46話 試合用の本気ってやつ?
カトレアさんの手術を行った翌日、様子を見るためにカトレアさんの部屋を訪れた。
「カトレアさん。ヴァルムロートです。今よろしいですか?」
「あ、はい!ちょっと待ってくださいね。・・・いいですよ。」
「失礼します。」
扉を開けて部屋に入る。
続けてミス・ネートやヴァリエール公爵、カリーヌさん、ルイズ、エレオノールさん、キュルケにうちの両親たちまで入ってきた。
ヴァリエール家の人たちはカトレアさんが心配だから来たのは分かるけど、なんでうちの家族まで入ってきたの?と思ったが口には出さなかった。
俺の行った結果をちゃんと確認したいのだろうと思うことにしておいた。
「おはようございます、カトレアさん。体の調子はいかがですか?」
「ヴァルムロートさん、おはよございます。体の調子ね。・・・体を開いたと聞きましたが、全然痛くありませんわ。」
カトレアさんは体に痛みは感じていないようだ。その事に俺はほっと胸を撫で下ろす。
実験段階では手術の次の日くらいは多少の痛みを被験者達は訴えていたが、その原因は回復に安い秘薬を使用した為であるという予想は立てていた。
実際に本番同様の手術を行った被験者からは傷が痛むという発言は無かったのだが、カトレアさんではどうなるのか?ということはやってみないと分からなかった。
まあ、回復の補助としては最高級の“精霊の涙”を使用した秘薬なのでその効果は絶大だったということだろう。
しかし傷が塞がっているとはいえ所詮回復魔法は治癒力を高めているだけなのでまだ完全ではないだろうし、今後は感染症と切り取った肺のところからの空気の漏れがないかや癌ではないと思うので(癌であそこまで大きかったら他の臓器に転移していただろう)再発の可能性はないと思うがゼロではないのその辺を長期的に確認していかないといけない。
それに折角病気が治ったのだから、健康的な体作りを少しずつしてもらって今まで以上に自由に生活できるようになってもらわないとな。
「そうですか。ほかには何か変わったことがありますか?」
俺がカトレアさんに質問している間にミス・ネートが『ディテクトマジック』で切開した場所状態や肺の様子を確認してくれている。
「そうね・・・。あ、前よりも息がしやすくなったかもしれませんね。悪いところを取り除いたからでしょうか?」
「そうだと思います。カトレアさんの悪かった部分は息を吸うところを圧迫していたので、それがなくなったので息がしやすくなったのでしょう。」
「そうですか。でも息を吸うところなのに取ってしまっても良かったのですか?」
そう聞かれて俺はしまったと思った。
それはカトレアさん本人に直接今回の手術についてのインフォームドコンセントを行っていなかったのだ。
公爵やカリーヌさんには手術の方法やその後のことや万が一起こり得る可能性なども説明したんだけど、二人からは聞いてなかったようだ。
そこで改めて、カトレアさんに今回の手術のことをきちんと説明することにした。
「はい。確かに僅かばかり息を吸う能力は落ちましたが、それでもほぼ健康な状態と変わりないので安心してください。」
「そう。私はいままで健康ではなかったから、いままで以上になれるのかしら?」
当然のような質問をカトレアさんは口にした。
ここで「もちろんです!」と言いたかったが、過剰な期待をさせてはいけないと思い、ぐっと言葉を飲み込んだ。
「ええ。そうだと思います。」
「ヴァルムロートさんはたくさんのことを知っているのね。すごいわ。」
その後もカトレアさんから二、三質問があり、そのことについて丁寧に答えていった。
これでカトレアさんの治療は経過観察を残すのみとなり、ほぼ終わりだ。
今回の手術を行う際にカトレアさんやキュルケ、ルイズに秘密にしていた“あの事”を言うなら今じゃないのか?と考えた。
御あつらえ向きにちょうど他のみんなもいる。
