38話 ハルケギニアに刑務所はあるのか?
——俺がヴァリエール家に行く数日前の夜
「キュルケ、いいかしら?」
食事を終えて部屋に戻ろうとするキュルケを母さんが呼び止めた。
「お母様、どうかしたの?」
「大事な話があるの、お父さんの書斎にいらっしゃい。」
「え?ええ、分かりましたわ。」
俺に用事があれば一緒に呼ばれるはずだと思った俺はキュルケにお休みの挨拶をして自分の部屋に戻り、キュルケは母さんと一緒に父さんの書斎に向かった。
この時の俺はどうしてキュルケだけ呼ばれて俺が呼ばれなかったのか、その意味をよく考えていなかった。
「お父さん、キュルケを連れて来たわ。入るわね。」
「ああ、いいぞ。」
「失礼します。・・・あら、お母様達にお姉様達まで一体どうしたの?」
「ああ、大事な話があるんだ。キュルケ、お前にとってな・・・」
「私にとって?・・・あら、ダーリンはいないのね。」
「まあな、これはヴァルムロートを驚かしてやろうというのも含まれいるからな。」
「ダーリンを驚かす?・・・お父様、一体なにをするおつもりなのですか?」
「それを今から話す。だがな、初めにこれだけは聞いておくぞ。」
「何かしら?」
「キュルケ、お前・・・ヴァルムロートのこと、本当に好きか?愛している、と言えるか?どんな困難があってもヴァルムロートと一緒にいると言えるか?」
「お父様・・・そんなものはいまさらですわ!私の心はダーリンのことを考えるだけでこれ以上ない位燃え上がるわ!どんな困難があっても私とダーリンがいればなんでもないわ!」
「・・・そうか。それを聞いて私も決心したよ。」
「「「あなた・・・」」」
「「「お父様・・・」」」
「何?このことを聞くためにここに呼んだの?」
「いや違うぞ。・・・では、キュルケをここに呼んだ理由を話そう。心して聞いてくれ。」
「え、ええ。分かったわ!」
俺がヴァリエール家に行く日になった。銃も見せてもらったので——思わぬところで魔法と感情について考えさせられることも起こったが——、とりあえず心置きなくヴァリエール家に行けるというものだ。
家の前には馬二頭が繋がれた馬車が止まっており、今回これに乗ってヴァリエール家に行くのは俺1人だ。
俺の出発に家族皆と家のメイドさんがお見送りに来てくれている。
「では、父さん、母さん達、姉さん達そしてキュルケ。行ってきます。」
「うむ。気を付けて行けよ。」
「あちらに失礼が無いようにね。」
「体に気を付けてね。」
「ちゃんと寝るのよ。」
「しっかりね。」
「烈風を怒らせないようにね~。」
「お土産よろしく。」
「頑張ってね、ダーリン!」
最後にそう言ってキュルケが笑顔で手を振っていた。
ちょっと前までは「私も行こうかしら・・・」と言っていたが、ここ数日はそう言うことも無かったのでてっきり急に「私も行くわ!」とか言うかと思って身構えていたが杞憂だったと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、行ってきまーす!」
「「「「「「「「いってらっしゃーい!」」」」」」」」
こうして俺は皆に見送られてヴァリエール家に向けて出発した。
キュルケの異様にニコニコした笑顔だったのが印象的だったが、その笑顔に裏があるなんて微塵も疑わなかった。
「行っちゃったわね、ヴァル。」
「ああ、あいつはしっかりしているし、大丈夫だろう。・・・では私達も支度を始めよう。」
「ええ、こっちもいろいろしないといけないわね。」
「でも、このことを教えるのをなぜ魔法学院の入学の前なの?もっと早く出来るのに。」
「お父様が考えるにはヴァルの入学祝いみたいなものなんですって。まあ、学院には、ね。」
「ああ、なるほど・・・」
「ふふふ・・・待っててね。ダーリン!」
一人旅——馬車の操手はいるので厳密には一人旅ではないが——で暇を持て余しながら、俺は約四日かけてヴァリエール家に到着した。
その暇だった間に出発前に行った事について考えを巡らせてみた。
まず、魔法と感情についてだがこれはその時も思っていたがなんだかんだ言っても平常時が一番効率がいいと思う。
例と言うわけではないが、例えるならばドラゴンボールのセル編においてスーパーサイヤ人だ。
