32話 銃<魔法の世界ハルケギニア
「『トランザム』!」
その瞬間、俺の体が淡い赤い光に包まれた。
・・・あ、そうそう。
体は炎に包まれているが、首から上は炎に包まれてない。さすがに顔まで炎に包んだら息する時に熱風を肺に取り込んで大変なことになるからな。
最初からそうなってたのは無意識のうちに危険だと思ってたからなのかな。
家の近くにある林の中を縦横無尽に動き回ってみる。
最初はなかなか速さに慣れなくてゆっくり(それでも『トランザム』を使っているのでそこそこ速い)動いていたが、今では高速で動いても大丈夫な位になった。
「・・・はあ、はあ、はあ。・・・良し、そこそこ動いても体があまり痛く無くなったな。全力で動くと体が痛くなるけど、体の力の上手い抜き方が分かってきたな。」
初めは普通に体を動かしていたのだが、今は力の抜き方というか力の入れ方というか・・・普段とは違った、『トランザム』を使っている時専用の体の動かし方を身に着けることが出来た。
例えるならば、座っている状態から立つ時に地面に手をつける補助動作をいままでは思いっきり地面を叩くように手をついていたのを訓練により一旦地面に手をついてから力を入れる位になった感じかな。
ちょっと体に優しくなった感じだな。
ただ少し前までは10秒位で精神的に限界に達していたが、今は慣れたのか徐々に持続時間が伸びてきて今では約1分の間使っていることが出来るようになった。
しかし、精神力が切れるぎりぎりまで『トランザム』状態でいると肉体的にも精神的にも疲れて他に何も出来なくなるので練習出来るのは30秒から40秒位が限度だと考えている。
因みに『トランザム』が終わった後はいつも軽い筋肉痛のような感じで体全体がだるいが、頑張ればまだ普通に動くことが出来る。
「・・・まあ、このままにしておくと明日は酷い筋肉痛になるんだけどな。安い秘薬を使って・・・『ヒーリング』」
回復魔法を体にかけると体のだるさが和らいでいくのを感じる。
「ふう・・・これで風呂に入れば完璧だな。」
トランザムの特訓から帰ってきて部屋で夕飯まで魔法に関する本を読んでいたら父さんに呼ばれた。
書斎に行くとそこには父さんが応接するときのソファーに座っていて、対面するソファーにキュルケが座っていた。
俺はキュルケの隣に腰を下ろし、父さんに俺を呼んだことについて尋ねた。
「父さん、どうしたんですか?急に呼んだりして・・・。」
「そうよ、お父様。私達に話って何ですか?」
「うむ。・・・ヴァルムロート、キュルケ。明日討伐に向かうのでそれに付いてきなさい。」
「ああ、そういうことですか。分かりました。行かせていただきます。」
俺としては討伐にはもう何度か行っているので特に断る理由はないし、何より実戦を経験すればするほど今後の為になるだろうと考えているので父さんの申し出を受けた。
「ダーリンが行くなら私も一緒に行くわ。」
俺の返事を受けて、キュルケもすぐに返事を返していた。
父さんは俺達の返事に満足しているように見えるが、キュルケが返事した瞬間に少しだけ苦笑いのような表情をした。
まあ、キュルケの返事の仕方は確かに苦笑いしたくなるものかもな。
それに父さんはキュルケを毎回のように討伐に参加させる必要はないと考えているようだが、俺が行くと必ずキュルケが付いてくると言って聞かないからな。
俺はこの家の跡取りなので可能な限り実戦を経験させたい(後方の安全なところだが)が、愛娘であるキュルケはあまり危険に合わせたくないがそれを言っても聞かないので護衛を増やすということで父さんが折れているのが今の状態だ。
父さんは苦笑いしていた表情から普段はあまり見せないような真剣なものへと表情を変えた。
「・・・ああ、お前達ならそう言うと思っていた。ただ今回はいつもの討伐とは少し違うから心しておきなさい。」
「お父様、それってどういうことですか?」
キュルケの声に少しの不安が混じる。
