鈴鹿編。そんなに長くはならないはずです。
第二十四話
ちょうど鈴鹿サーキットでは1000キロメートル耐久レースが終わり、人通りも少なくなっていた頃。
俺達は鈴鹿山脈の、妖怪達の隠れ里を訪れていた。もっともここに住む妖怪はほとんどが鬼らしいが。
あらかじめ手紙を送り返事ももらったので、訪ねるのは問題無いはずなのだが、
ミオ曰く、
「何か違和感がある。おかしい……普通もっと返事は遅いはず」
里は、長がいるとはいえ基本的に合議制らしい。
だから大きな話題になると結論もゆっくり出すのが普通なのだそうだ。
だから返事が来るのが早すぎる、と。たしか7月終わりに出して、普通だったら二週間くらいかかるところを三日で返事が来たんだったよな。あのときもミオは首を傾げていたっけ。
まあ行ってみりゃわかるだろと考えつつ、同時に警戒を怠らずに前へ進んでいると、
「異国の魔がこの地に何のようだ……」
なにやら低い声。睨みつけているのは筋骨隆々の鬼だ。なぜ鬼だとわかるかって?簡単だ。角がある。
「長に手紙を出して許可は貰っていたはずだが、聞いていないのか?」
「………フン、そういうことか。あの女、やはり抜け目が無いな」
ガシッと横に立てかけてあった金棒を掴み、ニヤニヤと笑いながらその鬼は言った。
「ここを通りたくば力を示してもらおう……!」
「はいよ」
すかん。
俺は即座に剣を抜き、相手を傷つけぬように金棒だけを真っ二つに斬った。
「な………!」
鬼は絶句している。得物を振るう前にその得物を斬られたのだ、当然だろう。
その様子を見かねて、ミオが声をかけてきた。
「……剣太」
「うん?」
「やり過ぎ」
「………すまん」
「覚えておけよ」とかよくわからん捨て台詞を吐いてその鬼が逃げ出した後、さらに進むと、江戸時代を思わせるような村が目の前に広がっていた。
「……ここが鈴鹿の里か」
「『古き良き日本』って感じです」
「いや、古すぎだろ」
なんと言うか非常に失礼な会話をしていると、鬼の女性が声をかけてきた。
「あの……ミオさまご一行でいらっしゃいますか?」
「そう」
ミオが首肯すると、その女性はほっと息をつき、深々と頭を下げて言った。
「お待ちしておりました。………こちらへ」
通されたのは里で一番でかい屋敷の広間。
下座で待ち、しばらくすると黒髪を膝辺りまで伸ばしている美しい鬼の女性が、よく似た顔立ちの、亜麻色の髪の鬼の少女を連れて上座の方にやってきた。
「よく、来てくれた」
開口一番にその女性はそう言った。
「私はこの鈴鹿の里をまとめている、二十三代目の
名前は恐らく初代が坂上田村麻呂と結婚したことに由来するのだろう。寿命が基本長いから二十三代なのかな。ちなみに妹の呼び名は「リンイン」ではない。そんなに胸小さくない。
「早速だが………、このようなことを客人に頼むのは恥知らずもいいところなのだろうが、伏して頼む!」
文字通り伏して……というか、土下座して鈴鹿さんは言った。
「この里の窮地を救ってくれ!」
詳しく話を聞くと、こういうことらしい。
今里では「このままひっそりと暮らすべきだ」という穏健派と「鬼の誇りを取り戻すべきだ」という急進派が対立しており、最近妙に急進派が力をつけ始めているのだとか。鈴鹿さんは穏健派で、「もはや今の世は人の天下」と悟っているらしい。だが急進派は、人を襲い、喰らい、畏れさせてこその鬼と主張し、最近では勝手に行動し、行方不明事件が人里の方では頻発しているらしい。
「どうにかそれを止めなければうかつに協定を結ぶことも出来ない……か」
