27話 領地経営始めました!三年目
ヴァイスへと続く未だに細い街道を砂埃を舞い上げながら三頭の馬が疾走していた。
一頭は俺が操る馬で残りの二頭は俺の前後にいる護衛の兵士のものだ。
「領地経営を初めてから3年目か・・・。今回から肥料を実際に畑に撒いてどれだけ収穫量が増えるかを試すことが出来るな。まあ、それも今回の話し合いの結果にもよるけどな。」
多少の疲労を感じながらも3年目はどのように進められるか考えていた。
そろそろヴァイスの村が見えてくるころだ。
「お、見えてきたな。・・・ん?あそこって放牧してたっけ?前来た時は確か畑だったような?」
去年訪れた時とは周りの畑の様子が異なっていることに多少の疑問を抱きながら村に入った。
「ヴァルムロート様、ようこそいらっしゃいました。」
「こんにちは、村長。話し合いはちょっと休んでからでいいですか?」
「ええ、もちろん構いません。では、私の家にどうぞ。」
「ありがとう。護衛の人達は休んでいてください。」
「はっ!分かりました。」
「ヴァルムロート様、お茶です、どうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
「いえいえ。」
俺にお茶を出した村長は別室で休んでいる兵士にもお茶を出しに行った。
誰もいなくなった部屋で俺はのどが渇いていた為、渡されたお茶を作法などを無視してぐびっと飲み干した。
戻ってきた村長が空になったコップに新たなお茶を注いでくれた。
「何やらお疲れのようですが何かあったのですか?」
「ええ。ここに来る前にちょっと他の用事を済ませてきたので。」
用事のいうのはちょっと前に街の酒屋に行って、ほぼアルコールしかないような蒸留酒が欲しいと言ったのでそれの様子を見に行っていたのだが、まだ出来ていないようだった。
やっぱり、蒸留回数百回で樽二、三個分の量が欲しいと言ったのは無茶だっただろうか?
一応、報酬は言い値でいいということにしているのだが・・・あ、支払うのはヴァリエール家だけどね。
「そうなんですか。ヴァルムロート様はお若いのにお忙しいのですね。」
「いえいえ、そんなこと・・・あ、そうだ。来る時に畑がちらっと見えたんですけど。前畑だった所に家畜が放牧されてましたけど、どうしてなんですか?」
「ああ、あの畑ですね。あそこは今年から放牧をする畑と決まっているんですよ。同じ畑で作物を育てているとそのうち育ちが悪くなって作物が育たなくなってしまうので、春に小麦などを撒く畑と秋に大麦などを撒く畑と作物を作るのを止めて放牧する畑の3つを2~3年毎にローテーションしているんですよ。」
「なるほど・・・。あれがそうなのですか、本で読んで知ってはいましたが、実際に見たのは初めてだったので勉強になりました。」
日本ではあまり見られないが、実際に中世ヨーロッパで農業革命が起こるまで行われていた手法だ。
ただ・・・実際に農業革命がどのようなことをしたと聞かれても答えられないな。
何せ前世の、しかも歴史の授業でチョッろっと出てきただけだから言葉位しか知らない。
「そうですか。それは何よりです。」
俺はその返事を聞きながら、二杯目のお茶に手を伸ばした。
三杯目を飲み干して、喉の渇きも潤ったので話し合いを始めることにした。
「では、そろそろヴァイスについての話し合いを始めましょうか。」
「そうですか。分かりました。」
「では、まず今年の作物の収穫量はどうでしたか?」
「はい。今年の昨年とほぼ同じ位の収穫量でした。」
俺は事前に送られてきていた資料を見ながら村長の言葉を聞いていた。
去年との差はあるもののその差は僅かであり、父さんに聞いたところ全然問題ないとのことだった。
まあ、貴族っていうのはかなり大雑把なところがあるから余程の増減が無い限り問題視しないのだろうけど。
「あと、先ほどお話した畑のローテーションですが、この土地は初めてなので2年間でそれぞれの畑を回していこうと思います。」
「2年ですか・・・ローテーションさせる年数はここに住んでいる人の方がよく分ると思うのでお任せします。」
前世の地球の方が数段優れた農業を行なっていたのは事実だろうが、それの手法を全く知らない俺が口を出してもしょうが無いのでここは経験を積んでいる人に任せるのが一番だと判断した。
「そうですか。しっかりやらせて頂きます。」
「お願いします。では次に肥料の量の検討はどうなりましたか?」
そう言いながら俺は資料をめくり、肥料のことについて書かれたページを開いた。
「肥料を使うときちんと育つ作物が増えました。それに肥料を使わないものよりも良いものが出来やすいようです。」
「そのようですね。思った通りです。」
肥料の使用量が増える事に少しずつだが取れる数や品質が良い物が多くなってきているというデータが数字として記載されている。
「しかし・・・」
そう言った村長の顔はあまり喜ばしいというような感じの表情ではなかった。
「ん?何か問題がありましたか?」
「・・・肥料が少ない時は特に問題はないのですが、多すぎると作物が枯れてしまうようなのです。」
使っている肥料の量が一定の量を超えると逆に取れる数が減って行ったり、味や形の悪い質の良くないものが増えていき、最終的には早々と枯れてしまったという報告が資料に書いてある。
「僕もこの資料を貰った時は驚きました。しかし肥料は撒けばいいというものではないことが分かっただけでも収穫ですよ。・・・いきなり本番でやらないで正解でしたね。」
