44話 手術本番!そして・・・
今、俺はツェルプストー領とヴァリエール領の間に位置する国境の町にいる。
カトレアさんの治療のために特に準備もせずに家を出てきたのでいろいろ足りない物があるらしい・・・特に女性陣のアクセサリー類が。
母さん達の意見もあり、最近活気の増した国境の町で少し長めの休憩という名の買い物が始まった。
俺は特にすることもないのでキュルケ達の買い物に付き合っているわけだが、俺には特に欲しいものは無いし、会話は女性陣で盛り上がっているので俺の入る隙はない。
正直言って、暇なのだ。
そういうわけで店の前でボケーっとしていると道を行き交う人の会話が断片的だが聞こえてくる。
その中でも特に多く出てきた言葉が、
「ガリア王が死んだ。」
「魔法を使えない無能の兄の方が王位を継いだ。」
「魔法の優秀な弟は突然死んだ。」
「暗殺ではないかという噂がある。」
などだった。
どうやらジョゼフが弟を殺してガリアの新しい王になったようだ。
ジョゼフが王になったということはやっぱり世界を混乱させるためにレコンキスタを支援するんだろうし、それによって戦争が起きるのだろう。
もし、ジョゼフが弟を殺したりしなければ、今後のレコンキスタとかもろもろ無いことになり、俺の生存確率も跳ね上がるのだろうが王族の、しかも他国のことなので俺にはどうしようもなかったわけだししょうがない・・・のかな。
たしか前世のネットで見た情報では、この時にタバサの母親が毒を飲んで廃人になっていたと記憶している。
タバサの母親のことは俺もなんとかしてあげたいけど、これは病気ではなくてエルフの薬のせいだったはずだ。
純粋な病気であるカトレアさんとは全く次元の違う問題なので俺にはどうしようもないだろう。
仮に現代の病気に置き直せても、脳の疾患ぽいから治療不可とかになりそうだしな。
それに・・・カトレアさんの治療が出来そうということ自体も本当にたまたま、運がよかったことだと言える。
「ダーリン!次のお店に行くわよ~!」
「やれやれ、まだ行くのか・・・。」
すでに店から出て次の所に行こうとしているキュルケに声をかけられ、俺は退屈さと会ったことの無い人への感じなくてもいいはずの申し訳なさで少重く感じた体を動かした。
次の日、ヴァリエール家に到着した。
日はすでに沈みかけて、空が夕焼けから夜へと変わりかけていたが、ヴァリエール公爵、カリーヌさん、ルイズ、それに珍しくエレオノールさんも出迎えに出てくれていた。
カトレアさんが出迎えの場にいないは明日の手術に向けて少しでも体調が悪くなることを避ける為に部屋で安静にしているのだろうと思った。
馬車が玄関前に着くと普段は父さんが一番初めに降りるのだが、今日は父さんに促された俺が最初に馬車から降りた。
馬車を降りるや否や、ヴァリエール公爵は俺の手を両手で力強く包むように握りしめた。
「よく来てくれた!ヴァルムロート君!カトレアのこと、よろしく頼むよ!」
俺はヴァリエール公爵の勢いに少し驚きながらもその言葉に応えた。
「は、はい!出来る限りのことをやらせて頂きます!」
「うむ!長旅で疲れただろう?部屋を用意させているから今日は休んだらどうかね?」
「そうだな。疲れていては正確な操作をすることは出来まい。今日は休ませてもらおうじゃないか、ヴァルムロート。」
馬車から降りてきた父さんの声が後ろから聞こえた。
父さんはそのまま俺の横に並び、ヴァリエール公爵と軽く握手をして、二、三言葉を交わした。
俺は父さんとヴァリエール公爵の挨拶が終わるのを待ってから、ヴァリエール公爵に声をかけた。
「ヴァリエール公爵様。休む前にミス・ネートを呼んでもらえませんか?明日手術をするにあたって二、三聞きたいことがあるので。」
「そうか?分かった、呼んで来させよう。では、ヴァルムロート君は先に会議室に行って待っていてもらえるかな?」
「分かりました。お願いします。」
ヴァリエール公爵は後ろに控えていたメイドさんに声をかけた。
声をかけられたメイドさんはミス・ネートを呼んでくる為に小走りで屋敷に入って行った。
