すみません、コカビエル戦の前に二つほどエピソード挟みます。
皆さんが『再登場の機会はあるのか』とおっしゃっていたあの人が再び現れます。
第二十八話
その次の日のことだ。
残暑は厳しく、うだるような暑さの夕方を、皆でダレながら屋敷への道を歩いていると、
目の前に桃色に近い赤の長髪を持つ美女が立っていた。
「やあ、久しぶりだね、ケン」
………暑さは消し飛んだ。
………その代わりに肌寒さを感じた。気がついたら、冷や汗がダラッダラ出ている。
(………………どうしよう)
「……お久しぶりです、
取り敢えず、うやうやしく頭を下げる。俺の言葉にぎょっとしたらしく、皆は俺の顔を一斉に見た。だがそっちは一切気にしない。
……というか、気にしてられない。
「それで、今日はどうしてこちらに?」
「久しぶりに弟子の顔が見に来たくなってさ。『両手に花』どころか大量の花に囲まれているみたいだね。それで」
我が師匠、絶端桜は鋭い視線をこちらに投げ掛けた。
「どうしてキミは人間をやめているのかな?」
………やっぱりバレてた。
「ふーん、なるほどね」
俺が悪魔になった経緯を語ると、師匠はうんうん頷いていた。
「ケン」
「はい」
「困っている人を助けようとする、それは立派なことだと思うよ」
「……ありがとうございます」
「でもさ、自分の命も守れない人が他の人を守ろうなんておこがましいよね?」
笑顔で俺に告げているのだが、明らかに目が笑っていない。
「……はい」
「少し弛んでたんじゃないかな? ちょうどボクも暇だし、鍛え直すとしよう」
「………よろしくお願いします」
こうなるよね。わかってましたとも。
だが剣士の意地として、俺は一人でも犠牲者を増やす!(注:剣士関係ありません、ただの八つ当たりです)
「じゃあ、こいつらの面倒も見てやってくれませんか」
剣を少しだけ教えてたので、とリリィと鈴音を指しながら付け加える。
「「え」」
その発言にリリィと鈴音が固まるが、
「うん、いいよ」
あっさりと師匠は頷いた。
「「えええええええええええええ!」」
こうして剣の追加修行が突如として始まった。
………俺の場合。
「うん、それなりな感じにはなってるね。始めた時を考えると相当な進歩だよ。弛んでた、という言葉は訂正してあげる」
「ありがとうございます」
「そろそろ『あれ』、使えるはずだよ?」
「『あれ』って………?」
「天地神明破乖剣」
大地ごとデカい地竜を一刀の下に叩き斬った光景が脳裏に蘇る。
「……いやいやいや、まさか……」
あわてて否定するが、師匠の表情は笑みのままだった。
「キミぐらいだと、気の流れとか、少し集中すれば見えるようになりつつあると思うけど?」
「うーん、まあ」
「だったら出来るはず。こんど試してみるといい。……さすがに『あそこ』までは至って無いようだけどね」
「『あそこ』………?」
「『モノの切れる線が見える』っていう領域。『空間ごと敵を斬る』みたいな真似も出来るようになるよ」
「……師匠、それ何歳で出来るようになったんですか」
……どう見たってそんな奥義この歳で出来るはずないと思ったので、どれぐらい時間がかかるかの参考に聞いてみる。つうかなんだその領域。どこぞの魔眼か。十七分割するのか。
「6歳」
どんだけチートなんだ師匠。
Side 三人称
リリィの場合。
「うん、基礎はよくできているね。ケンは教えられたように教えたわけだ。少し鼻が高いよ」
「……あの人はいい先生です」
「そっか、じゃあ師匠の師匠なんだしボクも頑張らないとね」
「よろしくお願いします!」
「早速だけど、剣の型についてはボクが教えられるのは『ここをもっとこうした方がいい』とか、それくらいだ。ケンにボクが教えた型をキミは全て受け継いでいるみたいだし。奥義は見せてもいいけどまだキミは使えないだろうしね」
「……はい」
いきなり期待外れな言葉にリリィはがっくりする。
「他流試合とかをして他の流派を知るというのも大事だと思うよ。……でも、その前に」
じっとリリィの顔を桜は見つめる。
「キミは少し……『覚悟が脆い』ように感じるかな」
「………脆い、ですか?」
「うん、ケンに対しても以前は感じていたんだけどね。彼は自分でなんとかしたようだったけど」
「………私の『仲間を支える、助ける』って覚悟、おかしいですか?」
すこしリリィはムキになったような表情を見せる。だがそれを桜は手をパタパタ振って訂正した。
「おかしくないよ。脆いって言ったんだ。……そうだね。キミはあまりに気負いすぎているのではないかな? 支えなければ、助けなければ……って。その根底にあるものはわからないけど」
「……そんなことは」
「そんな顔で『ない』って言っても説得力ないよ。とにかく、良く考えてみるといい」
「……はい」
鈴音の場合。
「なるほど、名刀を操り、なおかつ宙に浮かぶ二刀の魔剣も同時に制御する、か。一本での戦いにこだわっていたケンでは、少し教えづらかったかもしれないね」
