25話 インフォームド・コンセント
「カトレアさん、お誕生日おめでとうございます。」
「ありがとうございます。ヴァルムロートさん。」
やってきましたヴァリエール家。
今回は家族総出で来ることになった・・・と、いうのもうちとヴァリエール家の人々は俺とキュルケの誕生会にヴァリエール家を呼んだので大体顔見知りになったのだが、カトレアさんだけは体調を考慮して俺達の誕生会に来られなかったのでちゃんと顔合わせしておこうということになった為だ。
まあ、カトレアさんからは手紙と誕生日プレゼントをもらっのだけどね。
因みに今回の誕生日プレゼントもそんなに凝った物じゃなくて、カトレアさんが飼ってる?動物の遊び道具を作ってきた。
犬にはフリスビー、猫には猫じゃらしなど・・・でも虎とか熊の遊び道具は思いつかなかったので次までに何か考えておこうと思う。
今年もヴァリエール家で一泊しました。今回は迷子とかにはなってないですよ。
そして翌日、ヴァリエール家の一室にてカトレアさんの治療の方法や方針をヴァリエール家の人達に話すこととなりました。インフォームド・コンセントってやつだな。
「では、カトレアの治療についての話し合いを始めよう。」
今この場所にいるのは俺、ヴァリエール公爵(司会進行)、カリーヌさん、ミス・ネートと治療を受ける本人であるカトレアさんと、
「・・・どうしてなんで父上と母上とキュルケまでいるのですか?」
「ん?お前がどのような働きをするかを見てみたくてな。」
「お父さんと同じよ。頑張って、ヴァル。」
「周りがヴァリエールだけじゃ、ダーリンがさみしいと思って。」
「・・・ここに居てもいいですかね、ヴァリエール公爵様?」
「まあ、問題無いだろう。」
「ありがとうございます。」
「では、ミス・ネート。カトレアの様子はどうだ?」
「はい。カトレア様のここ1年は特に問題はありません。しかし、やはり小走りなど軽く運動をされただけで咳などが出て、すこし体の調子が悪くなりますね。安静にしていれば治ります。」
「そうか。ではヴァルムロート君、カトレアの治療についてなにか考えたことはあるかね?」
「はい。やはり手術にて異常な部分を体から取り除くのがいいと考えます。あ、手術というのは回復魔法のみで治療が困難な時に行う方法のことを僕が勝手に名付けました。(と、言うことにしておこう。)」
それで手術の方法について説明した。
手術室については、これでもかっていう位の清潔な部屋だと説明した。
全身麻酔については、全身麻酔という言葉は出さなかったが、手術を受ける人が不用意に動かないように寝てもらって、さらに痛みを感じなくさせることだと説明した。
そしてそれは『スリープクラウド』を使えば出来そうということと、まだ確実ではないのでいくらか確認しないといけないことがあることも一緒に伝えた。
「・・・ヴァルムロート君。君はカトレアを治療しようとしているのだよね?」
「はい?そうですけど?」
「・・・そうか。では、治療しようとするのに胸を切るとはどういうことか詳しく教えてくれないかな?」
おお・・・。ヴァリエール公爵がちょっと怖い感じになってるぞ!いや、それよりもさっきから何も言わないけどカリーヌさんのプレッシャーみたいなのをひしひしと感じるのが怖い!
これまで秘薬を使った回復魔法の『ヒーリング』で大抵の怪我を治療してきた世界観において、手術のように体を開いて原因部位を取り出すなんて考えたこともないのだろうからかなりの抵抗があるのは当然か・・・。
「それは先ほど説明したように異常な部分を体の外に出すために仕方ないことなんです。そのあと高価な秘薬と『ヒーリング』で治すのでおそらく大丈夫です。」
その瞬間、カリーヌさんの眼光が鋭くなった。
「・・・『おそらく』?」
カリーヌさんの僅かな動きに“ギロリ”という効果音が俺の脳内で勝手に再生された。
(カリーヌさん怖いよ、下手したらここで殺されそうな感じだよ!)