その様子を見ていた俺に横にいる父さんが軽く肩をたたいた。
「ヴァルムロート、私達は先に部屋で休ませてもらうぞ。お前も疲れているのだから、早々に話を切り上げて休めよ。」
「はい。分かりました。」
「私はダーリンと一緒にいるわ。」
「そうか。ヴァルムロートの邪魔にならないようにな、キュルケ。」
「はーい!」
キュルケの返事を聞いた父さんは母さん達と一緒にメイドさんに案内されながら屋敷に入っていった。
その後ろから十数人のメイドさんが大量の荷物を持って後に続いた。
・・・まあ、大量の荷物というのは主に母さん達の衣服や装飾品なんだけどね。
その様子を眺めていたら、ヴァリエール公爵の後ろに並んでいたルイズが近づいてきた。
「ヴァルムロート、キュルケ、お久しぶりね。」
母さん達に挨拶していたときはちゃんとした口調だったが俺達には砕けた口調で話しかけてきた。
「お久しぶり、ルイズ。」
「こんにちは、ルイズ。エレオノールさんもお元気そうで。」
「こんにちは。・・・ふん!なんでこんなやつをカトレアは・・・」
俺は失礼の無いように挨拶をしたつもりだったが、エレオノールさんはやはりどこか虫の居所が悪かったようで挨拶もそこそこに家に入っていってしまった。
「エレオノール様はなんだかカリカリしてるわね。」
キュルケは少し不機嫌そうに声を漏らした。
「・・・ルイズ、僕エレオノールさんに何かしたっけ?」
「さあ?でも、あなたから手紙が来てちぃ姉さまの治療をしにくるってエレオノールお姉様に手紙を出したらすぐに帰ってきて、それからずっと機嫌が悪いわね。どうしてかしら?」
「そうか・・・。」
「ねえ、ヴァルムロート!ちぃ姉さまを本当に治療してくれるのよね!」
「ああ、そのためにやってきたからね。頑張るよ。」
「ダーリンに任せておけば大丈夫よ!」
ルイズと話をしながら会議室にやってきたが、ミス・ネートはまだ来ていなかった。
しばらく待っているとミス・ネートがやってきた。
「お待たせいたしました。」
「いえ。休息中でしたでしょうに急に呼び出したりしてすみません。」
「お構いなく。それで話とは明日のカトレア様の手術について、ですよね。」
「はい。といっても今のカトレアさんの状態と去年模擬手術を行った被験者の経過観察、後は手術の準備について聞きたいだけなのですが。」
「分かりました。現在のカトレア様の状態は良好で手術を行うのに問題は無いと思われます。去年模擬手術を行った被験者の経過観察も良好で日常生活では全く問題は無く、激しく運動しても手術前とほとんど変わらない状態です。手術の準備に関しては、手術室をお屋敷の部屋を改装してすでに作ってあり、部屋の中を消毒用アルコールを用いて綺麗に掃除してあります。手術着などもすでに準備済みです。」
「準備は万全ということですね。」
「はい。後は明日の本番に臨むだけです。」
「ええ!明日頑張ってカトレアさんを元気にしてあげましょう!」
「はい!もちろんです!」
そう言った後、ミス・ネートは俺と横いたキュルケとルイズに一礼すると部屋から出て行こうと扉の取っ手に手をかけた。
わざわざお休みのときに来てもらったのに、僅か数分にも満たない時間で用件が終わってしまったことに対し少し罪悪感を覚えた。
「ミス・ネート、これだけのことなのにわざわざ来て頂き、ありがとうございます。」
俺がそう声をかけるとミス・ネートは一瞬驚いた顔をしてから、ニコッと笑い、そのまま何も言わずに扉を開けて出て行った。
「ねえ、ヴァルムロート。あなたさっきミス・リネートにちぃ姉さまお体の様子を聞いていたけど、実際に会ってみたらいいんじゃないの?」
「いや、でもな・・・。」
ルイズの言うことも一理あるが時間が時間なので会って話すことを俺は躊躇っていた。
そんな俺の様子を察したのかキュルケが助け舟を出した。
「カトレア様はダーリンが来てくれたら明日のしゅじゅつ?の不安を和らげることが出来るんじゃないかしら?私なら来て欲しいと思うわ。」
俺はキュルケのその言葉を受けて少し考えを巡らせた。
