その52 謎の冥王X 弐
「い、急いで避難しなきゃ……! ねえ、レーヴェも早く!」
「落ち着け、よく見ろ!」
指差す先には避難用のスライダーの辺りでごった返す人々。
「今の状況じゃまず無理だ。……少し待ってろ」
言いおいて、とりあえず近くにいたおじいさんを助け起こした。
「大丈夫ですか?」
「おお、皆が走り出した時に躓いてしまっての。済まんな」
「いえ、立てますか?」
「ああ、大丈夫……」
そばにあった椅子を手で引き寄せ、座ってもらう。おっくうそうに座るおじいさんに微笑みかけた。
「しばらくしたら混乱も治まってくるはずですから、その時に避難してください。まだ火の手はこっちまで来ないようですから」
「うむ、何から何までありがとう……」
微笑み返してくれたおじいさんに頷き、ミウラの元に戻る。
「それで、頼みたいことがあるんだけど」
「今のおじいさんみたいな人がいないかチェック。いたらこっちまで連れてくる。だよね?」
「ん……ああ」
理解が早くて非常に助かる。
「わかった。任せて! それでレーヴェはどうするの?」
「その前に……ロイ、階下の生命反応は? あと管理局はどれくらいで来る?」
『生命反応は複数残っています。29階はここと同じような状況のようです。26、27、28階はかなり危険ですが、まだ生命反応がわずかにあります。管理局はあと5分ほどかと』
「そっか。……俺が生成するバリアジャケットだとどこまで行けそう?」
『制限時間さえ守れば27階でも活動可能です』
「………え? ……まさか!」
俺の確認の言葉から悟ったのか、信じられないようなものを見る目でミウラがこっちを見た。俺は、頷く。
「ん、ちょっとだけ行ってくる。スバルさん……知り合いのレスキュー隊員さんから心得とかはある程度聞いてるし」
「ダメだよ! あくまで聞いただけで素人でしょ! 管理局だってあと5分でくるんだよ!? レーヴェがそんなことする必要は……」
「その五分で死ぬ人がいるかもしれないだろ? だったら行かなきゃ。大丈夫だよ、いざって時には転移で逃げるし、ミイラ取りがミイラになるなんて事態は起こさないから。局員さんが来たらさっさと避難するさ」
「でも………!」
心配でしょうがないらしい。けど、急がないと。
「戻ってきてからちゃんと話するから、な? しっかり待ってろ」
「あ…」
ミウラの頭を撫でて、俺はそのまま走り出した。
「トロイメライ、セットアップ」
光に包まれて一瞬で姿が変わる。
そのまま階段を一気に駆け降りる。
29階はロイが言ってた通り30階と同じ状況。床の崩落とかもなさそう。問題なし。
28階で逃げ切れていない人を発見。取り合えず、29階まで運ぶ。煙を多少吸ってしまったようだが、呼吸器系の重大な問題とかはなさそうだ。
そして………27階。
駆け下りた先で、一人のバイザーをつけた女と三人の局員の男が向かい合っていた。
「魔力弾を……刀で!?」
『あなた方を……イクスの墓標のもとへ』
驚愕に動けない局員達に対してまるで変声機を使ったかのような変な声の女は左腕の代わりに生えている刀を振り上げた。
……間に合え!
『……何者ですか』
「ただの被害者兼、善意の救助者だよ。お前こそ何者だ」
転移で目の前に割り込み、右手の剣で刀を食い止める。妙に衝撃が重かった。
『マリアージュ……イクスに従い戦場を焼き尽くす兵士です』
「イクス、マリアージュ……。冥府の炎王イクスヴェリア、そいつが生み出したって言う自爆兵器か」
『……右腕武装化、形態、戦槍』
突き出してきた
「ち……!」
舌打ちしつつ、左手の剣で弾きつつ押さえ込む。
お互い両手が塞がる。普通なら膠着状態だ。
けれど。
「っつあ!」
即座にジャンプ、顔面に魔力付与込みの蹴りを叩き込む。相手は軽く5mは吹き飛んだ。
そこでようやく、局員が声を上げた。
「き、君、ここは危ない! すぐに避難を……!」
「今更ですか!? っていうか局員さん達普通に死ぬ所だったじゃないですか!」
《だから今から俺が言うことをよく聞いて行動してください》
念話に切り替える。
《あいつの言葉を信じるなら、ですが。あいつはマリアージュ。古代ベルカの諸王戦乱時代の兵器です》
《古代ベルカ、だって!? どうしてそんなものがここに……!?》
《いや、それよりもどうして君がそんなことを知っているんだ!?》
驚愕の声に念話の中で可能な限り早口で返す。
《あいつがここにいる理由は知りません。正体はバイトで無限書庫の司書をやってるんで偶然知ってました。それであいつらの特性ですが》
《……ああ》
どうやら納得してもらえたらしい。そのまま話を続ける。
《見ての通り両腕が武器に変化します。今出てる槍と刀以外のものもあると思うので注意してください》
《わかった!》
《次に、あれは自爆兵器です。行動不能にした時点であいつは燃焼液に変化して大爆発が起きます。分かっていると思いますが、炎熱の付与とかは絶対にやめてください。あと、プロテクションは耐火性、対衝撃性の強いものをいつでも展開できるように用意しておいてください》
《了解した。だが君はどうするんだ?》
《見たところ、皆さんフロントじゃないですよね? ですから俺がそれを担当します。いざという時はレアスキル持ってるんでそれで転移して避難します》
《しかし、民間人を戦わせるなど……!》
《そんなことを言ってる場合じゃないでしょう? ……来ます!》
最後の念話とほぼ同時。再び襲いかかってきたマリアージュの攻撃を受け止める。
(やっぱり、重い……!)
