39話 初めての
「では、今日から人体実験を始めたいと思います。」
ここはヴァリエール家が用意してくれた施設の2階にある会議室だ。
今この部屋にはミス・ネート、ロザミーさん、イネスさん、セシールさんと俺の5人がいる。
「ヴァルムロートさん、人体実験って公爵様から聞いていましたが、何を行うのですか?」
「人体実験で行うことを簡単に言うとまず体の構造を知ること、次にカトレアさんは空気が入る部分に病気があるのでその部分についていろいろ調べます。そして最後に実際カトレアさんに行う手術の練習、となります。最後の方に行う手術の練習では手術の半年から1年後の経過観察を行います。」
「はい!質問です!」と言って、ロザミーさんが右手に持った杖を掲げた。
「なんですか?ロザミーさん?」
「体の構造を知るとはどういうことですか?」
「これはまず体を開いて、体のどの部分が体にとってどんな働きをしているかということを知ることから始めるということです。しかし、全て調べるには膨大な時間や費用などが必要なので今回はカトレアさんの治療に必要な部分だけを調べたいと考えています。」
魔法により大抵の怪我や病気が治ってしまうハルケギニアにおいて医学というものは民間レベルで多少ある程度でほとんど発達していないのが現状だ。
腕が切れてもそこにある血管や筋肉、神経の位置などは気にせずとも魔法がいい感じでほぼ自動で治してくれる。
胃や腸管、肝臓などのさまざまな臓器のあるお腹が痛むときでも飲む用の秘薬と『ヒーリング』で詳しい場所が分からなくてもどうにかなる。
しかし『ヒーリング』の効果が体が本来持っている自己回復力や免疫力を強化・増進していると俺は予測している。
事実、カトレアさんのように先天性の病気のように魔法が効かない体の異変があったようだし、それに貴族の平均寿命も約60歳と平民——平民の平均寿命は50歳程度らしい——と比べると高いがそれでも魔法でどんな病気でも治せるのなら低く感じる。
便利だが万能ではない魔法をロマリアに目を着けられない程度で俺の知る知識で改良できるならしていっているから——自分基準なので本当に目を着けられていないのか心配だが——、今回は治療には『ヒーリング』という魔法しかない世界に一度体を傷つける“外科手術”という未知のものを組み合わせるのだ。
・・・前世の知識がなければ、こういうことは思いもつかなかっただろうな。
因みに貴族の平均寿命が60歳なのは戦死とかもあるのだろうが、医食同源という概念がなく、財力に任せて暴飲暴食を繰り返しているので恐らく日本でも三大生活習慣病として挙げられる“癌”“脳血管疾患”“心臓病”による死因が多いのだと思う。
起こったらぽっくりいっちゃいそうな脳血管疾患と心臓病と違って、じわじわ進行する癌は魔法による治療を試みられるだろうがもともと正常な細胞が癌化して無秩序に増殖して周りの細胞や組織に悪影響を与えるものなので、“体が本来持っている自己回復力や免疫力を強化・増進している”『ヒーリング』では治せないだろう。
どんな癌が多いかって?
それは分からないが胃癌・小腸癌・大腸癌と後は肝臓癌とかだろうか?