すぅう、はぁ・・・と、俺は一回だけ深く呼吸を行った。
「・・・カトレアさんにお話しがあります。」
「あら?何かしら?」
俺は公爵や父さんに目配せをした。
「そうか。あれを話すのか・・・。」
公爵がそう呟き、父さんは黙って頷いた。
「カトレアさんを治療するにあたって黙っていたことがあり、治療が終わった後にお話しする約束でしたのでお話ししたいと思います。」
「はい。」
カトレアさんの顔が真剣なものに変わり、ほんわかした雰囲気が薄れた。
「しかしこの話はあまり聞いていても気持ちの良い話ではないのでカトレアさんにはこれを聞かないという選択もすることができます。もし今は気持ちの整理ができないと仰るのならば別に時でも構いません。」
「そのことは私の病気を治すために行ったことなのでしょう?」
「はい。これがなければカトレアさんの病気を治すことは僕にはできませんでした。」
「・・・そうですか。では、お話しを伺います。それを聞くことは手術を受けた私の責任というものでしょう。」
「・・・分かりました。キュルケにも約束していたからな。良かったら聞いてくれ。」
「もちろんよ!仮に聞くなと言われても、聞いていたわ!」
「おn・・・ヴァルムロート!私は?」
ルイズが俺を呼ぶ前に何か言いかけたようだったが、今はそれについて考えてる暇や余裕は俺にはなかったので無視した。
「ああ。ルイズも関係者だからな。良かったら聞いてほしい。もちろん、エレオノールさんも。」
「当然でしょう。それにあなたが何をしたか興味あるわ。」
エレオノールさんの眼光が鋭い。
俺エレオノールさんに嫌われているみたいだな、とその視線を受けながら少し寂しさを覚えた。
そして俺は人体実験について話始めた。
最初に人を実験台しようと思いついたことを話すとカトレアさんとルイズは案の定驚いていたが、その三人に対してエレオノールさんはむしろ納得したような顔をしていた。
そこからのエレオノールさんの態度はこれまでとは打って変わったものになっていた。
実験の内容を簡単に説明するとやけにエレオノールさんの食いつきが良く、あれこれと聞いてきたので結局は簡単な説明では終わらなかった、いや終わらせてくれなかったというべきだろう。
なんだか今までで一番エレオノールさんと距離が近くなったのかもしれない。
実験後の被験者がどうなったかを話したときはもともと死刑になるような犯罪者だったせいなのか意外にすんなり聞き入れていた。
「・・・これがいままで黙っていた事の全てです。」
話終わった後、俺は沈黙が重たく感じた。
カトレアさんは怪我をした動物を拾ってくる位命を大切にする人だ。
だから人体実験を行った俺のことを酷いヤツだと思っているのかもしれない。
最悪、もう顔も見たくないと言われる覚悟をしていた。
「・・・どんなすごいことかと思ったけど、案外普通のことをしてたのね。」
そんな中、一番に口を開いたのはエレオノールさんだった。
「え!?」
俺はエレオノールさんを驚きの表情で見つめた。
「人体実験なんてアカデミーのゼミでもやっていたことがあるらしいですし。そんなに驚くようなことではありませんでしたわね。・・・まあ、それを個人のレベルで行った、ということは驚くことかもしれませんけど。」
「そう、なんですか?」
「ええ。だからそこまで気にすることもないでしょう。カトレア!それにルイズも!いつまでも変な顔をしていないでしゃきっとしなさい!」
「「は、はい!」」
エレオノールさんのおかげで重たい感じがなくなっていた。
「ヴァルムロートさん。」
カトレアさんがいつもの調子で話しかけてきた。
「はい。」
「私のためにそこまでして下さってありがとうございます。」
「い、いえ・・・。」
カトレアさんが素直に感謝を表してくれたことに対し、ついつい照れ隠しをしてしまう。
「なにせ自分の命も懸かってましたから。」
「でも・・・」
「でも?」