さらにルイズはともかく、キュルケまでが「カトレアさんに会わないの?」という視線を向けてきていた。
そういったこともあり、カトレアさんの不安をなるべく取り除くことも大事だよな、と半ば強制させるような感じで意見を変えることとなった。
「・・・それもそうだな。明日の手術でカトレアさんも不安になっているかもしれないし・・・会ってみようかな。」
「じゃあ、早速カトレア様の部屋に行きましょう!」
そう言ってキュルケは俺の手を取った。
「ちょっと、キュルケ!なんであんたが仕切っているのよ!」
「いいじゃない、ルイズ。細かいことは気にしない。」
「・・・キュルケとルイズは仲良くなったな。」
「「良くない!」」
キュルケとルイズがわいわい話しているのを見て、アニメではルイズが一方的にキュルケを嫌っていたみたいだけど俺の存在で少しは変わったのかな?と思った。
「・・・あ!」
急に大きな声を出した俺の方を前を歩いていた二人が驚いた様子で振り返った。
「どうしたの?ダーリン。」
「・・・いや、何でもない。」
「ちぃ姉さまのこと?」
「いや、別のことでカトレアさんには関係ないことだよ。」
「そう・・・。」
キュルケとルイズは何か釈然としないものを感じていたようだが、これ以上詮索してもしかたないと考えたのかまた前を向いてカトレアさんの部屋へ歩き出した。
しかしその時、俺はこれからこの世界で生きていく上で非常に重要なことを・・・。
それはSFにおけるタイムパラドックス的なもので、この世界に俺という存在が誕生したことによる未来の改ざんが発生している可能性だ。
例えば本来ならかなりの色ボケになっているはずのキュルケが俺一筋になったり——後半はコルベール一筋だったか元からそういう素質はあったのかもしれないが——、キュルケとルイズの関係がアニメよりもかなり良好だったり、とか。
まあ、カトレアさんのように俺が積極的に介入したものもあったが、今は微々たる誤差かもしれないがこれが今後もっと大きくなっていくかもしれないし、あまり変わらないかもしれない。
・・・そういえばタイムパラドックスには4つ位パターンが考えられていたと記憶している。
(1)——タイムパラドックスしても過去は変わらないよ、という考え。
これは未来が確定したもにという考えに基づいたものだな。
未来の人が過去の人を殺そうと思っても決して殺せないというものだったな。
(2)——タイムパラドックスしたら過去は変えられるよ、という考え。
普通はこう考えるかもしれない。
例えるなら、ドラえもんの百式みたいなロボットが出てくる映画のラストで過去に過去に行ってロボットの設定を変えたら、そもそもその事件自体が無くなったとかいう話があったと思う。
(3)——タイムパラドックスして過去を変えても未来はそんなに変わらない、という考え。
これは過去を変えても別のことが起こって結局未来にさほど変化は無いというものだな。
(1)と違うのは仮に過去でAというやつの親を殺しても、その未来ではAとは違うけどAに限りなく近いほとんど同じA’というやつがいる、みたいな感じかな。
(4)——タイムパラドックスして過去を変えるとそこからパラレルワールドが発生する、という考え。
これは未来Aという未来から来たやつが過去を変えると、未来Aとは別に未来Bという時間軸に世界が進み、でも未来Aが消滅したりするわけではなくて沢山あるパラレルワールドに新たに未来Bが1つ加わるだけ、というものだったかな。
これはドラゴンボールとかテイルズ・オブ・ファンタジアの小説とかであったな。
現状を考えるとキュルケとルイズの仲の良さを見ると(1)は無いと思うな。
後は(2)(3)(4)か。
ただ、(4)は変更したパラレルの方の未来にいるのなら結局は(2)と同じ意味合いを持つことになる。
そう考えると未来は程度の差はあるものの変えられる、ということになるが。
俺がいることでそれがこれからの未来にどれ程の意味を持つのかは・・・
分かんねえな!
まあ、なるようになるか!
すでに俺がいるんだし、俺が思うように行動するのも悪くないかな?