「どの罪人で行うのですか?カトレア様の手術のための実験なのですから、女性ですか?」
「セシールさん、女性は人数が少ないのでもっと重要なことに使うべきではなくて?私がいままでに『ディテクトマジック』で“診る”かぎり体の中の構造はほぼ同じだったわ。だから人数の多い男性にするべきではないかしら?どう思われます?ヴァルムロートさん。」
俺が現在のハルケギニアの医学と貴族の死因について考察している間にも今日のことについての話が着々と進んでいく。
その話を聞きながら、ヴァリエール公爵は実に優秀なメイジをつけてくれたと感謝した。
イネスさんお意見に他の三人が「なるほど」と頷いていた。
話がまとまったようなので初めからそのつもりだった——男女の違いが多少あるが肺に関して言えばそう違わないし、それに女性の被験者の数が少ないという問題もある——が、その話に乗っかることにした。
「そうですね、イネスさんの言うとおりここは男性でいきましょう。」
「ヴァルムロートさん、『ディテクトマジック』で“診る”ことが出来るのなら、わざわざ体を開く必要はないのでは?」
“診える”のだから“見る”必要はあるのか、というこの魔法がある世界ではある意味もっともな意見だ。
だが、もっともすぎるので返答はすでに考えていたものを言葉に発するだけだった。
「確かに『ディテクトマジック』で“診る”ことは出来ますが、実際に“見た”方が今後魔法を使う際にイメージしやすいでしょうし、本番の手術でも体をある程度開くことになるので慣れておくという意味合いもあります。」
「なるほど、場数を踏もうということですね。」
「はい。そういうことですね。」
そんな風になんでもないように返事をしたが、実の所人の解剖シーンを初めて生で見たら下手したら自分が気絶するかもしれないという懸念があった。
家での経験で動物を捌くのは平気になったが、それと人を解剖するというのとはまた別の話だと思っていたからだ。
「はい!空気が入る部分について“いろいろ”調べるの“いろいろ”って何ですか?」
「それはですね。この空気が入る部分を仮に“肺”と名付けて、この肺をどのくらい切除するとどのくらい体に影響が出るのかや、肺に穴が開くとどうなるのか、ということをすでにネズミを使った前実験で行ったのですがそれが人間になるとどうなるのかを調べたいと思います。」
「はぁ、ヴァルムロートさんはネズミを使ってすでにある程度調べているのですね。」
そう言って褒めてくれているが、俺のやったことは前世の知識の確認作業のようなものでしかない。
むしろこの世界にとっては海とも山ともしれないことに付き合ってくれる——公爵からの命令では拒否できなかったというのもあるかもしれないが——貴方達の方が褒められる対象だと俺は思う。
「それにしても空気が入る部分の名前を“肺”と名付けるのですか、確かに呼びやすくはなりますね。」
いつまでも「空気の入る部分」では長ったらしくて言うのも面倒だからな。
何事もなく話を続けたが「なぜ肺という名前にしたのか?」と尋ねられるかと思って内心ドキドキしていたのは内緒だ。
なぜ肺というのか答えられないということもあり、もし尋ねられていたらその瞬間に目が泳いで言動もどこかぎこちなくなっていたことだろう。
「カトレア様に実際に行う手術の練習を行うのはいいのですが、どうして半年から1年後の経過観察を行うのですか?」
「それはですね、手術をしてもその後健康に生活出来なければ手術をした意味がないじゃないですよね。そこでとりあえず術後半年から1年の経過観察を行いたいと思いました。」
「確かに折角手術してもその後に最悪死んでしまったら意味が無いですね・・・」
「他にも何か質問があれば随時応えられるものには応えていきたいと思います。だた行うこと全てが初めてのことだと思うのでほとんど皆で考えていくことになると思いますが。」
「それでいいのではありませんか?」
「ヴァルムロートさん1人に全て押しつけるというのもいけないと思いますし。」
「そうね。皆で頑張りましょう!」
最年長であるミス・ネートがそう言って音頭を取ってくれた。
みんなの顔を見ると一人として嫌な顔をしている人はおらず、この人達とならきっとうまくいくと根拠のない想いが心に湧いた。
「それで、男性のどの罪人を連れて来ましょうか?」
「そうですね・・・では、身体機能が低い平民の男性にしましょう。あとこれからは“罪人”とう呼び方ではなく、“被験者”という呼び方で呼んで下さい。」
