15話 出張!カトレア動物王国!
「トリステインのヴァリエール家と友好を結びませんか?」
俺がこのセリフを言ったら父さんがどんな反応しようと、かなり大変なことになるのは分かり切っていた。
しかしカトレアさんを治療して、そして治せる可能性が少しでもあるなら、今からでもカトレアさんの様子を見ておけば対策も立てやすいし、それにいざ俺が治療するぞ!って時にヴァリエール家の方々から反対されたんじゃあ、出来るものも出来なくなるし、両家の友好フラグの1つでも立てといた方が良いんじゃないかな、と考えたんだけど。
まあ、水のランクは未だにラインなのでスクウェアでもダメだったものだし治せない可能性の方が高いんだけどな。
・・・まあ、原作でのメインヒロインというかもう一人の主人公であるルイズと縁を作っておいた方が原作開始してからが動きやすいだろう、という下心がないとは否定できないが。
「・・・ヴァリエールと仲良くだと?」
父さんがわなわな震えている。
「そんなことを言うとは、お前はヴァルムロートではないな!・・・お前は誰だ!」
そう言いながら父さんは勢い良く椅子から立ち上がって俺を指さした。
父さんの表情は普段の家族のものではなく、これまでに見たことないような鋭い目付きをして俺を睨んでいた。
俺は予想以上の父さんの豹変っぷりに慌てた。
「何を言っているのですか!僕はヴァルムロートですよ!」
しかし父さんは俺の言葉に耳を傾けず、次の瞬間にハッとした表情をした。
「・・・っ!まさか、ヴァリエール家の密偵か!?」
どうして父さんがそういった結論に至ったか想像出来なかったが俺は必死に本物アピールをした。
「父上、落ち着いて!僕がヴァリエールの密偵なわけがありませんよ!」
「くそ!ヴァリエールめ!まかさ息子に『フェイスチェンジ』した密偵を送り込むとは・・・それにマジックアイテムでも使っているのか声までそっくりだ。」
「落ち着いt」
「黙れ!!私は冷静だ!」
俺がゴニョゴニョ独り言を言っている父さんに冷静になってもらおうと声をかけようとしたがその言葉は父さんの怒声でかき消された。
そう言う人は大抵冷静じゃないよ・・・と俺は密かに思った。
「落ち着いて、僕の話を・・・」
「『ヴォルケイノー』!」
父さんが何か魔法を唱えた。
すると、父さんの前に火の玉が現れ、それがみるみる大きくなり、2メイル以上の巨大な火の玉になった。
あれは、やばい!と巨大な火の玉を構える父さんを見てすぐに感じた。
父さんの目は明らかに俺を敵と認識しているような本気の目だった。
そう思った次の瞬間に俺は反射的にその場所から横に飛び退いた。
次の瞬間、その巨大な火の玉が爆発したかと思うと轟音と共に俺のさっきまで立っていた場所を爆発した炎の塊というか、エネルギーそのものというか・・・兎に角とてつもないモノが通り抜けていた。
その爆発した炎は俺の後ろにあった扉や廊下の一部、廊下の向こう側の壁などを一瞬にして燃やし尽くしていき、最後に地面をマグマのように溶かしていた。
もし魔法の練習のみで体全く鍛えてなかったら、今ので死んでた・・・と大量の冷や汗を流しながら心の中で兵士長にこれまで厳しく俺を鍛えてくれたことにこれ以上ないほど深く感謝した。
しかし父さんの猛反対はあると予想していたが、まさか魔法、しかも聞こえたスペルは明らかにスクウェアレベルのものをぶっ放してくるとは予想の斜め上をいった父さんの反応に驚愕していた。
今ので書斎に母さん達や家の使用人、警備の兵が来て、まだ暴れようとする父さんをなんとか落ち着かせてくれた。
まさに九死に一生だった・・・。
「それでなぜあんなことを言ったのか訳を話してみろ。」
両脇を母さん達に抑えられた父さんが不機嫌そうに聞いてきた。
書斎はさっきので使用不可になったので今は食堂で家族みんな集まって、さっきの話の続きを始めた。
家族みんなが集まっているのはまた父さんが暴れた時のための自制心を保ってもらう為だ。
「はい。まず僕が偽物でないことはもう分かって頂けましたよね?」
「それはもういい。」
俺はここに来るまでに何度も何度も『ディテクトマジック』をかけられて、本当に『フェイスチェンジ』した偽物ではないか確認された。
「お父様をあんなに怒らせるなんて、ダーリンは何を言ったの?」
