34話 ワイバーン討伐作戦
翌朝、中継地点の町を出発した。
時間が経つにつれて道の状態が悪くなったのか移動する馬車の振動が少し大きくなった。
そして、いくら座席がいいクッションを使っているといえ昨日からの移動でいいかげんお尻が痛くなってきそうになる頃、ようやく目的の村が見えるところまでやってきた。
太陽はすでに山に隠れ、空にはオレンジ色から暗い青色のグラデーションがかかっていて村の向こう側に見える森の方はすでに夜の装いを示している。
「んっ〜。やっと着いたわね。」
馬車の中でようやくこの移動から解放される、と言わんばかりにキュルケが軽く伸びをした。
その横で俺は村の向こう側に見える森に少し不気味さを感じていた。
「・・・ここにワイバーンが出るのか。」
「いや、ワイバーンが出るのはそこの森ではないぞ。今お前が見えている反対側にある森で被害にあったと報告を受けているな。しかし、村とはそう離れていないから安心は出来ないかもしれないが。」
俺の呟きを父さんが訂正するように言った。
勘違いをしてなんの異常もない森を不気味だと思ってしまったことが恥ずかしくて顔の温度が少し上がるのを感じたので、窓の外を見るふりをして顔を背けた。
顔の熱を冷まそうと外の様子を見ている時に村の入り口付近に先行していたカズハット隊長達と一緒に一人の老人が立っていることに気が付いた。
馬車が村に着くとまず最初に俺が馬車から降り、次にキュルケが俺の手を取って降りてきて、最後に父さんが降りた。
父さんが馬車から降りるとすぐにカズハット隊長達と一緒にいた老人が父さんの前にやってきて、深々とお辞儀をした。
「ツェルプストー様自ら来られるとはありがとうございます!ありがとうございます!」
そう言って何度もお辞儀をする老人は安堵の表情を浮かべていたが、父さんの傍らに控えている俺やキュルケには気が回らないようだった。
普段ならそういうことも無いのだろうがこの行動から今回の件がいかにこの村にとって大きな問題であるかを表していた。
「うむ。それでは村長、早速明日に向けて作戦会議をするぞ。この村には宿がないので一番大きい部屋がある家に案内してくれ。」
「それでしたら私の家にどうぞ!」
「では使わせてもらうぞ。ザイティーズ!すぐに作戦会議に参加させるメイジを何人か選んでくれ。」
「はっ!」
返事をしたカズハット隊長はすぐに村の外で野営の準備を行っているメイジ達のところにで飛んでいった。
その『フライ』の速度が俺のものよりも速いなと思って見上げていたら、父さんが俺たちの方に振り向いた。
「ヴァルムロートとキュルケも一緒に来なさい。勉強になるだろう。」
「「はい!」」
俺とキュルケが元気よく返事をした直後にカズハット隊長が数人のメイジを連れて戻ってきた。
その中に普段俺たちに魔法を教えてくれているレイルド先生がいた。
「お待たせして申し訳ありません。」
カズハット隊長はそう言ったが、カズハット隊長が他の人を呼びに行ってからまだ一分も経ってはいなかった。
父さんは呼ばれて来たメイジ達の顔を見て、それから納得した表情で問題ないと言った。
そして俺とキュルケ、父さん、カズハット隊長、レイルド先生を含めた数人のメイジは村長の案内で村長の家に行き、一番大きな部屋に通された。
部屋の中央のテーブルに一メイル四方の羊皮紙を広げ、そこにここ周辺の地図を村長に描いてもらった後に作戦会議を始めた。
因みに和紙を作っているのにそれを使わないのは、まだ大きな和紙の作成を行っていないためだ。
「村長、ワイバーンの被害はこの地図のどのあたりで受けたのだ?」
「はい。運よく生きて戻れた者の話によるとワイバーンの群れに襲われたのは大体・・・このあたりだそうです。」
村の近くには西側にある村に隣接している比較的小さな森と少し離れた東側にある大きな森の二つが地図に描かれている。
村長はその地図上の村から少し離れた東側の森を指さした。
村とその森が約一リーグ位の距離だという話なのでそこから換算すると、村長が指さした場所は森の入り口から二、三リーグ位の位置だった。
「これまでもその森でワイバーンを見かけることはあったのですが、ほとんどが森の奥深い場所で一体で飛んでいるところでした。しかし今回は比較的森の浅い場所・・・しかも群れに被害にあったため、そのうちワイバーンが村に来るかもしれないと夜も眠れない状態が続いています。さらにワイバーンを見かけてからは村人が怖がって近くの森ですら入ろうとしません。」
そう言って村長はうつむいた。
「そうか。事態は思ったよりも悪い様だ。しかしまだ村自体に直接被害が出ていないことが不幸中の幸いというべきか・・・。」
父さんはあごひげを触りながら呟いた後、地図のワイバーンが出たという場所を指差した。
「村長、この辺でワイバーンに遭遇したのは間違いないのだな?」
「は、はい!よくこの森に行っていた者からの話ですので間違いないかと・・・。」
それを聞いた父さんはカズハット隊長を見た。
「ザイティーズ。この辺でワイバーンを見かけたということはどのあたりにワイバーンの寝床があるだろか?お前の考えを聞かせてくれ。」
「はっ!では、村長。聞きたいのだが・・・」
そう言ってカズハット隊長は村長にこれまで単体でワイバーンを見かけた場所を聞きだし、それから地図に描かれた森の様子を真剣な表情で見つめた。
少しの間、地図を睨んでいたが考えがまとまったのか顔を上げ、地図のある一点を指さした。
「ワイバーンは森を入ったこの付近に寝床を構えていると考えられます。」
カズハット隊長が示しているのは村人が襲われたところからおそよ二十リーグ離れた、少し谷になっているところだった。
「ふむ。その根拠は?」
