37話 火縄銃はマスケットと呼ばれる銃の1種
昼食を食べて少し休憩した後、俺はいつも通り剣術訓練場へとやってきた。
普段なら刃を潰した剣——刃を潰しているとはいえ鈍器に変わりないが——にて素振りや組手を行っているのだが、今日は訓練場の脇に立っているだけだ。
しかし、退屈はしていない。
というのも本物の銃を初めて目にすることが出来るのでどんなものかとわくわくしながらカズハット隊長が銃を探している武器庫の方を見ていた。
しばらくしてカズハット隊長が布に包れた長細いものを抱えてこちらにやってきた。
「お待たせしてすみません。ヴァルムロート様。」
「いえ、いいんですよ。・・・それが銃ですか。」
包んでいる布が取られ、銃全体が見えるようになる。
カズハット隊長の持ってきたそれは長い鉄の筒に木製の持つところ、引き金とその周辺にいろいろと細かい部品がついている銃だった。
その銃の特徴から、これは火縄銃の一種である可能性が高いと感じた。
・・・火縄銃の実物は見たことないけど。
「はい。銃身の長さはいくつかあるのですが平均的な長さのものを持ってきました。・・・他のも持って来ましょうか?」
「いえ、銃としての構造が同じならばこれ1つで十分です。」
「そうですか、分かりました。」
本当は銃をみせてもらうだけの約束だったが実際に使っているところが見ていたいと思い、ダメ元で頼んでみることにした。
「あの・・・この銃がどの様な使い方で使用されて、そしてその際どれくらいの威力があるのか知りたいので実際に使っているところを見せてもらうことはできませんか?」
カズハット隊長はやっぱりなといった表情をして、初めから俺がこう言うと予想していたようだ。
少し考えていたようだが、僅かな笑みを浮かべながらこう言った。
「・・・しょうがないですね。」
「・・・え、ええっ!いいんですか!?」
十中八九「だめです。」と言われると思っていたので俺は少し驚いてしまう。
普段なら「剣の稽古があるからここで終了です。」と言いそうなのだが、もしかしたら“銃を見せてくれる”という言葉の範囲がだた単に現物を見せてくれるというだけでなく、銃を使っているところ・・・つまり性能を“見せてくれる”というところまで含まれていたということなのだろうか。
「では、今日の剣の稽古を休む分明日の稽古を“少し”厳しくするとしましょうか。」
ただ、単純に今日の剣の訓練が休みになるだけではなかったようだ。
少し、という部分が強調されていたのが気になるが深く考えないことにして、実際に使うところを見せてくれるというのだから銃の扱いが上手な人に使ってもらい、さらに良く使われる遠距離武器との比較をした方がいいかなということをすぐに考えた。
「う、お手柔らかに。・・・それでついでと言っては何ですが、兵士で一番銃の扱いが上手な人と弓の扱いが一番上手な人を連れて来てくれませんか?」
「はい。分かりました。今連れてきますのでしばらくお待ちください。」
「ありがとうございます。」
そういうとカズハット隊長は兵舎の方に駆けていった。
「待ってる間に銃を見てみよ!」
待っている間、暇なのでカズハット隊長が置いて行った銃を詳しく観察することにした。
まあ、こんな面白そうなものが目の前にあったら暇じゃなくても見るだろうが。
まずはざっと全体を見て、手に取ってみた。
「大きさは1.5メイル、銃身自体の長さは1.2メイル位か。それに実際持ってみると結構重く感じるな。・・・量ってないので確実なことは言えないけど、感覚的には最近使いだした本物のブロードソードの2倍位はある、かな。」
次いで発射のための構造と思われる所をよく観察してみる。
「ん?ここに火縄を付けるのか?」
試しに引き金を引くと、上側の火縄を付ける為と予想される部品がその動きに連動して下側に動くのを確認した。
「なるほど・・・上にあった火縄をつけるであろう部分が下がって銃のちょっと横に出っ張った所に当たるな。お、引き金を緩めたら元に戻った!・・・ん?出っ張った所に蓋があるな?」
その蓋を開けるとどうやら銃身と繋がっているようだ。
「ああ、この蓋を開けて火薬を少し入れて導火線の役割を果たさせるのか。」
先の方から銃身を覗いてみた。
今は弾が込められていないとはいえ、ここから鉄の塊を発射しているかと思うと100%大丈夫と分かっていても少し心拍数が上がるような気がする。
ドキドキしながら銃身を覗きこんだ時に疑問が生まれた。
「ん?この銃ってよく銃にある螺旋が入って無いな。つるつるだ。」
指で触ってもなんの凹凸もなく、『ディテクトマジック』を使って奥の方まで調べたがやはり俺が知るような螺旋の溝は存在していなかった。
最後にまた全体を見てみた。
先ほどは銃としての機能的な部分に注目していていたが、今度は別のところに注目することにした。
「それにしてもこの金具の部分の装飾って要らなくね?」
