14話 領地経営始めました!一年目
「ヴァルムロート、お前に任す村が決まったぞ。」
「ぶぐっ!?」
父さんに領地経営を最初に習ってから、1週間経った夕飯の時に突然父さんがこう言いだした。
あまりのことに口に含んでいたものを吹き出しそうになるのをぐっと堪えた。
「・・・も、もうですか?あれからまだ1週間しか経ってないですよ。」
「ヴァルムロート、この前渡した本は読んだか?」
「あの領地経営について書かれた本ですか?一通り読みました。」
父さんに渡されたあの本は半分くらいは領地経営について書いてあったが、後の半分はこれまでの収集した税の内訳やその使い道などが書いてあった。
「ちゃんと読んだのか、えらいぞ。内容は理解できたか?」
「はい、だいだいですけど。」
「ならいい。では、明日その村の視察をするぞ。」
父さんのいきなりの言葉に、早すぎだろ!と心の中で俺は叫んだ。
「あ、明日ですか!?少し早急なのでは?」
「そうか?いずれするのだから、早い方がいいだろう。もう村にも明日行くと連絡してある。」
「・・・そうですか。分かりました!」
すでに村の方にも連絡が行っているのならここでダダこねてもしょうが無いだろう。
それに最初の視察で顔見せみたいなものだし、少し気楽に行こうと考えることにした。
その様子を横で見ていたキュルケがまだ食べ終わってもいないのにフォークとナイフを置いた。
「お父様、私もついて行ってもよろしいですか?」
突然キュルケも一緒に行きたいと父さんに言い出した。
「キュルケ?」
俺がキュルケの方を見るとキュルケはニコッと笑った。
「キュルケも行きたいのか?しかし、何もない村でそもそも遊びに行くのではないのだぞ。」
父さんは少し渋い顔をしながらキュルケに言った。
そう言われたキュルケは少しムッとしていた。
「別にいいじゃないですか、あなた。別に危険もないでしょ。遊びではないのはキュルケも分かっているでしょう。」
キュルケが付いて来ることに渋っている父さんに母さんがそう言うと、キュルケに向ってウインクをした。
父さんは母さんの言葉を受けて少し考えている様子の間、キュルケはじっと父さんを見つめていた。
「・・・そうだな。まあ、いいだろう。」
父さんが承諾の言葉を言うとキュルケの表情が輝いた。
「ありがとう!お父様!」
母さんの言葉があったからとはいえ、さすが父さんは娘には甘いな・・・と俺は思った。
「そんなわけで翌日の朝になりました。」
こんな言葉が出るくらい俺の意思に反してトントン拍子で話が進んでいるので俺は少しやけになっているようだった。
言った直後にもうやることは決まっているのだから弱気になるのは良くないと自己反省をした。
「何言ってるの?ダーリン。」
変な事を言った俺にキュルケが少し不思議そうに尋ねていた。
「いや、何でもない。ちょっと緊張してるだけだよ。」
何でもないと誤魔化したが緊張しているのは本当だった。
顔見せ程度の視察といえど、これから行く村の運命を左右すると思うと否が応にも緊張してくるものだ。
「今日は視察だけでしょ。大丈夫よ。」
「うん。分かってるんだけどね。これからその村の人たちの運命を僕が決めていくことになると思うと・・・」
「もう!ダーリンは気にしすぎ。これから始まるんでしょ。ゆっくりやっていけばいいのよ。」
キュルケが俺を元気付けるように少し大げさに振舞った。
キュルケの「ゆっくりやっていけばいい」という言葉で急ぎ過ぎていた俺の心は少し軽くなっていた。
「・・・ありがとう、キュルケ。少し気が軽くなったよ。」
「二人とも揃っているな。」
父さんがこちらに歩いてきた。
父さんはマントを身に着けてこれぞメイジ!といった出で立ちをしている。
「あ、おはようございます。父上。」
「おはようございます。お父様。」
「おはよう、ヴァルムロート、キュルケ。さあ、出発するぞ。」
「「はい。」」
そして俺達は用意されていた馬車に乗り込んだ。
俺は村に行くまでに少しでもその村の情報を得ることにした。
なにせ昨日いきなり言われたのでまだその村について何も知らなかったのだから。
「父上、村まではどのくらいの時間がかかるのですか?」
「そうだな。昼ごろまでには着くだろう。」
今が大体8時位なので家から村まで大体3〜4時間かかることが分かった。
馬車の時速が約10Km、こっちの言い方だと毎時10リーグだとすると家から村までの距離は30〜40リーグということが予測出来た。
「結構時間がかかりますね。」
地球では30〜40Kmなんて車で行けば一時間以内で行けるがハルケギニアでは移動がほぼ馬車なのでそこそこ時間がかかる。
しかも俺は貴族だからまだいいが、平民になると歩きになるので一日がかりで行く距離ということになる。
「お前が行き来しやすいように、これでもなるべく近いところにしたんだぞ。」
「そうなのですか。御気使いありがとうございます。」
俺は軽く頭を下げた。
まあ、初めて任すのだし近ければそれだけ連絡もしやすくて父さんもフォローしやすいということもあるのだろう。
「良かったわね。ダーリン。」
村の場所はおおよそ分かったので次は村自体のことを聞くことにした。
「父上、そこの村はどんな感じの村何ですか?」