スーパーサイヤ人を越えようと模索していたときの形態として筋肉が膨大してパワーが上がるがその反面、スピードが落ちたり、エネルギー消費も大きくなったりで結局は普通のスーパーサイヤ人の状態が一番いいと判断したようなものだ。
まあ、結果でいえばスーパーサイヤ人を超えたスーパーサイヤ人2が出ちゃうんだけど、それはこっちでいうところのランクが上がったということと同じものだろう。
次に銃についてだが、銃身に螺旋の溝を入れただけであれだけの性能向上が見られたのは運良く理想的な螺旋を描けていたからだろう。
火薬とトランザムとの相性の問題から俺が銃を扱うことはないだろうが、平民出の兵士に持たせればかなりの脅威になるだろうと考えたが・・・そう簡単にいくようなものでもないようだ。
後でハーメルデルクさんに聞いたところ、『錬金』で全く同じものを作ることは難しい——人が行うことなので全く同じことをするのは無理ということなのだろう——ということで仮に大量の銃に『錬金』で“同じように”溝を入れたとしても多くの不良品が出るだろうということだった。
銃における不良品でちゃんと弾が発射されないと最悪の場合、暴発ということもありえるので銃の加工はしない方が無難だという結果に至った。
因みにあの成功した銃を基に型を作ってそれで大量生産することはできないかと思ったが、細かい加工を魔法で行っているせいか、この世界の金属の加工技術はさほど高くないらしいので無理だろうということも言っていた。
銃に代わる俺にも扱える飛び道具はないものかと思考を巡らせたが、いまいちピンとくるものはなかった。
ヴァリエール家では公爵やカリーヌさん、カトレアさんにルイズ、多数のメイドが俺の到着を待ってくれていた。
俺が馬車から降りると公爵が近づいてきたので握手を交わした。
「おお、来てくれたか。待っていたぞ、ヴァルムロート君。」
「いらっしゃい、ヴァルムロートさん。今日は家でゆっくりされるのかしら?」
「ご無沙汰しています、ヴァリエール公爵様、カリーヌ様。今日からお世話になります。」
「いやいや、こちらこそよろしく頼むよ。ヴァルムロート君の部屋は用意している。いま案内させよう。」
「ありがとうございます。」
長旅で疲れているだろうという公爵の心遣いから挨拶もそこそこで終わりになったのでカトレアさんやルイズとは二、三再開の言葉を交わすだけとなった。
それからヴァリエール公爵が呼んだメイドさんに部屋まで案内してくれた。
出迎えてくれたときにエレオノールさんがいなかったのは王立魔法研究所で働いている為に家にいなかったからで俺が嫌いなわけではない・・・はず。
「こちらが本日からツェルプストー様のお部屋になります。何か御用がございましたら、近くの者に仰ってください。すぐにお伺いします。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「・・・え!?」
俺はメイドさんに部屋まで案内してくれたことに“普段通り”にお礼を言うと一瞬何やら驚いた顔をした。
すぐに平静を取り繕っていたがどこか初めてのものをみているようなそんな印象を受ける目をこちらに向けていた。
「え?何か変なこと言いました?」
「いいえ!もったいないお言葉です!・・・に、荷物は他の者が部屋に運んでおり、すでにクローゼットの中に入れているのでご確認下さい!」
「はい、分かりました。」
俺が何か変なことを言ったのかと思って尋ねたが答えは得られなかった。
俺が話かけたせいかメイドさんの動きが妙に硬くなっているように見えた。
メイドさんが開けてくれたドアの隙間から部屋の中を見ると、確かに俺が持ってきた荷物が部屋の壁際に置いてあったので中のものはその近くのクローゼットの中にあるのだろう。
「そ、それでは食事のお時間まで時間があるので、そ、それまでお部屋でおくつろぎ下さい!お時間になりましたら御呼びに参りますっ!」
「ええ、お願いします。」
すでに何回か来ているのでこの部屋が初めてでも食堂がどこにあるのか位分かるが、勝手に移動するとメイドさんに迷惑がかかりそうなので呼びに来るまで部屋でじっとしていることにした。
「で、では何か御用が御座いましたら机の上に置いてあるベルを鳴らしてください!し、失礼しましたっ!」
メイドさんはギクシャクしながら来た道を戻っていった。
もしかしたら客人のもてなしを行うのが初めてで緊張していたのかもしれないと俺は思った。