実用品としては無駄に豪華な装飾だが、コレクションとして部屋に飾る分にはいいかなと好意的に解釈することにした。
いろいろ触っていて銃口を下に向けているときに不意に指に何かが引っかかり、長細い棒の先に銃口と同じくらいの丸い板がついているものが地面に落ちた。
「ん?なんだこれ?長さは銃身とほぼ同じか・・・もしかして、これって銃口から火薬やら弾を込めた後にぐっぐっって銃身に火薬や弾を固める為の棒か?」
あれこれ見て俺が思ったことはこれだった。
「やっぱこれ、火縄銃だよな!」
そうやっているうちにカズハット隊長が兵士2人とメイジ一人を連れて戻ってきた。
やってきた三人はカズハット隊長の横に俺と対面するような形で横並びになった。
「ヴァルムロート様、銃の扱いに長けた者、弓の扱いに長けた者、そして『錬金』を得意とする土メイジを連れてまいりました。」
「どうして土メイジの方を?」
俺が頼んだのは銃と弓を扱える人だけだったのに土メイジ、しかも『錬金』を得意とする人をどうして連れてきたのかと尋ねると次のような返事が返ってきた。
「遠くから攻撃できる銃と弓を比較するにも的を作れる者がいた方がいいと思い、土メイジも一緒に連れてまいりました。」
そう言ってからカズハット隊長が目配せをするとその横にいた兵士から自己紹介を始めた。
「エルヴィン・ケーニッヒです。兵の中では銃の扱いが比較的上手かったと言われています。よろしくお願いします。」
「ヴィルヘルム・テムです。兵の中で私が一番弓の扱いに長けていると自負しています。よろしくお願いします。」
「イルマ・ハーメルベルクです。メイジのランクはラインですが、『錬金』では他の者に負けないと思っています。よろしくお願いします。」
「わざわざ来てもらってありがとうございます。」
「それでヴァルムロート様、一体何をするのですか?」
「実際に使ってもらい、銃の性能を見ようかと思いまして・・・百聞は一見にしかずと言いますし。弓は同じ遠距離を攻撃する武器としての比較のためですね。ハーメルベルクさんには的や的の近くで観察する為の防御壁と、後は・・・」
考えがまとまっていない状態の為、言い淀んでいるとハーメルベルクさんが不思議そうな顔をしていた。
カズハット隊長に呼ばれたのも単に射撃用の的を作る簡単なお仕事だと聞いていたので俺がそれ以外に頼むとは思っていなかったのだろう。
正直言って今日は銃を見せてもらう——性能まで見せてもらえるとは思わなかったが——だけだったから、興味本位で手を加えるかどうするか迷っていた。
しかしこの機会を逃すと俺は少しの間家を離れるわけだし、出来ることならこの際ついでにやってみるか、と考えた。
「・・・もしかしたら、銃にちょっと手を加えるかも知れないので、その時に『錬金』をお願いすることになると思います。」
「は、はい。分かりました。」
言葉とは裏腹にどうして銃に手を加えるのかが分からないといった表情をしている。
確かに聞いた話では現時点での銃の性能は誰でも扱えるが、弓にも劣る性能で不意を突かない限りメイジに決定打を与える物ではないというのが共通認識らしいからな。
俺が思いつきで多少手を加えた程度ではそう変わるものではないと思っているのだろう・・・まあ、俺もそう思うが。
「じゃあ、的とその後ろに外れたときの流れ弾を出さない為の大きな壁、そして近くに観察用の防御壁を作ってください。的は人の形を作った後に胴体部分にダーツで使っているような直径40サントの丸い的を描いてください。あ、そうそう的の部分はねんどを使って人の身体よりちょっと硬い位のイメージでお願いします。防御壁は見えやすいように『錬金』したガラスで作成し、それに『固定化』を二、三重かけて強化してください。」
ガラスに『固定化』の魔法をかけて防弾ガラスのまねごとだが、こっちは普通のガラスを魔法で強化しているのでどれだけの強度があるか不安だな。
まあ、銃自体が急所に当たらない限り致命傷になることはないのだからこれでもいけると思うけど・・・。
「はっ、分かりました。」
「ヴァルムロート様、『固定化』をかけたガラスだけでは不安があるのでここで『シールド』の魔法をかけさせてもらいますね。」
「ありがとうございます、カズハット隊長。・・・そういえば、銃の射程距離ってどのくらいなのですか?」
「そうですね・・・確か200メイル位までなら届いたと思います。しかし届くだけでほとんど命中しないと思われます。」
「そうですか。では、今回のようにちゃんと的に当てたいときはどのくらいの距離がいいと思いますか?」
「それでしたら30、40メイルくらいが妥当と思われます。」
30、40メイル位か、前世で高校生やってた時に弓道場があったけど、それも矢を射るところから的まで大体30メートルくらいだったはずだ。
たまにテレビとかで射撃訓練している映像が流れていたけどあれってどのくらいの距離だったのかな?
