スカリエッティ登場。主人公との初顔合わせです。……二度目があるかどうかは怪しいですが。
その54 謎の冥王X 肆
学院を出た後、そのままクラナガンの中央にある地上本部へ向かう。そう言えば、実際に行くのは初めてかも。
待ち合わせの場所にいたのはギンガさん……だけではなく、もう一つの小さな影があった。
「あれ、チンク? どうしてここに?」
「私からもドクターに話をしておきたくてな。妹たちの事もある。……ドクターがお前に会いたいと言う理由も気になるしな」
「ふーん」
まあ、今更チンクが裏切って云々……なんてあり得ないしな。疑う必要もない。
「じゃあよろしく」
「うむ」
地上本部の中に入り、軌道拘置所に繋がるゲートへと向かった。
「ここ、か」
目の前にあるのは威圧感すら覚える程に厳重な、檻。
かつて見た海上隔離施設……チンク達がいた所とはえらい違いだった。……彼らの態度等も考えれば当然なのかもしれないが。
看守さん達の敬礼に答礼を返すギンガさんとチンクを眺めつつ、奥に進んで行った先には、
「ドクター……」
「ジェイル・スカリエッティ……」
「やあ、久しいね。おや、見ない顔がいるようだが……?」
チンクとギンガさんが硬い声で呼ぶその男。
輝く金の瞳に宿る圧倒的な狂気と知性。僅かな微笑みや、檻の中での粗末な衣服が違和感を生んでいた。
けれど、不思議と威圧も恐れも感じなかった。その目の光は確かに恐るべきものだが、その目は同時に敗者である事を認めている目でもあった。
ジェイル・スカリエッティ。テロを起こしたマッドサイエンティストの成れの果て……。
声を硬直させたままギンガさんが口火を切る。
「あなたの事件とは別件で、任意での事情聴取を依頼しにきました」
「待っていたよ、ゼロ・ファースト。それに……」
「ご無沙汰している、ドクター」
「チンク……。懐かしいね」
「お変わりないようで。安心した」
「健康は維持しているよ。このガラス張りの牢獄は、案外快適でね」
「ウーノやトーレ達も、元気で」
「変わりない。クアットロが少し太ったくらいさ」
スカリエッティとチンクの会話に割り込む声が一つ。同時に一人、眼鏡をかけた性悪そうな女を映すディスプレイが展開される。
『ああんドクター、ひどぉ〜い。もう元に戻しました』
「クアットロ」
『あら、サーティーンにチンクちゃん、ご無沙汰ー。あら、この子は……?』
そこでディスプレイがさらに開いた。映るのは無骨な武人を思わせる鋭い目をした女。
『捜査協力なら断ると言ったはずだが』
「トーレ、今日は違うそうだよ?」
……俺を見つつも会話に一切俺を入れないこの空気、JS事件で前線に立ったものだけが感じられるなにかってやつなのだろうか。
さらにもう一個ディスプレイが展開する。どことなく冷たさを感じさせる容貌だった。
『地上の事件など私達にはもう関係のない事のはずですが』
「ウーノ」
『久しいわね、チンク』
「ああ、セッテは……? ああ、あれは最終ロットだからか」
『ああ』
「それで、君は誰なんだい?」
狂気を宿す金の双眸が興味深げに俺を見る。
しかしこの程度なら、気圧されずにいけそうだ。
「レオンハルト・ブランデンブルク。ただのデバイスマイスターだよ」
『ふむ、しかしどこかで見覚えがあるような……』
『あらドクター、あの子ですよ。六課襲撃の時にルーテシアお嬢様達にメッタメタにされた……』
「クアットロ!」
強く言うチンクに苦笑する。アイツに恨みとかはもう全くないしな。
「ま、事実だから否定はしない。なんでか知らんがギンガさんに頼まれて来たんだ。俺もアンタには一度聞いてみたい事があったからちょうどいいと思ってホイホイ来たってわけさ」
「……………あなた達の通信回線を同時オープンし、さらに民間人をここに連れてくるという危険を冒してでも聞いておかなきゃならないことがあります」
「下の妹達も関わるかもしれん。少々重要な案件だ」
「今日は気分もいい。構わんよ」
その言葉から一気に事件の情報、容疑者の情報が出てくる。
「トレディア・グラーゼ、ねえ……」
「何か知っているのか?」
ひとしきり出てきた所で呟くと、チンクが聞いてきた。
「いえ、オルセアで傭兵をやってたという師匠から聞いただけですけど、そいつが『鍵を見つけた』と言っていたのは五年以上前らしく、はっきり言って遅すぎるそうです」
「そうか……」
「トレディア氏の居場所と、イクスについては」
『ストップよ、サーティーン。ここからの情報提供は交渉材料』
「なるほど、ここで俺、ですか。いえ、どういう交渉材料になるのかは知りませんが」
ウーノの言葉に思わず納得した。
「最初からそうなるかと思っていたのだけど……」
ギンガさんは申し訳なさそうに俺を見るが、平然として返す。
「全然大丈夫ですよ。交渉を進めてください」
「ありがとう……」
「ふむ、彼は一体何者だね?」
「『約束』の少年よ」
「ほう………?」
約束……? ああ、ガリューに殺されかけた時のあの言葉の話か。
『ふむ………。確かにそれは良い交渉材料ね』
「そうだね……。それに付け加えて……出所の確かな、出来ればそれなりのベルカワインの赤を一瓶。これだけで手を打とうじゃないか」
「差し支えなければ、その理由を」