因みに机の上に置いてあるベルはどうやらマジックアイテムのようで一つのベルを鳴らすと対になっているもう一つのベルが離れたところで鳴る仕組みなのだろう。
うっかり鳴らしてしまって、メイドさんが飛んできたのは悪いことをしてしまったと思った。
少し仮眠をとると、すぐに食事の時間になっていた。
メイドさんに連れられて行った食堂にはすでに公爵とカリーヌさん、カトレアさん、ルイズがいた。
俺の席はどうやら誕生席に座っている公爵とルイズの間でカリーヌさんの前の席らしい・・・別に端っこで良かったのに、と少し思った。
「お待たせさせた様ですみません。」
「いやいや、皆今集まったところだ。気にすることは無い。」
「皆?エレオノールさんはいないのですか?」
食事を始めようとする公爵に俺はエレオノールさんのことを念のため尋ねてみると、カトレアさんがそれに応えてくれた。
「ヴァルムロートさんが来て下さるのはいつも私の誕生会でしょう。お姉様はいつもはトリスタニアの王立魔法研究所に勤めていてなかなか帰って来ないのよ。」
この言葉を聞いて俺が嫌いだから王立研究所から帰ってきていないわけではないということが分かり、ほっと胸を撫で下ろした。
そんな俺とは対照的に心中穏やかではないといった様子なのがカリーヌさんだった。
「エレオノールにも困ったものね。研究ばっかりでヴァリエール家の長女としての自覚はあるのかしら?この間だって・・・」
「そういうな、カリーヌ。エレオノールだって頑張っているのだよ。」
「・・・ルイズ、エレオノールさんがどうかしたの?」
俺はルイズの方に少し体を傾けて、小声でどういったことがあったのかルイズに尋ねてみた。
すると、ルイズも少しこちらに体を傾けて小声で答えてくれた。
「・・・エレオノールお姉様、また、お付き合いしていた男性に逃げられたみたいなのよ。というか、ヴァルムロート、あなた何しに家に来たの?お父様達は仕事って誤魔化してるけど。」
「そうだな・・・まあ、確かに仕事みたなものかな。しばらくの間ここにお世話になるから、よろしくな。あ、でも昼間はほとんど屋敷にはいないと思うから。」
「昼間ほとんどいないって、どんな仕事なんだか・・・まあいいわ。お父様達が許可しているんだもの、私がとやかく言えないわよ。」
「カトレアさんもこれからしばらくの間、よろしくお願いします。」
「ええ!よろしくお願いします、ヴァルムロートさん。ふふ、なんだか楽しくなりそうね!」
「ヴァルムロート・・・長期滞在だからってちぃ姉さまに何かしたら、承知しないわよ!」
「なにもしないって!」
ルイズのせいで少しピンクな妄想をしそうになったがそれの行きつく果てがカリーヌさんによってもたらされる死だと直観的に感じたので、頭を振って妄想を消し飛ばした。
そんな俺とルイズのやり取りをカトレアさんは微笑ましそうに見ていた。
次の日の朝、メイドさんに起こされた。
俺を起こした流れで着替えを手伝おうとしてきたので丁重にお断りし、寝巻の洗濯をお願いした。
そのメイドさんが出ていくと、別のメイドさんが入ってきて、公爵が呼んでいると教えてくれた。
呼びに来てくれたメイドさんに案内されて公爵の書斎へとやって来た。
メイドさんはコンコンコンと三回ドアを叩いてから部屋の中に声をかけた。
「旦那様、ツェルプストー様をお連れしました。」
「うむ。」
「それでは、ツェルプストー様。どうぞ。」
「ありがとうございます。・・・失礼します。」
メイドさんが開けてくれたドアから俺は部屋の中に入った。
「朝早くからすまないな、ヴァルムロート君。例の件の話なんだが、今日から始めるのかね?」
「そうですね。早い方が良いのですが、その前にその場所を案内してもらってもいいですか?それとカトレアさんの手術に参加するメイジをヴァリエール公爵様にあと2人ほど今日中に選んで欲しいのですが、お願いできますか?」
「なかなか急だな。その者達にも例の件を一緒に行うのか?」
「はい。いきなり本番では戸惑うことも多いでしょうし。」
「分かった。例の場所にはミス・ネートに案内してもらえるようにこちらから言っておこう。出発は、そうだな・・・昼食後でいいかな?」
「ええ、それで構いません。ちなみにその場所は遠いのですか?」
「そうだな。馬を30分ほど走らせた森の中にあるぞ。」