「うむ。これからお前に任せることになる村は平民が48人住んでいる小さな村だが、最近開拓されたところなので、村を大きくするのも潰すのもどうなっていくかはお前次第だな。」
父さんが微妙にプレッシャーをかけたように俺は感じた。
・・・というか腕を組んで顔が少しにやけてるのでわざとそう言ったに違いない。
「・・・頑張ります。」
知恵も知識も足りない俺はただそういうしかなかった。
「お父様!あまりダーリンをいじめないでください!」
もぉー!と頬を膨らませたキュルケが父さんに抗議した。
「そういうわけではないのだがな。」
父さんが苦笑いしながら俺の方を見た。
「そうだよ、キュルケ。父上は僕に期待しているからわざとあんな言い方をしたんだよ。」
俺は父さんに助け舟を出した。
そうだといいな、と思いながら。
「そうなのですか、お父様?」
「そうだよ、キュルケ。期待しているぞ、ヴァルムロート。」
そういって父さんは左手でキュルケの頭を撫でながら、俺の肩にぽんと右手を置いた。
「それで父上、そこの村にはもう名前が付いているのですか?」
いつまでも“村”と呼んでいてはダメだろうと思い、その村の名前を聞いてみた。
「いや、まだ付いていないな。なにかいい名を考えたのか?」
普段ならそんなポンっといい名前なんて浮かばないのだが、実は万が一にも俺が村の名前を決めるかも知れないと思って昨日の夜散々考えていたのだ。
「はい。“ヴァイス”という名前を考えました。」
「ヴァイスか。」
「ダーリン、この名前に何か意味があるの?」
「ああ、ヴァイスは何色にも染まっていない真っ白なところ、始まりの村という意味を込めたんだ。」
・・・まあ、ポケモンの“マサラタウン”から取ったんだけどな。
ポケモンだと旅の出発地点だけど、俺の場合は領地経営がその村から始まるということで名前を拝借した。
ただそのままマサラとかでは世界観的に合わない気がしたからちょっとモジってみた。
「いい名だな。では、これからその村は“ヴァイス”としよう。」
「真っ白。・・・これからその村をダーリン色に染めるのね!」
「・・・ああ、そうだね。」
・・・そういうことは考えてなかった。
馬車の中でヴァイスができた経緯や村の周辺の様子について聞いた。
なんでも、村ができたのは新しく村を作るということで2〜3ヶ月前から村人を周辺の村から集めて、ここ最近ようやく形になったらしい。
・・・父さん、まさか俺に任せるつもりでこの村を作ったわけじゃないよな?
それからしばらくして、ようやく目的地に到着した。
「着いたぞ。ここがヴァイスだ。お前に任す村だな。」
「ここが・・・」
村自体の大きさは家の訓練場よりすこし広い位でそこに土メイジに作らせたであろう同じような家が十数軒建っていた。
その村の周りに畑や牧草地が広がっていた。
・・・本当に田舎です。ありがとうございました。
なんて周りを見ながら考えていると一人の老人がこっちに向かって歩いてきた。
「御待ちしておりました。ツェルプストー様。本日は遠路はるばるようこそいらっしゃいました。」
おじいさんは俺達にねぎらいの言葉をかけ、父さんに深々と頭を下げた。
「うむ。」
「父上、この方はどなたですか?」
俺が父さんにおじいさんのことを聞くと、俺の言葉に父さんではなくそのおじいさん自身が反応した。
「もしや貴方様がヴァルムロート様ですか?私はこの村で村長を任されました。シーボルトと申します。」
村長と名乗ったおじいさんは俺にも深々と頭を下げた。
「そうでしたか。僕がヴァルムロート・シュテルン・フリードリヒ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーです。あ、こっちは姉のキュルケです。」
村長が挨拶したのですでに知っているようだがこっちも自己紹介をした。
「・・・こんにちは。」
「ヴァルムロート様、キュルケ様、これからよろしくお願いいたします。」
「こちらころお願いします。シーボルト村長。」
「シーボルト。この村はこれから“ヴァイス”という名前になったので、これからそうするように。」
「“ヴァイス”ですね。分かりました。村の者に伝えておきます。ところで何か意味があるのですか?」
「うむ。真っ白で成長の可能性を秘めた村という意味らしい。ちなみにこれを考えたのはヴァルムロートだぞ。」
「これをヴァルムロート様がですか。ヴァイスという名前を考えてくださり、ありがとうございます。」
父さん、なんか俺が言ったのよりかっこ良くなってるよ。
「いえ、私が領地経営に携わるのはこの村が初めてなので、共に頑張っていきたいと思い、この名前を付けさせていただきました。ご迷惑でしたか?」
「いえいえ、とんでもありません。これから、このヴァイスという名前に恥じない村にしていきます。」
「よろしくお願いします。」
「では、ツェルプストー様、ヴァルムロート様、キュルケ様、これから村をご案内いたします。こちらへどうぞ。」
こうして村長にヴァイスを案内してもらった。
48人の村なので小さな村だったが、意外と若い人が多くいて驚いた。
なんでも、村人を募集する際に家を用意するという条件をつけたら若い人が多く集まったらしい・・・夢のマイホームってことか?
