26話 ヴァルムロート式魔法分類
「さあ!ダーリン!これまで一人でこそこそやっていた事を教えて貰うわよ!」
カトレアさんの誕生会から戻ってきて数日経ち、虚無の曜日がやって来た。
普段なら母さんや姉さん達と街に買い物に出かけているキュルケが魔法の練習場で仁王立ちしている。
「ああ。約束したからな。今からそのことについて教えるよ。」
キュルケが言う“一人でこそこそやっていた事”とは、俺が本で読んだことやレイルド先生から聞いたことを元にして魔法が二つ同時に扱えるのか調べていたことだ。
俺がこのことをキュルケに教えてもいいと考えたのは、二つの理由がある。
一つはこのことが公になっても俺が協会に異端審問にかけられる危険性がない為だ。
何せ、現在ではただ使われていないだけの元からあったものだからだな。
もう一つの理由はあまりキュルケに隠し事をするのが心苦しくなってきている。
キュルケは俺のように休日を潰してまで魔法の練習をしているわけではないが、魔法の練習の時間は俺よりも真剣にやっている位なので新技開発の経緯は諸事情あってあまり見せられるものではないが、他のことならいいかな?と最近考え始めたところだったんだ。
「それでダーリン?結局、何をやっていたの?魔法関連なのは知っていたけど?ただの休日練習ってわけでもなさそうだし・・・。」
「ああ、一年くらい前の魔法の授業でレイルド先生が『フライ』や『ユビキタス』の魔法は他の魔法と同時に使えるって言ってたろ?」
「そうね。あれには驚いたわ。」
「それで早速聞いた次の日に『フライ』で魔法を同時に使えるか試したんだ。あ、これ先生には内緒な。あんまりやるなって言ってたし。」
「いいけど、先生はダーリンがいろいろやってるって気付いてるんじゃないかしら?」
「・・・そうかな?まあ、何にも言ってこないし大丈夫だろう。危険なことも無かったし。」
「そうなの?・・・それで最初に戻るけど、まとめってなに?」
「先生の話を聞いて『フライ』や『ユビキタス』以外に魔法を同時に使えないかを自由な時間の多い虚無の曜日に少しずつ調べてたんだ。」
「それが一人でこそこそやってた事なのね。でも、ダーリンって『アカデミー』で調べるみたいなことをしてたのね。」
「どうかな?似たようなことかも知れないけど・・・。まあ、僕のはお遊びみたいなものだけどね。」
「それでなにが分かったの?私にも教えてよ!」
「いいけど、あくまで僕の考えであって間違ってることもあるだろうから、他の人に言いふらさないでよ。」
「分かったわ!私とダーリン、2人だけの秘密ね!」
キュルケがそう言って俺に抱きついて来た。
最近のキュルケは出るところは出ているので正直な話、抱きつかれるのはかなり恥ずかしいが、それを露骨に拒否すると意識していることがバレバレのようでそれもまた恥ずかしいというジレンマを最近の俺は抱えている。
そして両者がせめぎ合って結局何もできず、ただされるがままになっている俺がいる。
「そ、そうだな。2人だけの秘密だな。・・・それじゃあ、始めるぞ。」
そういうとキュルケは俺から離れて、元気よく返事をした。
「ええ!」
「まず魔法には魔法が発動した時のみ魔力を消費するものと魔法が発動している間ずっと魔力を消費し続けるものの2つのタイプがある。前者を“独立型”、後者を“依存型”と仮に名付けよう。」
俺は『念力』とコモンスペルを唱えて、杖を軽く振った。
ガリガリと足元の地面から少し離れたところに独立型と依存型と文字を書いた。
ただ、二つの間にわざともう一つ書ける程度のスペースを開けておいた。
「独立型と依存型?つまりどういうこと?」
「まず独立型は僕が出来る魔法で調べたところ、火の系統魔法では『ファイアーボール』。他は水で『ジャベリン』だな。」
独立型と書いた地面の下の方にガリガリと魔法名を書いて、それを丸で囲った。
「依存型は?」
「依存型は僕が出来る魔法で調べたところ、火の系統魔法だと『発火』、『フレイムボール』、『ファイヤーウォール』だな。水だと『ジャベリン』以外、風は今のところ全部かな?ただ、風は僕がまだドットランク程度しか魔法を扱えないから今後独立型も出てくるかもしれないけどね。あ、『ブレイド』もだ。」