「・・・本当にそうですね。」
「それで畑に撒く肥料の量ですが、そうですね・・・。良い作物が採れる一番少ない量でやってみましょうか。多すぎると問題がありますが、少ない分には特に問題は無いみたいですし。」
肥料を撒く理由は作物の安定収穫の為なのだし、そこそこ安定して肥料を作っていけるようになったといえど、それでも気候などによって品質の悪い肥料が出来ることもあるようだし、限りある肥料は大事に使っていかないとな。
「そうですね。分かりました、それでやってみることにします。」
「お願いします。次に紙作りは今どんな様子ですか?たまにうちの者が回収に来ているので紙の出来具合なんかは分かるのですが、作業自体の様子は分かりませんからね。」
因みに今使っている資料もここで作られた紙を使用している。
さすがにコピー紙などには遠く及ばないが和紙としてはそこそこのレベルになってきていると思う。
字を書く時の凸凹した抵抗も少なくなってきているし、そろそろ市場に出して反応を見てみるのもいいのかも知れないと最近考えるようになった。
「紙作りはあの3家族を中心に良くやっていると聞きます。」
「そうですか、それは良かったです。もし、独占しているようならどうしようかと思いましたよ。」
「それはヴァルムロート様が最初に言われたので、そういうことをしようとは思わないでしょう。・・・ちなみに紙の出来はどうでしょうか?」
「ええ、最初の頃比べると最近のはそこそこいい出来だと思います。なにか問題があるとか言ってましたか?」
「いえ、私の方にはなにも無いですね。」
「・・・そうですか。後で紙製作所の方に寄ってみます。」
俺が椅子から立ち上がると村長も急いだように立ち上がった。
「そんな!でしたら今から呼んできましょうか?」
「それには及びません。それに実際に作業しているところを見たいですから。」
「分かりました。それでしたら私もお伴致します。」
「そうですか?別に見に行くだけですからいいのですけど・・・」
「いえいえ、是非お伴させてください!」
「まあ、そこまで言うならいいですけど。」
「ありがとうございます。」
「では他になにかありますか?」
「そうですね・・・」
「・・・では、今回の話し合いはこれで終わりましょうか。」
「はい。ありがとうございました。」
「では、早速行ってみますか。」
「紙製作所ですね。分かりました。」
部屋を出て、護衛の兵士にちょっと村の中を見てくるというと一人が付いてきて、もう一人が村の入り口で警備をすることになった。
紙製作所は村長の家から北の方角に位置している。小さい村だし歩いてすぐに着いた。
「こんにちは。今日も精が出ますね。」
「これは村長、おや?ヴァルムロート様まで一緒ですか!今日はどのような用事でいらっしゃったのですか?」
「こんにちは。紙作りの様子をちょっと見に来ました。もう紙作りには慣れましたか?」
「はい。最初はいろいろ大変でしたが、今は少しはましになったと思います。」
「そうですね。そちらから回収した紙を見せてもらっていましたから、その様子が少しは分かるような気がしますよ。」
「ええ、思いのほか紙をすくうというのが難しくて、最初はなかなか厚さが均等な紙をすくうことができませんでしたから。しかし、それも今では均等な紙を作ることが出来るようになりましたよ。」
「そのようですね。しかし、1枚1枚が均等でもそれぞれの紙の厚さにばらつきがあるようなので、今度はそこに気を付けて紙をすくうようにして下さい。あ、出来たら紙はより薄くすくうように心がけて下さい。」
俺の注文はすでにかなりの職人の域に達している人への対応のように思えたが、作業していた人達の顔に不安は見られなかった。
むしろ新たに挑戦することへの意欲のようなものを感じた。
「作る紙の厚さを同じように、そしてより薄くすくうですか・・・分かりました、やってみます。」
「ええ、お願いします。・・・そうだ!紙作りで何か困ったことはありませんか?なんでもいいので言ってみて下さい。それが今後に役に立つことかもしれませんし。」
「困ったことですか?そうですね・・・」
「・・・あの、ちょっといいですか?」
「はい。そこの御婦人、なんですか?」
恐る恐る手を上げた女の人の方を向いた。
「はい。最初、ヴァルムロート様に紙を作る方法を見せてもらった時は魔法を使っていたので時間はそうかからなかったのですが、それを魔法なしで行うと時間がかかるということが分かりました。特に材料を軟らかくするために煮る工程に時間がかかるのですが、どうにかなりませんか?」
「なるほど、煮て材料を軟らかくするところですか・・・」
(ああ、あれは魔法で圧力をかけて煮たから普通にやると時間がかかるものなのか・・・)
「はい。材料を細かく切ったりしているのですか、それでも時間がかかります。なにかいい考えはないですか?」
「そうですね・・・」
恐らくどういうものかを示したら土メイジの『錬金』で作れないこともないと思うが、ちゃんと密封されていないと圧力がかからないし、強度が十分でないと爆発してしまうことがあるかも知れないと考えた。
「・・・羊皮紙だったら、石灰で軟らかくなるのに・・・」
「え?羊皮紙って石灰で軟らかくなるの?」
「そうなんです。しかしヴァルムロート様は紙の作り方は知っているのに、羊皮紙の作り方は御存じ無かったのですね。」
(俺がいた時代の地球、しかも日本には羊皮紙なんてなかったんだよ。作り方なんて知るわけがない!)