カトレアさんはまうで子供を叱る時の母親のような顔をした。
「またこのようなことがあったときは隠さずに話してくださいね。本当はしてほしくはないのですけど。」
まるで「めっ」と言わんばかりの口調でそう言った。
ついつい俺も素直に頭を下げてしまう。
「わかりました。でも、やらないという選択肢はありません。カトレアさんを救うためだったらどんなことでもしてみせます。」
「そ、そう、ですか・・・。」
俺はちょっとくさかったかな?と思ったが、カトレアさんの顔が少し赤くなって照れているようだった。
その時ヴァリエール公爵が父さんの横に移動したのには気が付かなかった。
——ヴァリエール公爵とツェルプストー辺境伯は二人は他の人には聞こえないような小声で話し始めた。
「・・・やはりお前の息子だな。こんな場面なのにカトレアを口説いているぞ。」
「・・・いや、口説いているわけではないと思うぞ。あれは素だな。」
「あれが素か・・・。ツェルプストーの女たらしの才能もちゃんと引き継いでいるようだな。で、どうする。この場で“あの話”を切り出すか?」
「いや。カリーヌ夫人との模擬戦の後にしないか?」
「どうしてだ?早い方がいいだろうし、今なかなか雰囲気もいいぞ?」
「困難があったことの後の方が喜びが大きいだろうし、その方が良いリアクションが見られるかもしれんぞ?今だと、そのまま普通に承諾してしまいそうだからな。」
「別に普通でいいのではないか?」
「それでは面白くないだろう?やるなら面白い方がいいしな。」
「そうか?まあ、あまり自分の息子をいじめてやるなよ?」
「ふふ、そうだな、考えておこう。お前こそ義理の息子になるからといって甘やかすなよ。」
「そうだな。・・・で、どうする?」
「建前はカトレア嬢の回復祝いとして・・・」
「ふむ。では、その裏で・・・」
——二人はこそこそと話を進めた。
とりあえず、手術翌日であってもカトレアさんの体調に今のところ問題ないようだ。
しかし、このまま念のために一週間は安静にしていてもらうことにした。
それからは何事もなく平和に過ぎていった。
・・・嵐の前に静けさのように。
そして一週間経った今、俺はヴァリエール家の魔法の“特別”練習場に来ていた。
わざわざ“特別”と付いているのはカリーヌさんの為に広く——うちの練習場の倍以上の大きさがある——、そして周りを何重にも『固定化』と『硬化』の魔法がかけられた高い塀に囲まれているからだ。
さらに練習場の端の方に観戦用の席が作られて、そこにみんなが座っている。
その後ろには何かあった時のためにミス・ネートが待機している。
そして俺は練習場の真ん中でカリーヌさんを待っている。
当初はみんなで一緒に行く予定だったのだがカリーヌさんが「ちょっと遅れるので先に行っていなさい。」というので先にやってきたわけだ。
まだかな?と、思っていると突然突風が吹いて砂が巻き上がった。
「うわっ!」
俺はとっさに目を瞑り、顔を守るように腕を上げた。
風が止んだので目を開けると普段とは少し装いが異なるカリーヌさんが目の前に立っていた。
「烈風カリン、ここに参上!」
そう言って、カリーヌさんは杖兼用のレイピアをビシッと俺の方に向けた。
カリーヌさんの登場演出に俺はただただ驚いていた。
「あの・・・カリーヌ、さん?」
「今の私は“カリーヌ”ではありません!今の私は“カリン”です!」
「はあ・・・、カリンさん、ですか。それでその恰好は?」
「これですか?これは私が“カリン”として騎士団にいたときの恰好を再現して作らせたものです・・・まあ、さすがにズボンは長めに作らせましたけど。しかし、このような恰好をすると騎士団にいたときを思い出しますわね。」
「そ、そうですか・・・。」
はしゃぐカリーヌさん、改め烈風カリンさんは髪を括ってポニーテールにして、白いノースリーブの服の上に青色のマントを羽織り、白いスラックスを穿いて、黒色の革靴を履いている。