あと、村を見て回ってる最中に思ったけど・・・くさいね!
キュルケも「ちょっと臭うわね・・・」とか言ってたけど、ちょっとじゃないよ!かなり臭うよ!
家を見ると窓の下のところに糞尿が山になってたね。
これはどうにかしないと・・・。
・・・もしかして、家も俺の知らないところで糞尿が近くに捨てられてるのか?ますますどうにかしないと。
肥溜め作るか?それなら肥料も作るか?でも、どうやって糞尿使って肥料を作るんだ?腐葉土とかと混ぜればいいのか?・・・要研究だな。
そんな感じで俺の初めての視察は終わった。
「シーボルト村長。また近いうちに来ますので、その時もよろしくお願いします。」
「また来られるのですか?分かりました。お待ちしております。」
「さあ、いくぞ。そろそろ帰らないと家に着くころには暗くなってしまうぞ。」
「はい。それでは。」
帰りの馬車の中で父さんが俺に話しかけてきた。
「ヴァルムロート、どうしてまたヴァイスに行くのだ?そんなに頻繁に行く必要はないのだぞ?そのことは渡した本にも書いてあっただろう。」
「いえ、次に行くの理由は視察ではありません。村のあちこちに糞尿があり、臭いが酷いものだったのでそれをどうにかしたいと思いまして。」
まだ出来てから二、三ヶ月なのに風向きによっては鼻をつまみたくなるような臭いだったので村の衛生状況やこれから視察に行くことを考えてもまず最初に何とかしたいと俺は強く思っていた。
「そうねー。確かに臭かったものね。でも、どこの町や村でも同じじゃないの?」
「そうだな。大きな町でも大通りを外れればどこも見たようなものだぞ。」
「そうなのですか!?」
俺は休日でも魔法の特訓やオリジナル魔法の開発などで町に出る機会が少ないのでよく知らなかったが実はヴァイスと同じような状況だったのかと知った。
同時に人糞などを道に捨てておけるという衛生面への意識の低さに驚愕していた。
「それでどうするつもりなのだ、ヴァルムロートよ?」
「はい。まずは村の外れに地面に穴を掘り、糞尿を1つの場所に集めたいと思います。」
前世でも実際に見たことはないが“肥溜め”ってやつだな。
「うむ。たしかにそれなら村の中は臭くなくなるかもしれんな。」
「そしてその糞尿を肥料にできないかと考えています。」
「何?糞尿から肥料を作ることが出来るというのか?」
普段捨てているよなモノが役に立つものになるとは思わないのも仕方ないかなと思い、俺が考えていることを説明した。
「はい。普通は冬の畑、春の畑そして放牧地と三つに分けてローテーションを行なっているのですが、この時の放牧地が畑を休ませ、さらに家畜の糞が肥料になり土に栄養を与えていると考えられていることはご存知だと思います。」
家にあった本に農業関係の本があって読んだら、そういうことが書いてあった。
ただ魔法が栄えているハルケギニアにおいてこのことの科学的証明などはなく、実体験論として書かれていたが。
「三圃制か。あれは時期をずらして年間の収穫量のばらつきを抑え、さらにたまたま枯れた土地を遊ばせておくのは勿体無いからということから牧草地にしたら土地の力が元に戻ったという偶然から広まったらしいが・・・まさか、家畜の糞の代わりに人糞を使うということか!?」
父さんははっとした表情で俺を見た。
「はい。ただ代わりというか現状にさらに糞尿を肥料として加えてさらに土地に栄養を与えて作物の質や量を増やしたいと考えているのです。」
「なるほど・・・村の悪臭は改善され、さらに農作物に対していい影響になるいうことか。・・・考えたな、ヴァルムロート!」
そう言って父さんは俺の頭をグシャグシャと少し乱暴に撫でた。
「でもダーリン・・・糞尿を使うってちょっと不潔なんじゃないかしら?」
キュルケが少し首をかしげながらそう言った。
糞尿という汚物を使うのだからキュルケがそう考えるものもっとな話だ。
「確かにそのまま糞尿を畑に撒いたら不潔かもしれない。でも、森の腐った葉っぱがあるところの土と混ぜることで糞尿自体が土になってそれが肥料になる・・・んじゃないかな?葉っぱも腐ってその内土になるし、それのついでに糞尿も一緒に土に変わるんじゃないかなと思うんだけど。」