そう言って今度は依存型と書いた地面の下側の方に魔法名を書いていった。
ただ、こっちは数が多いので「~など」で省略して、全部は書かなかったけど。
「それってほとんどじゃないの?それにどうして『ファイアーボール』と『フレイムボール』に違いがあるの?」
「いい質問ですね!それは『ファイアーボール』に無くて『フレイムボール』にあるものが関係しているんだよ。」
「え?『ファイアーボール』に無くて『フレイムボール』にあるもの?なにかしら?」
「分かりそう?」
「・・・だめ、分からないわ。ねえ、何かヒントを頂戴。」
「ヒントか・・・2つの魔法を出した後何が出来るかを思い出せば分かるんじゃないかな?」
「魔法を出した後?・・・あ!分かったわ!『フレイムボール』は魔法を出した後でもある程度操ることが出来るわ。でも『ファイアーボール』は出来ない。これの差ね!」
「そう!『ファイアーボール』はイメージした通りにしか飛ばないけど、『フレイムボール』はある程度操ることが出来る。魔法が出した後に操れるって言うのが依存型の特徴でもあるんだ。」
「それで依存型が多いのね。」
「で、この独立型と依存型の2つに分けたのはある理由からなんだけど、分かる?」
「2つに分けた理由?もしかして、魔法が同時に使えるかどうかに関係しているのかしら?」
「その通り!・・・で、どっちが同時に魔法を使えると思う?」
「依存型だと数が多いしこんな便利なことを教えないわけがないから、独立型ね。」
「正解!独立型は魔法を出した後に別の魔法をしても前に出した魔法は消えないんだ。おそらく『ユビキタス』は独立型の魔法に分類されるんじゃないかな?使えないから分からないけど。」
「そうなの?それに本当に魔法を同時に使えるのかしら?」
「ああ、本当だよ。試しに『ファイアーボール』を連発してみれば分かるよ。」
「そう?じゃあやってみるわ。」
「イメージは空の方に向かって一直線に飛んでいくようにして。地面にぶつかるイメージだと次を出す前に爆発して確認出来ないからね。」
「わかったわ。・・・『ファイアーボール』」
キュルケの杖の先に火の玉が形成され、それが勢い良く空に向って飛んでいった。
「すぐに同じようにイメージして!」
「・・・『ファイアーボール』!って、本当に出たわ!」
俺に急かされてキュルケが再び『ファイアーボール』を放った。
空の上の方には先程放たれた『ファイアーボール』が未だに消えずに飛び続けていた。
「でしょ!」
「あ、『ファイアーボール』が消えたわ。」
「魔法には効果時間みたいなものがあるからね。込めた精神力の量で持続時間が変わってくるみたいだよ。」
「そうなの?じゃあ、精神力をたくさん込めたら持続時間が長くなるのね。」
「そうだけど、それだけ集中しないといけないから、あまり実戦向きじゃないかもね。」
「そうなの、残念ね。・・・でもそれだったら前衛に守ってもらえばいいじゃないの?」
「まあ、それが理想だけど、もしメイジだけだったら速い方が有利だろ?」
「・・・そうね。なるべくメイジだけの状態にならないようにしたいわ。」
「まあ、持続時間の話は置いといて。さっきので分かったと思うけど独立型は魔法を同時に出すことが出来るんだ。そして独立型の魔法を出した後だったら依存型の魔法を出すことだって出来るんだよ。・・・すぐに消えるけど。」
「それでもすごいわ!・・・あれ?」
「ん?どうしたキュルケ?」
「ねえ、ダーリン。風の系統魔法は“今ダーリンが出来る全ての魔法”が依存型なのよね。」
「ああ、そう言ったけど?」
「それじゃあ、『フライ』も依存型の魔法なのよね。」
「まあ、そういうことになるけど?」
「でも、依存型は魔法を同時に出すことが出来ないんでしょ?おかしくない?」
「ふふふ・・・。」
「ど、どうしたの?ダーリン?」
「そう言われると思っていたよ。俺もその考えに行きついた時、依存型なのに魔法の同時使用が出来る矛盾に悩んだよ。」
「それでどうしたの?」
「そこで僕は3つ目の“独立依存型”を考えた!」
