45話 キュルケとカトレア
カトレア様の病気を治療のする為の手術というものを行う前日の夜、私達は少しごねるダーリンを説得して不安になっているかもしれないカトレア様にお部屋まで会いに行った。
いくらか言葉を交わし、カトレア様の不安が薄らいだと思えるようになった時に明日のことを考え、少々早い気もするがお部屋から退出することにしたときにカトレア様から私に声がかかった。
「あ、キュルケさんに少しお話があるので残ってもらえないかしら?」
「え?分かりました。」
あら?なにかしら?ダーリンに話があるというなら分かるけど、私に?
そう思ったが、カトレア様の目を見ると私と二人で話がしたいという意思が汲み取れたので、ダーリンやルイズには先に部屋に戻ってもらうように声をかけることにした。
「ダーリン達は先に行ってて。」
「ああ、分かった。」
ダーリンは私がカトレア様に呼び止められたことに少し不思議に思っているようだったが素直に頷いてくれた。
今みたいに人の言うことを素直に受け入れてくれるダーリンも、時には我を押し通すこともあるダーリンもどっちも素敵ね!
「ちぃ姉さま、私は残っちゃいけないのですか?」
ルイズったら気を利かせなさよ。
わざわざ帰り際に呼び止めたってことは2人で話をしたいということなのに。
「ごめんね、ルイズ。キュルケさんと2人だけでお話がしたいのよ。」
「そうですか・・・。キュルケ!長話してちぃ姉さまに迷惑をかけないようにね!」
「ルイズ、呼び止めたのは私なんだからそういうことは言わないの。心配してくれるのは嬉しいけどね。」
カトレア様は諭すように穏やかな口調でルイズに話しかけている。
私だったら頭ごなしに怒りそうなところだけど、カトレア様はお優しいわね。
「・・・はい。ごめんね、キュルケ。」
そういうカトレア様の言うことだからルイズも素直に聞くのかしら。
「別に気にしてないからいいわよ。ほら、そこにいるといつまでたってもカトレア様が話を始められないでしょ。行った行った。」
そうしてダーリンとルイズが部屋から出ていった。ドアが閉まり、部屋の外からダーリン達の足音が遠ざかっていった。
どうやら扉のへばりついて盗み聞きをするようなことは無かったようね。
私は念の為に部屋を覆うように『サイレント』の魔法をかけた。
これで部屋の外には声は漏れないはずだわ。
私は風系統の魔法は得意ではないんだけど、カトレア様の体のことを考えたらカトレア様に魔法を使わせるわけにはいかないしね。
「あら?『サイレント』をかけたの?」
「はい。なにせ、女の子同士の秘密のお話ですからね。」
「うふふ。そうね。」
「それでカトレア様、お話というのは一体何でしょうか?」
「そのまえにちょっと聞いていいかしら?」
「何をですか?私に応えられるものなら構いませんわ。」
「キュルケさんはヴァルムロートさんと・・・好きな人と婚約出来た時どんな気持ちでした?」
そう言われて私はダーリンに婚約の話を持ち出した時のことを思い出す。
あのときはダーリンを驚かせようと家族皆で画策して、ダーリンには全く知らせずに作戦を実行したんだったわ。
その時のことを思い出すと、今でも胸のあたりが熱くなるのを私は感じていた。
「それはもう!本っ当ぅに!嬉しかったです!心の中の恋の火が爆発したように体が熱くなって、もうダーリンのことしか考えられなかったです!」
そしてダーリンが私との婚約を受け入れてくれたときのことを思い出す。
あの出来事は私はこれまで生きてきたなかでもっとも嬉しい瞬間で、今でも幸せな気持ちで心が満たされるわ。
思わず笑みが零れてしまうほどに。
「キュルケさんは本当にヴァルムロートさんのことが好きなのね。」
「はい!ダーリン以上の男性とはこの先も出会えないと本気で思っているくらいですから!」
「自分の感情をありのまま表現できるなんて羨ましいわね。」
「そんなこと無いですよ!カトレア様にも出来ますわ!」
「どうかしら・・・。そう、それでキュルケさんを呼びとめたのは聞いて欲しいことがあったからなの。」
「なんでしょう?」
「ヴァルムロートさんが私の病気を治すために奮闘してくれて五年経って、とうとう明日病気が治るかもしれないのよね。」
「不安なんですね・・・。」
先程のダーリンとの会話では不安は薄らいだように見えたが、それでも全ての不安が取り除かれたわけではないことは分かるわ。
なにせ普通に暮らしていたら後数年の命かもしれないのだから、それもしょうがないとも思う。
でも、私はカトレア様の病気は絶対に治ると信じている。
だって、私のダーリンが治療を行うのですもの!