「はい。ワイバーンの行動する広さは生息する森の大きさや群れの規模などにより違いはありますが、おおよそ寝床から二、三十リーグと言われています。この場所は周囲の狩り場になりそうなところから適度に離れており、さらに近くに水場があります。本来なら洞窟などがあればそこを寝床とするのでしょうが、この近くにはそう言ったものがありません。このことからこの少し谷間になる場所が寝床になっていると考えました。」
「なるほど。ではまず『遠見』が出来るものにその場所の周囲を探らせよう。『遠見』が出来る者はいるか?」
「その役目は私が。」
そう言ってレイルド先生が杖を掲げた。
「レイルドか。よし、お前に任せる。」
「はっ!」
「部隊を地上組と空組に分けるぞ。地上組は歩きで近づき、地上から魔法を使う、まあ、ワイバーンに乗っていないメイジ達の部隊だな。空組はワイバーンに乗って空から魔法を使う部隊だ。ヴァルムロート、キュルケ、お前達は私と一緒に地上組だ。いいな?」
「「はい!」」
「まず『遠見』で群れの位置と規模を確認したところで竜籠を使い、数リーグの位置まで地上組を運ぶ。そしてその位置で空組は待機し、地上組は歩いてワイバーンの群れに近づき、まだ寝ているであろうワイバーンに先制攻撃を仕掛ける。この攻撃で倒せなかったワイバーンが飛び上がるだろうが、地上組の攻撃と同時に空組に飛び出してもらい、上からの攻撃でワイバーンの動きを制限する。この下と上からの挟み撃ちによってワイバーンを殲滅する!討伐は明日の夜明け前開始する。・・・なにか意見がある者はいるか?」
「あの・・・父上。急いでいるなら今から討伐に向かう方がいいのではないのですか?」
カズハット隊長の話を聞いた限り、この村は予想される寝床から二十二、三リーグしか離れていないのでワイバーンの行動範囲内に入っており、村自体が襲われるのも時間の問題のはずだ。
それならば明日の夜明け前といわず、すぐにでも出発した方がいいのではないかと思い、父さんに意見を述べた。
「いや、今日はもう晩いからな。ワイバーンは昼間行動し、夜眠るので今からここが襲われることはないだろう。こちらのワイバーンも飛ばすことは出来るが、夜の活動は制限されてしまう。兵達も疲れているだろうから、一晩休んで万全の体制で討伐に取りかかりたいからな。それに夜の森はそれだけで危険だからな。・・・よって討伐は夜明けを待って行う。いいな?」
「はい。分かりました。」
ワイバーンは見た感じがコウモリに似ているので夜行性かと思ったが、どうやら普通に昼間に行動する生き物だったようだ。
そういえば、この世界の動物やモンスターは名前とその挿絵は図鑑で見たけど、その生態とかは調べていなかったとこの時気付き、今後は魔法の本だけでなく生き物の生態などいろいろな分野の本を見ておいた方が今後の役に立つかもしれないと思った。
「他に意見のあるものは・・・いないな。では、これで作戦会議を終わる。ザイティーズは他の者にこのことを伝達し、地上組と空組とに部隊を分けておいてくれ。」
「はっ!了解しました。」
「では、解散!」
カズハット隊長が最初に部屋から出ていき、その後ろに地図を丸めて小脇に抱えたレイルド先生と数人のメイジが続いて村長の家を出た。
最後に俺たちが部屋から出て行こうとすると村長が声をかけてきた。
「ツェルプストー様、今日の宿はどうされるのですか?この村には宿はありませんし、良かったら私の家をどうぞお使いになってください。」
「心配はいらんぞ、村長。村はずれで野営用のテントを張らせているから今日はそちらで休む。野営で建てたものは討伐が終わり次第壊して、土地も馴らしていくので心配はするな。」
「わ、分かりました。」
父さんにそう言われた村長はそれ以上無理に勧めることはしなかった。
村のはずれにはすでにいくつものテントが出来ており、男女別々なので俺とキュルケは別々のテントで休むこととなった。
翌日、まだ空が紫色で空には少し星が見える時間帯に起き、素早く朝食を詰め込むと早速件の森へと出発した。
夜明け前の森はまだ入り口付近とはいえ季節は夏とは思えないような肌寒さすら感じる位の寒さで包まれていた。
今、レイルド先生が空組のワイバーンに乗って上空からワイバーンの群れの位置を『遠見』の魔法を使って調べているところだ。
しばらくするとレイルド先生を乗せたワイバーンが帰ってきた。
「旦那様!ワイバーンは予想通りの場所を寝床にしている様です!数はざっと30匹ですが、木に隠れて見えない場所があり、それ以上だと思われます!」
「うむ。ご苦労。・・・30匹以上か、かなり大きな群れだな。ザイティーズ、いけるか?」
「はっ!こちらは地上組が20人、空組が7組です。地上組の先制攻撃でメイジのランクが高いものは胴体や頭を狙い、1撃でワイバーンを倒すようにし、ランクが低いものは羽を狙い、なるべく飛び立たせないようにすれば、こちらのワイバーンの数が少なくても十分に空を支配することは出来ると考えられます。」
「ふむ。ではワイバーン1匹に対しトライアングル以上のものは1人、ライン・ドットのものは2人でペアを作ることにする。シュバルツは早速兵の割り振りを決めてくれ。」
「はっ!」
カズハット隊長はすぐに他のメイジの所へと駆けていった。
「ヴァルムロートはトライアングルだが今回はキュルケとペアを組みなさい。」
「はい!」
「はい。・・・よろしくね!ダーリン。」
返事と同時に抱き着いてこようとしたキュルケをやり過ごしていると、向こうでカズハット隊長がレイルド先生達と話し合っていた。
恐らくメイジ同士の系統とかランクで効果的なペアを決めているんだろう。
・・・お、どうやら終わったようだ。