などと楽観的に考えたのと同時にアニメやネットで得た知識があるのだから、あまり原作からかけ離れたことはしない方が俺に有利に進むだろうということも思いついた。
などと考えているとカトレアさんの部屋に着いた。
「ちぃ姉さま、ヴァルムロートと、それからおまけでキュルケも連れて来ました。」
「ルイズね。お入りなさい。ヴァルムロートさんとキュルケさんもどうぞ。」
「「「失礼します。」」」
カトレアさんの部屋は相変わらずたくさんの動物がいる。
ベットの上には上半身を起こしたカトレアさんと小動物がおり、ベッドの周りに大き目の動物が寄り添っていた。
「お久しぶりですわ、カトレア様。」
「お久しぶりです、カトレアさん。お体の調子はどうですか?」
「お久しぶりですね、キュルケさん、ヴァルムロートさん。体の調子は良いと思いますよ。最近はうちの外に出ていませんから。」
「そうですか・・・。でも、それも後少しの辛抱です。」
「ええ、明日私の治療をして下さるのでしょう。よろしくお願いしますね、ヴァルムロートさん。」
「はい。任せておいて下さい!」
「うふふ、頼もしいわね。」
キュルケは嬉しそうに俺を見た。
そんなキュルケの視線を感じて俺は少し気恥ずかしくなった。
「そ、それでは、カトレアさんの元気な姿が見られたのでこの辺で。あまり長いをすると明日に響くといけないですからね。」
そう言って俺は目的は果たしたと、そそくさと部屋を出て行こうとした。
キュルケは苦笑いしながら後に付いてこようとしていた。
「そうね。それではカトレア様、失礼しますね。」
「ちぃ姉さま、また明日。」
「あ、キュルケさんに少しお話があるので残ってもらえないかしら?」
ベット脇から離れようとするキュルケをカトレアさんは呼び止めていた。
キュルケはなぜ自分だけ呼び止められたのか分からないといった表情をしたが、足は止めていた。
「え?わ、分かりました。ダーリン達は先に行ってて。」
「ああ、分かった。」
「ちぃ姉さま、私は残っちゃいけないのですか?」
「ごめんね、ルイズ。キュルケさんと二人だけでお話がしたいのよ。」
「そうですか・・・。キュルケ!長話してちぃ姉さまに迷惑をかけないようにね!」
「ルイズ、呼び止めたのは私なんだからそういうことは言わないの。心配してくれるのは嬉しいけどね。」
「・・・はい。ごめんね、キュルケ。」
「別に気にしてないからいいわよ。ほら、そこにいるといつまでたってもカトレア様が話を始められないでしょ。行った行った。」
俺とルイズはカトレアさんに軽く会釈してからキュルケを残し、部屋から出た。
部屋から出た俺は用意された部屋へ、ルイズを自分の部屋へとそれぞれ同じ方向に廊下を歩いていた。
しばらく歩いているとルイズが話しかけてきた。
「ちぃ姉さまのキュルケへの話って何かしら?ヴァルムロート、分かる?」
「さあ?分からないな。」
「役に立たないわね。あ、あの話かしら?・・・そう言えば。」
「役に立たないってちょっと酷いんじゃないかな。それに心当たりあるんじゃないか。」
「あんたとキュルケって婚約したって聞いたけど、本当?」
「ああ、本当だけど。それが何か?姉弟で婚約とか生理的に無理、とか思っちゃう?」
「別にそこまでは思わないけど、驚いただけよ。それに貴族だと異母兄弟でとか良くあることだしね。姉弟はさすがにトリステインじゃあ聞いたことは無いけど、国が違うからそういうこともあるのかもね。」
「そうか。ありがとう。」
「なにお礼言ってるの?」
「いや、酷いこと言われるのかと思って。」
「そう。それにもしかしたら私の・・・」
「私の?」
「あ!これは秘密だったんだわ。気にしないで!それじゃあ、明日ちぃ姉さまのことよろしくね!」
「あ、おい!はあ、カトレアさんの話の心当たりも聞けなかった・・・。」
ルイズはなにやら意味深な事を言って、去って行ってしまった。
「なんなんだ?私の・・・?」
そこまで声に出して俺はある可能性に行きついた。
それはルイズが俺に惚れられてるという可能性である。
しかし、その考えはすぐに自分の中で否定されることとなった。
なぜなら、ルイズはツンデレなので仮に俺に惚れたというのであればもっと分かりやすいリアクションをとりそうなものだからだ。
