きは兄さんも上手いが同等、スピードならこっちが上。けど打たれ強さとかパワーって意味だと俺はそんなに強くないんだよな。
後一つ、だめ押しが必要かな。
「…………っとにもう、どんだけ強いのさ!」
「『俺は弱い』なんて言った覚え、ないよ?」
ボロボロの状態でむくれるシャンテに苦笑する。
「ていうかベル兄と同じくらい強いじゃん! ホントにアタシより年下!?」
「やってきた時間じゃないかな。シスターシャッハに初めて教わったのも初等科1年の始まり頃………3年半は前だし」
俺の言葉にシャンテはあんぐりと口を開けた。
「私よりも一年以上早い………!」
「ま、そんなわけでさ。もう遅いかもしれないけど」
ひゅん、と剣を一振り。切っ先を向けて笑みを見せ、遅刻気味な忠告を一つ。
「舐めてかかると痛い目見るよ?」
直後に全力ダッシュ。
「………っ!」
シャンテに逃げる様子はない。真っ向から受けて立つつもりのようだ。その意気やよし。
と、思った直後、シャンテの姿がかき消すように消えた。
……………だけど。
「…………なっ!」
隠れていた場所を的確に攻撃する。
術式がまだちょっと荒い。
だから空気の
俺の攻撃を驚きながらも防いだシャンテの姿が再び現れる。
どうにか防ごうとしているシャンテをフェイントで騙し、防御をすり抜けて斬ろうとする。………この感じだとシャンテの防御がぎりぎりで間に合うかもな。
「…………え」
でもそれすらフェイク。
ステップでシャンテの後ろへとすり抜ける。
真正面に突っ込んだからと言って、真正面に攻撃しなければならない訳ではない。
眼を見開いて動けないシャンテに、振り返り様に剣を二閃。
二本の緋い魔力刃は過たず騎士見習いの体に突き刺さった。
「桜花狂咲」
『Blade Burst』
これがだめ押し。多分これで詰みだ。
二つの爆炎の華に包まれたシャンテがゆっくりと倒れる。
「………それまで!」
シャンテが気絶したのを確認して、シスターシャッハが試合の終了を告げた。
「今回の試合で分かったでしょう、驕っていれば足下を掬われるということも、日々の絶え間ない修練こそが強さの根本なのだということも」
「…………いや、足下を掬われるっていうか思いっきり頭から叩き潰されたけど」
「無駄口を叩かない! これに懲りたら…………」
…………あの、けが人に対して目が覚めるなり説教ってどうなんでしょうシスターシャッハ。
まあそんなこと口に出したりすると巻き込まれそうなので、戦いについて反省してみる。
今回はほぼノーダメージでの勝利だった。相性の良さもあったんだろうな。相手もこっちと同じスピードタイプだったけど、戦技のほとんどで俺が勝ってた。経験値も俺の方が高かった。だから普通に対処できた。
あえて言うならフィニッシュブロー………「桜花狂咲」か? どうもあれとそのバリエーションに頼りすぎな気がする。
なんか他にも考えた方が良いかな……………。
つらつら考えていると、何も言っていなくともこっちに火の粉が飛んできた。
「レーヴェさんも何か言ってあげてください!」
「え? えーと…………」
ちょっと考えて、
「お前、悪戯とか好きだろ?」
なんとなく思っていたことを聞いてみる。
「そ、そうだけど…………初対面の人に一発で見抜かれるって…………」
「だろうな、ついでに言うとバレずに済んだためしがないし、ちょっと大きな悪戯をしようとするとやる前に知られる」
「そこまで見抜くとか一体何者!?」
別にそんなに対したことじゃない。
「剣を合わせてみれば何となく分かる。スピードに乗って戦うのが好きで、フェイントとかも楽しそうに仕掛けてくる。けどその一方で全部かなり単調というか単純だ」
バッサリと言ってしまった。ちょっとショックを受けている様子のシャンテに対してそのまま続ける。
「やった後のことまで考えないからそうなる。相手がどう思考をするか、そこからどういう対策を練ろうとするか。そういうのをある程度予想した上でフェイントを仕掛けなきゃ、相手が引っかかってくれないんだよ。それともう少し気持ちを押さえた方が良いと思う。フェイント仕掛けるぞーって感じが見え見えだ」
兄さんみたいなフェイントに慣れた人に通じない理由はここだろうなー。ちょっと心の中で嘆息してみる。
「み、見え見え…………?」
「そう。フェイントをするならするで構わないんだけど、本当の気持ちを抑えてフェイクの感情を見せるとか、さっき俺がやったみたいに何重ものフェイントを重ねて相手にどれが本物か分からなくさせるとか、あるいは大胆にぶち抜くか。それくらいのことはしないと見破られる」
「…………大胆にぶち抜くっていうのは?」
「相手の予想の斜め上を行くってこと。人は警戒してない所からの攻撃に弱いからね」
例えば、俺は実際にそれは見てないけど、とある空中のゆりかごで絶対安全と思い込んでいた最下層にいたメガネの四番を砲撃で壁ごと撃ち抜く、みたいな。
「慎重に、気づかれないように小さなことを重ねてやるか、気づかれても良いって覚悟でド派手なことをやるか。悪戯だって同じだろ? そういうことだ」
「し、師匠…………!」
「………は?」
なぜか感極まっているシャンテがそこにいた。
「悪戯のことと絡めて教えてくれるなんて………! もはや師匠と呼ぶしか!」
「………分かっていると思いますが、悪用はいけませんよ?」
「…………勘弁してくれ」
シスターシャッハがため息をつく横で俺も天を仰ぐ。
これ以上、年上で俺を師匠呼ばわりする人が増えても、困る。