レイルド先生達に他のメイジにペアの割り振りを発表するのを任せたカズハット隊長がこちらにやってきた。。
「旦那様。ペアの割り振りが決まりました。すぐに他の者に伝わりましのでしばしお待ちください。」
「分かった。」
すると、すぐに1人のメイジがこちらに走ってきた。
「旦那様!ペアの割り振りが全員に伝わりました!」
「そうか。では、いまから出撃前の最終確認を行う!全員をここに集めろ!」
「はっ!了解しました!」
走ってきた兵士はまた走って戻り、そしてすぐに全員集まった。
皆どことなくピリピリと張りつめた雰囲気を持っており、オーク鬼討伐の時よりもより険しい顔をしている・・・それだけでオーク鬼とワイバーンの危険度が違うことなのだろう。
「これからワイバーン討伐を行う!手順はすでに皆知っていると思うが、ワイバーンの群れの近くまで空組の竜籠で地上組を運び、まず地上組で近づいて先制の一斉攻撃を仕掛ける!その際には先ほど伝達があったように1人もしくはペアでワイバーンを確実に仕留めていく!そこで仕留められなかったワイバーンは空に飛び上がるだろうが、そこから空組に活躍してもらうぞ!空組で上手くワイバーンを取り囲み、動きを制限して地上と空からの挟みうちで残りのワイバーンを一掃する!この時に地上組のものは常に自分の上に注意しておけ!ワイバーンが上から落ちてきて下敷きになりました、ではメイジとして情けない死に方になるだろう!・・・ザイティーズ、他に何か言うことはあるか?」
「はっ!今、風が南向きに吹いています。こちらが風上になっているのでこのままワイバーンの群れに直進すると臭いで近づくのをワイバーンに察知されてしまうかもしれません。ここは少し大周りして群れの横から近づくのがよろしいかと思われます。」
「うむ。では、地上組を運ぶ際には風上にならないようにワイバーンの群れの横の位置に地上組を下し、その位置で空組は待機。爆音が聞こえ次第、ワイバーンの群れを取り囲むように動いてくれ!・・・では、出撃!!」
「「「「「「「「「はっ!!!」」」」」」」
俺達地上組は移動の為にワイバーンが運ぶ竜籠に入った。
この竜籠は大人四人がようやく入れるくらいの大きさのもので木箱に申し訳程度に座るところがついている程度のものだが、これが重さ的にワイバーン一匹に運べる限界らしい。
数匹のワイバーンで運ぶもっと大きく、内装もきちんとした竜籠もあるらしいので機会があれば乗ってみたいものだ。
それぞれの竜籠に全員乗った所でふわっという感覚と共に竜籠が地面から離れた。
地上組の降下地点は徒歩で『フライ』など使いながらでも二、三時間位はかかるだろうが、ワイバーンで飛んでいくと二十分位で着くことが出来た。
竜籠から降りて、少しずつワイバーンがいる地点へと近づいていくにつれて、これからワイバーンと戦うことになるかと思い、ドキッ!ドキッ!と鼓動が早くなってくる。
最近は討伐に行っても慣れのせいかここまで緊張することは無かったが、今回の相手はいままでのオーク鬼よりも段違いに強いと言われているワイバーンで、それに空も飛ぶので少し不安になっているのかも知れない。
森の中を十分位足音を立てないように歩いて行くと、灰色の何かが見えてきた。
「・・・ワイバーンだ。」
近づくとそれが、寝る為に地面にうつ伏せになっているワイバーンだと分かった。
どうやらワイバーンの群れに着いた様で少し開けたところに多くのワイバーンが同じようにして寝ている。
「地上組はワイバーンの群れを囲むように展開するぞ。一番遠くには・・・レイルド、お前に行ってもらう。」
「はっ。」
「レイルド、お前が配置に着いたら手を振れ。それにより地上組の展開は終了とみなす。そして私が小さく『ライト』の魔法を使う。それを合図とし、魔法による一斉攻撃を開始しろ。」
「「「「「はっ。」」」」」
父さんの指示により、地上組は左右に展開し、眠っているワイバーンを取り囲んでいった。
一番遠くに行ったレイルド先生から手を振る動作による展開終了の合図をもらった父さんが『ライト』と唱え、杖の先に豆電球ほどの光が生まれた。
まだ日の出前でほとんど真っ暗な森の中でその光は良く見えたことだろう。
父さんが『ライト』を使ってから数秒後にはワイバーンに向けて一斉に魔法が放たれた。
ワイバーンに向かって飛んでいった魔法は火の玉は顔や胴体などに当たった直後に爆発し、見えない風の刃がワイバーンの翼を切り裂き、巨大なつららのような氷の矢と地面から現れた石の柱でワイバーンの体や翼を上下から貫いた。
俺とキュルケも火の魔法を放っていた。
キュルケの魔法はワイバーンの翼を破った。
俺の魔法はあらかじめ急所と教えてもらった首の裏側を狙い、予想通りの場所に当たり爆発して、ワイバーンの首は皮一枚で繋がっている状態になったかと思うと大量の血を吹き出した後ピクリとも動かなくなった。
その様子をしばし無言で見つめていたが、キュルケが歓声を上げた。
「すごいわね!ダーリン!ワイバーンを1撃で倒せるなんて!」
「あ、ああ。僕も驚いてるよ・・・。」
「こらっ!お前たち、驚いていないで攻撃を続けろ!」
「「は、はいっ!」」
父さんに怒られた俺とキュルケはすぐさま次の詠唱を始めた。
しかしこのときの俺はいくら急所をついたからといえ自分の想像よりワイバーンが脆かったことに衝撃を受けていたのだが、まだ戦闘中でちゃんと考える時間がなく、ただただ驚いていただけだった。
が、後でよく考えれば俺の思い描いていたワイバーン像はゲーム、しかもRPGが主だったのでそりゃゲームバランスとか考えれば魔法1〜2撃で死ぬようには設定出来ないだろうということ、このハルケギニアのワイバーンは生物の1種にすぎないものだと気付いた。
