その51 謎の冥王X 壱
今年のDSAAまで、あと一ヶ月と少し。
俺はその参加申請をするためにクラナガンまで来ていた。人ごみでごたごたする中、さくっと書類を提出する。書類上は空白にしてもいいのだが、武器が近いディードにコーチを頼んだら快く了承してくれた。え、師匠? 断られたよ、あの人は表に出たがらないから。
さて、さっさと帰ろうか。
「ねえレーヴェ、あそこのデパート行ってみようよ!」
「………」
無理だった。実は今、朝の八神家道場に行った帰りで来ているのだが、何を思ったのかミウラが「ボクもついてく!」と言ったのだ。まあ確かに来年行くというのを考えれば納得は出来るけど、その後でヴィータさんがこんな提案をしてきたのだ。
「そうだ、どうせだからたまには息抜きでもしてこいよ。クラナガンなら遊ぶ所とかもあるだろ?」
……「即調整に戻りたい」「いつもデバイス作りで息抜きしてる」と言ったのだが聞いちゃくれなかった。
そんな訳で俺は仕方なくミウラについて行っている。もちろん、いやがってるような顔を見せるつもりは無いけど、それでもあまり行きたくはない。
……ミウラと歩き始めた時からずっと、どこかいやな感じが振り払えないのだ。
思い出すから……なんだろうな、やっぱり。
映画を見て。
一緒に昼食を食べて。
手を結んで。
そんな記憶を。
「レーヴェ……?」
ミウラの声に我に返る。不安そうな顔をする少女に俺はどうにか笑って答えた。
「ん、行くか」
そうして俺達は海岸沿いの大型デパート、「フィリーズ」の扉をくぐった。
それにしてもここの名前、どっかで聞いたことあるな……。気のせいか……?
女性というのはウィンドウショッピングが好きらしい。
今は買えないものを眺め、それを自分が手にして身につけたときどうなるか夢想する。
まさに女性独特……いや、欲しいが手の届かないゲームを眺める少年の気持ちに通ずると考えれば、男にもあり得ることなのかもしれない。
そんなことを考えつつ、店のショーウィンドウを目をキラキラさせて眺めるミウラを見る。こういうの見てるとボーイッシュって言っても普通の女の子だなーとつくづく思う。
……
ちなみに俺の手には荷物はほぼない。子供の小遣いじゃなかなか手の届かないものばっかりだもんな。
「さっき見たんだけど、27階で古代ベルカの美術品展示があるんだって!」
「そっか。でもそろそろ歩き疲れたから、いったん休んでからにしないか?」
見ると、最上階の30階に一部が屋外に出たカフェテラスがあるらしい。良く知られているチェーン店なので、いささか高いが手は届きそうだ。
「……うん!」
ミウラの元気のいい返事を受けて、俺達はエレベーターへと足を向けた。
見晴らしのいいカフェテラスで、微笑ましい顔で見てくる若い店員のお姉さんからカップとつまむ程度のお菓子を乗せたトレーを受け取って、ミウラが取っていた席へと向かう。
「本当に上から見ると綺麗だなー」
「うん、そうだね……」
あいつと一緒に食べたのは地上のファーストフードだったっけ……。
なんとなく下を見ながら考えていると、ミウラが遠慮がちに切り出してきた。
「……レーヴェ、聞きたいことがあるんだけど」
俺は、気づいていなかった。
「どうしたんだよ、よそよそしい」
俺自身がいやがってるように見せないことに必死になってたから、気づくことが出来なかった。
「あのさ」
ミウラの様子が少しずつ、変わっていたことなんて。
「一体、
「…………え……?」
「ボクだって女の子だからさ、何となく分かるんだよ? レーヴェがボクのことちゃんと見てるかどうか位は。レーヴェ、ボクを通して別の子のこと考えてるでしょ」
少し強がって自信ありげに言っているが、その震える声が自信を嘘だと教えてくれていた。
「考えてみれば、最初会った時から、そんな感じ、したよね。ねえ、レーヴェ」
俺の顔をまっすぐに見る少女の緑色の瞳は、不安に揺れていた。
「どうすれば、ボクをボクとして見てくれるの? ボクのこと、ちゃんと、見てよ」
……そうだ。確かに、俺はミウラのことを彼女と重ねていた。
絶交した直後だったというのもある。
戦闘スタイルが少し似ていたからというのもある。
でも、ミウラはミウラだ。彼女とは違う。
そんなこと、どうして気づかなかったんだろう。
「俺は……」
謝罪しようとした時、階下から、体の芯をも揺らすような衝撃と、揺れが来た。
カップが倒れ、わずかに残っていた氷水がテーブルの上にまき散らされる。
ミウラと二人して思わず床に目を向けた。
「っ何、一体!?」
「ロイ!」
ミウラが不安げに辺りを見回す。俺は相棒に状況のサーチを求めた。
『27階を中心として三階層にわたる爆発が発生したものと思われます。熱エネルギーからの推察ですが、燃焼性の爆発だったようで、火災が発生したものと思われます。火災レベルは不明ですが、かなり危険です』
俺の一言で察したロイの言葉に、ミウラの顔面が蒼白になる。
「そんな…………!」
……重なる後悔に俺は思わず頭を抱えていた。
……ああ、くそ。
気づかなかったことが多すぎる。
違和感を感じた時に気づくべきだったんだ。
「海岸沿いの大型デパート、フィリーズ」。「27階で美術品展示」。
前世の間にもっとサウンドステージの内容を正確に頭に叩き込んどけばよかった。
……ミッド最初のマリアージュ事件の現場じゃないか………!