事情を知らないキュルケがそう聞いてきた。
母さんや姉さん達もうなずいている。
「僕はさっき父上に『トリステインのヴァリエール家と友好を結びませんか?』と言ったんだ。もちろん、父上が良く思わないとは考えていたけど、まさか魔法を放たれるとは予想外だったよ。」
「トリステインのヴァリエールって、あのヴァリエール?」
「そう。あのヴァリエール。」
すると母さんや姉さん達が『まあ父さんが切れてもしょうがないわね。』みたいなことをそれぞれ言っていた。
・・・俺もある程度は予想していたがその切れ方が予想を遥かに超えていた。
「まったくだ!我がツェルプストー家はヴァリエール家と数百年前からの因縁を抱えているのだぞ!それなのに今更友好など!言語道断だ!」
父さんはすっかり頭に血が上って、全く取り付く島がない。
「まあまあ、あなた。ヴァルの言うこともちゃんと聞いてあげましょう。」
「・・・そうだな。一応お前のいい分も聞いてみようじゃないか。ヴァルムロート言ってみろ。」
ありがとう、母さん。ナイスフォロー!と心の中で感謝して、俺は話し始めた。
「はい。簡単に言えば、ヴァリエール領との通行税が高すぎるのでそれを少なくしてはいかがかですか?というものです。」
父さんに領地経営を教わった時に貸してもらった本の後半はこれまでの税収に関することだった。
そこにうちとヴァリエールとの通行税もあったのだ。
「ねえ、ダーリン。ちなみにどれくらい高いの?」
「そうだね。他国との通行税が大体5割ってところかな。それがうちとヴァリエール領の通行料は7割だったんだ。これはちょっと高すぎるかなって思って。」
まあ、これでも安くなった方でひどい時には20割とか通す気ないだろうという時期もあったようだ。
でもそのひどい時は大概ヴァリエールと家がイザコザを起こしているときなのでしょうが無いのかもしれない。
「たしかに他と比べれば高いわね。」
「たしかに他のところの通行税と比べてヴァリエール領との通行税は高いが、それは今に始まったことではないぞ。それになぜそれがヴァリエールと仲良くすることに繋がるのだ?」
「はい。以前父上に領地経営を教わった時に通行税の税率は基本的にそこに接する2つの領地の貴族が取り決めると聞いたので。もし、通行税の税率が下がれば、一時的に税収は落ちるでしょう。しかしそこの物流が増えれば、最終的に通行税の税収が増えます。さらに領地内に物がより多く流通するようになれば、それだけ領地内の経済が回り、通行税だけでなく、結果的に税収全体が増える可能性があります。」
金は天下の周りモノって言葉もあるし、経済が回って領民が豊かになればそれだけ家に入ってくる税も増えるというものだろうと考えていた。
「確かにそのように出来たらいいだろうが・・・難しいぞ。それにヴァリエールとの因縁は数百年前からのものだからな。仮にその件にこちら側がよくてもヴァリエールがいいと言わないだろう。」
「確かに今言ったことは理想論ですが、どうなるかはやってみないと分かりません!それにダメでもともとなら、成功した時に儲けものというものでしょう。あと、ヴァリエール家ですが・・・そちらは難しいですよね。恐らく先ほどの父上のような反応をするでしょうし・・・。」
しかもヴァリエール家は公爵の位を持っていて、そもそもトリステインの貴族はプライドが高いらしいので父さん以上の反発が予想されるが・・・あれ以上は勘弁願いたいものだ。
「・・・うむむ。」
父さんはどうするか決めかねているように腕を組んで唸った。
父さんは今、心の中で賛成と反対が乗った天秤がゆらゆら揺れているような状態だろうと思い、その心の傾きを賛成にするために俺は言葉を加えた。
「ですから、これまでの両家の因縁を父上の代で断ち切って、その友好の証として、通行税を引き下げる、というのはどうでしょうか?」
「・・・しかし、そう簡単にはいかんだろう。」
「それはそうでしょう・・・しかし父上もヴァリエール家の当主もお互いに他国に接する領地を任されている貴族です。このことが領地そして自身達にどれほどの利益がでるかが分かる理解がある人同士だと僕は思っています。」
俺はさらに追い打ちをかけるように畳み掛けた。
「しかし、だな・・・」
俺の言葉に心を揺らしながらも賛成してくれない父さんにこれ以上は何を言っても無理かも知れないと思っていた時に突然声がかかった。