さすが屍兵器、人体にかかった限界を無視している。
後ろの局員の移動を確認。もう避けても大丈夫そうだな。
相手を押し返し、話しかけてみる。
「なあ、今はもう戦乱の時代じゃないんだ。いろいろもめ事もあるけど、平和を掴もうとしてるところなんだ。だから黙って眠っ………!」
言葉の途中でマリアージュが右の槍で攻撃を仕掛けてきた。必死で躱す。
一瞬、背筋に寒気が走った。これは、……そうだ、死の気配。ガリューとかつて戦ったとき以上に濃密なそれが、俺の目の前に押し寄せていた。
左の刀を防ぐが、強力な一撃に一瞬腕が痺れ体勢が崩れる。
(しまった……!)
考えるがもう遅い。右の槍から再び追撃。
槍が俺の胸をまっすぐ、貫く……………!
その確実な死を予感した瞬間、視界の色がぼやけ、曖昧になった。モノクロ……いや、セピア色だっただろうか。
そのセピア色の視界に染まったとき、俺の体はそのまま後ろにものすごいスピードで退いていた。きっと、走馬灯を見るほどの時間もかからなかっただろう。
『……今のは』
マリアージュの無機質な声。気がつくと、俺は槍のリーチ外にいた。
……今のは、何だ? 足を見てみると少し痛みを感じた。肉離れというよりも筋肉痛に近い。
それに、何より妙に気分が高ぶっている。気を抜くと、闘争本能のまま獣のようにマリアージュに襲いかかってしまいそうだった。
『脳波の異常を確認。……マスター、大丈夫ですか?』
「ああ、多分な。しかし、今のは何だったんだ……? 火事場の馬鹿力ってやつか?」
今は助かったけど、負担も大きい。制御できないと危ないかもしれないな。身体も、頭も。
ん、制御……?
『……制御、術式。マスター、彼から貰った術式を試してみます』
「ん、ああ。俺もなんとかやってみ、るっ!」
身体の扱いに困るなんて、久しぶりだ。しかも動きすぎて困るなんての初めてだった。
どうやらマリアージュは援護射撃をしてくれている局員さん達には一切目を向けず、こっちの方だけに集中している。よっぽどさっきの槍を避けたのが脅威に映ったらしい。
そんな中、俺は相手の攻撃から逃げ惑う振りをしながら呟く。
「『我は鋼なり』」
その言葉一つで、思考が落ち着く、身体の制御がわずかに戻る。
「『鋼故に怯まず』『鋼故に惑わず』」
猛り狂っていた獣が鎖につなぎ止められ、その力が掌握できるようになる。
「『一度敵に逢うては一切合財の躊躇なく』」
(ああ、そうか……)
鍵詞を唱えている時に、俺は一つ気づいた。
この詞は単純に自分を人の姿をした兵器にするためだけのものじゃない。
「『これを討ち滅ぼす凶器なり』」
野生の獣としてではなく、理性あるヒトとして。
自分自身の意思で兵器、凶器となり、相手を討ち滅ぼすことを決めたのだということ。
それを忘れないための、誓いだ。
『
そして、「鉄血転化」の第二段階が発動する。
ロイの言葉とともに全身の内外を緋色の魔力光が走った。
術式によって不思議な文様が身体に浮かぶのを感じながら、改めてマリアージュと向き合う。
「特殊強襲型総合魔導戦闘技術、
『イクスの死兵、マリアージュ』
ただ名乗り、そして激突する。
身体が軽い。だが、これは限界ギリギリまで身体能力を行使しているからだ。負担は大きいし、長い時間は保たないだろう。
一足飛びに相手の間合いへと飛び込む。
振り上げた刀が振り下ろされる前に、その腕を右手の剣で斬り飛ばす。
さらに踏み込み、左手の剣で槍を根元から断ち切り、前後運動を上手く切り替えて、後ろへとダッシュ。
《バインドを!》
俺の言葉に応じて、局員さんが三人がかりでバインドをかけた。これなら力任せでも中々千切られないはず。
『……マリアージュは虜囚の辱めを受けません』
その言葉とともにドロリ、とマリアージュの身体が崩れ出す。
「防御してください!」
念のため局員さんに呼びかけ、即座に転移した。転移先は28階の階段のすぐそば。爆風の圏外で、なおかつ、すぐに下に降りられる場所だ。
一瞬の後、凄まじい爆音が轟いた。
しばらくしてから、27階に戻る。そこには、局員さんたちと、あともう一人の姿が。あれは…そうだ、来たときマリアージュに首根っこ掴まれてて放り出された人だ。どうやら爆風の圏外にいたらしい。机の下なりに潜っていたんだろう。……が、何かおかしい。
「……大丈夫ですかー?」
声をかけると局員さんの一人が振り返った。俺の姿を確認するや否や、急いでこっちに来た。まるで見られると都合の悪いことでもあるかのように。
「ああ、助かった。先に避難していてくれ。事情聴取をあとでさせてもらっても?」
「ええ、いいですけど。……怪我とか本当に大丈夫なんですか? なんか……そう、血の匂いがするんですけど」
「………さっき人質になっていた人が突如として自殺したんだ。人の死体なんて見ても面白いものでもないだろう?」
「自殺……」
マリアージュの能力、だったっけ。止める方法はあったんだろうか……。
「君が気にすることじゃない。君のおかげで私達は生き残れた。感謝しているよ」
その言葉に頷いて避難する人々のもとへ戻る。
鼻をついた血の匂いは、中々消えなかった。