いつも通りのオーク鬼の討伐ならそんなことは言わないので、今回の討伐は別の・・・それもオーク鬼よりも強いものだということを察した。
「・・・父さん、今回の討伐目的は何ですか?」
「今回討伐するのは“ワイバーン”だ。オーク鬼などより危険度ははるかに上だ。」
「・・・ワイバーン、ですか。」
このハルケギニアに生息する四つの竜種のうちの一つの名前を聞き、俺がその名を言うと父さんが静かに頷いた。
「ワイバーンって家の兵士が乗っている竜ですよね。見た感じではそこまで危険じゃないようですけど?・・・まあ、飛ばれたら厄介ですけど。」
キュルケがワイバーンが討伐対象でも特に問題はないように言い、それには俺も多少同意するところがあった。
というのも、俺もキュルケもこれまでの教育の一環として移動の為の動物の扱い——特に馬だが——を習い、その時に何度かワイバーンに乗る機会があった。実際に乗ってみた感想として早さは馬以上だが、上下の揺れも馬以上に揺れ、旋回のときにはうまい具合に体の位置を動かさないと慣性の法則で体が投げ出されるかと思ったりとなにかと乗り心地が悪すぎた。
ただ、俺たちが乗らせてもらったワイバーンはとても人懐っこくて、まるで犬のようだった。
「確かに私達が普段目にしているワイバーンは一般的には命令をされない限り人に危害を加えるものはほとんどいない。しかし・・・それは人間に従っているからだ。」
俺とキュルケがワイバーン討伐を軽く見ていると感じたらしい父さんは、その考えを改めさせるようなゆっくりとした力強い口調でそう言った。
「つまり野生のものは危険だと言いたいのですか?」
「そうだ。ワイバーンを従えているのは基本的に人が乗るためだが、人が乗ることでワイバーンは本来持っている能力をある程度押さえている。しかし、野生のものにはそれがなく、持てる力全てを使ってくるから危険なんだ。」
「どうして人が乗ると本来の力を全て出しきれないの?」
「それはだな・・・ヴァルムロート、お前はなぜか分かるか?」
「そうですね・・・」
逆に父さんにワイバーンに本来の力を発揮させない理由を尋ねられた俺は自分の経験や本で得た知識などから自分なりの理由を答えた。
「基本は人に従っているのでその乗っている人がうまく扱えないのか、それともワイバーンの攻撃や機動性などがワイバーン自体は耐えられるけど人が耐えられないので力を抑えている、ですかね?」
「うむ、半分位正解だな。確かに前者では乗る者が未熟ではそもそもダメだ。しかし後者のものではワイバーンのブレスは他の竜種に比べると威力は落ちるがそれでも強いことに変わりないが、魔法を使えば耐えれないことは無い。また全力で動くとワイバーンの体が激しく上下するので乗っている者にとっては最悪だろうが、それも慣れることは出来る。・・・まあ、ワイバーンに乗る者でその能力を全て引き出せる者は騎士でもそういないがな。」
「なるほど。」
「惜しかったわね。ダーリン。」
つまりは“扱いが難しい”の一言収まったというわけか。
因みにワイバーンは竜種の中でスタンダードな能力を持っているらしく、火竜は攻撃特化でメイジでない者が乗ると攻撃する際のブレスで火傷確定、風竜はブレスは無いものの速さに関してはワイバーンを圧倒的に上回っているので扱いの難易度がさらに高いらしい。
「これでワイバーンを甘く見ていると痛い目に会うことが分かっただろう。それに野生では群れで行動しているものがほとんどだからな。1匹だけに集中できないのも魔法を使う者にとっては脅威となる。」
「・・・そうですわね。ん?魔法に集中できないって今回前衛はいないのですか?」
戦闘においてメイジが後衛なのは基本中の基本。
前衛が敵を押し止めている間に魔法を唱えて、必殺の一撃を放つというのが普通のメイジの基本スタイルでこれまでの討伐でもそのように行ってきた。
・・・まあ、アクシデントもあったりするが。
「いや、いるぞ。だたし今回は全てメイジだがな。今回の前衛はワイバーンに乗れるもので行う。もちろんお前達はいつもと同じ後衛だ。」