まあ、今回はちゃんと当たるという距離でやってもらおう。
当たらないと威力もみられないからな。
「そうですか。では、ケーニッヒさんとテルさんにはいまから30メイル離れた場所からあの人の胴体部分の的を5回連続で狙ってもらいます。なるべく的の中心部分に当たるようにねらってください。」
「はっ!分かりました!」
「はっ!分かりました!しかし、銃に負けるとは思いませんけどね。」
そう言ってテルさんが指定の場所に向かって歩きだし、ケーニッヒさんが苦笑いして「まあ、俺も銃が勝つとは思ってないけどね・・・」と呟いてとぼとぼとその後に続いた。
観察用の防御壁を作っているハーメルベルクさんの方を見ると丁度的の近くに建てたガラスの壁に『固定化』をかけているところだった。
「ふう・・・ヴァルムロート様、こちらの準備は完了しました!」
その言葉を聞き、俺とカズハット隊長は『固定化』で強化されたガラスの壁の後ろ側に移動した。
そしてカズハット隊長に『シールド』の魔法をガラスの壁と俺達三人の間に張ってもらい、指定の場所に移動したケーニッヒさんとテルさんに合図を送った。
「では、お願いします。」
「「はっ!」」
弓のテルさんは弓を構えて、矢を持ち、弦を引き、狙いを定めて矢を放った。
銃のケーニッヒさんは腰に付けた入れ物から火薬が入った入れ物を取り出し、まず出っ張りのふたを開け、そこに少量の火薬を入れ、蓋をし、そして銃身の先の方から火薬を入れ、銃身の下に付いていた棒でトントンと押し込んだ。
次に銃身の直径よりも小さい丸い弾を取り出し、中に入れ、それも棒でトントンと押し込んだ。
さらに持っていた縄の先に火を付け、引き金と連動して動く部分に付けた。
そして銃の底の部分を肩に付け、狙いを定めて、出っ張りの蓋を再度開け、引き金を引くと火縄が下がっていき、出っ張りの部分に着いたと思ったら、そこから煙が出て、次の瞬間・・・
バン!