「他に何があるのかねぇ?」
そう言ってみたが特に考えは浮かばなかった。
部屋に着くとテーブルの上に簡素な——といっても平民からみれば十分豪華だが——食事が用意してあったのでそれをほうばった。
食事をしている最中もルイズの意味深な言葉が気になってしまっていた。
食事が終わった頃にカトレアさんとの話が終わったのかキュルケが部屋にやってきた。
・・・キュルケとは一緒の部屋ではなくてお休みの挨拶をしに来ただけだぞ。
そこでキュルケにカトレアさんの話は何だったのかを聞いたけど、「女の子同士の話だからひ・み・つ!」と、誤魔化されてしまった。
ただ、キュルケが帰り際に・・・
「ダーリンも罪な男ね!まあ、ダーリンだからしょうがないわね!じゃあ、お休みなさい!」
と、キュルケも意味深な事を言って自分の部屋に帰っていった。
「・・・罪か。実験で人をモルモットにしたこと、とか?いや、でもそのことはまだカトレアさんにはバレていないはずだし・・・。」
普段よりも少し早い時間ではあるが、明日の為と思い、ベッドに横になった。
俺は明日行う手術までの道のりを思い出し、少し罪の意識に苛まれながら、眠りに着いた。
「・・・明日、カトレアさんの手術、頑張ろう。実験で殺した人の命の分、カトレアさんが生きれるように。」
翌日、朝食を食べた後、会議室に集まった。
部屋にはヴァリエール公爵、カリーヌさん、父さん、キュルケ、ルイズ、カトレアさんの手術するメンバーの俺やミス・ネート達、そして珍しくエレオノールさんもいる。
母さんや姉さん達は御邪魔になるといけないからと言ってキュルケを代表として他の皆は部屋に帰っていった。
「ヴァルムロート君、今日!とうとう、カトレアの病気が治るのだな!」
「はい!僕の、いえ、僕達の出来る限りの力を持ってカトレアさんの病気を治してみせます!」
ミス・ネート達の方を見ると、彼女達も力強く頷いてくれた。
「ダーリン、かっこいいわ!」
「ああ、ヴァルムロートも立派になったものだな。」
「ええ、本当に立派ですわ。これなら・・・」
キュルケや父さんがそういうのは分かるが、なぜかカリーヌさんがうんうんと頷いていた。
「それでカトレアさんは?」
「すでに手術室の方に案内されています。」
「そうですか。それでは行きましょう!」
「はい!手術室はこちらです!」
ミス・ネートに案内されて、皆でぞろぞろ手術室に向かっていった。
「こちらです。手術室は2部屋に分かれていて、入ってすぐのところで手術着を着たり、消毒用アルコールで洗ったりと準備が出来るようになっています。その奥の部屋にカトレア様がおられ、手術が出来るようになっています。」
「分かりました。・・・ヴァリエール公爵様達はすみませんが、外でお待ちになっていて下さい。」
「中でカトレアの治療を見てはいけないのかい?」
「手術に、カトレアさんの治療に集中したいので治療関係者以外は御遠慮頂きたいのです。すみません。」
「カトレアの治療のためか、それではしょうがないな。・・・それでは治療はどれくらい時間がかかるのかね?」
「治療自体は約2時間を予定しています。ただしそれで完治したわけではないですよ。それから一週間から二週間は安静にしてもらって、それからカトレアさんがこれまで体が弱かったことを考慮して、約二年の経過観察を行った後に完治したかどうかを判断したいと思います。再発がないとも限りませんからね。」
「ああ、分かっている。しかし、経過観察の間は普通の生活、いやカトレアの場合は今までより良い生活ができるのだろう?」
「はい。治療が上手くいけば、そうなります。」
「それが聞ければ十分だ。ヴァルムロート君、ミス・ネート、それに他の者もカトレアのことをよろしく頼む!」
「「「「「「はい!」」」」」」
そして俺達は手術室に入った。
まず最初の部屋で手術着やマスク、それに髪が落ちないようにバンダナのような帽子を付けを付け、消毒用アルコールで手を洗い、さらにもの触れることを避ける為に『念力』で奥の部屋への扉を開けた。
中に入ると、真ん中にベットがあり、そこにカトレアさんが寝ていたが、こちらに気づいて起き上った。