「「「あなた!!」」」
「な、なんだ!?お前達?」
母さん達の声に父さんはびっくりしながらそう聞いた。
「ヴァルがこう言っているのですから、考えを改めてみてはいかがですか?」
「ダメでもともとでしょ。やってみたらいいじゃない!」
「だめだったら、また元に戻せばいいのよ。」
母さん達はどうやら俺の味方のようだ。
「でも、だな・・・」
母さん達にいろいろ言われているが、それでも渋る父さんにマリーナ母さん(俺の実母)が一言言い放った。
「あなたはこんなに器の小さい男だったのですか!」
「・・・器が小さいだと!?」
父さんは眉をピクリっと動かした。
「ええ!感情に任せて任された領地の利益になることをしないとは、ずいぶん器の小さい男だったと言ったのです。」
母さんにそう言われた父さんはしばらく黙って下を向いていたが、突然勢い良く立ち上がって俺の方を見た。
「・・・分かった!ヴァリエールでも誰とでも友好を結んでやろうじゃないか!」
「それでこそ、私達の夫ですよ。」
「かっこいいよ!」
「惚れ直すわね。」
母さん達は手を叩きながら父さんを見てうっとりしていた。
・・・俺達、娘息子は蚊帳の外だ。
しかし、キュルケに強く言えない俺が言えたことじゃないけど・・・父さん、母さん達にはかなわないんだな。
上手いように誘導されてるよ・・・心の中の天秤が傾いたと言うよりは支柱が折れて反対がどっか行った感じか、と父さんや母さんの様子を見ながら思った。
そして俺がヴァリエール家との友好を提案してから1ヶ月経った。
その間、父さんはヴァリエール家と国境の通行税についてやり取りをしていた。
・・・どんどん父さんの機嫌が悪くなっていくのがちょっと怖かった。
そして、ようやく明日国境沿いの町で会合することになった。
ちなみにこの町は国境沿いといってもトリステイン側で、ここで会合を行うことを先方が譲らなかったらしい。
ここまで来るのに国王に鷹便出して許可貰った、一応任されていると言っても国に一言報告しておかないといけないだろうし、その手紙の返事には「ようやく普通の税率にするのか。」とか書いてあったらしい。
その町まで家から馬車で3日もかかったので馬車の振動で少しお尻が痛くなったりと、いろいろ大変だった。
父さんに聞いた話だと、この町はヴァリエール家から馬車で半日くらいの近さで、あちらは4人でくるらしい。
ヴァリエール家当主とカリーヌ夫人とあとは誰だろ?
ちなみにここに来たのは父さん(まあ、今回の主役だしな)と母さん(今回は俺の実の母さんだけ、父さんのストッパー役)、俺(・・・この件の発案者だからか?)そしてキュルケ(めったに来ない町で買い物がしてみたらしい。父さんは結構ごねたが、母さんが一蹴した)の4人だ。
町に着いた時、夕飯にはまだ早い時間だったので、母さんとキュルケが買い物に行くと言って俺は巻き込まれた。
父さんはお尻をさすりながら、部屋で寝ると言って部屋に行った。
2人の買い物につき合っている時、動物がたくさん入っている馬車や檻が付いている馬車が数台、俺達が泊まる宿とは別の宿のそばにあった。
「なにかしらね?」
「たくさん動物がいるし、見世物小屋でもやるんじゃないの?」
キュルケは移動動物園か何かだと思ったようで、俺もその意見には賛成だった。
「キュルケの言う通り、見世物小屋かな?子供もたくさん集まっているし。」
馬車の周りにはたくさんの人がいて、特に子供が大興奮しているようだった。
俺達は買い物の途中だったので特に気にすることなく通り過ぎた。
で、翌日町長の家の一室を借りて、両家が対面した。
こっちは父さん、母さん、キュルケ、俺の4人で、あっちがヴァリエール家当主、たぶんカリーヌ夫人、ピンクの髪で胸があるからたぶんカトレアさんだろう人物、カトレアさん?より小さいピンクの髪の子供はルイズか?の4人だった。
って、カトレアさん!?
カトレアさんって絶対安静とかじゃないの?違うのか?もしかしてこの世界だとカトレアさんは病気じゃないのか!?と内心驚いていた。
それで、結論から言うと会合は・・・決裂した。
ヴァリエール家当主があんなにも人の話を聞かない頭が固い人とは思わなかった。
なんかルイズも一緒になって反対してたけど、意味分かってるのかね?