という爆発音と共に弾が放たれた。
2人が5発づつ撃ち終わった。
的に当たった時かけらが少し飛び散っていたがこちらの方まで飛んでくることも無く、矢や弾が反れてこちらに飛んでくることも無かったのでわざわざ用意してもらった強化したガラスの壁やカズハット隊長の『シールド』の魔法はその効果を発揮しないままだった。
・・・まあ、その方がいいのだが。
「・・・弓の方が圧倒的に早いですね。」
弓が大体5、6秒間隔で矢を放てるに対し、銃は撃った後の再装填に20、30秒かかっていた為かなり弓と差が出てしまってた。
連射性能だけでみても今の銃の技術では弓にかなり劣っていることがこれで分かった。
「それに弓の方は全て的に当たっていますね。すごいですね!」
「いえ、このくらい当然です。」
「・・・で、銃の方は・・・なんて言うか、悲惨ですね。」
銃の方は的に当たっているものは5発中3発で当たった内の2発は的ぎりぎりで、残り2発は後ろの壁にめり込んでいた。
「私の腕のせいもあるかもしれませんが・・・あえて言わせてください。銃は当てられる距離、一発撃って次の弾を撃つまでの時間、狙ったところに当てられるかなど、どれをとっても弓に敵いませんし、火薬を使っていても弓とそう威力もかわりません。ですから銃はほとんど使われていないのです。」
「そうなんですか、カズハット隊長?」
「はい。ケーニッヒの言う通りです。一度は兵団で銃を使うという話になったのですが、先ほどのような結果があり、結局採用は見送られています。あと威力に関してですが、遠距離からは確かに弓と同程度ですが近距離からではなかなかの威力でした。」
「そうですか・・・」
「銃の腕を買われて連れてこられた私が言うのはおかしいかもしれませんが、先ほどもイルマが言っていましたし、これ以上は無駄なのではないでしょうか?」
「そうかもしれませんが・・・ちょっと近くで的を見てみましょう。」
そう言って俺は的の方に歩き出した。
当たっていることが分かっているのにわざわざ近くに行くのは、どれくらい的が損傷しているかでその威力を調べる為だ。
カズハット隊長達の話ではほぼ弓と同程度の威力だということだが、やはり実際に見てみないと納得がいくものではない。
近くで的を見た結果は、なるほどケーニッヒさんが言ったとおりかもしれない、ということだった。
的の部分は少し柔らかめに作ってもらっているので土で出来た壁なんかよりも深々と矢が突き刺さり、それと同じくらい深いところに弾が埋まっているのを『ディテクトマジック』で確認した。
ただ、貫通力は同じだったかもしれないが違っているところもあった。
矢が刺さっているまわりのねんどをほとんど飛び散らしていないのに対し、弾の方は激しくねんどを飛び散らしていた。
このことから貫通力は同じくらいでも破壊力は銃の方が上であるということが予想された。
ここで終わってもいいのだが、とことんやると最初に決めたので俺が持っている素人知識で現状でも出来ることをやってみようと考え、ハーメルデルクさんにあるお願いをすることにした。
「ハーメルデルクさん『錬金』をお願いします。」
俺がそういうとハーメルデルクさん達は首を傾げたが、気にせずにやってほしいことを伝えた。
「銃身の内側に溝を入れて欲しいのですけど、出来ますか?」
「はい。出来ると思います。それでどのような溝を作るのですか?」
「螺旋状の溝を等間隔で、そうだな・・・とりあえず6こお願いします。」
「な、なかなか難しいですね。・・・す、少し難しいので少しお時間を下さい。」
「ええ、分かりました。お願いします。」
ハーメルデルクさんはケーニッヒさんから銃を預かると、銃口を覗きこみながら早速『錬金』を始めた。
今回のように細かいことを行う『錬金』にはかなりの集中力が必要だというので俺達は少し離れたところに移動し、その様子を見守った。
見守っているだけは暇なのかケーニッヒさんがテルさんに小声で話しかけた。
「なあ、ヴァルムロート様は何をやろうとしているのだろう?」
「さあな。内側に溝なんて付けたら、でこぼこが引っ掛かって今より飛ばなくなるのではないか?」
「お前たち、ヴァルムロート様の前だぞ。・・・まあ、確かに何を思ってか分からないが今までも驚くことを何回か行っているのだから、今回も何か考えがあってのことなのだろう。」
カズハット隊長も注意するのかと思ったら話に加わっていた。
言いたい放題だが、俺が急に言い出すことなのでそれもしょうがないと思える。
この世界では魔法の方が“今は”圧倒的に強いのだから科学や化学はほとんど発展していないのだろうし、そもそも貴族がほぼメイジなのだから平民の力になるようなものはおいそれと開発しない、もしくはさせないのかもしれない。
しかしもしこれで飛躍的に銃の性能が向上したらメイジの地位が危うくなるんじゃないのか?・・・そしたら俺も危ないか?
素人の思いつきなので“今回だけに”限って言えば著しい性能の向上は見られないだろうが、それでも方向性は間違っていないのでこれで試行錯誤を繰り返せば少なくとも今よりはかなり銃の性能は上がるだろう。
それでもまだいちいち火薬と弾を銃口から装填している限りは弓程度という認識だろうけどね。
そう言えば、カズハット隊長はずっとここにいるけど他の兵士の剣の訓練は見なくてもいいのだろうか?