この世界基準で言えばあまり女性ぽい服装ではないが、胸元の赤い大きなリボンが最後の抵抗のように着いていた。
目の前にいるカリーヌさんは服装のせいか普段よりも凛々しく見え、その印象として俺が持ったのは“宝塚の男役の人みたいだな”だった。
俺がカリーヌさん、いやカリンさんに服のことを聞くと「騎士団にいたときに着ていた服に似せて作った」と言っていた。
上機嫌で答えてくれたカリンさんはやけにやる気満々のようだ。
そんなカリンさんに俺は少し弱腰で尋ねた。
「あの・・・、どうしてそのような恰好で来られたのですか?」
「どうしてって・・・ヴァルムロートさん、あなたと戦うからでしょう?」
カリンさんは俺の質問の意図が分からないと首を傾げた。
しかし、これまで討伐などで女性のメイジも同行することもあったが精々ドレスよりは動きやすい服装をする程度で、目の前の人のように男装する人は一人もいなかった。
「いえ、確かに普段のドレスでは戦い難いのは分かりますが、なぜ“騎士団時代に似せた服”なのですか?もっと他にもあると思うのですが・・・。」
「確かにドレス風の戦う時の為の服はありますが、わざわざこの服を用意させたのはヴァルムロートさんに敬意を払っているからですよ。」
カリンさんから敬意を払っていると言われて俺は驚いていた。
もし目の前に鏡があったのなら、鳩が豆鉄砲を食らったような驚いたような間抜けな表情をしている自分の顔が見えただろう。
「え!?僕にカリー・・・ィンさんが敬意を払うなんてことがあるのですか?」
「ええ。私はヴァルムロートさんの魔法の能力を高く評価しています。その歳でスクウェアまで上り詰めたことやカトレアの病気を治してくれたことがありますからね。」
「あ、ありがとうございます!」
褒められたことに俺はつい素直に頭を下げて、お礼を言ってしまう。
こういう反応を自然としてしまうことに自分がまだまだ日本人的な感覚を持っているのだなと感じる。
・・・まあ、あまり謙虚すぎることに対して父さんによく「もっと堂々としろ」と注意を受けてるのだが。
「それに・・・」
そう言ってカリンさんが今日一番いい表情を見せた。
「そ、それに?」
カリンさんはすごくいい笑顔をしているのになぜか俺は寒気を感じていた。
「やはり思う存分力を出すにはそれなりの恰好でないといけませんからね!」
「いやあああああああああああああああ!!!やっぱりやる気満々だよ!!」
と俺は心の中で叫んだ。
声には出さなかったが表情には少しは出ていたかもしれないが、そんなことカリンさんは気にも留めていない。
「ああ、大丈夫。私は全力を出さないようにしますから。」
カリンさんがそう言ったことでてっきり全力全壊で模擬戦を行うと決めつけていた俺は少し安堵した。
「ええ、ですがヴァルムロートさんは全力で来てくださいね。あなたの実力に応じて私も出す力を決めますから。」
カリンさんの言葉を聞いた俺は「全力は出さずにいれば、カリンさんにぼこぼこにされないで済むかも」と考え、この場を乗り切るのに俄然やる気が湧いてきた。
「・・・分かりました!」
「あ、くれぐれも実力を隠しておこうとは考えないで下さいね。」
しかし、そんな俺の考えはお見通しとばかりに釘をさしてくるカリンさん。
しかし、カリンさんは俺のメイジとしての力量は話に聞く程度なので俺が多少手を抜いたところで分かりはしないだろうと思っていた。
「アハハ、マサカ。」
「もし後で力を隠しているのが分かったら・・・いいですね。」
カリンさんが最後の「いいですね。」を発した瞬間、俺は身の危険を感じた。
恐らくこの「いいですね。」には、実力を隠していたら最初から全力を出しておけばよかったと思わせる何かをやるぞ!というカリンさんの念が込められているような気がした。
気がしただけなので確証はないが、ここで全力を出さなかったら大変なことになると俺の心が危険信号を発していた。