「「「「ヒケンシャ、ですか?」」」」
「ええ。いつまでも罪人と呼ぶのも良くないかなと思うので。」
「ええ、分かりました。これから人体実験をする罪人を“被験者”と呼ぶことにします。他の人もよろしいですか?」
「「「はい。」」」
俺達は汚れないように服の上から白色ではないが白衣を着、口は布で覆った。
地下の部屋から被験者を連れてくるのは『スリープクラウド』で眠らせて、『レビテーション』で実験室まで運んだ。
実験室の台の上に仰向けにして、『スリープクラウド』が解けた時の為に両手足を台に縛り付けた。
「ではこれから体を開きたいと思います。今回は観察する為なので胸の前面を開けますが、カトレアさんに行う時などの本番の手術では少ししか開けないので今回しっかり見ておいて下さい。」
「「「「分かりました。」」」」
「あの、どうしてカトレア様に行う時は少ししか開かないのですか?大きく開いた方が見やすくて作業もしやすいと思うのですが?」
「確かに大きく開いた方が見やすいですけど、それだけ体への負担も大きくなります。」
「つまり体への負担を少なくするために開く部分を狭めるとうことですね。」
「そういうことです。・・・では、始めます!」
そういうと俺はまず『ブレイド』で魔法の刃を3サント位出した。
『ディテクトマジック』で体を診て、俺から見て右の鎖骨の辺りから刃を慎重に入れていく。
俺は初めて人に対してこういうことをすることに緊張して少し手が震えていたが、一方で本当に『スリープクラウド』が効いていることにほっとしていた。
鎖骨の下には大きな動脈があるようなのでそれを傷つけないように肩の前位まで切り、そこから下に行って肺を切らないように肋骨を切断しながら横隔膜のところまで行った。
気が付くと俺はすごい手汗を掻いていたので、杖を落とさないように汗を白衣で拭い、杖を持ち直した。
そして横隔膜に沿って横に切り、横腹を上がりながら肋骨を切って、左の鎖骨にいき、ぐるっと1周切り終わった。
ミス・ネートに『レビテーション』で切った部分を持ち上げてもらい、まだ内側に付いている部分を削いでいった。
大きな出血はないもののあるのもはあるので秘薬を使わない弱い程度の『ヒーリング』により止血してもらった。
こうして胸の部分を開くことに成功した。
この日の為に家で動物の捌き方を教わり実戦してきたが、人の身体をこのように開くことを幾度となくシミュレートしていたとはいえ、自分でも上出来といえる手さばきだったと思いながら、まずは一段落とこれまで息を吐くのを忘れていたのかと思える程深く吐いた。
ここまで極度の緊張状態が続いていたので額に流れる汗が目に入りそうになっているのを慌てて白衣の袖でぬぐった。
「・・・ようやく開くことが出来ましたね。」
一息ついて、改めて解剖中の被験者の姿を見た。
首の所から気管とその下に食道、そして気管は2手に分かれて左右の肺に繋がり、中心より少し俺から見て右側に少し肺に隠れて心臓が脈打っているのが観察できた。
「ええ、しかし・・・」
「『ディテクトマジック』で“診る”ことは何度もありましたが、実際に“見る”となんというか・・・」
初めて体の中を見たであろうミス・ネートさん達四人はかなりの衝撃を受けているようだった。
もちろん、俺も本物を見たのは初めてなので彼女達よりも少ないがそれなりの衝撃を受けていた。
しばらく、驚きのあまり声が出ていない状態だったが「・・・すごいですね。」と誰かが声を発したことを機に皆が話始めた。
「お姉様、この真ん中で動いているのが心臓ですか?」
「え、ええ。恐らくそうよ。」
「この両側にある大きいものが肺ですか?」
俺は『レビテーション』で肺を浮かして観察しながらその問いに答えた。
「ええ、そうだと思います。人の肺はこちらから見て右が2つ、左が3つに分かれているようですね。ネズミとは違いますね。」
「お姉様、この被験者って本当に『スリープクラウド』が効いているのですか?ここまで体を開いたのだから、もう亡くなっているのではありませんか?」
彼女達の中で一番好奇心旺盛そうなロザミーさんがミス・ネートにそう尋ねていた。
すると、ミス・ネートは現在もドクンドクンと脈打っている心臓を杖で示した。
「でも、心臓はまだ動いているのだからまだ生きているでしょう。」
これまで黙って何か考えていたイネスさんが口を開いた。
「でもこの状態で魔法を解いたらどうなるのか知っておく必要はあるかもしれませんね。」