「そう言えば先生、今日は僕の指導は無いのですから他の人を見てあげなくてもいいのですか?」
「ええ、それは大丈夫です。うちの兵団に私がわざわざ指導するようなひよっこはいませんから。」
わざわざ指導されている俺はまだまだひよっこというわけか・・・と少しショックを受けた。
「それにこれは旦那様の命でもあるのです。」
「・・・父さんの?」
「はい。旦那様からヴァルムロート様は夢中になると周りが見えなくなるので、銃を見る時は絶対何かし始めるから危険がないように見守ってくれ、と仰せつかっています。」
「全部まるっとお見通しってことか。」
「ふふ、そのようですね。」
「ヴァルムロート様、『錬金』終わりました。」
「あ、ご苦労様です。あと弾の方も『錬金』で形を変えてもらえますか?」
「え?弾もですか?えぇ、分かりました。それでどのような形にしましょう?」
「はい。ドングリのような形にしてください。それで底の部分はスカートかお皿のようにくぼみを作ってください。・・・あ、大きさは銃身の直径よりも少し小さめでお願いします。本当に少しでいいです、なんならギリギリでいいのでお願いします。」
弾の底のところにくぼみを作ることで入れるときは銃口よりも弾の直径が小さくても発射時の爆発で底のくぼみが開いて中にピッタリの大きさとなって、銃身に掘った溝に沿って弾が回転して出てくる、みたいな感じだったはずだ。
しかし、こんなことを知っているなんて・・・テレビでやってた雑学、すげー。
「それ位なら簡単ですよ。いくつくらい作りましょうか?」
「そうですね。とりあえず10個作ってください。」
「はい。分かりました。」
そういうとハーメルデルクさんはケーニッヒさんから弾を受け取って、それを『錬金』して形を変えていった。
「ヴァルムロート様、先ほどから聞きたかったのですが、さっきから何をなさっているのですか?」
「え、銃の改造だけど?」
「いえ、それは見ていれば分かります。この改造で銃がどのように変わるのですか、と聞いているのですが。」
「それは僕にも分かりません。単なる思いつきですから。」
どう変わるのか、と聞かれても俺には分からないとしか言いようがない。
前世の進んだ銃はこうでした~、なんて言えるわけが無いからな。
それに素人の考えなので銃の性能が上がるとも思えないし。
「・・・そうですか。」
「そうです。・・・それではケーニッヒさん、この改造した銃でもう一度お願いします。」
「はい。分かりました。」
俺とカズハット隊長とケーニッヒさんは的から30メイル離れた先程と同じ場所に行き、テルさんとハーメルデルクさんには的の方をみてもらうことにした。
「ではケーニッヒさん、今回は3回でいいので連続で的の中心部分を狙ってください。弾は尖っている方が先になるように入れて下さい。」
「はい。分かりました。・・・では、行きます!」
ケーニッヒさんが先ほどと同じ動作を行い、そして1分間に3回の銃声が鳴り響いた。
俺はどんな結果が出るかと少しわくわくしていた。
隣で見ていた先生の雰囲気が少し変わったことには気が付かなかった。
「テルさ~ん、ハーメルデルクさ~ん、弾はどこに当たりましたか~?」
俺の声を聞いて2人が的を見に行く。
「ヴ、ヴァルムロート様~!す、すごいで~す!ほとんど真ん中に当たってま~す!」
「聞きましたか!ヴァルムロート様!まさかあれだけでこれだけ命中率が上がるなんて、すごいことですよ!」
狙った通りに的に当たったということに、自分で撃ったとは思えないほどケーニッヒさんは興奮していた。
弾に回転が加わったジャイロ効果により弾の軌道が安定したのだろうと思い、これでどこまでいけるか試してみることにした。
「ええ、そうですね!では、もう少し離れてやってみましょう。今度は50メイルからで。」
「え!?50メイルですか?・・・わ、分かりました。」
「テルさ~ん、ハーメルデルクさ~ん、またやるので2人は離れていてくださ~い!」
「「分かりました~!」」
俺達3人は的から50メイル離れた。
「・・・ここから的、狙えますか?結構遠いですよ?」
「いえ、ぎりぎり大丈夫です。また3回狙ったらよろしいのですか?」
「はい。お願いします。」
「・・・では行きます!」
銃声1回ごとに先生の雰囲気が俺でも分かる位にみるみる厳しいものになっていた。