俺が全力を出せばその分カリンさんも力を出してくるので気が乗らないが、その後のことを考えると出さないという選択はもう出来なかった。
「分かりました・・・。」
「ん?・・・まあ、人間相手、しかも模擬戦で全力を出すのは危ないというあなたの心遣いは当然ですわね。」
俺の声が少しトーンダウンしたことをカリンさんは、俺がカリンさんの身を案じている、という風に捉えた様だ。
俺が案じているのは自分の身で、俺がカリンさんに勝てるなんて思いつきもしていないことは気付いていないようだ。
しかし、ここはカリンさんの考えに乗るべきだと判断した。
「え、ええ!私がカリンさんに勝てるとは到底思えませんが、万が一にもお怪我などされたら大変ですから、今日のところは」
俺が「ほどほどでお願いします。」と言おうとしたらなぜかにっこりと微笑んでいるカリンさんの言葉に遮られてしまった。
「それは問題ありませんわ。だって、あなたが戦うのは私の“偏在”とですからね。だから、思う存分全力を出してもらって構いませんわ。」
そう言ってカリンさんはスペルを唱えると、カリンさんの横につむじ風が起こった。
風の中に人影が浮かんだと思ったら、風が止んでそこにカリンさんにそっくりな人がいた。
いや、そっくりな人ではない、これが『ユビキタス』の魔法で作り出された“偏在”という存在、もう一人のカリンさんなのだ。
偏在のカリンさんは一歩俺の方に踏み出した。
「そういう訳で私があなたの模擬戦の相手を行いますわ。私が傷を負っても本体にはなんら問題はないので全力で私に挑みなさい!」
ここまでお膳立てされたのなら、逆に俺の力がハルケギニア一と謳われる烈風カリンにどれ程通用するのか試してみたくなった。
そんな考えに至った自分が先ほどまではなんとかしてこの模擬戦を楽に終わらせようと考えていたのが愚かしく思えて、ふっと軽く笑ってしまった。
「・・・はい!僕の現在の力全てをもって挑みたいと思います!お願いします!」
俺は偏在のカリンさんに向かって、頭を下げた。
「それでいいのですよ。では、私は観客席の方からあなたの戦いぶりを観させて頂きますね。」
そう言ってカリンさん本人は観客席の方へ飛んで行ってしまった。
カリンさん本人が観客席に到着したのを確認して、俺と偏在カリンさんは再び向き合った。
「・・・ではいきますよ!」
「はい!」
俺の返事を合図として互いに距離を取った。
偏在カリンさんは元いたところから5メイル位しか離れなかったが、俺は10メイル以上も離れて、お互いの距離は20メイル位になっていた。
「ヴァルムロートさん!そんなに離れて大丈夫なのですか?」
向こうから偏在カリンさんが少し心配そうな顔で俺に声をかけてきた。
俺はなにせメイジ同士の模擬戦は初めてで勝手が分からないので、とりあえず一般的な魔法の射程距離ぎりぎりのところ、要するに魔法の命中率が五割位になる距離まで互いが離れるものだと思っていたがどうやら違うらしい。
俺の普通の状態での射程距離は大体2、30メイル位で最大50メイルでさらにトランザム状態では距離が延びるので問題ないとその時はおもったのだが、後で聞いたところ普通は10メイル位の距離から始めるらしい・・・近すぎないだろうか?。
「え!?あ、はい!大丈夫です!」
自分の間違えに内心かなり動揺したが、ここからまた近づくのもかっこ悪い気がしたのでそう返事をしてしまった。
偏在カリンさんに何か言われたら、近づこうかとも思ったが何も言われなかったのでこのまま進めることとなった。
——カリン登場からの観客席
「ちぃ姉様、お母様はどうしてあのような恰好をしてきたのでしょうか?」
「そうね。いつものドレスでは動きにくいのであのような恰好をしてきたのでしょう。」
「なるほど!でも・・・あまり女性っぽい服ではありませんね。なんだか男性が着るような服みたいですね。」