「・・・ぜ、絶対とは言い切れませんが、僕が出来る精一杯をします!」
「そうですか。では、その言葉を信じることにしましょう。しかし、治すために傷つけることを考えるなんて面白いことを考えますね、ヴァルムロートさんは。」
カリーヌさんの視線が俺から離れてるとさっきまでのしかかっていたプレッシャーのようなものがなくなり、俺はほっと胸を撫で下ろした。
「確かにヴァルムロートは新しい魔法を考えたり、他の子とは違うなにかを持っているのかもな。」
「そうね。ヴァルは面白い子よね。」
「ダーリンは面白いだけじゃなくてすごいのよ!」
「新しい魔法を考えつくのですか。・・・ヴァルムロートさん、今度私と手合わせしてみませんか?」
再び俺の方を向いたカリーヌさんがまるで友達を遊びに誘うときのような気軽さで俺にそう言った。
カリーヌさんの気軽さとは裏腹に言っていることはとんでもないことなのでさっきとはまた別のプレッシャーのような空気が俺を包み込んだ。
「あはは・・・。いえ、僕なんてカリーヌ様の足元にも及びませんよ。それ相応の実力が付いた時はお願いします。」
(生きる伝説なんかと戦いたくねええええぇ)
無下に断ることも出来ず、ただ俺は苦笑いをしながらやんわりとやりたくないという意味を込めるので精一杯だった。
俺の言葉にカリーヌさんがさらに何かを言いそうな時にヴァリエール公爵が「うおっほん!」とひとつ咳払いをした。
ヴァリエール公爵が咳払いをした格好のままカリーヌさんに目配せをすると、カリーヌさんはオホホっと笑うと軽く姿勢を正して、再び話を聞く体勢をとった。
それを確認したヴァリエール公爵は俺の方を向いて脱線してしまったカトレアさんの治療の話し合いの続きは始めた。
「・・・話を戻すが、手術室というものに関しては屋敷の部屋を綺麗に掃除すればいいのだろうか?」
「そうですね。それは絶対ですがもう少し何か欲しいですね・・・」
手術室というのは要するに無菌室ということなのだろうから、綺麗に掃除するだけでは細菌を除去しきれないだろう。
何か方法を使って除菌できればいいのだが、魔法で除菌が出来るだろうか?・・・少し難しそうだな。
「そうなのか?では、どうすればいいのだ?」
(アルコール消毒でもするか?でもワインはあっても純粋なアルコールの作り方は分からないし・・・ん?待てよ、ワインからアルコールを分離出来ないのか?酒って蒸留したらアルコール度数が高くなっていくよな。なんだったかな?名前は忘れたけどアルコール度数96%とか意味分からん酒があったよな。冗談で飲んだ時は息が出来なくて死ぬかと思った記憶が残ってるぞ。・・・このハルケギニアに蒸留技術はあるのか?)
「・・・父上、お聞きしたいのですがワインより辛いというか飲んだ時に喉がかーっとなるお酒ってありますか?」
「なんだ?いきなり訳分からんことを言って。『ブラントヴァイン』という酒があるが・・・ヴァルムロート、お前にはまだ早いぞ!確かに酒を飲みたくなるような難題に当たっているが。」
(お、あるのか。それは『ブランデー』みたいなものか?)
「父上、その『ブラントヴァイン』の作り方は分かりますか?」
俺の突然の行動に酒のことを聞かれた父さん含め皆わけがわからないと言った顔をしている。
「・・・ヴァルムロート君、今は酒の話は関係ないのではないかね?」
ヴァリエール公爵も首を傾げたまま俺にそう尋ねた。
(さすがに唐突すぎるか。・・・まあ、そうだよな。)
「いいえ、実は関係があるのです。ヴァリエール公爵様。」
俺意外の人がまるでタイミングを合わせたかのように声を揃えた。
「「「「「「「どういうことだ(ですか)?」」」」」」」
「お酒と怪我についてなにか聞いたことはないですか?特に平民で。」
俺がそう尋ねると父さんやヴァリエール公爵やカリーヌさんが心あたりがないか考え始めた。
するとカリーヌさんが何かを思い出したように顔を上げた。
「・・・そういえば、平民の兵士が負傷して水メイジがいない時にお酒を吹きかけて凌いだ、と昔聞いたことがありますわ。」
「カリーヌ、それは本当か!?しかし、なぜ傷口にお酒を吹きかけるのだ?」
「それは知りませんが、ヴァルムロートさんなら知っているのではないですか?」
「そうなのか?ヴァルムロート君?」
ヴァリエール公爵の質問に、この世界は水メイジがいれば速攻で傷が治るから消毒の概念がほとんどないんだろうなと思いながら答えた。
「はい。これはメイジもいないような田舎で聞いた民間療法なのですが、味の濃いお酒を傷口に付けると傷が膿まずに綺麗に治ると言われています。」
「なるほど。しかし、それをカトレアの治療に使うのか?水メイジがいるから必要がないのではないかね?」
