その49 やらしいビルの壊し方
「ここから先は通行止めです」
黒い服に白いマントのバリアジャケットを纏った金髪の女性………フェイトさんの前に俺は立ちはだかっていた。
「あれ、私の相手はシグナムだと思ってたんだけど………」
首を傾げたフェイトさんに俺は苦い笑みを浮かべた。
「そうなるとお互い相手しか見れなくなってそちらの
「え、でも……そしたらこっちも突破しちゃうんじゃ……」
おっしゃる通り。実際、博打である。
だからそこにはやてさんは策を一つ加えたのだ。
「ま、やれるだけやってみますよ。なあ、
「おうよ! 烈火の剣精が加わるんだ、足止めくらい軽いもんさ!」
懐から飛び出してきた赤いユニゾンデバイスに、フェイトさんが瞠目した。
「…………そっか。なら突破、全力で頑張らなくちゃ」
「させねえよ! レーヴェ!」
「ああ!」
『ユニゾン・イン!』
アメジスト色の瞳が輝きを増す。銀髪が赤に染まり、体から力がわき上がってくる。
一対の赤い焔の翼が肩甲骨辺りから生えて飛行がある程度できるようになっていた。
握る双剣の刃から凄まじい陽炎が立ち上っている。
「シンクロ率は85%ってところか………まあ上出来だな」
シグナムさんとかには及ばないが数値としては十分。
『そうだな。………じゃあ、派手にやろうぜ、仮初のマイ・ロード!』
「ああ、派手に、な。………という訳で」
行きます。
最後は声に出さず無言で真っ正面へと斬り込んだ。
Side 高町ヴィヴィオ
わたしは友達のコロナと一緒に試合観戦中。
その中でもよく見てるのは勿論レーヴェ達の戦い………じゃなかった、スバルさんとザフィーラさん、ノーヴェとヴィータさんの戦い。うん、同じ格闘型だから。
「ねえヴィヴィオ」
「なあに、コロナ?」
「普通にレーヴェさん達のを一番見れば良いんじゃないかな? さっきから凄い勢いでちらちら見てるけど」
「うっ!」
思いっきり見抜かれてた。
「いや、だってフェイトママが容赦なく叩き潰しちゃったりしたらどうしようというかなんというか……」
「うん。分かったから見よう?」
わたしが必死で探していた弁解の言葉があっさりとスルーされた。
「……むう」
…………叶わないなあ、と思いつつ素直にディスプレイを見ることにする。
そこにはフェイトママと激闘を繰り広げているレーヴェの姿があった。
「でも、凄いね。あんな近距離でお互いに一撃も入れられてない」
「………逆だよ、コロナ。近距離
もし、距離が離れれば射撃の能力の差が出る。フェイトママだってなのはママほどじゃないけど射撃は十分にできる。逆にレーヴェはアギトの支援があるとはいえ、元々射撃はフェイトママと比べれば、遥かに、という言葉をつけても良いほどにほど遠い。
だからあえて詰め寄り、手数で勝っていることから相手に別の挙動をさせないようにしてるんだ。
「でも、あんなのいつまでも保つはずがない。フェイトママもレーヴェも多分その後のことも考えてると思うけど………」
言いつつもディスプレイからは目を離さない。
「ヴィヴィオってこういうとき、良くそういう目するよね」
「………え?」
振り返るとコロナが苦笑していた。
「気づいてない? 模擬戦とか見るとき、いっつもそんな目してるよ。静かに細部から情報を得ようとするみたいに。レーヴェさんの目に近いかな」
「そうかなー?」
目元辺りを指でぐにぐに触ってみる。やっぱりいつもと変わらない気がする。
でもまあ、悪い感じはしない。
「好きな人と似てるって言われたら嬉しいよね」
「いや、だからそのっ………!」
み、見透かされてる。思いっきりコロナに見透かされてる………!