アニメでも零戦の機関銃ですぐやられてたし(あれは風竜か?)・・・いや、たしかに機関銃はかなり強いけどな。
後で教えてもらったことだが、ワイバーンは竜種の中では最弱で、どの系統の魔法に対しても耐性がなく、どの魔法でも普通に効くらしい。
魔法に対する耐性はゲームやってる人ならすぐわかると思うけど、火竜なら火の系統魔法に強く、風竜は風の系統魔法に強い、といったものだ。
だた火に強いからといって水に弱いわけではないらしいが・・・。
最初の先制攻撃で十数匹のワイバーンを倒すことに成功したが、それでもまだ二十数匹のワイバーンが生き残っている。
いきなり魔法を受けて混乱状態であろう生き残ったワイバーン達は森中に届くのではないかと思える程やかましく鳴きながら、空に飛び立とうとしていたが何匹かはこちらに気付き翼を大きく広げて襲ってきた。
「くるぞ!シールド系の魔法が使える者はワイバーンの足を止めろ!止まった所を他の者が数人で確実に仕留めろ!!」
父さんが大声で指示を出た。
こちらに向かってくる何匹かのワイバーン1匹に対し数人のメイジでシールド系の魔法を使い、ワイバーンの四方に魔法で出来た壁を作り出した。
魔法で出来た壁に取り囲まれ身動きが取れなくなっているワイバーンはシールドを破ろうと力の限り暴れているようだった。
いくらシールド系の魔法とはいえワイバーンのように力が強いものをいつまでも押さえつけていられるわけではないが、シールドが破られる前に空いている上の空間に魔法を打ち込むには十分な時間があった。
ただ動いているために急所——首の裏やお腹の皮膚の柔らかい部分——ではなく背中の固い鱗の部分に当たって1撃で倒すことは出来なかったが、それでも数人のメイジの魔法により向かってきたワイバーンをそれぞれ倒していった。
空に飛び立ったワイバーンも最初の魔法の爆音などを聞いてやってきた空組に周囲を包囲され、森の木よりも少し高い位置にいるようだ。
ただ開けている場所があるとはいえ、それ以外は木が茂っているので頭上の様子は少し分かりずらい状態なだった。
『フライ』で木の上まで飛ぶか、空組に開けているところにワイバーンを誘導してもらう必要があるがそれはもうどうにでもなるものだろうと考えていた。
「ふう、地上に残っていたワイバーンは全て倒しましたね、父さん。」
まだ頭上をワイバーンが旋回している状態だが、地上が一段落着いたことにより俺に少し余裕が出てきたようだ。
余裕と一緒に気の緩みが出そうになっていたが、そんな俺を父さんが一喝した。
「ヴァルムロート!まだまだ油断するな!しかし空に飛び上がったワイバーンの方が数が多い!空を飛んでいるワイバーンを倒す方が数段大変だぞ!」
「あら?でもあと10匹ちょっとでしょ?大丈夫よ!」
「いや、ゆd
キュルケの方に目を逸らした一瞬、頭の上から一段と大きい鳴き声が空気を震わせた。
次の瞬間、バキバキバキッと木の枝が折れる音のすぐ後にドーンッという何か大きなものが落ちた音が後ろの方から聞こえた。
地上にいた全員が一斉に音のした方向を見ると、地面に砂埃が舞っていて音の正体をつかむことが出来なかった。
「え!?何の音なの!?」
「何の音だ!状況が分かる者は居るか!」
父さんは状況説明を把握するために音のした方向を見つめたまま誰にと言うわけでなく叫んだ。
すぐに後ろから返答が帰ってきたが、その声を驚きを隠せない、目の前で起こったことが信じられないという気持ちが滲んでいた。
「そ、空組のワイバーンが、落とされたようです・・・。」
「何!どういうことだ!?空組はワイバーンと一定の距離を保っていたはずだろう!どういうことだ!?」
ようやく砂埃が収まるとそこには家のワイバーンと落ちたときに投げ出されたであろう騎手のメイジが少し離れた地面に倒れていた。
俺たちがすぐさま倒れているメイジに駆け寄よると、そのメイジは傷の痛みを堪えながらよろよろと立ち上がろうとした。
「うぐっ・・・、だ、旦那様・・・。」
「無理をするな!そのままでいい、一体何にやられたのだ!?」
再び倒れこむメイジの背中には何かに引き裂かれたような傷が鎧の上からつけられていた。
俺が唱えた『ヒーリング』の魔法によって痛みが収まっていったのか、ゆがんでいたメイジの顔が少し和らいでいった。
それからすぐに秘薬を持った水メイジがやってきたので、俺は入れ替わるようにその場から一歩離れた。
俺があっさり回復を止めたのは本職の水メイジに回復を任せるということもあるが、それ以上にこれからの為に精神力を温存するためだ。
傷を負ったメイジはすぐに口が利ける程度まで回復したので父さんに事情を説明した。
話を聞いていた父さんがいきなり大きな声を挙げた。
「何!?背後から別のワイバーンに攻撃されただと!」
「はっ。・・・そ、それも普通のワイバーンよりも、翼の大きい個体で、速さが普通のものよりも速く・・・。前に集中していたといえ、気付いた時にはすでに攻撃された後でした・・・」
「そうか。・・・まずいな。もしそのワイバーンにより空組の包囲がなくなれば、地上からワイバーンを倒すことはかなり難しいぞ。」
父さんは引き続き水メイジにこのメイジの回復を任せ、上が見える森の枝が少ない開けたところへ移動した。
俺やキュルケ、他のメイジも上を警戒しながら父さんの周りに集まった。
空組は一騎落とされた影響で陣形が少し崩れてしまったようだが、カズハット隊長の下すぐに態勢を整えてくれた陰で包囲網から逃げたワイバーンはいなかったとカズハット隊長が風魔法の応用で遠くから連絡してきた。
後ろから不意を突かれたことにカズハット隊長は謝っていたが、むしろその際に包囲していたワイバーンを逃がさなかったことを父さんは褒めていた。