「確かに回復魔法を使えばほとんどの病気を治すことが出来ますが、回復魔法は僕の見解ですが体の自然治癒力を増大させるものと以前話しました。カトレアさんは長年の療養で体力などが健康な人と比べて低いと考えられます。もしかしたら今回の手術の時に清潔にしていなければ別の回復魔法の効かない病気になるかも知れないので、念には念をしていきたいのです。」
「今回の手術にはそのような危険もあるのか!?」
「可能性の問題ですが、ないとは言い切れません。なにせ初めて行うことですから、先ほども『絶対とは言い切れない』と言いました。ですからその危険を可能な限りなくすために出来ることをなんでもやっておきたいのです。それにその危険を少なくするための手術室ですから。」
「そういうことか。分かった。・・・ではツェルプストー、『ブラントヴァイン』の作り方を知っているか?あいにく私はワインしか飲まないので、その『ブラントヴァイン』というお酒を知らないのだ。」
「そうなのか?まあ、今度良い『ブラントヴァイン』を贈ってやろう。・・・確か『ブラントヴァイン』はワインを熱して、その時に得られる蒸気を再度冷やして液体にする、この過程を『蒸留』とか言うらしいが、それで出来るお酒だったな。なんでも『蒸留装置』なるもので作られているらしい。」
(おお、『蒸留装置』があるのか!これでかなり高濃度のアルコールをワインから分離出来るかもしれないな。)
「なるほど。ではその『蒸留装置』を使ってどのくらいワインを蒸留すれば怪我を治療する時にもっとも有効なのかを調べてみましょう。」
「ヴァルムロート君、よろしく頼むよ。あと他に何かないかね?」
「あ、そうだ。ミス・ネートにちょっとお聞きしたいのですがよろしいですか?」
俺はあることを思い出してカトレアさんの主治医になっているミス・ネートに声をかけた。
「何かしら?」
「ミス・ネートがカトレアさんの様子を診る時に心臓の動きとかも見ていますか?」
「ええ、見ているわよ。それがどうかしたかしら?」
ミス・ネートには手術の時にいろいろとやってもらうことになるだろうから、誰か他のメイジに心電計の役割をしてもらわないといけないと思っていたのだった。
「はい。手術の時に誰かにカトレアさんの心臓の動きを見ていてもらいたいのですが、おそらく手術の時にミス・ネートには別のことを頼むので、今度からでいいのでカトレアさんの様子を診る時は誰かメイジを連れて行って、その人に普段のカトレアさんの心臓の動きの様子を知っていてもらいたいのですが頼めますか?」
「私は別に構わないけれど、それを頼むならヴァリエール公爵様に言うのではなくて?」
主治医的な存在のミス・ネートに言えばいいかと思ったが、決定権があるのはやっぱりヴァリエール公爵だったようだ。
「そうでしたね。ヴァリエール公爵様、すみません。今の件は許可して頂けますか?」
俺はまずヴァリエール公爵にその話をしなかったことについて頭を下げたが、ヴァリエール公爵は別に気分を悪くしたりはしていなかった。
「うむ。カトレアの治療に必要なら拒む理由はないが、メイジの系統はどうする?治療に関わることなので水メイジにしておくか?」
「『ディテクトマジック』を長時間かけ続けられるメイジなら特に系統は問題ないので、そちらで誰か選んでください。」
「そうか。分かった。誰か選んでおこう。・・・他に何かないか?」
そう言われて人工心肺装置についてはどうしようかと思ったが、まだ本当にそれが必要なのか分からなかったので保留にすることにした。
「僕は無いですね。」
「ミス・ネートはどうかね?」
「私も無いですね。」
「では、今回はこのくらいで終わっておこう。そろそろ昼時だな。ツェルプストー、昼食をうちで食べてから出発するか?」
「いいのか?では、そうさせてもらおうか。」
「そうしろ。」
昼食を食べた後、カトレアさんがクックベリーパイを焼いてくれたのでそれをみんなで食べた。
「これカトレアさんが作ったのですか!?すごくおいしいです!」
「ちぃ姉さまが作るクックベリーパイはハルケギニア1おいしいのよ!」
「あらあら、ルイズったら褒めてもパイしか出ないわよ。はい、クックベリーパイ。」
「わー、ありがと!ちぃ姉さま。」
「確かにおいしいわね。・・・私も何か手料理を作れるようになった方がいいのかしら?ダーリン!私、頑張るわ!」
「え?ああ、頑張れキュルケ!」
何やら燃えているキュルケを応援してから、俺も自分に配られたクックベリーパイを一口食べた。
見た目は派手差はなく、どちらかと言えば地味な感じだったが甘過ぎない中の程よい酸っぱさと絶妙なサクサク加減のパイ生地が合わさってこれまで食べたパイの中でも一番ではないかと思える味で、思わず「美味しい」と言う言葉を発していた。
そして俺達はゲルマニアに帰る時間になった。
「それではまたな、ヴァリエール。元気でな。」
「ああ、ツェルプストー、お前もな。」
(なんか父さん達って意外と仲がいいんだよな。学院が一緒だったっぽいし、『好敵手』と書いて『とも』と読む、みたいな感じに今はなってるのかな?)