「最近では鈴音をよこせとまで言うようになりおった。恐らく手にした力に酔い、傲慢になっているのであろう」
「……そいつらをどうにかすればいい?」
ミオが問う。
「うむ。無論ただでというつもりは無い。協定を結ぶのは勿論、これを差し上げたいと思う」
目の前に出てきたのは凄まじい力を感じさせる一振りの刀だった。
「小烏丸天国。かつて戸隠の地よりこちらへと落ち延びし鬼の一族が持っていた、降魔の剣よ。その血は特に妹によく現れているがな」
亜麻色の髪はその証拠というわけだ。
「どうする?俺もリリィも自分で剣を作れる。これにこだわる理由は無いが……」
その一言にぴくり、と鈴鹿さんの顔がこちらへと向く。
「俺個人としては助けてあげたいと思う。だが、決めるのは主たるミオだ」
その一言にミオは少し顔を俯かせ、
「助ける。協定を結ぶことについては魔王様からの命だし、急激に力をつけたのが禍の団が原因という可能性もある」
再び顔を上げた時、目には強い意思がこもっていた。
「………ありがとう……!」
「ありがとうございます……!」
二人が深々と礼をするのを見つつ、俺は質問。
「……了解。でもどうやって?」
「さっきので思いついた。………決闘」
ミオは淡々と、しかし表情をわずかに緩めてそう言った。
どうせ言葉で言っても納得できないだろうから、決闘でケリを付ける。ただし、協力関係のためという名目で穏健派からは俺が戦いに出ることになった。
「その後も不満が出るようなら完膚無きまでに叩き伏せるだけ」だそうだ。
また基本的に能力は使用禁止。後でインチキとか言われても困るし、協力関係を誇示するということで小烏丸を使うこととなった。まあ元々習ってたのが刀の使用を主体としていたから、問題は無いだろう。体になじませる必要があるだけだ。
取り敢えず決闘の布告を出したら急進派のボス……悪路獄丸とか言うダサイ悪役じみた名前の奴はすぐさま応じ、明日村の広間でやることになった。
その日の夜、俺は小烏丸を用いた素振りと型稽古を終え、割り当てられた部屋に入り、着替えを取り出していた。さっさと風呂入って寝なければ、明日の戦いに支障が出るかもしれない。まあそこまで弱っちい体ではないはずだが、念には念を入れておかなければ。
その時、
「……あの」
声が障子の奥から聞こえた。ん? どっかで聞いたことがあるような………?
「はい?」
返事とともに障子を開けるとそこには鈴音さんがいた。何やら思い詰めたような表情をしているが……。
「今お眠りになるところで……?」
「いえ、お風呂使わせていただこうかな、と」
「……案内します。こちらへ……」
目を伏せて鈴音さんは歩いて行くので、着替えとタオルを持って、俺はあわててついていった。
「うわ、すげえ!」
天然物の温泉だった。アルカリ性ラジウム泉らしい。よくわからんが。
そのままヒャッホーと飛び込みたいところだが、取り敢えずは体を洗ってから入るのがマナー。
石けんやシャンプーを取り出し、体を洗っていると、後ろから鈴音さんの声が聞こえた。
………え? なんでここに鈴音さんが?
「……お、お背中流させていただきます」
なんだこの状況!
「へ? いやそこまでしなくても……」
というかこの状況がバレたら俺は殺される。決闘の前に仲間達に。
「私の身を賭けて戦って頂くのですから、これくらいはさせていただきたいのです……」
ああ、そういやそうだな。
「仕事ですから」
「ですが『個人的には助けたい』とおっしゃってくださいました」
いやまあそれはそうですけど!