地球で見たらべつに女性がズボンを着ていても不思議ではないが、ハルケギニアでは男性はズボンを、女性はスカートをつけるものという考えがあるのでルイズは不思議に思っているようだった。
「そうね・・・。お姉さまは何か知っていますか?」
「さあ?私もみたことはないわね。でも昔お母様は“烈風カリン”と呼ばれていたようね。“カリン”は男性につける名前だからそれに関係あるのではないかしら?ねえ、お父様?」
しかし、ヴァリエール公爵は目の前にいるカリーヌの姿を見て驚きと同時に軽い恐怖の念を抱いていた。
「あ、あの服、まだ持っていたのか?・・・いや、少し細部が異なるか?あのときは短いズボンと黒い長い靴下を穿いていたはずだ。」
「お父様?」
「あ、ああ、ルイズ、すまない。あの服はカリーヌが騎士団に所属していたときに着ていた服にそっくりな服なんだよ。」
「騎士団ですか?それは知っていますけど、それとどう関係があるのですか?」
「ちょっと待って。そういえば昔聞いたときは疑問に思わなかったけど、騎士団は男性しか入れないはずよね?」
「その通りだ、エレオノール。だから、カリーヌは名前を“カリン”と偽って、あんな男装してまで騎士団にいたのだ。」
「そうなんだ・・・。」
「そして、カリーヌがあのような恰好をしたということは・・・」
「「「いうことは?」」」
「・・・カリーヌはかなり本気でやるつもりのようだ。ツェルプストー!」
ツェルプストー側はカリーヌのズボン姿が凛々しいだの、今度自分もやってみようかなどとわいわい話していたが、いきなりヴァリエール公爵に声をかけられて少し驚いていた。
「ヴァリエール、どうした?」
「カリーヌがかなりやる気でな、もしかしたらこっちまで被害が来るかもしれん!だから試合中は『エア・シールド』をかけておこうと思う。そちらも手伝って欲しい!」
「・・・あの“烈風カリン”がやる気になっているのか。分かった!前面に『エア・シールド』を展開すればいいのだな?」
「ああ!頼む!」
ヴァリエール公爵とツェルプストー辺境伯が話していると模擬戦を行う二人に動きがあった。
「ああ!ち、ちぃ姉様、お、お、お母様が二人になったわ!?」
「ちょっと落ち着きなさい、ルイズ。貴方は初めて見るかもしれないけど、あれがスクウェア風メイジの『ユビキタス』、偏在つまりもう一人の自分をつくる魔法よ。」
魔法で二人になったカリーヌの姿に驚くルイズをエレオノールがたしなめた。
興奮するルイズを横目にエレオノールはヴァルムロートを睨みつけるようにじっと見ていた。
そんなエレオノールの様子にカトレアは気が付いていたが、その目から感情を感じ取っていた。
自身の母親であるカリーヌに偏在を使う必要があると考えさせるほどにヴァルムロートの実力が高いと思わせていること、つまりはヴァルムロートが曲がりなりにもカリーヌに、いやあの烈風カリンに認められようとしていることが少々面白くないとその目は言っていた。
少なくとも、メイジとして烈風カリンに認められる、ということがエレオノールには出来なかったことということも知っていたのでカトレアは何も言わなかった。
そのカリーヌが偏在を置いて観客席に飛んできた。
そして、空いている席に座った。
ルイズが興奮したままカリーヌに話しかけていたがそれを「もうすぐ試合が始まりますわよ。」と言って制していた。
一方、キュルケは心配そうにヴァルムロートを見つめていた。
「カリーヌ様がやる気を出しているなんて、ダーリン大丈夫かしら?」
「どうかしら?でも仮に怪我をしても後ろにミス・リッシュがいるから大丈夫よ。」
「そうそう。」
「あら?ヴァルってメイジと戦ったことあったかしら?」
そう言えばという風にヴァルムロートの母親が言った言葉に無言のままヴァルムロートの家族は互いに顔を見合わせた。
「・・・ま、まあ、なんとかなるでしょう。」
「そうね。ヴァルなら大丈夫よ。・・・たぶん。」
