グロ?描写があるので少しの注意を!
28話 普通の日本人にとって動物をさばくって結構衝撃だと思う
「こんにちわ~!」
と俺は慣れた様子で挨拶をしながら厨房に入った。
「これはヴァルムロート様。ようこそいらっしゃいました。」
厨房で働いているコックやメイド達もそれぞれ一旦手を止めて俺に挨拶をした。
頻繁に顔を出しているのだが挨拶が堅苦しいのは貴族と平民という身分の違いの他にも、貴族の使用人という仕事にプロ意識?を持っているからだろうか。
前にもっと気楽に挨拶して欲しいと言ったが、
「ありがたいお言葉ですがそれは出来ません。私達はツェルプストー家にお仕えさせてもらってる身であり、その事に大変恩義を感じております。その私達がその恩に答える為の手段が仕事を精一杯こなすことと、失礼のない態度を示すことです。ヴァルムロート様は言うなれば私達の雇用主であり、命令ということなら従いますが・・・」
と言われてしまい、別に命令してよそよそしく挨拶されるよりもそのままの方がいいと思ったのでそれ以上は何も言わなかった。
ひとしきり挨拶が終わる頃にコック長が帽子の角度を微妙に調整すると他のコックに指示を出しながら俺の方に歩いてきた。
「ヴァルムロート様、またいらしたのですね。もしやあのことをすでにお知りに?」
「ああ。肉用の豚を仕入れたと聞いたのだけど、まだアレ・・・やってないよね?」
俺がこっそりと耳打ちするように言うと、コック長はニヤリと笑って答えた。
「やはり、そうだと思いましたよ!はい。豚なら裏のカゴの中にいますよ。」
「そうか。では、今回もアレを僕にやらせてもらえるかな?」
「ええ。結構ですよ。まあ、そう言われると思って実は少し待っていたのですよ。カゴの所に一人付かせているのでその者と行なって頂けますか?」
コック長は俺の行動を予測していてすでに準備をしていたようだ。
確かに二年前からほぼ週一のペースで厨房に来ていたので行動パターンはお見通しということか。
カトレアさんを治療することを決めた時に『ブレイド』で皮膚や肺を切開することはほぼ決定事項だった。
まず『ブレイド』の魔法の刃の大きさを変えられるように練習した。今ではイメージすれば、刃の大きさを1メイルから数サントの幅で帰ることが可能だ。まあ、これはそんなに難しいことではなかった。
最終的にはカトレアさんの体にメスをいれる・・・『ブレイド』で切るわけだがぶっつけ本番で出来るワケがないことは誰が考えても分かることだった。
皮膚・・・というか、肉を切る感覚とその時の手加減を知らなければいけないと思っていたが、それをどうしたものかと考えている時に俺は家で出ている肉が生きている動物、鶏や豚、羊を買ってきて家の厨房でさばいていることを知り、これを利用しない手はないと思い即行動に移ったのだった。
調理場に行って買ってきた動物をさばかせてもらうと厨房に行ってコック長にこのことを言った時初めは「ヴァルムロート様、いけません!このようなことは貴族がするようなことではないです。」と言われて、断られた。
まあ、当然と言えば当然なんだが・・・でも何度もしぶとく頼み込むと、しぶしぶ教えてくれるようになった。かなり渋っていたようなので父さんから何かしら命令みたいなものがあったのかも知れないな。
新鮮な材料を使うためにお肉関係のものは生きたまま購入していたので、さばく時いきなり殺さずに生きたまま首の動脈を切って血を抜く作業がかなり酷かった。
暴れるから押さえつけるんだけど、最初は激しく暴れるのがだんだん弱くなって最後は動かなくなるので悲しくなってきたね。そのあとに首を落としたりしたし。
まあ、そんなことを思っていたのも最初だけだったんだけど。
・・・あ、どうでもいいとかじゃなくて、ただ単に慣れただけでちゃんと感謝しているよ、いつもご飯のときは心の中で「いただきます。」「御馳走様でした。」を言っているし。
次に皮を剥いだり、鶏だと羽をむしったりした。皮を剥ぐ方法は肉と皮を『ブレイド』を使って切り分けていくんだけど、最初は皮に肉が付いてきたり、肉の方が切り刻まれたりしたけど、今ではある程度綺麗に剥ぐことが出来るようになった。鶏の羽はただむしっただけだ。
・・・この皮で羊皮紙が作れるのか・・・まあ、俺は作らないけど。剥いだ皮は羊皮紙を作っているところに売っているらしい。綺麗に剥ぐとちょっとだけ色を付けてもらえるとか。
次は内臓を取り出すんだけど、最初思いっきり『ブレイド』を差し込んでお腹を開いたら、内臓まで切れちゃってぐちゃぐちゃになって使いものにならなくなっちったんだ。ごめんね、羊さん。
しかし、この調子でカトレアさんの手術をやっていたら開始と同時に殺してたね。・・・マジで危なかった、俺も死ぬところだった。実際やる時は常に『ディテクトマジック』を使いながらするからそんなことはないと思いたいけど、やっぱり技術がないと難しかったりするだろうしな。
分かってることと出来ることは別物だしな。
で、内臓を取り出して、鶏の場合はこのときに皮を剥がした。
剥がした鳥の皮は貴族の料理にはあまり出してないみたいなので、ほとんど賄い料理として使われているようだったので、鶏皮をフライパンでカリカリに焼いて軽く塩コショウをして食べた。
鶏皮おいしいです・・・でもこれ食べてると日本酒が欲しくなるな。ハルケギニアには米とかないのかな?