私がコロナを見て戦慄していると、いきなりそのコロナがディスプレイを見て大きな声を上げた。
「あっ、距離が離れた!」
その言葉を聞いて私は弾かれるようにそのディスプレイへと首を向けた。
見ると、フェイトママの持ったバルディッシュがレーヴェを強引に吹き飛ばしていた。斬られてる訳じゃないから、多分ガードしてる双剣ごと強引に振り払ったんだろう。
廃ビルの一つに窓ガラスを割って突っ込んだみたい。うー、土煙が邪魔でよく見えないよ……。
………あれ、レーヴェ、出てこない………。
Side end
吹き飛ばされた後、俺はビルの中で独り、立っていた。
勿論さっきの攻撃でライフ0なんてわけじゃあない。チーム戦ということもあって、ポジションが
で、こっちはいま1900。かなり削られているけど、まだ安全圏。あっちの方は多分2500くらいだろう。
無理矢理距離を取らされたなら、あっちから距離をつめさせれば良い。
ということで、ある程度有利な屋内戦に切り替えることにする。
『………で、その誘いにフェイトさんは乗るのかよ?』
「乗るさ。万が一俺を放置して行ったとして、後でリヴァを潰そうとする時に背後から転移で急襲されたら……、フェイトさんからすれば、たまらないだろ?」
ユニゾンしているアギトの呆れ気味な言葉に笑って答える。
『ただなあ………作戦が、えげつないよな』
「だって俺、騎士じゃないし」
平然と答えると、アギトもどうにか納得したらしい。
『まあ、いいや。全力でフォローする』
「助かる。っとお!」
礼を述べているといきなりフェイトさんが急襲してきた。窓を蹴破って来るか……。いやまあ、奇襲としては正攻法に近いものだし、予想通りだったけど。
持ち替えた双銃で迎撃するが、動きが素早くてかする程度で当たらない。ここは想定の範囲内だ。あくまで牽制射撃である。しかしアギトとのユニゾンによって普段よりは威力が上がってるはずだ。
銃把で攻撃を受け止めつつ、床や壁を蹴って立体的に駆け回り続けて、シグナムさんの方が突破する時間を稼ぐ。現在ライフ1700。あっちは2450くらいか。
永遠にも感じられた三分を耐えたとき、救いの声が聞こえた。
『今、シグナムがエリオを突破したよ! 後少しだけ耐えてな!』
「了解です、はやてさん!」
どうやら俺達の会話が聞こえたのか、フェイトさんが少し焦って攻撃を仕掛けてきた。射撃で応戦しつつ、近く似合った階段を駆け上がる。途中で急ごしらえとはいえバインドトラップとかを何個か用意したからあっちが追いつくのには少し時間がかかるはずだ。
フェイトさんが追いかけて上がってきたとき、俺はビルの窓際に立っていた。
「え……?」
「お先に失礼します」
ニヤリと笑い、窓をぶち破ってビルから抜け出した直後、轟音と衝撃がフェイトさんを残したビルを揺らし……
「作戦通り」
『うわ、マジでやりやがったこいつ……。えげつないな……』
さっき、なぜ双剣ではなく双銃を使ったのか。その答えはここにあった。
射撃で当たらないのは織り込み済み。なら、弾丸はどうなるのか。術式を少しいじって、「壁に貼付けた後、命令で爆発する」ようにしたのだ。チンクに教わったエネルギー運用理論が役に立った。
勿論魔力弾をそのままのしておいたらそのうちバレるだろうから、部屋を駆け回っている時に練習中の幻術を使って隠したけど。
ただ、これはフェイトさんはやらないし、予想だってしてないだろうという予測があった。
そもそも、フェイトさんが就いている執務官という仕事は凶悪犯を相手にすることの多い職業である。当然、ビルの中に人質付きで立てこもられた場合のこととかもしっかり学習済みだろう。ビルは市民の財産だし、砲撃でぶっ壊すとかはなるべく避けるのが上策とされているはず。基本的に大事なのは交渉と突入のはずだ。