「それではカトレアさん、パイ御馳走様でした。お体に気を付けてください。ルイズもまたな。」
「いえいえ、お気遣いありがとうございます。ヴァルムロートさんも帰りの道中気を付けてくださいね。」
「カトレア様、今度あのパイの作り方を教えてください。ルイズもまたね。」
「あら、そうね。今度一緒に作りましょうか。またいらしてくださいね。」
「あ!キュルケずるい!ちぃ姉さま私も一緒にやります。・・・って、なんであんた達私にはタメ口なのよ!それになんでキュルケまで『ルイズ』って呼び捨てにしてるのよ!」
ルイズが口調のことを気にしていたのか少し不機嫌そうに頬を膨らませた。
「だって、ルイズは友達だし・・・あ、もちろんカトレアさんも友達ですよ。でも年上なので敬語を使わせて貰っていますが。」
俺としてはルイズもカトレアさんも友人であり、その中でルイズは友達的な感覚なのでタメ口を、カトレアさんは学校の先輩のような感じで敬語を使ってしまうんだよなと思っていた。
「だって、ダーリンがそう呼んでるから私もそうしたのよ。それにルイズだって私のことを『キュルケ』って呼び捨てにしてるじゃない。お互い様よ。」
ルイズも呼び捨てにしているという言葉にルイズは反論出来ずにいた。
「ぐぬぬ・・・いいわ!私を『ルイズ』って呼ぶのを許してあげる。その代り、私もキュルケを『キュルケ』って呼び捨てにするから。」
「もう言ってるじゃない・・・まあ、それでいいでしょう。これから仲良くしましょう。」
そう言ってキュルケが手を差し出すと、ルイズがその手を取った。
「ふふふ・・・」
「ふふふ・・・」
握手をしている体勢で両者とも不気味な笑いをしているのを端から見ていた俺はつい本音がポロッと出た。
「何やってんだ?お前ら・・・」
「・・・ヴァルムロートさん、今度来た時はゆっくりお茶でもしながら、お話しましょ。」
「ええ、構いませんよ。」
「その時はあなたのことをいろいろ聞きたいわね。」
「僕のことですか?まあ、いいですけど。」
「うふふ、次が楽しみね。」
(カトレアさんってヴァリエール領から出たことがないらしいし、外のことをいろいろ聞きたいのかな?)
「ええ、楽しみですね。あ、父上が呼んでますね。それではカトレアさん来年の誕生会でお会いしましょう。」
「はい。」
家に帰る途中、キュルケが何か思い出したように小さく声を上げると俺に耳打ちしてきた。
「そういえばダーリン。私に内緒で時々休みの日に訓練場で魔法の練習しているでしょう?」
そう言われて、俺は前レイルド先生に魔法は同時使用が可能だと言うことを聞いて少しずつ試しているところを見られたのだなと思った。
ただ、これに関しては別に見られていいと思っていたので見られる可能性のある家の練習場でやっていたわけだ。
本当に秘密の訓練は森の中でやっているのでキュルケも知らない・・・はず。
「練習って言うよりも、確認かな?今、魔法についてちょっと考えていることがあってね。」
キュルケが耳打ちしてきたので自然と俺も耳打ちで返事を返した。
「考えていること?ねえ、私にも教えてよ。いいでしょ?ダーリン?」
「そうだな・・・。まあ、いいかな?分かった。少し長くなりそうだから、次の虚無の曜日に教えるよ。」
ここ一年位少しずつだがいろいろ試してきてある程度考えが纏まったこともあるし、それはキュルケに教えても問題ないことだと俺は判断したので家に帰ったら教える約束をした。
その後、キュルケに抱きつかれた時に胸が腕に当たって、柔らけ~とか思ったのは内緒だ。