「でも大丈夫ですよ!だってダーリンが治療するんですから!」
私がそういうとカトレア様はふふっと微笑んでいた。
「確かに不安はありますけど、私もキュルケさんと同様にヴァルムロートさんを信じているので大丈夫だって思っています。」
「治療に関する不安を聞くのでは無かったのですね。・・・ではカトレア様は何の為に私だけを残したのですか?」
私はそう言ったが、しかしおおよその予想は出来ていた。
なぜ私と二人だけで話がしたいのか、それを考えれば答えは一つしかないはずよね。
「・・・治療が無事終わった後、たぶんお父様が私とヴァルムロートさんの婚約の話を言いだすと思うの。」
「カトレア様とダーリンの婚約、ですか?」
やはり、というべきか。
しかし、これまでカトレア様の病気を治したらダーリンと婚約させるなんてこれまでは話にも挙がっていなかったはずよね。
ダーリンはこのことを知っているのかしら?
私の動揺を心の中が見えるんじゃないかという位の洞察力を持つカトレア様はすぐさま感じ取っていた。
「キュルケさん心配しないで。婚約の話はヴァルムロートさんは知らないと思いますよ。」
「そうなのですか?」
「ええ。元々病気を治したら婚約という話は私がまだ小さかった頃のことでしたし。それに七年前からミス・ネートが病気の様子を診てくれてましたから。」
「そうですか・・・。それでも病気を治したら婚約とはすごいですね。かなりの人が来たのではないですか?」
「ええ、それはもう多くの腕に覚えがある水メイジの方達が来られて、回復魔法や沢山の様々な秘薬を使って病気の治療を行いましたが、ほとんど効果が無くて。」
カトレア様の話を聞いて、公爵家の二女という位とその美貌で多くの男性が来たことを想像するのは簡単なことだった。
私がもし男で、しかも水のメイジだったらすぐに話を聞きつけてその大勢の中の一人になっていたかもしれないわね。
「試せるものは全て試して・・・それでも病気を治すことは出来なかった。私自身病気が治ることを諦めかけていたそんな時、キュルケさんの家から国境正常化の話が転がり込んできたのよ。」
「ああ、あの時ですね。」
あのときダーリンがヴァリエール家との仲を改善しようと言いだしたときは家の中が大変なことになったわね。
いまでこそ笑い話だけど、あのときは半分本気でお父様がダーリンを殺しにかかってたし。
「その時にヴァルムロートさんに出会えたことは私にはとても幸運なことだったわ。・・・お父様達は藁にもすがる気持ちだったのでしょうけど。」
「そうでしょうけど、でもその時に病気が治せなかったら殺すとか言ってたと聞きましたけど。」
私が冗談交じりでそう言うと、カトレア様はバツが悪そうに少し苦笑いをした。
別にカトレア様を責めたわけではないのだけど、少し意地が悪い発言だったかもしれないと少し反省をする。
「私もその話は後から聞きました。いままで忌み嫌っていた家の息子に娘を任せたくない。・・・けど、でも娘の病気が治る可能性を潰したくは無いといういろいろな気持ちと公爵家としてのプライドが入り混じった末のものだったのだろうとお父様は言っていましたけど、でもお母様がヴァルムロートさんがどの程度の覚悟でものを言っているのかを知りたかっただけの様に思えますけどね。」
確かにあの時ダーリンも「覚悟を試したんじゃないかな?」みたいなことを言っていたし、本当も殺すつもりは無かったのでしょうね。
しかし、覚悟を試す為と言ってそういうことを言ってしまうカリーヌ様は、“烈風のカリン”と呼ばれるハルケギニア最強と謳われたメイジだけあって血の気が多いのかしら?とそんな失礼なことを考えてしまった。
「それでこの五年間で随分両家の関係改善して、そしてヴァルムロートさんと言う人がどういう人なのかを少しは知ることが出来ました。私の両親、特にお母様がヴァルムロートさんのことを気にかけているようですし、この状況で私の病気が明日の治療で治れば・・・。」
「・・・それは確かにダーリンにカトレア様との婚約の話を勧めてくることもあるかもしれませんね。」
「はい。・・・しかし、私はこの話を断ろうかと思っています。」
私はカトレア様のその言葉に驚きを隠せなかった。
これまで私がカトレア様と直接会う機会は少ないものであったけど、どうみてもカトレア様がダーリンを嫌っていたようには見えなかった。
・・・むしろその逆のような気さえしていたのだけど。
「どうしてですか!?あ、もしかしてカトレア様、ダーリンのことが嫌いだったのですか!?」
「いいえ!私がヴァルムロートさんを嫌うなんて!それはないです!・・・むしろ婚約出来たらいいなと思っています。」
うん!やっぱりね!
さすが伊達に“微熱”の二つ名を名乗っている私ではないわね!