カリーヌ夫人は家の母さんと同じスタンスなのか特に何も言わなかったが、ルイズの言葉が過ぎた時はその言葉をたしなめていた。
唯一カトレアさんだけがヴァリエール家の方々を抑えようとしてくれてた・・・まあ、無理だったけど。
それで会合が終わって、母さんとキュルケはむしゃくしゃするから買い物に行くと言いだし、今度は父さんも巻き込んで買い物に出かけた。
「見てください、お母様!このお店!ゲルマニアにはない色の服を扱っていますよ!」
「まあ!本当!あなた、ヴァル。ちょっと見てきますから、そこにいてくださいね。」
このやり取りが10軒くらい続いた。
母さんとキュルケが買い物に満足し、俺と父さんはげんなりしていた。
そして、11軒目の店に母さんとキュルケが入って行った。
俺と父さんは疲れてので外で待っていることにした。
「どれだけ買い物するつもりなのでしょうか?それにしても父上、まさかヴァリエール家当主がここまで頭が固いとは思いませんでした。もう少し柔軟な考えができる人かと思っていたのですが・・・。」
「昔も頭が固かったがそれにさらに拍車をかけたような感じではあったが、何が益かも分からんとはな・・・まあ、元々トリステインの貴族は自分のプライドを優先するやつが多いからな。」
「通行税の引き下げできませんでしたね。」
「ああ、陛下も気にかけていてくださったのに、申し訳ないな。」
「「はああああ。」」
当初の目的である通行税引き下げは元々ダメもとで当たっけ砕けろといった気概で臨んだのだが、それでも砕けるとやはり残念な気持ちが大きい。
それに俺としては裏の目的としてカトレアさんの病気の様子をみるというものがあったのだが、さっき実際に見た感じではおっとりしているが至って元気そうでこちらも意味が無いものになってしまったかのように思えた。
と、俺と父さんがため息をついていると少し向こうから切迫した様子の声が聞こえてきた。
「誰か、誰か水メイジはおらんか!」
「カトレア!大丈夫ですか!カトレア!」
「ちい姉さま!ちい姉さま!」
そちらを見るとカトレアさんが道にうずくまっており、その周りでヴァリエール公爵が水メイジを探し、カリーヌ夫人がカトレアさんの肩を抱き、ルイズがその側で必死にカトレアさんを呼んでいた。
「父上、あれは・・・。」
「ヴァリエール家の者達だな。かなり慌てているな。」
先ほど会ったカトレアさんは元気そうだったので病気ではないのかとも思ったが、やはり何らかの病を抱えているのか、それともたまたまなのかは分からなかったがどちらにせよ俺がすることは一つだった。
「ヴァリエール公爵が水メイジを探していて、カトレアという方がしゃがみこんでいる所を見ると何かあったのかもしれませんね。父上、ちょっと行ってきます。」
俺がヴァリエール家の人達の方に行こうとすると父さんがそれを引き止めた。
「何もお前が行く必要はないのではないか?お前も先ほどのヴァリエールの態度が気に入らなかっただろう?」
「確かにそうですが・・・それはそれ、これはこれです。困っている人を見過ごしたら、人としてだめだと思います。だから、行きます!」
この時、裏の目的のことは何も考えておらず、ただ困っている人を助けたいという思いしか無かった。
それに病気の対処は早ければ早い方がいいに越したことはないので、この町にも水メイジがいるだろうがそれでも今近くにいる俺がしてあげられることもあるだろうと考えていた。
「そうですよヴァル!早く行ってあげなさい!」
「格好良いところを見せてね、ダーリン!」
「母上!キュルケ!」
声に振り向くと、母さんとキュルケが表の騒ぎを聞きつけて店から出てきていた。
「良し!ヴァルムロート、行って来い!」
「はい!」
俺は人だかりができ始めたところに向って走った。
「ヴァリエール公爵様、どうしました?」
俺は野次馬を『レビテーション』で軽く飛び越して、ヴァリエール家の人達の近くに着地した。
「お、お前はツェルプストーのところの!何しに来た!」
ヴァリエール公爵は突然現れた俺に驚きながらも俺に向かって怒鳴り声をあげた。
「・・・カトレア様が倒れられたのですよね。僕は水メイジとしての心得もあるのでカトレア様を診させて頂きます。」
俺はヴァリエール公爵に断りながら、うずくまるカトレアさんの側に行こうとするとヴァリエール公爵が間に割ってきた。
「ツェルプストーのせがれに私の娘が任せられるか!」
「あなた!今はそんなことを言っている場合じゃありませんよ!」
カリーヌ夫人の言葉も聞かず、俺をカトレアさんに近づけさせまいとするヴァリエール公爵に俺は少し頭に来ていた。
「困っている人を助けるのにツェルプストーとヴァリエールの家の確執は関係ない!今一番大事なのは“カトレア様を助ける”これだけのはずだ!」
「むうぅ・・・。し、しかし、お前はまだ子供だ!カトレアの治療ができるとは・・・。」
「ちい姉さま!誰でもいいから、ちい姉さまを助けてよ!」
ヴァリエール公爵は俺の言葉と気迫に押されたのか後ろによろめき、ルイズはルイズでカトレアさんの側で泣いているばかりだった。
埒が明かないと感じた俺はちょっと強引にカトレアさんの側にしゃがみこんで『ディテクトマジック』をかけた。