カトレアさんは上半身に布しか羽織っておらず、いつも清楚な感じのカトレアさんから一転して、とてもエロい感じを受けた。
・・・特にいつもは見えない胸の谷間などから。
これから高い集中力が求められるのにエロイことを考えていてはいけないと考え、煩悩を鎮める為に「2、3、5、7、11、13、17、19・・・」と頭の中で素数を数えた。
頭の中からエロイことを追いやった俺は改めてカトレアさんの方を見た。
「・・・カトレアさん、気分の方はいいですか?」
「はい。大丈夫です。ヴァルムロートさん、それに皆さんも。今日はよろしくお願いしますね。」
「僕達にお任せ下さい。カトレアさんの病気を寝ている間に直してみせますよ!」
「うふふ。あなたを信じていますよ。」
「その信頼に応えられるように頑張ります。・・・ミス・ネート、お願いします。」
「はい。・・・『スリープクラウド』」
ミス・ネートが発生させた『スリープクラウド』の煙がカトレアさんを包み込んだ。
その煙を吸い込んだカトレアさんはすぐに眠りに着いていた。
「ここから2時間です。イネスさんは心臓の様子を常に確認、お願いします。」
「はい!」
「ローラさんは肺に空気を送ることをお願いします。」
「はい!」
「では、行きます!」
俺は布をどけて、右側の胸の横が見えるようにした。
なるべく見ないようにしていたが、それでもどうしても視界に入る豊満な胸が今の俺の目には毒だった。
「・・・あの、タオルでカトレアさんの胸を隠して下さい。」
「うふふ、分かりました。」
ミス・ネートが笑いながらカトレアさんの胸にタオルをかけてくれた。
それによってなんとか集中力を取り戻した俺はすぐさま『ブレイド』の詠唱を行った。
そして俺は小さな『ブレイド』を作り、肋骨の間を縫うように切開した。
切開した所をロザミーさんに『念力』で開いてもらい、肺の様子を確認した。
肺に出来ている袋状のものは実際に見ると『ディテクトマジック』で診たときよりも大きく見えた。
これを取り除けばカトレアさんは普通の生活が出来るようになるはずだ。
「では、セシールさん。肺を切りやすいように動かすこと、お願いしますね。」
「はい!」
「・・・『レーザー』」
ここからは地道に異常な袋状のものが付いている肺の区画を切り離していった。
『レーザー』の魔法の肉を焼いていく臭いが部屋の中に漂っていた。
1時間半くらいかかって、、ようやく肺の区画を切り離すことが出来た。
「・・・ふう!セシールさん、切り取った肺を外に出して下さい!」
「はい!」
胸の横に開けた穴から切り取った肺が出てきた。
それを皿に乗せて、部屋の隅の邪魔にならないところに置いてもらった。
「ではこれから開いた胸を閉じましょう。ローラさん、胸の内側の空気を抜いて下さい!」
「はい!」
ローラさんが胸腔から空気を抜いていき、肺が適度な大きさになった所で空気の移動を止めた。
切った所を『念力』で合わせて、“精霊の涙”で作られた最高級の秘薬を用いた『ヒーリング』で傷を塞いだ。
最後に手術の体への負担軽減や感染症予防の意味を込めて、体全体にも『ヒーリング』をかけてもらった。
『ディテクトマジック』で体の様子をみたが、特に異常は見当たらなかった。
ふう・・・っと息を吐くと、同時に肩から力が抜けるのを感じた。
そして俺は皆の顔を見て、笑顔でこう言った。
「・・・手術終了です!成功です!お疲れさまでした!」
皆の顔にも笑顔がこぼれた。
「「「「「お疲れ様です!やりましたね!」」」」」
俺は皆と握手を交わし、最後にミス・ネートと両手でしっかりと握手をした。
女性同士は抱き合ったりして喜びを表していた。
「ではヴァリエール公爵様に報告に行きましょう!」
「はい!」
俺は部屋の扉を開けようとして、あることを忘れていることに気が付いた。
「あっ!あと少しでカトレアさんの目が覚めると思うのでそれまでに服を着せてあげて下さい。」
「はい。分かりました。」
そして俺とミス・ネートはヴァリエール公爵に報告しに手術室から出た。
「ヴァリエール公爵様!カトレアさんの治療が終わりました!」
「おお!それでどうなのかね?」
「はい!成功しました!これでこの病気でこれ以上苦しむことは無いと思います。」
「おお!ありがとう!ありがとうっ!」