俺は独立型と依存型の間にわざと開けておいたスペースに独立依存型と書き込んだ。
「独立依存型?」
「ああ、名前の通り、依存型でありながら魔法を同時に扱うことが可能な魔法の分類だ。今のところコモンマジックと『フライ』がこれになるな。」
「へえ、コモンマジックもなのね。」
「ああ、コモンマジックは単純な魔法なだけに魔法の同時使用には何の抵抗も無かった。まあ、そのかわりコモンマジックだから魔法としての威力はあまり期待できないから、活用するには一工夫要るだろうけど。」
「そうなの。でも、『フライ』が魔法を同時に使えるんでしょ!」
「そうだけど、これもかなり集中力がいるみたいで僕はまだ『フライ』中ではドットスペルくらいしか使えないんだ。」
「あら、そうなの?難しいわね。」
「まあ、ぼちぼちやっていくよ。使う機会はそうないと思うけど・・・」
「先生ももしもの時以外使うなって言ってたし、その方が良いわね。」
「ああ、そうだな。恐らく昔の人も『フライ』との併用で事故が多発したから使わなくなったんだろうし、空を飛ぶ方法なら竜などのモンスターに乗った方が安全性が段違いだしな。」
「そうかも知れないわね。でも、私は『ファイアーボール』が同時に使えるとは思わなかったから驚いたわね。」
「キュルケ、最初にも言ったけどこのことは・・・。」
「分かってるわ、ダーリン!だって、」
「「2人だけの秘密」」
「でしょ?」
「ああ、その通りだよ。」
(別に問題ないとは思うけど念のためだな。)
「そうだ!」
「ん?どうしたキュルケ?」
「もう1人でこそこそするのは終わったんでしょ?」
「そうだな・・・魔法の同時使用については一段落ついたな。」
またランクが上がって、使える魔法が増えたらそれを試していきたいと考えているのでそれまで一旦お休みだ。
今後はまた新技開発に精を出すだけなのだけど、と考えているとキュルケが俺の腕に抱きついて来た。
「なんか気になる言い方ね。まあ、いいわ。今度の虚無の曜日にまた買い物に行きましょ!」
「え?この間行ったじゃん?」
カトレアさんの誕生会のプレゼントを買いに行くのに俺も付き合わされたのだ。
まあ、俺もプレゼントを作る材料を買いに行くつもりだったので一緒に行ったわけだが。
ただ俺が街についていくと、ここぞとばかりに俺の服を買い込むことになってしまい、その際にキュルケや母さんや姉さん達の着せ替え人形と化してしまうのが厄介なところだ。
しかもその時の俺に拒否権というものは与えられていないと常々感じている。
「この前はこの前、今度は今度なの!いいじゃない、一緒に行きましょう!」
「まあ、いいけど。」
普段よりも強く誘ってくるキュルケに特に断る理由のない俺は肯定の返事を返していた。
「決まりね!・・・今度はどこのお店に行こうかしら?」
楽しそうに次に行く店を思案しているキュルケをみると、新技の開発は別に急ぐものではない訳だし、またの機会でいいかなと思えた。
「どこでもいいよ。キュルケが行きたい所で。」
キュルケ達と街に出るということは俺が着せ替え人形化する可能性が高いし、この前はカトレアさんの誕生日プレゼントを決めるために時間がかかったので次に行くときはある種の覚悟を決めないといけないかもしれない。
と、考えたところで何の覚悟だよ?と自分の思考に苦笑いが零れた。
「ん?そうだ。町に行ったら酒屋に行ってみないとな。」
どうせ街に出るのだから、ついでに酒屋に行き、消毒用アルコールに使用出来るほどの濃度のモノを作ることが出来るかを聞いてみようと思いついた。
早いうちに行ったほうがいいだろうし、丁度いい機会だ。
なんて考えていると、じと~とキュルケが俺の顔を覗き込んで来た。
「ダーリン!お酒はまだ早いわよ!もう少し大きくなってからじゃないと。」
「僕は飲むわけじゃないよ。ちょっと頼み事をしにね。」
俺は心の中で「少しでいいのかよ!」とツッコミを入れた。
ただ・・・このハルケギニアでは飲酒は比較的早い段階からでも可能なのでキュルケの言葉も間違ってはいないのだった。
「父さんに行きつけの酒屋の場所を聞いておかないとな。」