「・・・えっ!?」
俺は始めイネスさんの言葉は聞き間違いかと思ったが、イネスさんを見ると目が真剣そのものだったんで本気でそう言っているのだと分かった。
「それは確かに知っておく必要がありますね。」
「ちょ、イネスさん!?セシールさんまで!?」
とんでもないことを言い出したイネスさんに驚いているとセシールさんまでもがその意見に同意していた。
この二人を諌めてもらおうとミス・ネートの方を向くのと同時にミス・ネートの方から声がかかった。
ミス・ネートもこの二人の意見は危ないと判断したのだなと思ったが、次の瞬間にはその考えを打ち壊されていた。
「どうでしょうヴァルムロートさん。カトレア様の手術中に魔法が切れるというアクシデントが起こらないとは限りません。ここは試しに魔法を解いてみてるというのはいかがでしょうか?」
確かにミス・ネートの言うようにカトレアさんの時に魔法が絶対切れないという保証はない。
というか、そもそも『スリープクラウド』が何時間効き続けるか調べてもいなかったので、また一つやることが増えたなとぼんやり思った。
最年長はミス・ネートだがこの実験関連の最高責任者は俺なので——まあ、発案者が俺なので当然といえば当然なのだが——やるかやらないかの最終的な判断は俺が行わないといけない。
「・・・そうですね。これから手術の練習を行う中でそういうこともあるかも知れませんし、カトレアさんのときにもないとは言い切れませんね。」
「それでは。」
万が一、ということがあるし、その時の為に出来ることがあるなら経験をしておいた方がいいのは明白だ。
始めに彼女達に言った「場数を踏む」という言葉が今度は俺に降りかかっていた。
おそらく魔法を解いたら想像絶する痛みが被験者を襲うんだろうな、と思い、そして同時にこれからもっと酷いことを被験者達に行っていくのだから覚悟を決めないといけない!と考えた。
ここで覚悟を決めないといけないという事実に俺はなんて甘い考えでここまで来ていたのだろうと、自分に落胆した。
しかし、今、ここで落ち込んでいる暇はなかった。
俺は一度口の中の鍔を飲み込んでカラカラの喉を少し潤してから決断を絞り出した。
「・・・いいと思います。」
俺がそういうとミス・ネートは「分かりました」と言い、部屋に作りつけてある棚から一つの瓶を取り出した。
「それは?」
「これは『スリープクラウド』を強制的に解除する秘薬です。これを口に含ませれば、あっと言う間に起きますよ。」
ミス・ネートが持っている瓶の中身は気付け薬の1種のようだ。
恐らく室内の戦いにおいて不意に眠らされた仲間を起こすのに使うのかな、とゲームで行うことのように考えていた。
「そうですか。では、お願いします!」
ミス・ネートが被験者に秘薬を口に入れた瞬間、
「!!!・・・っ!!!・・・っ!!!」
被験者の目がこれ以上ない位開き、口を大きく開けて声にならない悲鳴を挙げた。
固定された手足をもげんばかりに動かしたので、固定している台座がギッギッと音を立てた。
心臓は先程までの規則正しい動きとは一転して破裂してしまうんじゃないかと思う位激しく脈を打ち始めた。
体も激しく動かしたのでその度に血が顔や白衣に飛び散った。
「「「っひ!」」」
被験者の行動に始めは驚き、そして次の瞬間には恐怖すら感じた。
俺達は皆一斉に被験者から距離を取っていた。
「ミ、ミス・ネート!早く!魔法を!」
「え、ええ!『スリープクラウド』!」
ミス・ネートが再度『スリープクラウド』をかけると、被験者は徐々に動きを弱めてまた静かに眠った。
被験者が再び眠りについていくのを見て少し冷静さを取り戻すと、この『スリープクラウド』という魔法は効果があるときは何をされても起きないという点からポケモンのうたうやさいみんじゅつのような眠らせる系の技のようだと思った。
「・・・驚いたぁ。」
「驚いたわね・・・途中で魔法が解けると、ああなるのね。」
「これは魔法の効いている時間も調べないといけませんわね。」
「そうですね!この次の実験は『スリープクラウド』の有効時間を調べることにしましょう!」
このことで『スリープクラウド』の効果時間の重要性は十二分に理解したので、先程までのぼんやりとした考えではなく、はっきりと正確に実験を行わなければいけないと考えを新たにした。
次の実験が決まったところで俺はふと被験者の顔を見た。
すると被験者の唇が紫色のようになってきて、呼吸も満足に出来ないようだった。