また、凶悪犯だって突入して占拠したビルを後で攻撃のために倒壊させようなんてのは滅多にいない。スカリエッティの研究所みたいに攻められて情報を守るため………ってのはあるかもしれないけど。
前世の知識じゃ良くあった自爆テロだってこっちじゃほとんどない。だから予想もほとんどしてない。
さて、一方で自分。これは財産ではないし、師匠曰く「戦場で使えるものは何でも使え。自分の命を失うよりかはマシだ」である。相手を倒すためなら何だってやる。まあ流石に飲み物に下剤を入れるような汚い真似はしないけど。
「うーん、大丈夫かな、大丈夫だよな」
フェイトさんに対してならこれくらいやってもまだ足りないくらいだろう。
『そう言いつつなんで魔力弾作ろうとしてるんだ?』
「………粉塵爆発って知ってるか?」
多くの細かい粉塵が燃焼反応に非常に敏感になっているところに引火することで起きる爆発現象である。
俺は濛々とビル跡地の空間に満ちた
『……………………おい、まさか』
「スカーレットバレット」
『Fire』
『やっぱりかぁ!』
容赦なく放つ。直後に背を向けてバリアを張って目を瞑った。
先ほどにも勝る轟音と衝撃。
……実を言うと、正確には粉塵爆発ではない。「魔力爆発誘発現象」だ。現象が似ているのでそう呼ぶ人も多いというだけである。
いわゆるシミュレーターなどに保存されている建物はどのようにして修復されるか、と答えれば魔導師全員が『魔法である』、と答えるだろう。すなわち「魔力の物質化」である。ナノマシンが人の細胞と同化して、最終的に人の細胞そのものになる…という話を聞いたことがある人もいるはずだ。それに近い。
では、逆に物質化した魔力を元に戻すことは出来ないのか? 答えは「可能」である。
もちろん、安全を考えつつ修復されているのである程度構造が緩んでいることなどの制約条件がつくが。
物質化した魔力で出来た建物を崩壊、埃という形で拡散させ、その上でその物質に介入、魔力へと揺り戻し、同時に炎熱を付与。多少複雑な術式だが、一つの所から連鎖反応を引き起こさせれば後は簡単だ。炎熱をアギトに任せ、こっちはトロイメライと一緒にその術式を用意する。泥沼の内戦で活躍した師匠直伝である。
これが追加打撃。これでもまだ安心できない。もう一回ビルの方に目を向ける。
『本当にえげつないな………やったか?』
「おい」
それフラグだろ。フェイトさん大丈夫だろ。
警戒のために双銃をホルスターに戻し、双剣を抜いたところで、
一瞬の閃光。
アギトの必死のフォローと防御魔法、構えていた双剣の防御も打ち抜いて俺を叩き斬った。
フェイトさんの本当の本気。ソニックフォームでのジェットザンバーだ。
フェイトさんのライフは………お、1300。どうやら半分以上は削れたらしい。まあとっさに防御魔法とかまで使ったであろうこと考えれば妥当と言ったところか。
俺のライフがみるみる減り………、50のところで辛うじて止まった。
フェイトさんが止めを刺そうとするが、俺は、動けない。ライフが100未満だから治療されるまで活動が不可能なのだ。
そこで視界に、青紫の弾丸が飛び込む。
フェイトさんの肩辺りに命中した。
たいした威力ではなかった……ライフからすれば精々50から100だろうか。
しかし、確実にフェイトさんの注意をそらした。
その間に緑色の古代ベルカ式の魔法陣が俺の下に現れる。シャマルさんの旅の鏡だ。
『よく持ちこたえてくれた。後は任せてくれ』
『………ああ、任せた』
念話で力強いリヴァの言葉に返事をして……直後、俺は光に包まれ、気がついたら目の前にシャマルさんが立っていた。
「待ってて、すぐに治すから!」
治療魔法を掛けつつ、シャマルさんが微笑みかける。俺は頷いた。
「はい、お願いします」
そして内側にいるアギトに声をかける。
「大丈夫か?」
『ああ、まだまだやれるさ。今は少し休んで準備だな!』
「そうだな………」
激戦は、続く。