そして一番重要なそのワイバーンは執拗にこちらへ攻撃を仕掛けてきているようだったが、包囲網を維持することもあり魔法で追い払うことが精一杯のようだった。
「これからどうなさるの?お父様?」
「空組の包囲がある今のうちにワイバーンに攻撃を仕掛ける!だが、直接倒そうと思うな!飛行が出来なくなるように翼を狙え!何人かは私と共に包囲網の外からやってきたワイバーンへ攻撃を行う!」
「僕は父さんに付いてそのワイバーンを倒すのを手伝うよ!」
「ダーリンがいくなら私も行くわ!」
「・・・そうだな。おい!お前達、私に付いてこい!他の者は上空のワイバーンへ攻撃を開始しろ!」
俺たちの他に数人のメイジが包囲網の外から来た翼の大きい普通とは違うワイバーンへ攻撃するチームに入れられ、残りのメイジは包囲網の中にいるワイバーン達に向かって各々魔法を放つ為に詠唱を始めた。
「それで、父さん。どうするのですか?」
「とにかくそのワイバーンを確認しないといけないな・・・。そのワイバーンはかなり素早いようだから不用意に木の上までは上がれんな。木の上の枝のところ位にまで上がり、そこから確認、もしそのワイバーンが魔法が届く距離にいるのであれば攻撃を仕掛ける。いいな!」
「「はい!」」
「「はっ!」」
俺達は木で空を見るのが邪魔されない、かつ身を隠せるように木の上の方の枝のところまで『フライ』を使って移動した。
そこから周り見渡すと、確かにワイバーンの群れを囲んだ空組のワイバーンに攻撃を仕掛ける一匹の翼の大きなワイバーンがいた。
「あれか。確かに普通のワイバーンよりも翼が大きいな。」
「突然変異かしら?」
「そうかもね。もしかしたら翼の大きなワイバーンが群れのボスなのかもしれないな。」
「ふむ。そうかもしれんな。少し離れた場所から群れを見守っていたのかもしれんな。今は囲まれている群れを助けるために空組のワイバーンを攻撃しているのだろう。・・・それにしても、速いな。」
空組のメイジ達も魔法を放ってそのワイバーンを倒そうとしているのだが、そのワイバーンはメイジの放つ魔法をひょいっひょいっと簡単に避けていた。
動きを抑制させていないせいもあるのかもしれないが、それでもそのワイバーンは普通のワイバーンに比べて速く、小回りも利くようだ。
「こちらから攻撃して空組を援護するぞ!用意はいいか!」
「「はい!」」
「「はっ!」」
俺とキュルケと父さんは火の玉を、連れてきたメイジの2人は氷を塊を飛ばした。
翼の大きなワイバーンは空組のワイバーンへの攻撃に気を取られているようだったので完全に不意をついたはずだった。
しかし、そのワイバーンは突然の下からの攻撃を何かで察したのか、ぎりぎりの所で避けた。
下からの攻撃に注意がそちらに向かったと判断した空組のメイジがすぐさま魔法を放ったが、そのワイバーンは普通なら直撃してもいいような攻撃を大きく羽ばたくことで体の位置を大きく上下に動かすことによって回避した。
その時俺は、野生の勘ぱねぇな・・・となんかのんきなことを考えていた。
先ほどの攻撃でこちらの存在に気付いた翼の大きなワイバーンがこっちに向かって飛んできた。
「こっちにくるぞ!木から降りろ!」
俺達は急いで木から降りた。
その瞬間ワイバーンが俺達がさっきまでいた枝をへし折りながら通り過ぎていった。
「こちらから攻撃してもあまり効果は無い様だな。どうするか・・・」
「ねえ、お父様。まず囲っているワイバーンを全て倒してから空組のワイバーン全部で相手にした方がいいのではなくて?」
「それができたらいいが、さっきのを見ただろう。あれでは囲っている中のワイバーンを全て倒す前に包囲網の一部が崩されかねんぞ。ザイティーズがいるから全滅はないと思いたいが・・・。」
「と
「うわあああぁぁぁああぁっ!!」
父さん、どうしましょうか?と言おうとした時にワイバーンの大きな鳴き声と人の悲鳴が聞こえたと思ったらバキバキッ、ドーーンという音が再び森に木霊した。
・・・見なくても分かる。どうやらまた別の空組の人がやられたようだ。
このままでは折角の包囲網が崩されてしまうのも時間の問題のように思われた。
包囲網の中には数は少し減ったがそれでもまだ十数匹のワイバーンが飛び交っているので、これに逃げられてはかなり厄介だと父さんの表情が物語っている。
「お前達は先ほど落ちた兵士の回復に回れ!地上の者は引き続き攻撃を続けろ!迅速にワイバーンどもを仕留めろっ!」
水メイジの2人は先ほど空組のワイバーンが落ちた所へ飛んで行った。
地上組が落ちたワイバーンに気を取られていたが父さんの一喝で再び攻撃を始めた。
「不味いな・・・。空にはまだ十数匹のワイバーンが残っているが、空組のワイバーンはあと五匹しかおらん。これ以上やられてはワイバーンを包囲するのも難しくなってくるぞ。どうしたものか・・・」
「本当にどうしたらいいのかしら・・・。ねえ、実はダーリンには何か考えがあったりするんじゃないの?」
「おいおい、キュルケ、いくらヴァルムロートでもこんなにすぐになにか思いつくわけが・・・」
キュルケに無茶振りに父さんが呆れたように声を出した。
しかし、父さんはそう言っているが俺にこの普通とは違うワイバーンに対する策がないわけではなかった。
「・・・ないことはない。」
ただ“アレ”は訓練はしているが実戦では使ったことが無く、まともに使えるのか未知数なところがあるのでこれが本当にワイバーンに対する有効な策であるという確証は俺自身持っていなかった。
「ないことは、ない・・・ということはあるということか!?それは本当か!」
「え!?ちょっと聞いてみただけなのに、すごいわ!ダーリン!」
「それでヴァルムロート、その考えとはどんなものだ!?」