「あはは・・・貴方は羊皮紙の作り方を知っているのですか?」
「はい。こちらに来る前は羊皮紙を作る工房で働いていましたので。」
「そうなんですか?なぜこの村に来ようと思ったのですか?」
「それは違う場所で一旗揚げようと思い、この村に来ました。他の人も理由は同じようなものだと思いますよ。」
(家付き、仕事ありの高待遇で集まっただけじゃないってことか・・・)
「そうですか、頑張ってください。それにしても、石灰か・・・試してみるか。」
こんな魔法の世界であってもフロンティア精神を持っている人もいるのだなと関心した。
そして同時にそのフロンティア精神に刺激されたわけではないが“物は試し”ということで石灰を試してみることにした。
「石灰をですか?」
「ええ、材料を煮詰める時に石灰を混ぜてみてください。・・・あ、石灰はこちらで用意するので、石灰が着き次第やってみてください。」
「そう言うことでしたら、分かりました。」
「ありがとうございます、ヴァルムロート様。」
「いえ、未来への投資ですよ。気にしないでください。」
「それで試した結果はどうしましょうか?」
「そうですね・・・定期的にうちの者が紙を回収に来ていると思うので、その時に石灰を使ったらどう変わったかを手紙で知らせてください。」
「・・・申し訳ないのですが・・・」
「え?何か問題でも?」
「はい。私は字が書けないのです。ですから、手紙はちょっと・・・」
「そこの御婦人は字は書けますか?」
「いえ、私も・・・」
平民に対する学校のようなものはこのハルケギニアには存在しておらず、その為平民の識字率は低いとは聞いていた。
だが、俺が思っている以上にその識字率は低いようだ。
・・・ここが田舎ということもあるのかも知れないが。
「・・・村長は字、書けますよね?」
「はい、書けます。・・・私が代わりに手紙を書きましょうか?」
「お願いできますか?」
「ええ、もちろん!」
「それでは、村長が代筆してくれるので内容は村長に話してください。」
「はい。分かりました。お願いします、村長。」
「ええ、任せなさい。」
「では、石灰のことお願いしますね。」
「「はい!」」
ヴァイスの入り口付近で馬が地面の草をムシャムシャと食べていた。
護衛の兵士がその傍らに立っており、すでに帰る準備が整っているようだ。
「では、村長。そろそろ帰らないといけないので、今日はこれにて失礼しますね。」
「今日はお疲れ様でした、ヴァルムロート様。またの御越しをお待ちしております。」
「村長もお疲れ様です。ではまた。よいしょっと・・・じゃあ、行きますか。」
「はっ!」
うちの帰る道中、俺はヴァイスが少しずつ成長しているなと思った。
そして帰ったら石灰をある程度購入してヴァイスに送らないといけないなと考えていた。
「・・・でも、石灰っていくらぐらいするんだろ?もしこれが成功しても石灰が高価だったら別のものを考えないとな。」
石灰を水に溶かすと石灰水になる。石灰水って空気をぶくぶくってやると白く濁るやつだよな。たしかアルカリ性の水溶液だったはずだ。
石灰自体に羊皮紙を軟らかくする効果があるのか?それともアルカリ性の水溶液だったら何でもいいのか?
もし後者なら、代用できるものは・・・
「・・・灰か?」
そんなことを考えながら家路に着いた。