見たところ、顔色が悪く、呼吸がかなり速く、手を胸にやって息苦しそうだたので『ディテクトマジック』を上半身に絞って診ることにした。
その結果分かったことは少し気道が狭いことと、あとは・・・って、そんなことより今はカトレアさんを助けないと思い直し、その対応を考え始めた。
胸を抑えているが外傷や内部に出血などはなかったので、呼吸が早いことが原因だと考え、この現状が昔何かで見た“過呼吸”の状態とよく似ていることに気が付いた。
記憶の中で“過呼吸”になった人の口と鼻を紙袋で覆って、自分の息を再び吸わせれば良いと言っていたことも同時に思い出したがここには紙袋が無く、その代わりになりそうなものもすぐ近くには無いように思えた。
そんな時、俺はピンっとあることを閃いた。
「カリーヌ夫人、カトレア様の顔を覆うような半球状の空気の層を作り出すことはできますか?」
と、手のジェスチャーを付けながら、カリーヌさんに聞いた。
「ええ、できますわ!」
そう言って頷いたカリーヌさんはすぐに杖を取り出した。
「では、お願いできますか?」
「おい!それがなんn
「あなたは黙ってて!・・・はい!できましたわ!」
カリーヌさんがヴァリエール公爵を威圧している時に俺は懐から秘薬を取り出した。
秘薬の蓋を開けて、呼吸しやすいように気道を少し広げて、さらに横隔膜の動きを緩やかにするイメージで『ヒーリング』の魔法をかけた。
すると、大体2分くらいでカトレアさんの呼吸が落ち着いてきて、顔からも苦痛が消えたようだった。
「・・・ふう。これで大丈夫でしょう。」
そう言って俺は額の汗を拭った。
「おお!カトレア、大丈夫か?」
「カトレア!もう苦しくはありませんか?」
「ちい姉さま〜!」
カトレアさんがもう大丈夫だとわかったルイズはカトレアさんに抱きついた。
「お父様、お母様、ルイズ、心配かけてごめんなさい。最近体の調子が良かったから、油断していました。」
ヴァリエール公爵とカリーヌさんはカトレアさんの様子を見てほっとした表情をした。
その時、タイミングを見計らっていたのだろう父さん達がこちらにやってきた。
「ヴァルムロート。カトレア嬢はもう大丈夫なのか?」
「あ、父上。はい、とりあえず大丈夫です。しかし・・・。」
「ヴァル、どうしたの?」
俺は父さんを制してヴァリエール公爵に近づいた。
「ヴァリエール公爵様、カトレア様の御病気は以前から患われていたのですか?」
会った時は元気そうだったので本当に病を患っているのか疑問だったが、先程カトレアさんの体を『ディテクトマジック』で気になる所があったので確認の為に聞いてみた。
「・・・うむ。そうだが、お前には関係ないことだろう。」
「ヴァリエール!お前というやつは!」
俺の質問に適当にあしらおうとするヴァリエール公爵に父さんは声をあげた。
俺は喧嘩腰になっている父さんとヴァリエール公爵の間に入って父さんを止めようとした。
「父上、いいのです。しかし・・・やはりそうでしたか。先ほど『ディテクトマジック』をかけた時に、胸の中にある空気をためる袋のなかに正常ではないはずの袋状のものがありました。恐らくこれが以前からカトレア様が患われている御病気の原因でしょう。しかし今回の症状はおそらく遠出したことと、今回の会合などにより体と心に負担がかかったことにより、運悪く起こってしまったものと考えられます。」
“過呼吸”はストレスなどからも発症するって朧げな記憶の片隅にあるので、元々の体の弱さと旅の疲れと会合でのストレスなどの要因が重なって起こってしまったのだろうと考えた。
俺の言葉にヴァリエール公爵は背を向けたままこちらを見た。
「・・・だから、私はカトレアが今回の会合に付いてくるのは反対だったんだ。いや、せめて水メイジも同行させるべきだったか・・・。このようなことがあったからには今度からはもう遠出はさせないぞ。」
ヴァリエール公爵はブツブツをつぶやいた後、カトレアさんに向って遠出禁止を言い渡した。
「わかりました。・・・ヴァルムロートさん、先ほどは助けてくださり、ありがとうございました。」
ヴァリエール公爵に遠出禁止を言い渡されてしまったカトレアさんは残念そうな顔をしたが、それでも俺には笑顔でお礼を言ってくれた。
「いえ、大事がないくでよかったです。」
「そろそろ家に戻るぞ。カトレアの様子もちゃんと診てもらわないといけないからな。ツェルプストーも用がないのなら自分の領にさっさと帰りたまえ。」
そう言ってヴァリエール公爵はカトレアさんを『レビテーション』を使って立たせていた。
そんな中、カリーヌさんが俺をじっと見ていた。
なにかを考えているらしく、先程からじっと俺を睨んでいた・・・正直、かなり怖い。
「あなた。ツェルプストー領との通行税の件ですけど、税率の引き下げをしてはいかがですか?」
「カリーヌ!?何を言っているのだ?」
「「お母様!?」」
ようやく俺を睨むのを止めたかと思うと突然カリーヌ夫人は先の会合で交渉決裂した通行税の緩和について先程は何も言わなかったのが今は賛成の言葉を口にしていた。
俺や父さんが驚いたのは当然だが、それ以上にヴァリエール家の人達が驚いていた。
「ただし、1つ条件をつけて・・・ですけど。」
そう言ってカリーヌ夫人はこちらを向いた。