そう言って父さんは俺の二の腕をつかむとガクガクと激しく前後に揺らしてきた。
「ちょっ、父さん、それ止めて。・・・ふう。これから『トランザム』という魔法を使います。これなら恐らく翼の大きなワイバーンを倒せるはず?まあ、少なくても飛行不能には出来るのではないかと・・・」
「とらんざむ?聞いたことが無い魔法の名前だな。まあ、またお前が新しく考えた魔法なのだろう。それで私達に出来ることは何かあるか?」
「『トランザム』を使った後に僕が動けなくなる可能性があるのでその時は助けてください。」
「それってダーリンが勝つ前提よね?」
心配そうに見つめるキュルケを安心させようと俺は笑顔で返事をした。
「ああ!一応そのつもりだ!」
と、口ではそう言ったが本当ならば勝つことや成功すること前提で物事を進めるのは好ましくないと普段から俺は思っている。
しかし、今は時間をかけ過ぎると空組の人たちやワイバーンの犠牲が増える一方でそのうち包囲網を突破されそうで、他の方法を考えている余裕がないのでしょうがない。
「でも、それなら勝つのに動けなくなるってどういうこと?」
「『トランザム』って魔法は強力だけど繊細で精神力のすごく消耗が激しいんだ。・・・では父さん、後をよろしくお願いします。」
「あ、ああ。こういっては何だがあまり無茶はするなよ。」
俺はちょっと苦笑いをして、『フライ』で体を浮かすとそのまま木の上まで上昇した。
「ダーリン、『フライ』で空に上がっていったけどどうするつもりなのかしら?」
「ヴァルムロートは何を考えているんだ!『フライ』でのこのこ飛んで行って、ワイバーンのいい標的になるじゃないか!」
俺がそのまま翼の大きなワイバーンがいる同じ高さまで上がっていったら、俺に気が付いた翼の大きなワイバーンが案の定こっちに向かって飛んできた。
案の定、と思ったのは先ほどの翼の大きなワイバーンが空組のワイバーンに攻撃しているときに行った不意打ちで俺たちに気が付いたら攻撃対象を空組のワイバーンから俺たちへと変更したことでこの翼の大きなワイバーンは弱いものから攻撃していくのかもしれないと考えた結果のものだ。
そしてそれが分かっていて“わざと”俺が翼の大きなワイバーンに気づかせたのは少しでも空組の被害を抑えようと思っての行動だった・・・まあ、後にして思えば少し軽はずみな行動だったかもしれないが。
俺はそれを確認してから『トランザム』の魔法を間違わないように、ゆっくりと、正確に、唱え始めた。
「ああ!ダーリン!逃げてーー!!」
「何しているんだ、動け!ヴァルムロート!」
翼の大きなワイバーンは器用に空組の魔法を避けながら、見る見るうちに俺との距離を縮めている。
正直なところ、わざとワイバーンの眼前に身をさらして恐怖が無いわけがなかったが、その恐怖を杖をぎゅっと強く握りしめることで克服しようとした。
杖を強く握りしめたのは恐怖と緊張の為に体が強張っていることもあるだろうが、杖に付けた“グレンラガン”から熱い魂を少しでも分けてもらおうと無意識に思ったのかもしれない。
翼の大きなワイバーンは今にも俺に噛みつこうとその口を大きく開け、牙をむき出しにした。
俺との距離はすでに十メイルを切っており、それは瞬き一回の時間程度で埋まる距離だと思われた。
ここが普通に『フライ』で避けることは出来る限界のところだと思われたが、俺は逃げずに恐怖を抑えながら詠唱を終えた。
「『トランザム』!!」
その瞬間俺は淡い炎に包まれた。
俺の眼前に迫る翼の大きなワイバーンを避ける為に素早く上昇し、間一髪のところでワイバーンの噛みつきから逃れた。
一瞬で二十メイルくらい上昇した俺は眼下にそのまま通り過ぎようとする翼の大きなワイバーンの背中を捉えた。
俺は『フライ』を切り、自由落下している最中に『ファイヤーボール』を翼の大きなワイバーンに向かって連続で放った。
俺が放った『ファイヤーボール』は『トランザム』の効果もあり、普通のものよりも高速で翼の大きなワイバーンに向かって飛んでいったおかげかなんとか当てることが出来た。
1発目は鱗により防御の一番厚い背中に当たって爆発した。
2発目はワイバーンの弱点と呼べる翼に当たったのに大した爆発は起きなかった。
俺はこの時一つ疑問が浮かんだが今は気の抜けない戦いの最中ということもあり、一旦その疑問は忘れることにした。
キュルケや父さんたちが俺が翼の大きなワイバーンに魔法を当てたことに歓声を上げた。
「おおっ!いいぞ!」
「やったわ!」
魔法を受けたワイバーンはふらふらしているが翼へのダメージは今一つでまともに攻撃を受けたのが一番強固な背中だったせいか倒しきれず、飛行不能にもなっていないようだった。
そこで俺は再び『フライ』を使い、自由落下を止めて、ふらふらと飛んでいる翼の大きなワイバーンの背中にドン!と踏みつけるように降り立った。
翼の大きなワイバーンは俺を振り落とそう動いたが弱ってきているのかそこまで激しい動きではなく、翼の根本をつかむことでなんとかやり過ごすことができた。
現在『トランザム』は何もしない状態では一分位は保つ事が出来るのだが、今日はすでにワイバーン討伐の為に魔法を使っているのですでに限界が近いように感じていた。
そのため、この戦いを終わらせるために俺は『フライ』を止めると先ほどの『ファイヤーボール』の爆発ですでに少しえぐれている所に向かって杖を向けて、素早くスペルを唱えた。
「『フランベルグ』!」
ワイバーンの背中に向けた杖の先からゴォゥッ!と激しい炎が出現し、瞬時にその大きさを変えていった。
発動した『フランベルグ』は十数メイルの大きなものとなり、大きな炎の剣は易々とワイバーンの体を貫いていた。
ガギャアアアァァアッ!!!