女性の恋愛関係の洞察力ならカトレア様にも負けていない・・・はず。
しかし、これでは先程言った言葉がおかしいと思わないはずがない。
「カトレア様、言っていることが矛盾していませんか?婚約は断るけど、でも本当は婚約したいなんて。」
「そうですよね・・・。でも、先ほどのキュルケさんの話を聞いて、やっぱり断ろうと改めて思いました。だって、キュルケさんは本当にヴァルムロートさんを好いていてそれを邪魔するようなことは出来ませんわ。」
「私の為なんですか!?そんな風に気を使われても私はちっとも嬉しくありませんわ!失礼ですけど、私をバカにしているように思えます!」
「怒らせてしまってごめんなさい!でも、キュルケさんをバカにしているつもりは全くないのよ!」
「ええ、それは分かっているつもりです。・・・カトレア様は本当はどうしたいのですか?本心を聞かせて下さいますよね?」
「・・・私も・・・キュルケさんのように自分の心に素直になりたいわ。でも・・・。」
「でも?」
「ヴァルムロートさんは私のことを親戚の仲の良いお姉さん位にしか思って無いようですし・・・。」
カトレア様が言った言葉に「そんなことまで分かるんだ・・・」と私は素直に感心していた。
そして同時に目の前にいる恋する乙女が他人の為に自身の恋に嘘をついて諦めようとしていることも分かった。
その時私は思った。
もしカトレア様と自分の立場が逆だったら、自分はどうするだろうか?と。
相手にすでに恋人がいるから諦める?
いいえ。
奪い取ってでも私のものにしてみせるわ!
相手が自分のことを恋愛対象外とみていたら諦める?
いいえ。
必ず私の方に振り向いてもらって、私に惚れさせてみせるわ!
相手とすでにいる恋人に自分では作れない絆があったら諦める?
いいえ。
絆ってようするにどれだけ一緒にいたかでしょう。これから作っていけばいいのよ!
自分だったとしてもやはり諦めるという選択肢は無いと自問自答して改めて思った。
しかし目の前にいる恋する乙女は自分とは正反対に私のせいでその恋心を一度も表に出さないまま終わらせようとしていた。
私はそんなカトレア様に喝を入れなくてはいけないと強く思った。
私が行うその行為が私にとって最大の“敵”を作るかもしれないということは十分に分かっていた。
しかし、そのことを考えるよりも先に口から言葉が出ていた。
だって、私には恋愛感情を抑えるなんて上品なことはできないのだから!
「カトレア様!それでも自分の心に正直になって下さい!」
「キュルケさん?」
「相手に恋人がいようとも!自分のことをなんとも思っていなくても!それはそれ。自分の心に嘘をつく理由にはなりませんわ!」
「あらあら。相手の恋人はキュルケさんなんですけどね。」
カトレアさんが少し可笑しそうに笑い、私もとぼけた振りをして笑った。
「あら?うふふ、そうでしたわね。」
「キュルケさんってうっかりさんね。」
カトレア様はそう言っているが私が何を言いたいのかを薄々は勘づいてはいるだろう。
でも、言葉にした方がもっと、確実に相手に伝わる・・・そういう思いを込めて、私ははっきりとカトレア様に言った。
「あはは・・・それでもカトレア様は御自身の気持ちをちゃんと言うべきですわ!」
「そうね・・・。でも、この話をしたらキュルケさんはてっきりヴァルムロートさんとの婚約に猛烈に反対してくるのかと思ったけれど、まさか反対に応援されるなんて。」
「たしかにダーリンと他の誰かが形式的に婚約するのは嫌ですけど、でも本人に恋愛感情がある場合は別ですわ。」
「あら?どうしてかしら?」
「恋はツェルプストーの宿命ですからね!・・・あ、炎もありましたっけ。」
「うふふ、そうなの。でも、いいの?自分で恋敵の応援なんてして?」
「ええ、恋は障害がある方が燃え上がりますから!」
「あらあら。私はキュルケさんの恋の道具のひとつということかしら?それでしたら私にも考えがありますわ。」
「なんですか?」
「私もヴァルムロートさんの婚約者になってキュルケさんと対等・・・いえ、それ以上の存在になってあなたを脅かしてみせますわ!」
「そうですか。それは楽しみですわ!」
「・・・うふふ!」
「・・・あはは!」
私とカトレア様の間に一瞬緊張が走ったかと思うと、2人とも笑い出していた。
「カトレア様、お互いの恋の為に頑張りましょう!」
「キュルケさん、私達はヴァルムロートさんの婚約者という同じ立場なるかもしれないのですから他人行儀はやめましょう。私のことは様付けで呼ばなくてもいいわ。」
「それでは今度から“カトレアさん”と呼びますわね。呼び捨てはお互いが婚約者から夫人になった時にしましょう。」