「そうですか。遠かったらあちらに泊まりこみしないといけないかな、と考えていました。」
「そうか、余計な心配をかけさせたようだな。」
「いえいえ、それではヴァリエール公爵様はお仕事があると思うので、これで失礼します。」
「ああ、こちらから呼んだのにすまないな。では、私はこれからあと2人をだれにするか考えるとしよう。」
昼食を食べ終わって、カトレアさんやルイズと食後のお茶を飲んでいるとメイドさんがやってきた。
「ツェルプストー様、お茶のところ失礼します。ネート様が玄関にてお待ちになっています。」
「準備が出来たんですね。分かりました。・・・カトレアさん、お茶の途中ですけど仕事の準備が出来たようなので僕は行きますね。すみません。また時間がある時においしいパイを御馳走してください。」
「ええ、その時は腕によりをかけて作りますね。」
「もうヴァルムロートの仕事って何なのかしら?ちぃ姉さまとのお茶の時間を中断させるなんて。・・・あ、ちぃ姉さま、パイを作るのならクックベリーパイにして下さいね。」
「ええ、分かったわ、ルイズ。」
「では、失礼します。」
「ええ、行ってらっしゃい。」
「まあ、また誘ってあげてもいいわよ。」
玄関に行くとミス・ネートが待っていた。
その傍らには馬が二頭おり、これに乗って目的の場所までいくのだろう。
「すみません、ミス・ネート。お待たせしてしまって。」
「いえ、では早速行きましょうか。」
「はい。お願いします。」
ヴァリエール家を出てすぐに森に入る道があり、そこから30分位馬を走らせるといきなり森の中に白いレンガでつくられた砦のような建物が現れた。
砦といっても大きさ自体は二階建ての横30メイル、奥行き10メイル位の小さ目のものだが。
「ここ、ですか?」
「はい。ここです。」
「なんかすごい建物ですね。まるで砦ですよ。」
「いえ、まるでも何もこれは砦としても利用可能ですよ。」
「え、そんなに立派な建物じゃなくてもいいようなものなのに・・・」
「ここは元々処刑されるはずの罪人達がいるのですから、それなりの建物でないといけないでしょう。」
それを聞いた俺はこの建物は刑務所なのだなと思った。
ついでにハルケギニアには城とかの地下に牢屋とかはありそうだけど、刑務所のようなものはあるのだろうかと疑問に思い、同時に罪人はどっかの鉱山で強制労働とかされるのだろうか、という漫画とかでよくある展開を思い浮かべた。
「・・・そういわれれば、そうですね。」
なんて話しているうちに建物の前に着いた。入口の所には門番であろう兵士がいる。
「これはネート様。後ろの方はどなたですか?」
「この方が今回の発案者ヴァルムロート・シュテルン・フリードリヒ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーだ。」
「おお、あなたがそうですか。これからよろしくお願い致します。」
ここを守備している兵士も普段ならばヴァリエール家の方を守っている人たちだと思うと、わざわざこんな罪人のいるところを守る役割とかさせて、すみません!という気持ちと同時にわざわざこんなところを守って頂き、ありがとうございます!という感謝の気持ちを持った。
馬に乗っていて上からで失礼かと思ったが、挨拶しない方が失礼だと思い、ぺこりと頭を下げた。
「ど、どうも。ご苦労様です!これからよろしくお願いします!」
「それでは中を案内します。」
俺とミス・ネートは馬を建物の外にある簡易の馬小屋に繋いでから中に入った。
建物に入る前にミス・ネートに簡単に案内してもらうことにした。
「この建物は地上2階、地下2階の構造になっています。1階は実験をするための部屋と門にいたの衛兵の部屋、そして簡単ではありますがキッチンとそこで働くコックの部屋があります。2階は会議に使える部屋と衛兵とは別の私達の仮眠室がこちらにあります。そして地下1階と2階に罪人がいます。」
大体の説明を聞いた後、この施設の一番重要な罪人がいるという地下がどのようなものか尋ねた。
「罪人がいるところはどんな感じですか?」
「そうですね・・・普通の牢屋と同じでしょうか。」
「それはあまりきれいではない、ということですか?」
「ええ、そう言うことにありますね。掃除とかもしませんし。」
掃除をしていないということはこのトイレもちゃんと整備されていない世界では壊滅的に衛生環境が悪いのだろう。