で、最後に関節を切断してバラバラにすると、もう以前の面影はなくただの肉の塊になった。さらに細かくするとスーパーとかで見る100g何円とかの肉になるな。
最初はうまくさばくことが出来なかった(いろいろ躊躇していた)が、今では家のコック長も納得するほどのさばきっぷりだ。
まあ、こんな感じで肉を切るという感覚はだいたい分かったし、動物のさばき方を覚えた(これはおまけだな)。
・・・ただそういう動物と人間の皮膚の固さとかが同じかどうかわからないのが問題か。
そう言えば、二年やったけど牛を見ることはなかったな。牛自体はいるみたいだけど、あんまり食べないのか?
生きた動物をさばいてみて改めて思ったのが内臓系は血抜きをしているとはいえ、まだ体内にいくらか血は残っているわけで『ブレイド』で切ったらある程度血が出てきていたので生きて心臓も動いていて血が巡っている状態の内臓を切った時はもっと大量の血が出るんだろうなということだ。
カトレアさんの病状的に肺の一部を切除する他に治療方法は現在俺に与えられている手段の中に無いと思われるので出血は避けられないだろう。
現代の地球ならば出血しても輸血すれば問題ないのだが、このハルケギニアにある技術では輸血をするのは難しいだろう。
そこで俺はなるべく出血を抑えるためにもレーザーメスを魔法で再現することに決めた。
まあ、レーザーと言ってもここで行うのは焼き切るということなので使うのは勿論火系統の魔法だ。
初めは『ブレイド』と同様に『フランベルグ』を小さくすればいいかと思ったが、いくら小さくしてもガスバーナーのような感じになってしまい内臓を切るという繊細な操作を行うには威力が強すぎるということで新たに別の魔法を考えることにした。
新たに魔法を考えたところ、意外と簡単にレーザーメスを再現することが出来た。
原理としては火火のラインスペルでで極一点に集中する——つまり火を一本の線と考えて二本の線が交わったところだけを高温にする——ことでレーザーメスのようなものが出来るようになった。この方法は実際に行われている方法なのですぐに思いつくことが出来たのだが。
ただし、この魔法はラインスペルなのだがこれを使っている間細かいところにずっと集中していないといけないので、意外ときつい。とりあえず新しい魔法なので名前は『レーザー』と安直だが付けておいた。
『レーザー』の扱いに慣れるためにさばいた後の肉からすじをとるときには必ずこの『レーザー』を使って肉とすじを分けた。
最初は集中し過ぎて10分位しか連続で使用することが出来なかったが、二年経った今では要領を抑えたので2~3時間位なら楽にいけるようになった。
ただこのときに些細な問題が発生していた。
それはこの『レーザー』は火の系統魔法で、肉をすじを分けると肉の表面が少し焼けてしまって香ばしい臭いが出てしまう。するとその臭いにつられるようにお腹がすきやすくなるというなんとも些細な問題だった。ついついつまみ食いをしてしまったな・・・コック長に見つかって怒られたり、とか。
そうそう!この時に厨房の人の賄い料理がこのさばいた時に出たクズ肉やすじだったので比較的沢山手に入る卵や玉ねぎ、そして硬くなったパンをすりおろして粉にしたパン粉を使ったハンバーグのレシピをお礼に教えて上げた。
調味料のコショウが少し値段が張るので安易には使えないのがネックだが、それでもただ焼いたものよりは格段に美味しくなったと評判だった。
この時かな・・・俺のことをツェルプストー家の長男としてではなく、ヴァルムロート個人として見てくれるようになったと感じたのは。
あと、酒屋に頼んでから約一年はかかって、とうとう酒を蒸留しまくってほぼアルコールになったものが完成したんだ。
前世の時に興味本位で一番アルコール度数の高い酒を調べた時、度数が96%のものが一番高く、その酒は70回以上蒸留して出来るものだったとおぼろげながら覚えていたので、とりあえずこっちの蒸留装置が現代の地球よりも劣っていると予想して70回よりも多い回数ということで100回蒸留してもらった。
酒屋の人は100回も蒸留することに驚いていたな。・・・まあそりゃそうだな、普段2~3回位の蒸留回数だろうし、それを100回とか正気か!?って感じだろうな。それでも修理やメンテナンスの費用もこちら持ちでさらに父さんの口添えで作ってもらえることになった。
それで100回蒸留した後のものを樽1個分(直径約70サント、高さ約80サント)作ってもらうことにした。本当はこんなにいらないと思うけど事前の検証実験とかあるし、多い分には問題ないだろうと考えたからだ。
値段はアルコールの代金だけで200エキュー掛かった。まあ1年かかったからな。・・・ちなみに平民の年収は約150エキューなので200エキューは少し多い位だが毎日頑張ってもらったのでボーナスのようなものだな。この掛かったお金は必要経費としてカトレアさんの治療が成功した後にヴァリエール家に請求しておこう。
しかもそれに修理代やらメンテナンス代があるので実際にはもっと多くのお金がかかっているが。
これでたぶん96%のアルコールを得ることが出来たはずだ。しかし、思ったよりこれが出来るのが遅かったので消毒に適した濃度を調べるまでは出来なかったので今度やらないといけないな。
・・・今年もカトレアさんの誕生会が近づいてきた。
その時に治療についての話し合いがあるだろう。その場でカトレアさんには内緒でヴァリエール公爵に『ある提案』をしないとな。
「・・・はあ、ちょっと気が滅入るな。」