条件というのが気になるが、それでもダメかと思われた表の目的が達成できるかもしれないと父さんの方を見た。
「うむ。私としては願ってもないことだが・・・それで、カリーヌ夫人、その条件とは?」
「いえ、簡単なことですわ。あなたの御子息が私の娘カトレアの病気を完治させる、というものですわ。」
「な!」
カリーヌ夫人の条件に一番に反応したのは俺達ではなくヴァリエール公爵だった。
「カリーヌ!バカなことを言うな!高名なスクウェアクラスのメイジでさえだめだったのだぞ!それなのにこんな子供に何が出来るか!」
ヴァリエール公爵は俺を指さしながら声を荒げた。
感情的になっているヴァリエール公爵に対してカリーヌ夫人は至って冷静に答えた。
「しかしあなた、先程のカトレアへの治療をどう思いました?これまでも何度か同じような事がありましたが、これ程容易く、しかも短時間で回復したのは初めてですわよ。」
「た、確かにそうだが・・・しかしまぐれかもしれんだろう!こんなメイジになりたての魔法が何たるかも分かっていないそうな子供に!」
その行為が父さんには頭に来たようで俺の前に出るとヴァリエール公爵に負けないくらいの大きな声を出した。
「おい!ヴァリエール!うちの息子をバカにするなよ!10歳にして、すでにラインクラスのメイジなんだぞ!そっちの小さい方は大体同じくらいの歳だろう。そっちはどうなんだ?大方ドットだろうが!おや、もしかしてまだメイジではなかったのかな?」
俺を馬鹿にされて怒った父さんは俺と同じくらいのルイズを指さしてそう言った。
ルイズの事を言われてヴァリエール公爵は苦虫を噛み潰したような表情をした。
「ぐっ・・・ド、ドットだ。」
「うちのキュルケも10歳でラインクラスだ!うちの方が優れているじゃないか!」
自分の子供の方が優っていたことに父さんは胸を張った。
その時俺はアニメを思い出しながらルイズはあの年齢でも魔法を失敗しまくっていたので当然今も成功したことは無いんだろうなと思い、同時にせめてものドットというのもヴァリエール公爵的には見栄を張ったんだろうなとも思った。
ルイズを見ると俯いて唇を噛み締めていた。
俺はルイズが不憫に感じたのでいい加減に父さんを止めようと声をかけた。
「父上、その位で・・・」
「何を言っている!お前がバカにされたんだぞ!これが怒らずにいられるか!」
「ふん!ルイズは大器晩成なのだよ。いまにそっちを追い抜くぞ!」
父さんは俺の言うことに耳を貸さず、ヴァリエール公爵との言い合いがますますヒートアップしそうだなと半ば諦めかけていた。
すると離れた所にいたはずの母さんが父さんの醜態に黙っていられなくなったのか近くに来ていた。
「「あなた!少し、お黙りなさい!」」
しかしそんな父さん達を母さんとカリーヌさんのダブル母さんは一言で黙らせた。
あまりの迫力に近くにいた俺もビビってしまった。
道のど真ん中で目立ちまくってしまったので落ち着きを取り戻した父さん達を連れて先程会合で使わせてもらった場所に移動した。
まあ、カトレアさんを休ませる為というのもあったが。
「カリーヌ、本当にあの小僧に頼むつもりなのか?あいつはツェルプストーのせがれなのだぞ?」
ヴァリエール公爵は押さえ気味の声でカリーヌ夫人に尋ねていた。
「カトレアの病を治すことが出来る可能性があるなら、それが例え宿敵といえるツェルプストーの人間でも試してみるべきではなくて?」
カリーヌ夫人は家の確執よりも娘の命の方が重要だとも言っていた。
「そうかもしれんが・・・。まあ、百歩譲ってツェルプストーに治療を頼むのはよしとして、何故それを通行税に関する事の条件にしたのだ?」
それは俺も疑問に思っていたことで別に条件にしなくても普通に頼むこと・・・は無理かもしれないがそれでも条件にするような事では無いように思えた。
「あら?私はあなたの背中を押したつもりだったのだけど?あなたもツェルプストー領との通行税を何とかしたいと言っていたじゃない。今回の話しは渡りに船だったのに、長年の家の確執から感情的に反対して・・・。」
「うっ!?」
カリーヌ夫人の言葉にヴァリエール公爵はバツの悪い顔をした。
「でも、何か条件があればあなたも多少感情的にならずにすみますでしょう。」
「ま、まあ、そうかもしれんな・・・。」
ヴァリエール公爵との会話が無くなるとカリーヌ夫人は俺の方を見た。
「それで貴方、ヴァルムロートといったかしら。どうなの?カトレアの治療ができそうかしら?」
「ちゃんと『ディテクトマジック』で調べた訳でも無いのでまだ何とも言えませんが・・・。それより僕がその提案を受託しないとはお考えにならなかったのですか?」
「その時はこの話はそれまで。通行税はこれまでのまま変わらないわ。・・・カトレアの病が治る可能性の一つが無くなるけど、これは元々賭けみたいなものね。これまでもたくさんのメイジに見てもらったけど治療出来たものはいなかったわけだし。ただ私は先程のようなこれまでのメイジとは少し変わった治療方法に期待しているの。」
それに元々通行税の緩和はこちらからの提案なので断る可能性は低いと見込んでいるのかも知れないとカリーヌ夫人の表情を見て思った。
ただ・・・変わった治療法ってさっきのカリーヌ夫人に手伝ってもらったアレか?