「はい。一応刀の扱いには慣れているから、まずは二刀の制御を習得してから……とおっしゃっていました」
「ふむ、でもその後にさらに三刀を覚えなきゃならない。……少し面倒だな」
「え……?」
鈴音が戸惑った声を上げるのを無視して、ヒュン、と桜は木刀を振る。
「実戦形式で制御を覚えよう。途中途中で指示を出すから」
「で、でもこれ、真剣ですよ!?」
「あのね、ボクを誰だと思っているの? ケンの師匠だよ?」
にっこり笑って木刀の切っ先を鈴音に向ける。
「キミの攻撃くらい、無傷で軽く凌ぎきってみせるさ」
Side end
……そんなこんなで短期集中特訓の日は過ぎていき。
最後の晩、俺は師匠に呼び出された。場所は高校の屋上。なんでそんな面倒な場所に……まあいいか。
「どうしました、師匠」
屋上に張り巡らされたフェンスの上に平然と立ち、校庭と向かい合う形のまま、空を見上げる師匠に声をかける。
……この高さ、落ちたら死ぬんじゃないか? いや師匠のことだ、きっと平然と無傷で降り立つだろう。
「……ん、そうだね。少し訊きたいことがあってさ」
フェンスを蹴ってバク転。くるくると体を回転させ、見事に着地。
そして俺の方を見て、問うた。
「キミの今の覚悟が聞きたいな、ってね」
「覚悟、ですか?」
「うん。ミオちゃん達に聞いたよ、この前起きたこと。その結果、どんな風に変わったのかな? こういうのは剣をぶつけるだけじゃ分からない話だからね」
「………」
少し空を見上げて考える。
言うかどうか、ではない。どのように説明すべきか、だ。
「……あのとき、凄く後悔しました。『神を殺せるくらい強くなって、その力で皆を守るんだ』って思ってたのに、果たせなかった。だからあの時は大荒れしました」
言葉を選びながら、続ける。あの時はきっと、そんな風に不安定だったのが禁手にも現れて、だからあそこまで禍々しくなっていたのだろう。
「でも少し経って、その後悔を味わったからこそ、もう二度と本当に味わいたくない、そう思えるようになったんです」
きっと、以前は口にしているだけで、理解していなかったのだろう。その覚悟がどれほど大変なものか。
「だから俺は、それが上手くいかない時というものを具体的に理解した上で、同じ決意をしただけなのかもしれません」
勿論、その理解というのは非常に重要なものだ。リスクを理解していればより具体的な行動がとれる。
「そうですね、覚悟の難しさを理解した、その上で覚悟した。そして……」
黙っている師匠をまっすぐに見つめ、答えを出す。
「『どれだけ失敗しても、それで投げ出したりしない。手を伸ばすことを諦めない。また誰かを守れなくても、それで呆然として他の誰かを失うような真似だけはしない』……そんな覚悟が以前あった覚悟に加わった。それだけです」
「……そう。……………………ト君と同じだね」
最後の言葉は聞き取りにくかったが、俯き気味の表情を見れば師匠が心から微笑んでいるのは何となくわかる。
「……ケン」
不意に、呼びかけの声。
「はい」
「リリィのこと、ちゃんと見ておいてあげなよ?」
「……え……?」
「あの子は多分君とは別種の覚悟を持っている。でもその覚悟は、かつての君と同じくどこか脆いようだ」
「脆い、ですか……」
「うん。だから見ておいて、折れそうになったとき、徹底的に折って新しい覚悟をさせるか、そこからキミの様により覚悟を強くするか、その時に決めるといい」
キミは彼女の師匠で、しかも守りたい存在の一人なんだろう? 師匠はどこか気楽に続けた。
「……わかりました」
しっかりと頷く。師匠のアドバイスだ、真剣に受け止めなければ。
「じゃあ、ボクもそろそろ用事があるから行くとするよ。……キミがあの領域に近づきそうな頃にまた尋ねると思う」
「わかりました。……お気をつけて」
「おいおい、ボクを誰だと思っているんだい? キミの師匠だよ?」
まあ素直に受け取っておくけどね、と師匠は笑い、
「じゃあ、またね、ケン」
フェンスをジャンプ一発で飛び越し、姿を消した。
もはや聞こえていないと知りながらも、俺は返事をする。
「……はい。また会いましょう、師匠」
暗い夜天の下、星々と、輝く三日月だけが師弟の会話を見ていた。
伏線ですね。わかりやす過ぎたかもしれませんが、ここら辺が妥当でしょう。
剣太の覚悟、少しマイナスに傾き過ぎという感想が強かったのでここらで少し修正をば、と。負の感情からの禁手だからといって、発生した感情の変化全てが負ってわけでもないですし。
あともうひとつエピソードを。次は皆さんお待ちかねの『あの戦い』です。
にしても、そろそろこの作品は終わりが見えてきました。
大きなエピソードはコカビエル襲来を入れてもあと三つ。そこにエクストラを少し加える形で、本編で出し切れなかったものを出すつもりです。
だいたいオリジナルで書きたいエピソードはほとんど書けたと思います。
これ以上書き続けるとグダグダになってしまう可能性があるので……