この辺りはハルケギニアには無い知識っぽいから曖昧にしていかないといけないな。
「へぇ〜、糞尿が土になるなんて・・・まるで『錬金』みたいね。」
キュルケは特にしつこく質問してくることもなく、あっさりと俺の考えを受け入れていた。
「そうだね。」
「ヴァルムロートはすでにいろいろ考えているのだな。これからヴァイスがどうなるのか楽しみだな。」
「本当すごいわ。さすがダーリンね!」
「これから頑張ります。」
二人が揃って俺を褒めたので少し照れくさいが言葉通り、頑張っていこうと思った。
「・・・ところで父上。1つお聞きしたいのですが。」
話が一段落した所で俺は重要なことを一つ父さんに尋ねることにした。
「なんだ?」
「家の糞尿の処理はどうなっているのですか?まさか、窓から捨てている、とかではないですよね。」
家で糞尿による悪臭を嗅いだことがないので無いと思うが、俺が知らない所で捨てているのでは?と思わずにはいられないのがこの時代の衛生への関心の低さだった。
「安心しろ。家は使用人に近くの森まで捨てに行かせているぞ。しかし、糞尿を使った肥料か・・・。もしお前の村でこれがうまくいけば、領地の他の村や町でもやらせてみよう。そのためにもヴァルムロートには頑張ってもらうぞ。」
「分かりました!成功するように努力します!」
こうして俺の領地経営が始まった。
とりあえず、数日後に土メイジを1人借りてヴァイスに行った。
畑の近くに穴を掘ってもらって、糞尿が周りの土に漏れ出さないように壁を固定化してもらった。
これで“肥溜め”が完成だ。
・・・すごいね土メイジ!生活面では土メイジってかなりチートな能力を持ってるよね。
『錬金』や『固定化』、あと『ゴーレム生成』とか『ゴーレム生成』とか『ゴーレム生成』とか。
村長に村人を集めてもらって、この“肥溜め”に糞尿を集めるように伝えた。
貴族命令で違反すると厳しい処分がある、と言っておいた。
本当に処分はしないつもりだけど、貴族の恐ろしさを知っている平民ならこの命令を破る人はいないだろうし・・・まあ、必要悪って感じかね。
あと、糞尿を使った肥料についてはおおむね理解してもらったと思う。
まあ、作り方はこれからなのである程度糞尿が溜まってから、森から土や枯れ葉なんかを持ってきてもらって、糞尿と土との配分やら製作期間などをいろいろ変えて作ってもらって、一番いい条件を決めることにする。
今年はとりあえず肥料作りをしてもらって、来年からその肥料を使ってみることにしよう。
そういえば、どれくらい肥料を撒けばいいかも決めないとな・・・それも来年だな。
父さんが言っていた成果が出るまで数年かかりそうだけど、まあ、父さんもすぐにできるとは思ってないだろうし、気長にやろう。
そして俺は今、父さんの書斎の前に来ている。
「父上、ヴァルムロートです。」
「お前か。よし、入れ。」
「はい。失礼します。」
「ヴァイスの方は順調か?」
俺が中に入るとすぐに父さんがヴァイスについて聞いてきた。
父さんも俺がいろいろと初めてのことをしているのでかなり気になっているようだ。
「そうですね・・・とりあえず糞尿の臭いは改善されましたが、肥料の成果が出るのはもう数年かかると思われます。」
「そうか。で、今日は何か他の用事で来たのだろう?」
「はい。父上に頼みがあってきました。」
そう・・・ここに来たのはヴァイスの近況報告するためでなく、村の経営以外のもう一つの領地経営について話があるのだ。
「なんだ?」
「父上・・・」
ゴクリ、と緊張で乾いた喉に唾を飲み込んだ。
言いたいことはたった一つなのだが、父さんを前にこれを言うにはかなりの勇気が必要だった。
男は度胸だ!
「・・・トリステインのヴァリエール家と友好を結びませんか?」
読んで頂きありがとうございます。
ハルケギニアは中世ヨーロッパが元なので農業も一応それくらいということで三圃制をとっているということになっています。
あと、衛生面への関心はかなり低いことになっています。
・・・まあ、現実でもそうだったみたいだし、貴族としては見えなきゃいい位ですかね。
ご意見・ご感想があれば良ければ書いてみて下さい。