満足に呼吸が出来ずに酸素が不足しているのだと分かった。
「・・・まずいな!誰か風系統の魔法を!」
「どうしたのですか?」
「胸を開いたことで呼吸ができない状態になっているようです。それで風魔法で肺に直接空気を送りたいのですか、誰か使えませんか?」
「私は水専門ですから・・・風はちょっと。」
「私もです・・・」
「私は土だから風と相性が悪いので・・・」
「私も風は・・・」
ここに集まっているのはカトレアさんの治療の為に集められた人たちだ。
その為に『ディテクトマジック』が得意ということでここにいる土系統のイネスさんを除けば、ヴァリエール家の回復魔法のスペシャリスト、つまり水系統の専門家で他の系統はいまいちなのだ。
俺はというと、風系統の上達が遅く、練習をしているのだがまだドットランクなので細かな操作は出来ないでいた。
「・・・と、いうことはこの中で風系統の魔法を満足に扱える人はいないということですか。」
ミス・ネートが申し訳なさそうに頷いた。
現状でこの被験者の状態を回復させるすべはなかった。
後ですぐ開けた胸を閉めればよかったのでは?と考えたが、仮に開けた胸を閉めても肺と横隔膜の間の多量の空気を抜く術がないということに気付き、結局同じことになっていたと分かった。
被験者の様子はますます悪くなってきて、顔全体が紫色のようになってきた。
金魚鉢にいる金魚のように口をパクパクさせたかと思うと、それ以上は動かなくなった。
俺達はその様子をただ見ているしかなかった。
そうするうちにあんなに激しく動いていた心臓の動きがどんどん弱くなっていき、最後には止まってしまった。
「・・・」
「・・・被験者、亡くなりましたか?」
「・・・ええ、心臓の動きが無くなりましたし。」
「・・・これからどうします?ヴァルムロートさん?」
「・・・」
「ヴァルムロートさん!」
被験者が死んだという事実に俺は茫然としていたが、ミス・ネートに声をかけられて何とか沈んでいた気持ちを持ち直した。
それに肺などの臓器をもっと詳しく観察する為にはどの道この被験者を殺すことになっていたのだ。
しかし、いきなりすぎて心の準備が出来ていなかったということで、ここでも覚悟のなさを痛感していた。
「・・・え、あ、はい。今後の為に各自肺の位置、大きさ、形をしっかり見ておいて下さい。人により多少の違いはあるかもしれませんが、ほぼ同じだと思うので。」
「「「「わ、分かりました・・・」」」」
しばらく『レビテーション』で肺を持ち上げたりしていたが、どうやらそれも終わったようだ。
「・・・見終わりましたが、どうします?今回はもう終わりにしますか?」
「・・・いえ、次は肺を切ってみましょう。よろしいですか?」
「私はいいですが・・・」
「「「私も構いません。」」」
「・・・では、行きますね!」
俺は肺を切る為に『ブレイド』を使った。
しかしただ闇雲に肺を切り刻んでもしょうがないので、『ディテクトマジック』で肺をじっくり観察した。
気管が左右に二つに分かれて肺に入り、肺の中でもいくつかに分かれていた。
その気管がどんどん細かく分かれていくのを診ている時に前世で見ていたテレビで肺には区画という分け方があるというのを思い出したが、どういう風に区別されているのかは今の時点では分からなかった。
俺がそうしているように他の四人も同じように『ディテクトマジック』を使って肺の中を診ているようだった。
しばらく俺がそう思って念入りに肺を観察していると、気管から伸びた枝の先の肺の所にある血管がそれぞれ独立しているように思えた。
これが肺の区画なんだろうか?と疑問に思ったが答えはない。
しかし、右の肺の方にはにおおよそ10個位の血管の集まりがあるように診えた。
この血管のあつまりが区画というものではないのかと俺は考え、ある行動を起こすことにした。
「・・・ここで切り取ってみるか。」
ミス・ネートに『レビテーション』で肺を切り易いように動かしてもらいながら、試しに1つ区画になっていると思われるところで切り取ってみた。
「・・・ふう、出来た。」
「ヴァルムロートさん、どうしてこんな切り方をしたのですか?」
「それは先ほど『ディテクトマジック』でじっくり診ていたら空気が通る管が肺の中でいくつかに分かれていて、その先の部分がそれぞれ交わらないことに気が付いたので、試しに1つ切り出してみました。」
「それでこんな形に切ったのですね。」