「・・・先生?どうかしたのですか?」
「いえ、私は『遠見』を使って見ているのですが、今回も3発全てが的に命中しています。」
「え!本当ですか?・・・テルさ~ん、ハーメルデルクさ~ん、弾はどこに当たりましたか~?」
「ヴァルムロート様~!今回も全て的に当たっていま~す!」
「的のどこら辺に当たってますか~!」
「・・・中心からどれも10サント位の所に当たっていま~す!」
「おお、結構いい感じで当たってますね。よし、もっと離れた所から狙ってみましょう!」
俺がそう言うとケーニッヒさんがすまさそうな顔をして声をかけてきた。
「ヴァルムロート様、これ以上離れると私では狙うことができません。」
「そうですか。・・・どうしようか。」
ここで終了かな?と思っていると、カズハット隊長が口を開いた。
「・・・ヴァルムロート様。私も銃を扱えますし、『遠見』も使えるので私が代わりにやりましょうか?」
「・・・では先生、お願いしてもいいですか?」
「はい。私もこの改造した銃の性能がどれほどのものか興味がありますから。」
「ではカズハット隊長お願いします。・・・あ、もう弾が無くなりますね。それではハーメルデルクさんにこちらに来てもらいましょうか。」
「ヴァルムロート様、私が呼びに行ってそのままイルマと交代します!」
「分かりました。ではお願いします。」
「はっ!」
ケーニッヒさんが的の方に走っていき、ハーメルデルクさんと2、3言葉を交わすと、ハーメルデルクさんがこちらにで飛んできた。
「お待たせしました!ヴァルムロート様!銃の弾を『錬金』するのですね!」
「ええ、お願いします。」
「はっ!ちゃんとエルヴィンから弾をもらってきていますし、お任せ下さい!」
俺と先生とケーニッヒさんと交代したハーメルデルクさんの3人は的から100メイルの所まで遠ざかった。
「ケーニッヒさ~ん、テルさ~ん、的から離れて下さ~い!・・・では先生、お願いします。」
「分かりました。・・・行きます!」
カズハット隊長が素早く詠唱を行い『遠見』を使って的を狙い、引き金を引いた。
3回銃声が鳴り響いた後、的を確認してもらうと3発中2発が的に当たっていた。
その後、150メイル、200メイル、250メイル、と50メイルずつ的から遠ざかって、500メイル位まで試した。
途中距離が足りなくなったりして場所を変えたり、先生の提案で3発から5発に変更したりした。
「・・・この改造銃は200メイル位までなら5割の命中率を持っています。ただし届く距離で言えば今回行った500メイルよりもさらに遠くからでも大丈夫でしょう。」
カズハット隊長が複雑そうな顔をしながらそう言った。
「まさか銃がここまでの可能性を秘めていたなんて知りませんでした!すごいですね!ヴァルムロート様!」
「まさか銃が弓以上だなんて驚きました!いや、弓も強いものなら同じように遠くから矢を放つことが出来るのでまだ負けたわけじゃ・・・」
「ヴァルムロート様!先ほど的を『ディテクトマジック』で調べたところ、改造銃から発射された弾は普通の銃のものよりも深い場所にあることが分かりました!威力まで上がっているとは驚きです!」
俺自身も精々2、3割増し位の性能アップだと思っていたのでここまでのものが出来るとは思っていなかったのでこの結果に驚いていた。
思わず空笑いが出てくる。
「あはは・・・、僕も驚きですよ。」
「・・・ハーメルデルク。お前に聞きたい。お前がこの銃で200メイル離れた所から狙われたら、自分を守れるか?」
「え!?そうですね・・・200メイル離れていても銃声を聞いてから詠唱を始めるのではすでに遅いですから、初めから相手が狙っていると知らなければ難しいと思います。」
「では、すでに防御の魔法を使っていたらどうだ?」
「すでに使っていたら、ですか・・・今回的の後ろの壁が貫通している様子は無かったので恐らく大丈夫だと思います。」
「そうか。土系統のお前に聞くのは違うかも知れんが、他の水や風の系統ではどう思う?」
「そうですね・・・得意とする系統が違うので確実なことは言えませんが・・・ラインの上、くらいの実力がなければ難しいかと思われます。」
『シールド』の魔法はドットランクでも扱える魔法だが、メイジのランクが上がればその威力も上がる。