反論する前に有無を言わさずに背中を流し始めた。時折柔らかな手が触れるのが凄く気持ちいい。
その後、風呂に入ってのんびりしていると、背中を流した後、「何か飲み物でも」といって麦茶を持って来てくれた鈴音さんがふとこうこぼした。
「……なんで私ごときの身を彼らは望むのでしょう?」
答えを期待されているのかどうかはわからなかったが、取り敢えずこう答えた。
「……あなたが美しいからというのは勿論あると思いますが、恐らくは穏健派を押さえ込んだという象徴が欲しいのでしょう」
何口説き文句に近いこと言ってるんだ俺? しかしそんなことを一切気にせずに少女は首を横に振った。
「……私は姉と比べれば美しくもない平凡な女です、象徴としてなら姉の方が適任のはずですが」
「さあ、そこまでは……よくわかりませんが。……なんでそんなに自分を卑下するのですか?」
「……私は姉と違い通連を使いこなすほどの神通力を持っておりません。いえ、制御する力が無いと言うべきなのでしょうか」
「通連というと、あの空飛ぶ魔剣ですか?」
伝承にそんなのがあった気がする。大小二つあったとか。
「はい、娘がうまれるたびにその者専用に新たにこしらえるのです」
「それを上手く飛ばせない……ですか」
「ええ。しかもそれだけではありません。あらゆる才において、姉は私を凌駕しております。……ひょっとしたら私の方が御しやすいと急進派も思ったのかもしれません」
取り合えず反論してみた。なんかネガティブスパイラルに陥ってたみたいだし。
「べつにあらゆる才というわけではないでしょう。彼女は長女として里を背負う努力もしてきたし、その努力はあなたよりも当然積み重ねがあるはずだ」
「ですが、かつての姉と同じ歳になった時にいつも私は姉に負けていると感じてしまうのです」
「なら他のもので勝負すりゃいいでしょう、あらゆる才と言っても全ての才を確かめたわけでもありますまい」
「他のもの……?」
「料理洗濯等の家事一つとっても才能というのは存在します。べつにあなたが決めたもののどれかで勝っていなければならないというわけでもないでしょう。あなたは自分を卑下し過ぎかと。もっと自分に自信を持ってもいいのでは? そのままでは折角のきれいな顔が劣等感に蝕まれて台無しです」
「………」
そう言われ、何かを考え込んでいる様子だった。
……ところで、妙に体が熱い。頭がくらくらしてきた。
「……あれ?」
「っ! た、立花様!」
長話してたらのぼせた。
気がついたら、更衣室の中だった。周りの匂いからそんな感じがする。
何か頭に柔らかい感触が………って、ん?
「め、目が覚めましたか?」
目を開けてみるとそこには鈴音さんが顔を赤らめた様子で…………。………あ。
「あ、あの………見ました?」
「……はい」
俺の問いにますます顔を赤らめて頷く。……なんてこった。
「だ、大丈夫です!とても立派でしたよ!」
もう俺お婿に行けない………。
ちなみにこの時、膝枕されてたことを俺は一切忘れていた。
落ち込み気味の俺を鈴音さんが励ますという先ほどとは逆の構図の状態で歩き、俺の客室の前に至る。
「あの、大丈夫ですから」
「……はい」
なんとなく頷いて、その後障子に手をかけようとすると、
後ろから服を掴まれた。振り返ると、上目遣いで鈴鹿さんがこちらを見ていた。
「明日、勝ってくださいますか?」
「勝てるかどうかでいえば、相手の強さがわからないからなんとも言えませんが、勝つか負けるか、であれば勝つつもりでいます」
「……お願いします」
そこでふと鈴音さんは亜麻色の髪を揺らして首を傾け微笑んだ。
「実は最初にここに来た時、夜伽をさせてもらおうと思っていたのですよ? 貞操を無理矢理奪われるにしても自分で選択位はしたかったですし、半ば自暴自棄になっていましたから」
「そらまた……」
ずいぶんと危ういことを……。
「でも今は大丈夫です。人となりも知れましたし、お背中を流させて頂いた時に相当な強者でいらっしゃるように感じられました」
決意を込めて頷く。期待には応えなければ。
「必ず、勝ちます」
「……はい。勝って私をあなたのものにしてください」
そう言ってもう一度にこりと笑み、鈴音さんは去って行った。きれいだったな………。
………だがそれよりも。
「………………え?」
いつの間に俺が鈴音さんを自分のものにすることになってたの?
またこいつフラグ立てやがって………!
ついでに言うと作者は鈴鹿サーキットの1000km耐久レースがいつ行われているか知りません。あまりそういうのは見ないので。
次回決闘編。主人公がまともに刀を振るいます。たぶん。
感想誤字脱字等あればよろしくお願いします。