翼の大きなワイバーンはひと際大きな雄たけびを上げたかと思うと、ガクッとそのまま力を失った。
俺は『フランベルグ』を止めると、落下に巻き込まれないように翼の大きなワイバーンから離れた。
地面へと一直線に落ちていった翼の大きなワイバーンは木にぶつかり、最後にドスンッ!という音と砂埃を立てた。
その様子を『トランザム』を解除して、残り少ない精神力で『フライ』を使いながらふらふらと地面に降りていった。
が、あと十メイルくらいの所で精神力が限界となり『フライ』が切れてしまった。
ヤバい!と思ったが、父さんの『レビテーション』に助けられて無事に地面に降りれた。
「すごいわ!ダーリン!もうどれだけ私を虜にするの!?」
そういいながらキュルケが地面に降りた俺を抱きしめた。
しかも位置的に俺の顔がキュルケの胸の部分に来ていて恥ずかしいのだが、もういつ意識が途切れてもおかしくないような状態だったので抵抗もできずなすがままだった。
「本当にすごいな、ヴァルムロート!とらんざむ?だったか、あれはどんな魔法何だ?」
「・・・と、父さん。俺のことは、いい、から。残りの、ワイバーンを・・・」
「おお、そうだったな!・・・ん?おい!攻撃を中止しろ!」
父さんが空を見たと同時になぜか攻撃を中止する命令を出していた。
今だに空には十匹程度のワイバーンが残っていたはずだがどういうことだろうと朦朧とする頭で思っていた。
「どうしたの?お父様?・・・え!?」
同じように疑問に思ったキュルケが空を見上げると驚きの声を挙げた。
俺は精神力切れと実戦の疲れからかなり眠くなっていて半分以上目を閉じていたので空の様子を確認していなかったが、周りの様子がおかしいことが空気で読みとれた。
皆がおかしくなる状況とはどんなことが起こっているのか、仮に第二、第三の翼の大きなワイバーンがいたら最悪だなと思いながら、眠たい目を空に向けた。
「ど、どうし・・・え!?」
その瞬間俺の眠気は吹っ飛んでいた。
なぜなら、空にいるはずのワイバーン達が自ら地面に降りてきており、しかもすでに数匹のワイバーンは地面降りて俺の周りを取り囲んでいる。
しかしそのどのワイバーンからも敵意のようなものは感じなかった。
というか地面に降りてくるものはなぜがこちらに向けて頭を下げていた。
そして、あっと言う間に俺の周りは残っていたワイバーンが集まり、その全てが俺の方に向けて頭を下げているという光景になった。
この光景を見ながら父さんとカズハット隊長が何やら言葉を交わしているようだったが、俺はもう眠気が限界突破していたのであとは父さんたちに任せてキュルケに抱かれながら眠りについた。
これにて今回のワイバーン討伐は終了した。
謀らずとも俺がタイマンで群れのボスを倒したこと、特に速さで圧倒したこと——『トランザム』を発動した際の避けたときの動きで俺の方が速いということになったのかも——で生き残ったワイバーンに認められ、戦う必要がなくなったので討伐ではなく捕獲になったようだ。
父さんは「はははっ!これでわが家の戦力が増えたな。ヴァルムロート!お前もそろそろ竜に乗る訓練を始めるか?」とか陽気に言っていた。
俺が乗れるのは1匹なのでカズハット隊長に一番良いのを選んでもらい、他のワイバーンはうちのメイジが騎手となることになった。
因みに俺の乗るワイバーンは体が他のワイバーンよりも小さくまだ子供のようだったがあの翼の大きなワイバーンの子供なのか、翼はすでに他のワイバーンと同じくらいあるので将来性が高いとカズハット隊長が太鼓判を押したワイバーンだ。
ただ、誕生会が迫ってきているので帰ろうとするとまだ他のメイジを認めていないワイバーンが俺についてこようとする問題が発生した。
人が乗っていないワイバーンが人里の近くにいくのは好ましくないということですべてのワイバーンに騎手が決まるまで俺たちは森で足止めを食らってしまった。
そして全てのワイバーンに騎手が決まったので誕生会に間に合わせるために、行きは馬車で来た道のりを帰りはワイバーンで飛ばして帰ることとなった。
しかし、俺はというと竜籠の中で俺はキュルケに膝枕してもらいながら横になっていた。
・・・というのも、どうやら『トランザム』でワイバーンの背中に降りた時に勢いが良すぎたようで両足が折れていた。
効果の高い秘薬があれば例え骨が折れていても一日程度で治るのだが、今回は予想外に多くのけが人と傷つたワイバーンを癒す為に全ての秘薬を使ってしまっていた。
秘薬を補充しようにも一番近いのが家に取りに帰ることらしく、そうすると早くても三日——往復だけなら二日だが今家に控えのワイバーンがいないので乗っていったワイバーンを休ませるのに一日いる——かかってしまう。
それではワイバーンに全騎手が認められるのが早いか、それとも秘薬を取りに帰るのが早いかといったことになり、本来ならワイバーンに認めてもらうのにもう少し時間がかかるのだが今回はすでに俺を認めているので通常よりも早いのではないかというカズハット隊長の意見から前者を選んだのだった。
まあ、なんとか始めてから二日目で終えることができたが、その間定期的に水メイジに『ヒーリング』をかけてもらったのだが、やはり秘薬が無いとあまり効果が期待できないようで精々痛みを和らげる程度だった。
」
家に着いたのはすでに日も沈んでから数時間経った後だったが、玄関に母さん達が出迎えてくれた。