また同じランクでもそのランクに必要な最低限の力しか持たない者と、次のランクに実力が近い者では魔法の威力が違っている。
そして、この改造銃の攻撃を防ぐ為にはラインの上、つまりトライアングル並の力が必要だということか。
「やはりお前もそう考えたか・・・」
俺達5人の空気が張り詰める。
因みにメイジでラインの上の実力を持つのは全体の半数くらいらしい。
ということは、この改造銃で半分のメイジはただの平民に倒されることを意味することをここにいた全員が理解した。
「カズハット隊長、ハーメルデルクさん、つまり『こいつは・・・強力過ぎる』になってしまった、ということですか?」
「おかしな言い回しですが的確ですね。いままでも銃や弓は“メイジ殺し”といわれるようにメイジ以外がメイジを殺すことを可能としています。しかし、これまでの銃は射程の短さ、命中率の悪さ、弓と同程度の威力からよっぽど腕の悪いメイジくらいにしか通用しませんでした。弓は確かに銃よりは射程はありましたが、矢を射ってから当たるまでに時間があることが欠点でした。」
「・・・だから、そこまでの脅威ではなかったと?」
「ええ。しかし、この改造銃は違う!弓に匹敵する射程距離!改善された命中率!そして威力の向上!しかもこれはマジックアイテムでも何でもない“ただの銃”です。その気になれば大量に作り出すことが出来、平民でも覚えれば扱える!このことからこの改造銃は今現在ハルケギニアに存在するどの武器よりも強力な“メイジ殺し”になってしまったんです!」
「か、カズハット隊長!?そこまではさすがに言い過ぎではないのですか?」
「いえ、言い過ぎではありません!もしこの銃がロマリアあたりにでも知られれば異端審判にかけられるかもしれません!」
異端審判!?
いくら強力な銃が出来たからと言えども、それはさすがに極端なのではないだろうか。
「う、嘘ですよね?」
「いえ、ロマリアは魔法至上主義ですからその魔法を脅かす、とすればそうなる可能性も零ではありません!むしろそうなる可能性の方が高い位です!」
「・・・そうなんですか。」
ロマリアうぜええええええええええええええ!!!と心の中で叫んだ。
カズハット隊長がやれやれと言った顔をしているところを見ると声には出なかったが顔にはそう言った心の叫びが出てしまったのだろう。
「そういうことで、ケーニッヒ!テル!ハーメルデルク!今日ここで見た聞きし、体験したことは今後口に出すことを禁止する!いいな!!」
「「「はっ!絶対に今後このことは口に出しません!」」」
「ただし、今回のことを聞かれて頑なに無言で貫くな!今回のことはヴァルムロート様が銃の性能を見たいと言って行い、その結果は散々なものだった。と言っておけ!」
「「「はっ!」」」
「すみません。なんかとんでもないことになってしまって・・・」
俺はこんな大事に巻き込んでしまった3人にぺこりと頭を下げた。
「いえ、私達だけでなく兵の皆、ヴァルムロート様のことをお慕いしていますからこんなことどうということはないですよ!」
「その通りです!この秘密は墓まで持っていきます!」
「ブリミル教の権威を振りかざしているだけロマリアの連中にうちの若旦那を渡すことなんて絶対にあり得ないことですから!」
「ケーニッヒさん、テルさん、ハーメルデルクさん、ありがとうございます!」
「・・・よし、今日はもう解散だ!お前達は戻って休め。」
「「「はっ!」」」
ケーニッヒさん達3人は駆け足で兵舎の方に走っていき、俺と先生が残された。
「先生は兵舎に戻らなくてもいいのですか?」
「ええ、これからこのことを旦那様に報告しに行くますので・・・ところでヴァルムロート様。少しお聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」
「何ですか?」
俺はこのあとカズハット隊長と2、3言葉を交わした後部屋に戻った。
「それでヴァルムロートの様子はどうだった?今日銃を見せたのだろ?」
「旦那様、危うく・・・いや、もう出来たか。ヴァルムロート様は最強のメイジ殺しを作られてしまいました。」
「何!銃はおもちゃ同然の代物ではなかったのか!?なぜそれがいきなり最強のメイジ殺しになるんだ?説明しろ、シュバルツ!」
「はい。・・・