ヴァリエール公爵は最初にミス・ネートの両手を掴むように握手し、次に握手しようとしていた俺を力一杯抱きしめてきた。
数秒後、苦しいと声を出したことと掴んでいる腕を軽くたたくことで手加減の無い抱擁から逃れることが出来た。
「おお、すまん。それでカトレアは?」
「い、今はまだ魔法が効いているので眠っていますが、すぐに起きるはずですよ。」
「もう会っても大丈夫なのかい?」
「ええ、大丈夫ですよ。」
それを聞いた公爵は「カトレアー!」と叫びながら、すごい勢いで部屋に入っていった。
「ちぃ姉さまを治してくれてありがとう!ヴァルムロートお義兄様!」
ルイズも走って行ってしまった。
「え?おにいさま?ってどういうこと?」
ルイズに言葉の意味を問おうとしたが、その前に別の人から声をかけられてしまった。
「・・・ヴァルムロート!」
「はい!?」
困惑している俺に声をかけてきたのはエレオノールさんだった。
「・・・カトレアを治してくれて、ありがとう。でも、まだ認めたわけじゃないんだからね!」
と、早口で言うとエレオノールさんも手術室の中へ行ってしまった。
「・・・認めるって何を?」
「ヴァルムロートさん。カトレアの病気を治してもらって、ありがとう。」
ヴァリエール家で唯一落ち着いていたのは驚いたことにカリーヌさんだった。
・・・満面の笑みを浮かべてはいたが。
「いえ、約束でしたから。」
「うふふ、そうね。約束を達成したのだから、あなたの命はとらないでおくわ。」
「アハハ・・・。」
そういう約束だったということを今更ながら思い出して、俺は苦笑いをした。
「カトレアは最低でも一週間は安静なのよね。」
「はい。そうですけど・・・。」
「それ以降なら、家の外に出るくらいならいけるわよね?」
「ええ、ミス・ネートが付いていれば問題無いかと。」
「そうですか。・・・そうだわ。貴方達はカトレアの誕生会までは家にいるのよね?」
「はい。その予定ですが。・・・何か?」
「貴方スクウェアクラスになったんですってね。」
「・・・ええ。この間なることが出来ましたが。」
この時点で嫌な予感がしてきた俺は傍から見ても明らかにトーンダウンしていただろう。
「では、私と模擬戦をするという約束も果たして下さいね。一週間後に家の特別魔法練習場で行いましょう。」
そういうと満面の笑みを浮かべたカリーヌさんも部屋に入ってしまった。
カリーヌさんに一言言おうと思って、部屋に入ろうとしたらいきなり扉が開いて、中からルイズが出てきた。
続いて『レビテーション』で浮かされているであろう目の覚めたカトレアさんとその『レビテーション』を使っているであろうヴァリエール公爵、それからカリーヌさんにエレオノールさんが出てきて、
「あ!ヴァルムロートさん!ありがとうございますー-・・・」
と、カトレアさんの声のドップラー効果を残して行ってしまった。
ルイズや公爵さんたちもお礼を言って走り去っていった。
恐らくカトレアさんの部屋に行ったのだろうが、公爵直々に魔法使って・・・しかも走っていくとか浮かれ過ぎではないのか?と思ったがすぐにその考えを改めた。
なぜなら、治療を諦めていた娘が治ったのだから、そりゃあはしゃぎたくもなるか。
そんな感じでカトレアさん達を見送っていると後ろから声がかかった。
「ヴァルムロート、やったな。すごいぞ!」
父さんがぽんっと俺の肩に手を置いて俺を褒めてくれた。
「やったわね!ダーリン!」
そう言ってキュルケが抱きついてきた。
「僕だけの力じゃないよ。ミス・ネート達の力があってこそカトレアさんを治療することが出来たんだよ。」
「でも、ダーリンがいなかったらカトレアさんの病気は治らないままだったと思うわよ?っだから、ダーリンはもっと自分に誇ってもいいと思うわ!」
「そうだぞ、ヴァルムロート。キュルケの言うとおりだ。お前は控えめなところがあるからな。もっと自分を主張しないとそのうち損をする羽目になるぞ!」
以前にも同じような事を言われたことがあったことを思い出す。
やはり、貴族社会ではあまり謙遜が過ぎるのは良くないということなのだろう。
「そうですね。必要があればそうすることにします。でも、僕は無駄に威張っているのがあまり好きではないので・・・ほどほどで。」