「私の最高傑作のうちの一体……。彼女の命日が近いだろう」
『ドゥーエの喪失くらい、悼ませてもらってもバチは当たらなかろう』
『いかが?』
「……分かりました。私が差し入れます」
渋々、ギンガさんが頷くと、狂科学者は笑みを浮かべ、こっちを見た。
「素晴らしい……。それにしても……君がそうだったのか。それで、どういう約束なんだい?」
「ごくごく単純なものさ。『後を頼む』『わかった任せろ』。これだけ」
おや、スカリエッティの目が点になった。事実なんだけどなー。
「……より正確にお願いしてもいいかな?」
「いや、ホントにそれだけなんだが。なのはさんと六課の皆にそうお願いするくらいしか体力残ってなかったし」
俺の言葉を聞いてスカリエッティが身体を震わせ始めた。
「………くくく。………アッハハハハハハハハ!」
どうやら笑っていたらしい。その笑い声が耳についた俺は思わず顔をしかめて呟いた。
「うるさい………」
「まさか、その程度の単純な約束程度で力を発揮するとは! いやはや、人の心とは誠に度し難い! 肉体だけでなく精神も十分に研究する価値があるとは思っていたが、ここまでとはね!」
「まあ、倫理とかを無視しすぎたせいで逆に心の研究が足りなかったって事だろ」
俺の適当な言葉も笑顔で肯定するばかり。
「ふふ、その通りだ。……楽しませてもらったよ。ウーノ、トーレ、クアットロ」
『は〜い。イクスヴェリアとはマリアージュのコントロールコア母体……』
要するに無限にマリアージュのコアを作れるやつで、多分若い女性の姿らしい。
……あれ、通信かな?
「!? 失礼」
『チンク姉、聞こえる!? 今どこ!?』
どうやらマリンガーデンで火災が起きたらしい。
「急ぎの用事だね? 手早く済まそう」
『イクスヴェリアは今ディエチから報告のあった地点、海底遺跡の内部』
「そして、トレディア・グラーゼは………ふふ、四年前に死んだよ。マリアージュに喰われてね」
嘲りを含んだような狂科学者のその言葉を聞いて、「協力に感謝します」と言うや否や、ギンガさんとチンクは背を向ける。
だが、俺はついて行かなかった。ついて行くわけにはいかなかった。
「レーヴェ君!」
「おや、君は行かないのかね?」
「行ったところで足手まといになるだけさ。……それに、まだ俺の用事は済んでないからな。……先に行ってください」
「でも!」
「大丈夫ですって。ちょっと訊きたい事聞いたら戻ります」
「……分かった。早めに戻ってくるのだぞ」
「はーい」
朗らかに返事をして、二人の背を見送った。
「さて、君の訊きたい事とは何だい?」
「
スカリエッティの問いに、俺は即答した。
「知っているよな、アンタなら」
「まあね。それが一体どうしたんだい?」
「なぜ、
俺は心の中にずっと残っていた疑問を吐き出していく。
「アレは、エクリプスドライバーは魔導殺しとしてはAMFを遥かに上回る。さらに強化された肉体は常人を遥かに上回り、それこそ戦闘機人にも匹敵しうる。そこに戦闘機人技術でも突っ込もうものなら、一個体で管理局を潰す事すらあの頃は可能だった可能性がある」
「ほう……」
「レリックウェポンとしたところで同じだ、ガジェットなんてそれ一つあれば全くの無用だっただろう。その上で訊く。なぜ使わなかった?」
「………君が思う理由を挙げてみるといい」
「エクリプスドライバーの適性を持つ個体がプロジェクトFの技術で作るのが難しかった。殺人衝動や自己対滅という問題点をクリアできなかった。戦闘機人技術とは拒絶反応が起きた。あるいは……それらの問題点を解決するのには時間がかかりすぎる事が予想された。他には管理局の最高評議会の反応を恐れたとか他の連中がやってる事をやるのは趣味じゃないとか、思い浮かぶのはそんな所か」
「その
スカリエッティは嫌らしい笑みを満面に浮かべていた。身動きを封じる檻の中で、それでも思考は自由だと主張するように。
「課題が多く、問題点の解決に時間がかかる過ぎる。お偉方も一応はこちらを監視するし、他者がやってるものはそれが完成させたものを利用した方がいい」
「なるほど、時間がかかる……つまり解決の糸口はあった訳だ」
「クク、まあね。教えるつもりはないが。………それにしても、『何故やった?』と聞かれた事は多かったが『何故やらなかった?』と聞かれるのは初めてだよ。ひょっとして君も同類かな?」
好奇心に目を爛々と輝かせるスカリエッティに肩をすくめてみせる。
俺が知りたかったのはここだ。
つまり「エクリプスウィルスは治療可能なのかどうか」。
こいつなら知ってるだろうが、素直に教えてくれるはずもないので遠回しに切り込んだら意外と上手くいったようだ。
「あいにくアンタの様にでかい欲望を持つ気はないよ。………でも、俺だって研究者で戦闘者だ。敵がやってくる事に対する対抗手段を考えるためには、まず敵の手口や思考についていけないと話にならないだろう」
「なら私は精々祈っておいてあげるとしよう。君がその敵とやらを打ち倒すことを! ハハ、ハハハハハハハハ………!」
哄笑するスカリエッティを尻目に俺はその牢獄を出る。
Forceまであと3年。そのタイムリミットまでの時間に何をすべきかを考えながら。
さて、あと一回でX編は終わりです。あまりお待たせしないで済むかも……?