「ワイバーンにはワイバーンということですね。」
戦いにおいて特別な理由が無い限り、相手より不利になるような戦いはまず行わない。
特に今回のワイバーンは空を飛んでいるのでこちらも空を飛べるのならそれに越したことはない、というわけだな。
「でも全てメイジってどういうことですか?平民出の兵士は?」
ただ、いつもは平民出の兵士が前衛を担ってくれるのだが今回は違うらしい。
「平民出の兵士は連れて行かないぞ。さっきキュルケも言っただろ、『飛ばれたら厄介』と。」
「ええ、そう言いましたわね。・・・つまり飛ばれると魔法が使えない者では手も足も出ないということですか?」
「そういうことだ。わざわざ犠牲を出すこともないだろう。」
父さんは魔法という遠距離攻撃が行えないので平民を連れて行かないというが、この世界にも魔法以外にも遠距離攻撃を行えるものがある。
例えば・・・
「でも父さん、“弓”なら対抗出来るのではないですか?」
弓だ。
しなやかさを持った木を加工したものに弦は張り、その弾力により矢を飛ばす原始的だがなかなか強力な武器だ。
これならば平民に扱えるし、射程距離は魔法以上だったりするからな。
「確かに兵士には弓を得意とするものもいるがワイバーンの体は矢を通さないほどに強いものだからな。居ても足手まといになるのが目に見えている。」
俺の意見は父さんの反論にてあっさりと撃墜されてしまった。
それにしてもワイバーンの表面の鱗は矢も通さないくらいに強固なものだったようだ・・・確かに触った時にごつごつしていて固いなと思ったけな。
「そうですか。・・・あ!では“銃”はどうですか?」
俺は弓以外で遠距離攻撃が可能でしかもより強力なものとして銃を挙げた。実物は見ていないが確かこの世界にも銃はあったはずだ。
他にもボーガンが思いついたのだが、これは弓と大差ないように思えたので挙げなかった。
しかし、ここで思わぬところから反論が挙がった。
「銃って・・・あれは確かおもちゃみたいなものじゃなかったかしら?」
そう言ったのはキュルケだった。
キュルケの言葉、特に“おもちゃ”という言葉に俺は衝撃をうけた。
「ぅえ!?そうなのか?」
俺が驚きながら、目で「本当に?」と訴えるとキュルケはコクリと頷き、父さんもまた同じように頷いた。
「銃か・・・あれは弓とそう大差ないな。そしてなにより武器として問題がある。」
「え?問題って何がですか?」
「なかなか狙った所に弾が飛んで行かないのだ。10メイル位だったらまだましなのだが、それ以上になると全然ダメだ。下手をすると味方に当たる可能性もあるからな。」
「え!?そ、それは危険ですね!」
父さんから聞いたこの世界の銃の性能の低さと酷さに俺は再び驚いていた。
「それにね、ダーリン。銃の弾なんて魔法で簡単に防げるのよ。火は弾を溶かし、水は弾を止めて、風は弾を反らし、土は弾を弾くのよ。」
「・・・そこまで銃は弱いのか。いや、魔法が強すぎるのか?」
キュルケの追い討ちに地球では銃=凶器だったものが洗練されていないとはいえ、ここまで弱いものだとは思ってもいなかった。
「それは魔法が強いのよ。もし銃の方が魔法より強かったら今頃トリステインは無くなってるかもしれないわね。」
「そうだな。ゲルマニアでは金さえあれば平民でも貴族になれるので平民の価値が見直されてきているが、トリステインでは平民は貴族の所有物であり、奴隷のように扱っているところも多いと聞く。・・・まあ、ヴァリエールのところは違うようだが。そんな平民に魔法より強いものがあったならば最初に貴族主義がなくなるのはトリステインかもしれんな。」
平民が魔法と同等の力を得れば、貴族に対し憤りを感じている平民による暴動が起こり、最後には・・・
「平民が力を得れば貴族主義が崩壊し国を滅ぼす、か。」
「そうなったら他の国もただでは済まないだろう。それに統治者がいなくなった国は荒廃していくだけになるだろう。」