「いくつかということは他にもあるのですか?」
「はい。左右ともに9個から10個位に分けることが出来ると思います。今から他の所も切ってみますね。」
他の区画と思われる部分も切り出してみると、左の肺には9個、右側の肺には10個の区画に分けることが出来るようだった。
カトレアさんの手術を行う際に、仮に肺を切除しないといけない場合に、この区画毎に切除する方法だとむやみに肺の血管を傷つけないで済む可能性が高いと感じた。
「・・・こんなものですかね。」
「私達も肺がこのように分けることが出来ることを覚えておいた方がいいですよね。」
「ええ、その方が手術中のサポートの技術が上がるでしょうし、お願いします。」
「「「「分かりました!」」」」
ミス・ネート達は俺が切り出した肺の区画を『レビテーション』を使い、パズルのように元のようにして、じっくり観察していた。
被験者の肺を取り除いて心臓しか残っていない胸の中には肺を切ったときに出た血が溜まっていた。
それを見た瞬間に、
——ああ、俺、人殺しちゃったんだな・・・
と、改めて実感が湧いてくると、どこか心がずしっと重くなるような、もやもやするような、なんとも言い難い気分になっていった。
その後ミス・ネート達の観察も終わり、これ以上することが思いつかなったので今回の実験は終わりになった。
「ミス・ネート、この被験者の遺体ですが・・・」
「あ、はい、今回の人体実験で出る死体は全てヴァリエール家の責任で処分することになっているので、こちらにお任せ下さい。」
それを聞いて一瞬、今回切り出した肺を『固定化』で標本にしてもらおうかとも思った。
しかし、どうせ最後はこの施設も含めて全廃棄だろうし、ロマリアなんかに見つかったら異端審判にかけられるかもしれないしろものだと考えを改め、ミス・ネートに処理を任せることにした。
「・・・そうですか。お願いします。あ!あとヴァリエール公爵様に風のメイジを新たに選んでもらえるようにお願いできますか?」
「今日のことですね。分かりました。旦那様に言っておきます。早ければ二、三日後位に誰か風系統のメイジが新しく選ばれてくると思います。」
「お願いします。」
そう言って後の処理をミス・ネートに任せて、一足先にヴァリエール家の屋敷に戻ることにした。
屋敷に戻って、服を普段よりも入念に洗濯してもらえるように頼み、蒸し風呂に入って汗と汚れを流して、今日は公爵やカリーヌさんがいなかったのでルイズやカトレアさんと夕飯を食べて、俺に用意された部屋に行った。
「ちぃ姉さま、夕飯のときのヴァルムロート、ちょっと変じゃなかったかしら?なにか心ここにあらずって感じで。」
「あら?ルイズ、彼のことが気になるのかしら?」
「べ、別に、いつもとちょっと様子が違ったから気になっただけなの!それだけ!」
「うふふ。」
俺は部屋のベットに横になって天井を見上げた。
「はあぁ・・・今日初めて人、殺しちゃったな・・・」
「俺が直接手を下したわけじゃないけど・・・俺が提案したことで死んだんだから俺がやったも同然だよな・・・はぁ。」
寝返りを打って体勢を変えると、窓の外には2つの月が出ているのが目に入った。
「ここがゼロ魔の世界っていうのは分かってたし、いつか人を殺すだろうとも思っていた。・・・いや殺さなくて済むんだったら、それが一番だったんだけどな。」
「でも、人を殺すとしても、もっとこう・・・戦いの場っていうか、そういう所で・・・ね?」
家で父さんたちはが稀に盗賊討伐に出向いていたりしたので、そういう場で体験すると思っていた。
「こういうことで殺すなんて転生する時は夢にも思わなかったよ。」
「はあぁ、戦いで人を殺したらこんな感じにはならなかったのかな?・・・いや、そんなこともないか。」
「人を殺すたびにこの心の奥にくる嫌な感じになるのかな?それとも初めてだから、こんな感じになっているのかな?」
横になったまま、膝を両腕で抱え込んで体育座りのように小さく丸くなった。
「はぁ・・・俺ってメンタルくそ弱いな・・・」
「・・・今回のことが終わったらこの嫌な感じにも慣れているのかな?」
「はあぁ・・・今夜は月が歪んで見えるよ・・・」
<次回予告>
カトレアの治療の為に実験を行うのが日常となっていく。
最初は苦手意識を持っていた行為にも慣れていくのか、麻痺していくのか・・・
第40話『実験の日々』
5/19頃の更新を目指して頑張ります。
もしかしたらSN5が出るので少しずれるかもしれませんが・・・。