「うふふ、そうね。よろしくお願いするわね、キュルケさん!」
「こちらこそ!よろしくお願いしますわ、カトレアさん!」
この瞬間、私達は同じ一人の男性を思う恋敵—— とも ——となった。
「・・・でも、この婚約の話ヴァルムロートさん自身が断らないかしら?」
「そうですわね・・・。ダーリンは恋に生きる!と言う感じのプレイボーイではないですしね。もし断わりそうになったときは私のほうから説得しますわ!」
「え!?いいのですか?」
「ええ!ツェルプストーの男として婚約者の2人や3人は同時に愛せる位でないといけないですからね!」
「あら?3人目がいるのしから?」
「いえ、いないけですけど・・・それ位の気持ちでいて欲しいということですわ!」
「私としてはもう増えて欲しくないのだけれどもね。」
「それは今後次第、ダーリン次第ということですわね・・・。」
「そうね。まあ、ヴァルムロートさんのことですから自分から言い寄るということは少ないと思うのですけど。」
「あ!私が婚約の話は知らなかったからダーリンはもちろん知らないと思いますけど、私のお父様やお母様はこの話を知っているのですか?」
「ええ。お父様が以前手紙でツェルプストー辺境伯様にお手紙を出した時にそういうことを書いたと聞きました。キュルケさんには私が直接話したかったので黙っていてもらいましたけど。」
「お父様達は婚約の話知っていたのですか・・・。あ!だからあんなに今回のカトレア様の治療に行くのを急いでいたのね。てっきりカリーヌ様との模擬戦を楽しみにしているとばかり思っていたけど。」
そうは言ったが家族の皆はダーリンとカリーヌ様の模擬戦をそれはそれで楽しみにしているんだろうな、と思った。
そして私の時と同じように、またダーリンだけ自分のことなのに婚約の話を聞かされてないということに気付いた。
「・・・またダーリンだけ婚約の話を知らないのね。自分のことなのに。」
「それなのですけど、本当は事前に話そうとこちらは考えていたのですが、ヴァルムロートさんには黙っていて欲しいとそちらからの、特にツェルプストー辺境伯様からの意見がありまして。」
「お父様、ね。・・・それでその理由とか聞いてます?」
私はそれを言い出したのがお父様と聞いて、十中八九、理由が想像出来たのだけど一応聞いてみることにした。
「はい。なんでも「その方が面白いから」だそうです。」
「やっぱりね。」
私の想像通りの答えだった。
私のときもそうだったが基本ツェルプストーの家族はダーリンを驚かせることが好きなようだ・・・それも主にお父様が。
以前私がどうして婚約のことを黙っていたのかを聞いたところ、「ヴァルムロートが魔法や領地経営などでは自分達が驚かさせてばかりなので、せめて恋愛関係でヴァルムロートを驚かせてやりたい」と言っていたのを思い出した。
「カトレアさん、私はそろそろ失礼しますね。」
「そうですか。キュルケさん、ありがとうございました。」
「いえ、明日は大事な日なのでゆっくり休んで体調を万全にしてくださいね。それではお休みなさい。」
「ええ、お休みなさい。」
カトレアさんがベットに入るのを確認して、私はドアの所に向かった。
ドアを閉める際に隙間からカトレアさんに手を振ると、カトレアさんも横になったまま手を振ってくれていた。
カトレアさんの部屋を出た後、ダーリンにお休みの挨拶をして、自分の部屋に戻った。
私は最大の“敵”であるカトレアさんに塩を送ったことに対し微塵も後悔をしていなかった。
むしろこれから起きるであろう沢山のことを思い描いていると、楽しみの方が心を多く占領することに私は心地良さを感じながら眠りについた。
「ふふ、これから楽しくなりそうね!・・・ダーリンは大変そうだけどね。」
——翌日、カトレアの手術は無事成功する。
<次回予告>
とうとうやってきてしまったカリーヌさんとの模擬戦が。
・・・って、そういえば俺って模擬戦とはいえ、メイジと戦うのは初めてじゃねえか!?
初めてが最強クラスのメイジってムリゲーだ・・・。
カリーヌさん、お手柔らかにお願いします!
その言葉に不敵な笑みを浮かべるカリーヌにヴァルムロートの背中に嫌な汗が流れるのだった。
第46話『試合用の本気ってやつ?』
次は7/7/頃の更新を目指して頑張ります。
七夕か、ヤマグチノボルさん亡くなっちゃったしゼロ魔が永遠の未完になってしまったのはしょうがないとして、最後はどういう終わり方する予定だったのかとかプロットだけでも公開とかしてくんないのかな?
設定資料集みたいなやつの付録でつけるとかでもいいから。