そう言えば、ハルケギニアの治療って結局水メイジが『ヒーリング』するだけで他のメイジに手伝ってもらったりすることは無かったように思う。
「・・・もしお受けして、それで私が諦めた時はどうするのですか?」
「そうね・・・貴方の命、かしら?」
そう言ってカリーヌ夫人がフフッと笑った。
「カリーヌ夫人!それはあまりにm」
父さんがカリーヌ夫人の言葉に立ち上がって抗議しようとしたが立ち上がる途中で母さんに止められた。
「あなたは少し黙っててください。ヴァルはもう自分のことは自分で決めることが出来るわ。だからあなたも領地経営に参加させたのでしょう?・・・それでどうなの?できそう?」
カトレアさんの病を出来るなら治療してあげたいと思っていたのでカリーヌ夫人の提案を受けること自体は問題ないのだが、諦めた時のデメリットが最悪だな・・・出来るなら治してあげたいけど、俺よりランクの高いメイジでも出来ないことなのでかなり分が悪いだろうと考えていた。
さっきはその場を収めてハイ終わりでよかったが、この提案は全く違いカトレアさんの病の完全な治療が求められている。
治療出来るかちゃんと調べる為には提案を受け入れないといけないし、そもそもその治療するための知識が前世で見たテレビや漫画から得たものばかりでしかも記憶も曖昧だし、仮にそれを実践するにはいろいろ足りないと思う。
諦めようか・・・と考えた時、脳裏に「諦めたらそこで試合終了ですよ・・・?」という言葉が蘇った。
諦めたら終わり・・・そうか!と俺はカリーヌ夫人に一つ確認することにした。
「カリーヌ夫人、僕が諦めた時と言いましたがそれでは期限などは無いと考えても宜しいのでしょうか?」
「そうね。出来るなら早い方がいいのだけれど、治る可能性があるなら期限などは特に考えていないわね。・・・あ、そうそう。治療が間に合わなくてカトレアに何かあったときもダメってことにしておくわね。」
なるほど・・・と、カリーヌ夫人の言葉に頷いた。
「・・・分かりました。お受けいたします!」
俺がカトレアさんを治療出来る可能性はただ一つだ。
それは医学、科学的な視点からの病気へのアプローチしかないだろう。
魔法による『ヒーリング』のゴリ押しはすでに俺よりもランクの高いメイジが散々行なっただろうからな。
・・・でも、医学、科学的のところでその情報源がテレビや漫画って所が怪しい所だが、これしかないだろう!と考えて、カリーヌ夫人の提案を受け入れた。
「・・・そう。ありがとう。」
カリーヌ夫人はそう言って先程より少し和らいだ雰囲気で微笑んだ。
「ヴァルムロート!お前、大丈夫なのか!?」
父さんが俺の肩に手を置いて、大丈夫なのかと言った。
恐らくこの「大丈夫」には、命をかけてもいいのか?とカトレアさんの病気を治せる希望はあるのか?の二つの意味が込められているのだろう。
それを踏まえて俺はその言葉に返事をした。
「なんとかなりますよ、父上。」
「あなたもこれでいいかしら?」
「うむ。カリーヌがここまで言うのなら・・・。」
ヴァリエール公爵も先程の条件を聞いた後では反対する意見も無いようだった。
「ちい姉さま・・・。」
「よろしくお願いしますわね、ヴァルムロートさん。」
カトレアさんが俺に向ってゆったりとした動作で軽くお辞儀をした。
「はい。頑張ります!カトレア様!」
「あらあら。“カトレア様”なんてやめてください。呼び捨てでいいですわよ。」
カトレアさんは様付けは好きではないのか呼び捨てで良いといっているが、年上(カトレアさんは16歳らしい)だし呼び捨ては良くないだろうと思った。
「しかし、それでは。・・・では、カトレアさんとお呼びします。」
「うふふ、しょうがないですね。今はそれでいいですよ。」
カトレアさんの微笑みに俺は少し照れくさくなって視線を外した。
「カリーヌ、カトレア、ルイズ。もう帰るぞ。では、ツェルプストーよ、通行税に関しては近いうちに連絡を送ろう。」
そう言って部屋から出ていった。
出ていく時にカトレアさんがこちらを向いて軽く手を振っていた。
ヴァリエール家の人達が出ていった扉を見ていると背後から嫌な気配のようなものを感じて振り向いた。