父さんが言うようにトリステインだけでなく、ハルケギニアで一番大きいガリアやアルビオンなどの他の国でも貴族に対する平民の暴動は起こるだろうし、それは俺のいるゲルマニアでも同じことが言える。
仮に貴族や王族を打倒した後のハルケギニアには、これまで王政だったのでいきなり国民主導の民主主義みたいなものは出来ないだろうから、平民の中から力を持った他人を支配したいヤツが王様みたいのになって、それをまた打倒したりが繰り返されたりと平民同士の弱肉強食が始まって最終的にはヒャッハーなどこの世紀末だよって世界になるのかもしれないな。
生返事しながら「お前はもう死んでいる」というところまで妄想して、俺は気になったことを父さんに尋ねた。
「・・・ちなみに家に銃ってありますか?参考程度に見てみたいのですが。」
地球でも本物の銃は触ったことも見たこともないが、興味本位でそう言った。
「銃か?そうだな・・・以前兵士の攻撃力増強の一環として銃を購入したことがあったはずだ。まあ、さっき言った理由から使うことはほとんどないがな。カズハットに聞けば今どこにあるかわかるだろう。」
「分かりました。今度聞いてみます。」
「ねえ、ダーリン。銃なんて使うより魔法を使った方が強力だし確実よ?」
「その通りだろな。まあ、見てみるだけだよ。」
「見るだけ無駄だと思うのよね。」
確かに時間の無駄かもしれない。
でもこのハルケギニアの銃のレベルはどれほどのものかをちょっと見ておきたいと思った。
本当に見るだけで改良して威力、射程、命中率を上げるとかは出来ないと思うんだよね・・・俺前世ではロボットものは好きだけどミリオタとかじゃないし。
魔法至上主義のハルケギニアで自力で銃のレベルが上がることはほとんどないと思うけど、異世界から来るものや竜の羽衣——別名 零戦——があるからな。
それらを解析したら一気に近代兵器並のものが出来るかな?ただ、さっき考えた通り、下手に平民に力を与えると今の社会そのものが危ういので限度を考えておこう。
俺がやりたいのは貴族主義を打倒してこの世界を民主主義に導くことじゃないからな。まあ、可能な範囲で平民の立場向上もやってはみるけど・・・
・・・あ!そう言えば。
俺はゼロ魔の知識はアニメだけで原作は読んでないのだけどネットで見たり、ウィキ見たりはしたんだよね。
それで確か・・・戦車もあるんだよな。
「では、明日の昼には出発するからそれまでにちゃんと準備をしておけよ。」
「「はい!」」
「ワイバーンか、どれくらい強いのか。・・・どきどき6割、わくわく1割、不安3割ってとこかな。」
「ダーリン!そんなことでどうするの!ダーリンなら大丈夫だからしゃきっとしないとダメよ。・・・でも、無理はしないでね。」
「ああ、ありがとうキュルケ。」
ワイバーン、それも野生のものの強さは俺によっては正直言って未定だ。父さんもああ言っていたから十分に注意していくつもりだ。
父さんたちは何度がワイバーン討伐に行ったことがあるのだろうが、万が一未熟な俺やキュルケが危険にさらされる——俺たちの警護はいつも以上になるだろうし、そういう状態になることは無いと思いたいが——時は・・・
・・・『トランザム』を使うこともあるかも知れないし、使うことに躊躇(ためら)いを持ってはいけないだろうな。
どうも、久しぶりの投稿になります。
テイルズオブエクシリア2をクリアしたら、すぐに第2次スパロボOGが出たのでやってました。発売してからもう半月になるのにまだクリアしてませんがあと少しのところだと思います。
そんな感じで『クリアしたくない病』が発病したのでこれからはまたぼちぼち投稿していけると思います。
あと、BBSに「生まれたばかりじゃあ言葉分からないのでは?」というコメントを見ました。
実は私も再構成しているときに「あれ?こいつ言葉分かんねえじゃね?」と思いましたが、ヴァルが分かったのは名前くらいということにしておいて下さい。
名前くらいなら言葉が異なっていても、ある程度は分かりそうですし。