——カズハットは今日の出来事の顛末を語った——
・・・ということです。」
「そのようなことがあったのか。我が息子ながら末恐ろしい。」
「いえ、旦那様驚くのはそこだけではありません。」
「何!まだ何かあるのか!?」
「はい。他の3人と分かれた後、ヴァルムロート様と一緒に御屋敷に戻ってきたのですが、その時に・・・
「今回の銃の改造はどのように思いついたのですか?よければ教えて頂きたいのですが。」
「・・・えっ?」
「教えては頂けないのですか?」
「え~と・・・そう!コマ!」
「コマ、ですか?コマがどうかしたのですか?」
「コマって回っている時は倒れずに安定していますよね。それで同じように銃の弾に回転させればせめて真っ直ぐ飛ぶかな?と考えたんです。ここまですごくなるとは思いませんでしたけど。」
「うーん、分かるような分からない様な。しかし、他の人ではコマの回転を銃の弾に応用しようと考える者はいないでしょう。・・・ちなみに他にも何か考えたことはありますか?」
「銃についてですか?」
「はい。」
「いえ、ない・・・ですね。」
「そうですか、分かりました。」
——ここで私は旦那様に報告するべく踵を返して部屋に向かおうとヴァルムロート様から離れたのですがすぐに何か言っているのを耳にしたのでその場に留まりました。すると——
「・・・まず、今着火に火縄を使っているのでそれを火打石に変えることかな?そうしたら、いちいち縄に火を付けなくて済むし。」
「次に今の銃は前から火薬や弾を入れるから、それを後ろから入れられるようにしたら連射速度がかなり早くなる、かな?」
「ただその場合だと今の押し込んで弾を固定することが出来なくなるから、火薬と弾を1つの燃えやすいもの・・・例えば、紙で包むとかしたらいいかも。しかもこれなら携帯性をも向上させることができると思う。」
「あ、火薬と弾を1つにするんだったらいっそ弾の中に小さな火打ち石でも仕込んで後ろから強く叩くことで発射するようになればいいかも!」
「それだったらいまの引き金連動じゃダメだな。むしろ引き金を引いたら一気に叩きつけるようにバネを付けよう!」
「長距離から狙うんだったら肉眼じゃきついから、なにかマジックアイテムで『遠見』を再現させて・・・」
「あの・・・ヴァルムロート様、少しいいですか?」
「え?まだ、そこにいたんですか!?」
「ヴァルムロート様、そのことは絶対に・・・絶対に!他の者には公言しないで下さい!いいですね!」
「はい!わ、分かりました!」
・・・と、言うことがありまして、ヴァルムロート様にはまだまだ銃を強化できる案をポンポンと出しておられました。」
「ザイティーズ、その話他の者に聞かれなかっただろうな?」
「はい。『ディテクトマジック』を周囲にかけて人がいないか常に探っていたので大丈夫です。」
「そうか。・・・しかしヴァルムロートにはいつも驚かされるな。」
「ええ、そうですね。もしかしたらハルケギニア一の神童かもしれませんね。」
「ふふ、ザイティーズよ。鳶が鷹を産んだ、とでも言いたいのか?」
「いえ、旦那様も鷹でございます。」
「ふ、まあいい。今後もヴァルムロートが何かやりそうな時はなるべくフォローしてくれ。」
「はっ!了解しました!」
ヴァルムロート自室にて、
「今日の銃の件はやりすぎたかもな。それにしても異端審判とか、マジ勘弁だよ・・・あれって地球の魔女狩りと同じで受けたら最後、死あるのみだろ?」
「カズハット隊長が銃の改造に対して聞いてきたときにとっさにコマって答えたけど、コマもジャイロ効果で安定しているわけだしあながち間違えでもないよな。」
「それにカズハット隊長がてっきりどっか行ったと思って、独り言言ってたらみごとに聞かれたのはまずかったよな。独り言は控えた方がいいのかもしれないな・・・」
「銃が現状維持なら戦闘で使えたらな~とか考えていたことは無しになったかな。ちょっともったいないような、これで良かったような。・・・まあ、どう考えても『トランザム』と相性悪すぎだよな。『トランザム』の火で火薬がボン!だよ・・・はぁ。」
「でも、今回のでハルケギニアの銃がどんなものか大体分かったな。原作までにそこまで進歩しないだろうし、あまり恐れるものではないな!」
「・・・あ。また独り言言ってたよ。癖なのかな・・・」