その状態で実験しても衛生環境が悪いせいで実験で行うこととは別の病気やそれによる体力の低下などであまりいい結果が得られないかもしれないと考え、せめてある程度の頻度で掃除位はして欲しいなと思い、そのことをミス・ネートに言った。
「罪人自身に掃除させましょうか?・・・それともメイド?」
「メイドは・・・いえ、相手は罪人、危険ですね。そうすると罪人にさせるのが良いのですかね。・・・しかし、素直に掃除するでしょうか?」
罰する為、率直に言うと殺される為にここに集められたと思っている罪人が集めた側に「掃除しろ!」と言われて素直に聞くとも思えなかった。
「そうですよね。魔法で脅せばある程度はやってくれないですかね?」
「それはどうでしょう?」
「う~ん・・・『スリープクラウド』で眠らせている間にささっと掃除してもらえばいいのではないですか?これならメイドさんにも頼めるし。」
「なるほど、分かりました。後でヴァリエール公爵様に進言しておきます。」
「あ、食事の方はどうなんですか?やっぱり臭い飯、ですか?」
これを聞いたのも先ほどの衛生管理と同じような問題で、ちゃんとした栄養がないと治療経過を見る為の治るものも治らないと考えたからだった。
「そうですね。さすがに腐ってはいませんが、やはりあまりいいものは出せませんね。」
やはり聞いてよかったと思った。
食事のグレードは貴族レベルにする必要はないが最低限のカロリーを取ってもらわないといけないのでせめて平民レベルにしてもらうように提案した。
「そうですか。せめて平民が普段食べているもの位にならないですか?」
「そのくらいでしたらなんとかなるかもしれませんね。これも進言しておきます。」
「お願いします。」
このあと実際に各部屋を見て回った。
1階には手術室が1部屋、主にここに来るようになるだろう。それと衛兵の部屋と小さいがモノはある程度揃っているキッチンがあり、ここに数人のコックが働いていた。ここで衛兵の食事や地下の罪人の食事を作っているのだろう。
2階は少し大きめの会議室とベットが置いてある部屋がいくつかあり、ついでにベランダみたいに外にでれるところがあったりした。
地下は軽く見た程度だが、薄暗くてゲームに出てくるような感じの牢屋だった。
そして少ししか地下にいなかったのにこれまでの人生(前世も含め)とそしてこれからの人生でここまで罵倒されることは無いだろうと思える位に罵倒されまくった。
地下から出た時にミス・ネートに心配された。どうやら結構堪えたようだった。
「気にすることはありませんよ。あんなの罪人の戯言ですよ。」
「そうかもしれませんが、これから彼等に行うことを考えると否定はしきれなくて・・・ああ、世界の悪意が見えるようだよ。」
「彼等は世界のはみ出し者です。悪意の塊のようなものですから、そう見えても不思議ではありませんが。何度も言うようですが、気にしない方がいいですよ。」
「・・・そうですね。気にしないようにします。」
ヴァリエール家に戻り、施設に行ってきた報告を公爵に行う為に書斎へと向かった。
俺が訪ねると公爵は先程まで仕事を行っていただろう資料を一旦脇に置いて、俺に話しかけた。
「ヴァルムロート君、あそこに行ったのだろ。どうだったかね?」
「はい。僕が思っていたよりも立派な建物でした。」
「そうかそうか。こちらもメイジを二人選んでおいたぞ。」
「ありがとうございます。早速明日、前選んで頂いたメイジの人とその二人を連れて、実験に取りかかりたいと思います。」
「そうか。分かった。・・・で、最初は何をするんだ?」
「最初は彼等の身体能力を測定したいと思います。そしてそののち実験を開始します。」
「どうしていきなり実験をしないんだ?」
「この実験はカトレアさんの手術の為の実験です。カトレアさんの手術は空気を取り入れる部分をある程度切除しないといけないかもしれません。この部分は体にとって非常に大切な所なのです。このことはネズミを使った前実験で少しは分かっています。」
俺は家で行った動物実験を基に話をした・・・マウスレベルの、だが。
もちろん、肺がないと酸素を体内に取り込めない、というのは前世ですでに知っているというのは内緒だ。
「うむ、それでまず健康なときの状態とその部分をいくらか切り取った後で比べて影響がどれくらいあるかを調べるということだな。」