その場で母さん達が俺が足を折って帰ってきたことに驚いていてドタバタしていたことについては心配をかけて申し訳ないと思った。
そしてすぐに水の精霊の涙という一番高価な秘薬を使って『ヒーリング』をかけてもらったので両足の骨折がすぐに治った。
「やれやれ、ヴァルムロートにはいつも驚かさせるな!あはははっ!」
「あなた!笑いごとじゃないでしょ。まったく、ヴァルももっと自分を大切にしなさい!・・・それにしてもその魔法はかなり代償が大きいみたいね。話によると使った後かなりふらふらになったんでしょう?それに足まで折れて・・・」
「でも、炎を体に纏わせるなんて無茶するわねぇ。通りで最近ヴァルの服が時々焦げてると思ったわ。」
「そうね。火の系統魔法を失敗して服が焦げていたのかとも思ったのだけどね、まさか自分を火で包んでいたなんて。」
母さん達にアレコレと言われている間、俺はあははとただ苦笑いをしていることしかできなかった。
小一時間位黙って話を聞き、一通り母さん達の言いたいことが尽きたところで素直に謝った。
「そうね。反省しなさい!・・・今度からヴァルの服は耐火性のものにしないといけないわね。」
「え!?・・・いいの?」
母さんの提案に思わず声を挙げてしまう。
確かにこれまでも『トランザム』の練習のときに服を焦がしてきたが、その焦げた服を二度と着ることが無かったので逐一新しいものを買っていたのだろう。
耐火性の服がどれくらいのものかは分からないが、少なくてもこれまでのように焦げることが少なくなるかもしれない。
「しょうがないでしょ。毎回服を焦がしてくるよりはいいわ。」
「あ、ありがとう!」
「買うのはいいが、ヴァルムロートよ。あれはあまり多用するものではないぞ。戦闘中に行動不能になる可能性があるのはよろしくないな。今回は良かったが次はそうはいかないかもしれんぞ?」
「うん。分かってるよ。使う時は状況をしっかり見極めてから使うことにするよ。」
「・・・そうか。お前が一番あの魔法について分かっていると思うが、無茶だけはするなよ。」
「でも、あのときのダーリン、かっこよかったわー。」
キュルケがそういうと姉さんたちがそれに興味を持ったのか討伐での話をキュルケに詳しく聞き始めていた。
戦っていた時間自体は少なかったようにも思えたが何をそんなに話すことがあるのだろうと思うくらいキュルケは熱心に姉さんに話していた。
「いいな。キュルケはこんど私にもそれ、とらんざむ、だっけ?見せて欲しいな。」
「こらこら、さっきむやみに使うなと注意したばかりだろう。」
「えへへ、はーい。残念だわ。」
それから少し遅めの夕食を摂ってから、足の骨折を治したことや疲れているだろうからということで少し早く休むこととなった。
四日ぶりのふかふかベットに横になり、布団に潜った。
目を閉じて、今回の討伐についていろいろ大変だったな〜と脳裏で回想していた。
そして俺はそういえば『トランザム』状態で魔法を使った時に一つ疑問に思ったことがあったことを思い出した。
「そういえば・・・『ファイヤーボール』を連続で出した時、威力が一定じゃなかったな。・・・たまたまなのか?」
ポツリと俺はつぶやいた。
しかし、今はそのことに関して考えられる材料が不足していたので今後の課題とした。
枕が変わると眠れないというほど神経質でなくこれまでもちゃんと眠れているつもりだったが、やはり自分の部屋は格別なのかもしれないと急に襲ってきた睡魔に襲われながら考えていた。
「しかし、お前から報告は受けていたので事前に分かってはいたがあれ程までのものとは思わなかったな。」
「そうですね。私も正直驚きました。あの『トランザム』なるものはただ素早く動けるようになるだけかと思っていたのですが、放つ魔法の方にも何かしらの効果が表れるとは。」
「それにしてもヴァルムロートは魔法が同時に使えることを分かっているようだったな。でなければ、わざわざ空中でスペルを唱えるということはしなかっただろう。」
「その事に関してですが、どうもレイルドから聞いたようですね。ただ、レイルドは危ないから使うなと言っていたようですが、それにレイルドの話ではヴァルムロート様はすでにそのことについてご存じの様子だったようです。」
「そうか。もしかしたら魔法関連の書物から得た知識が本当かどうかレイルドに尋ねたのかもしれんな。あれは教えるのがうまく教育係に向いているが、正直すぎるのが少し問題かもしれんな。まあ、いい。ザイティーズは今後もヴァルムロートが一人で魔法の訓練を行うようなら危ないことをしないように監視を頼む。」
「はっ!了解しました。」
そんな会話が書斎で繰り広げられていたなんて眠っている俺には知る由もなかった。
そして明日は俺とキュルケの14歳の誕生会だ。
今回出てきたものの速さの設定を少し。
・一般的なメイジ:3〜4km/h(徒歩)、20〜30km/h(『フライ』使用時)
・馬:30〜40km/h(一人乗り)、10km/h(馬車)
・普通のワイバーン:50〜60km/h
・翼の大きなワイバーン:70〜80km/h
・ヴァルムロート:100km/h(『トランザム』状態で『フライ』使用時)
※ここでの馬は今で見るサラブレッドのようなものではなくもう少し原始的な感じのものです。サラブレッドは人が品種改良してより早く走るようにしたものですから、普通にそれ以上の速さをもつ幻獣やら竜種がいる世界にはいない・・・かも?