「そうか。まあ、他の貴族になめられないように気をつけなさい。後はお前の判断に任せよう。」
「えー、私はもっとダーリンに威張って欲しいな。実際にすごいんだし。」
「まあ、キュルケそう言うな。ヴァルムロートにもなにか考えがあるのかもしれないからな。」
「いや、考えはなくて、そういう性分なだけだけどね。」
「あ、そうだ。さっきルイズが僕のことを“おにいさま”とか呼んだのって、聞き間違いじゃないよね?」
俺は先ほどのルイズの発言が気になっていたので近くにいて、その発言を聞いているだろう父さんとキュルケに聞き間違いではないか確認してみることにしたが、
「・・・さあ、なんのことだ?私は聞いていなかったな。」
「・・・ダーリンとカリーヌ様の模擬戦は1週間後か。楽しみね!」
父さんたちの反応は、何かおかしいと俺は感じた。
特にキュルケが露骨に話題をすり替えようとしていることに違和感が大きなものになっていく。
しかし、言いたくないようなのでこの話題を進めても無意味だろうと思い、別の話題を振った。
「そうだ。どうしてカリーヌさんが僕がスクウェアになったことを知っているのでしょうか?」
「ああ、それは私がヴァリエールへの手紙でそのことを書いていたからな。」
こっちの話題はすんなり答えてくれた・・・ある意味で最悪の答えを。
だから、カトレアさんの手術を行う為に家を出るときに家族皆があんなにも楽しそうだったのかと合点が行った。
すでにあの時には、俺がヴァリエール家にいることとカリーヌさんと模擬戦を行うことは同じ意味を持っていたのだ。
「・・・そうですか。仮に模擬戦を回避することは・・・。」
「まあ、無理でしょうね。あきらめて、ダーリン!」
「はあ、やるだけやってみるか。」
「そうそう!かっこいいところを見せてよね!」
「・・・おう。」
来るときにもある程度覚悟していたが、カリーヌさんは暫定でハルケギニアで一番強いメイジらしいので瞬殺だけはされないようにしよう、と心の中で小さく決意した。
こうして俺はカリーヌさんとの模擬戦という不安を抱えて一週間過ごすこととなった。
<次回予告>
ちょっと時間を戻して、手術前夜にキュルケがカトレアの部屋に残った時の話を。
第45話『キュルケとカトレア』
今回も結構遅れてしまった。
次はちょっと仕事都合もあり、6/30頃の更新を目指して頑張ります。
BBSにて「国境を通る際の通行税が5~6割と高いのではないか」という感想がありましたのでここで私なりの意見を述べさせていただきます。
確かに現代で5~6割の関税は高いように思われますが、今の世の中でも決してない税率ではありません。
例えば、日本に関する税で言うと、
肉に関していえば基本50%の課税ができるようになっています。実際には40%弱の課税がされています。
TPPなどで問題にあがる農業関係で日本といえば『米』ですが、輸入米には402円/kgの課税がされています。
価格.comで調べたところ、輸入米の一番人気が5kgで2150円でした。(因みに白米の一番人気が国内産ブレンドの10kgで2980円。)
ここで輸入米には402円/kgの課税がされているので、単純に考えても2150円の内2010円が課税分で税抜きの本来の値段は140円となり、税率に換算すると約1436%となります。
他にも、おなじみのバナナにも実は40~50%の課税があったり、豆とかが高かったりと農業系のものは課税が大きいものがあるのが分かる・・・農家を守るためかな。
ただ、ほとんどのものは基本5~10%位の課税であり、無税のものもあるので国が関税をどうかけているかで何が欲しくて、何を守りたいかが分かる・・・のかな?
この二次創作の中の関税もそうしたもので平均で5~6割の通行税がかかっています。・・・平均でこれっていうのはやはり多いのか?
・・・あ、そうそう。
こんにゃく芋の課税率を見たらおもしろいと思うので是非調べてみて下さい。
日本の詳しい関税率が知りたい人は『財務省貿易統計の実行関税率表2013年4月版(http://www.customs.go.jp/tariff/2013_4/index.htm)』をご覧ください。