「ダーリン!・・・私というものがありながら、他の女にデレデレするなんて・・・」
振り返ると嫌な気配を発しているのは怒っているキュルケだった。
「キュルケ!?いやいや、デレデレとかしてなかったろ!」
「ダァァリィィン・・・!」
キュルケが俺の方にジリジリと近づいてきた。
俺は今のキュルケに捕まったら何をされるか分からないと思い、キュルケとの距離を一定に保つようにジリジリと後ろに下がっていった。
「ちょ、父さん!母さん!キュルケになんか言ってやってよ!」
父上、母上、キュルケに何か言ってあげてください。と口に出すつもりが慌てていたので思っていたことと逆になってしまった。
俺がこれまでと違う砕けた話し方をしたのでみんな目を丸くしていた。
「あら?ヴァル、その言い方・・・」
「・・・私達ももう宿に戻るぞ。明日の朝出発だからな。」
「父上!?」
父さんはやれやれといった様子でさっさと部屋から出ていってしまった。
「ねえ、ヴァル?もう1回、さっきの呼び方して?」
「だーーりーーん!」
母さんはさっきの呼び方が気に入ったのかまた呼ぶように要求するだけでキュルケを止める気配は無く、とうとうキュルケは俺に向って走り出していた。
俺は母さんがキュルケを止めてくることを願いながら部屋中キュルケから逃げ惑った。
「分かったよ、母さん!これでいいでしょ!とにかくキュルケを止めてええええ!」
あれから父さんとヴァリエール公爵とで話し合った結果、通行税が7割から、なんと5割になりました。
父さん頑張りすぎだろ!
まあ、税率の引き下げは以前からヴァリエール家も考えていたらしいが、今までの確執から言い出せないってところにこっちから話があって渡りに船って感じだったから、話が決まったらトントン拍子に進んだらしい。
ただ直接会った時に反対していたのは顔を見た瞬間にいままでの嫌い意識が一気に出たらしいな。
本当にどれだけ嫌い合っていたんだって話だよね。
・・・父さんも初めそんな感じだったから、魔法ぶっ放さないだけましだったのかも。
いろいろあったけど、表の目的であった通行税の引き下げができてよかった。
でも、これから上手く運用して物流を増やせるかかこれからの問題なんだけどね。
後、カトレアさんの件なんだけど、あの肺の中の袋状のものをどうにかすればカトレアさんも良くなるだろうか?
今度会った時に詳しく診せてもらって、今までにどんな治療をしたかを一応参考程度に聞いておこう。
頑張ろう。カトレアさんのために。・・・それ以上に俺の命のために!
そんなことを考えていると父さんが俺に一通の手紙を手渡した。
手紙を受け取り、その差出人を見るとカリーヌ夫人の名前が書かれていた。
俺は封を開けて、手紙の字を目で追った。
“先日の会合でカトレアの治療を引き受けたのに諦めた場合は貴方の命でその責任に対する謝罪をしてもらうという話をしましたが、あれは貴方の覚悟を試すためにわざとそう聞いたものです。
ですので実際に命を取る真似はしませんが、そのことに怠慢していると死んだほうがマシという目に遭わないとも限りませんけどね。ウフフ。
貴方がどうやってカトレアの病を治すのか期待していますよ。”
俺は手紙を読んで、諦めたら命をとるというところが俺の覚悟を試すものだと知って安堵した。
父さんにそのことを伝えると、父さんは俺以上にそのことに安堵していた。
ただ命はかかってないけど、カトレアさんの治療をやるからには命がけでやるつもりなのは変わらないがな!
読んで頂きありがとうございます。
今回は前回の話の引きである通行税の緩和についてとカトレアさん関係の話でしたが・・・まあ、強引な展開ですよね。
まあ、これもカトレアさんフラグを立てるためだと思って下さい。
通行税についてなんですが7割は多いかなと思っていたのですが、意外と普通だったかも知れないと思っています。
10とか20位にしておけば良かった・・・。
あまりに気になるようだったらその辺りを少し変更するかもしれません。
あ。
後、テレビや漫画の知識で病気を治そうだなんて片腹痛いわ!と多くの人が感じているでしょうが、その辺は今後の頑張り次第ってことで。
ご意見・ご感想があれば良ければ書いてみて下さい。