「はい。最悪の場合、命の危険は無くなってもそれまでと同じようにあまり活発に動けないこともあるかもしれませんし、そこがどうなるかを調べたいと思います。」
「そうか、カトレアの為にも頑張ってくれ。」
「はい!」
次の日、玄関にミス・ネートとあと3人いた。あの人たちが今回手術を手伝ってくれる人達だろう。
「おはようございます。ミス・ネートこの方達はどなたですか?」
「ヴァルムロートさん、おはようございます。この子たちが手術を手伝ってくれるようですよ。」
「そうですか。僕はヴァルムロート・シュテルン・フリードリヒ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと言います。よろしくお願いします。僕のことはヴァルムロートと呼んでください。」
「はじめまして、ヴァルムロートさん。私はイネス・フレサンジュ、土メイジです。旦那様に言われてカトレア様の心臓の動きを見ていました。」
「あなたがそうでしたか、今日から実験にも付いてきて頂きたいのですが、大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。」
「はじめまして、私はロザミー・ヴィオレ・ル・ネートです。姉がここで働きだしたのでその伝手を頼ってきました。あ、水のメイジで回復魔法は得意ですよ。」
「ネートで姉ってことは・・・ミス・ネート?」
「ええ、私の妹なんです。ここに来るまで私って特定の所に長居しなかったので、それまでは妹も私に付いてくるのは諦めていたみたいなんですが、今回のことで私がここにいると知って来たようなんです。でも、私が言うのもなんですがこの子も回復魔法はなかなかなものですよ。」
「姉さんはそろそろ結婚した方がいいのになかなかしないから、私が急かしに来たんです。まあ、私も公爵家ならいい所の三男、四男位はいるかな?と思っていますけどね。あ、これ内緒にしててくださいね。」
ミス・ネートに聞こえないように小声でそう話すミス・ネート(妹)だが、その話は確かに姉には言えないなと思った。・・・言ったら「大きなお世話よ!」とか言いそうだしな。
「あはは、お願いしますね。同じミス・ネートなのであなたはミス・ロザミーと呼ばせて頂きますね。」
「はじめまして、私はセシール・フェア・ル・ロワと言います。水の系統魔法を得意としています。これからよろしくお願いしますね。」
「よろしくお願いします。皆さんのことはイネスさん、ロザミーさん、セシールさんとお呼びしても構いませんか?」
「「「はい。大丈夫です。」」」
「では、行きましょうか。」
「それでヴァルムロートさん。今日から始めるのですけど何から行うのですか?」
「最初は罪人たちの身体能力の測定を行いたいと思います。これは実験前と後で行うことでその実験がどのくらい体に影響を及ぼしたのかを大体ですが知ることが出来ると思います。」
「なるほど。・・・どうやって、身体能力を量るのですか?」
「ああ、それなんですけど。僕達が1人の罪人に数人付いて森の中を走ってもらい、倒れるもしくは走れなくなるときまでの時間をその人の身体能力の基準とします。」
「・・・結構大変ですね。どうやって罪人を追うのですか?馬ですか?」
「馬でも構いませんが、森の中なので馬では厳しいと思います。ですから『フライ』で追尾し、休憩しそうになったら魔法を放って休ませないようにして下さい。あ、でも体に当てないぎりぎりか怪我しないくらいでお願いしますね。相手は罪人なので油断はいないようにして下さい。」
「「「「分かりました。」」」」
それから俺達の地味で気が遠くなるなるような日々が続いた。
罪人は逃げれると思ったのか、結構走る。そのせいか俺が思ったよりも体力が持った。
どうやらミス・ネートが事前に罪人に逃げ切れたら、そのままどこかへ行ってもいいとか煽っていたようだ。
結局30人いる罪人全ての測定が終わるのに10日掛かってしまった。
・・・実験の為の準備は時間がかかるものだな。前世も今世も。
<次回予告>
カトレアの治療の為の実験がとうとう幕を開ける。
そして、ヴァルムロートが薄々覚悟していた時が訪れる・・・
第39話『初めての』
ゴールデンウイークがあるので、5/11頃の更新を目指して頑張ります。