そんなことを話しているとヴァルムロートとカリーヌがお互いに距離を取っていた。
二人の距離は大体二十メイルといったところだろうか。
「やっぱり無理かも。」
「そうね。距離が普通の倍以上開いてるわ。」
「ダーリン、頑張って!」
「・・・そろそろだな。では、皆で『エア・シールド』をかけるぞ!」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
「こちらも『エア・シールド』をかけよう!エレオノール頼んだぞ。」
「はい!」
「カトレアはまだ、りはびり?というものがあって魔法を使うのをまだ禁止されているからしなくていいぞ。」
「そうですね。分かりました。」
「お父様!私は?」
「ルイズは・・・カトレアと一緒にメイジ同士の戦いがどういうものかをよく見ておきなさい。」
ヴァリエール公爵はそう言っているが、言葉を発する前に一瞬表情が曇ったことをルイズは見逃さなかった。
そのことにルイズは自分が未だにまともに魔法を扱えないことを悔やんだ。
「・・・はい。分かりました。」
「落ち込まないで、ルイズ。一緒にお母様とヴァルムロートさんを応援しましょう。」
「うう・・・。分かりました。」
そして観戦席の前に何重もの風の壁が出来上がり、開戦を待つのみとなった。
「ではヴァルムロートさんに先手を譲りますわ。さあ、かかっていらっしゃい!」
そう言われた俺は少し戸惑った。
人と模擬戦をすること自体は家でも行っていたが、しかしそれは剣の鍛錬の時の剣士同士としての組手であったのでメイジ相手に模擬戦、しかも魔法を使って行うことは初めてだった。
なので最初から全力でいったらいいのか、それとも様子を見るように弱い魔法から使ったらいいのかが分からなかった。
これがゲームだったら開戦直後に強いビームやミサイルを放つところなのだが・・・
ゲームと現実は違うだろうと思い、まずは弱い攻撃で相手の出方を伺った方がいいと判断した。
「はい!・・・『ファイアーボール』」
俺は『ファイアーボール』を放つと共に横に移動し、さらに2発目の『ファイアーボール』を放った。
1発目を撃った後にすぐに移動したのは、棒立ちでは狙われる危険性がある、ということと相手が開戦ぶっぱしてくる可能性を考慮したものだった・・・ゲームではよくあることだからな。
現実とゲームは違う、なんて思いながらその実、判断の一部にゲームの知識や経験を使ってしまう俺だった。
「時間差の別の場所からの攻撃ですか。まあまあですわね。しかしこの程度の攻撃ではどうにもなりませんよ!」
偏在カリンさんがそう言ってレイピア型の杖を振った。
あと少しで『ファイアーボール』が偏在カリンさんに当たる!・・・というところで偏在カリンさんの起こした風の魔法で『ファイアーボール』は簡単に弾き返されてしまった。
しかもその弾かれた『ファイアーボール』が俺が2発目に放った『ファイアーボール』に上手いこと誘導されて、ぶつかり、爆発した。
その爆風で地面の砂が俺と偏在カリンさん双方の視界を遮るように空中に舞い上がった。
「うわっ!砂でカリンさんが見えない。・・・っていうか、ここの砂簡単に舞い上がりすぎだろ!?」
俺が砂に戸惑っていると突然砂のカーテンを割って竜巻が現れた。
普通竜巻は地面に垂直にできるものだが、その魔法で出来た竜巻は地面に対し水平に、多少の蛇行はあるものの真っ直ぐ俺の方に向かって伸びてきた・・・それは例えるならコンバトラーの超電磁タツマキだ、いや絵的にはそのものだった。
「え!?あっ、ぎゃあああああ!」
一瞬のことだったので反応できず、俺はあっさりその竜巻に巻き込まれていた。
竜巻の中でもみくちゃにされながら後ろに10メイル位飛ばされて、竜巻から放り出された。
しかも放り出された方向が上だったので、無防備のまま空中に打ち上げられた。
そのまま放物線を描いて地面に激突するかと思ったが、素早く発動できるコモンマジックの『レビテーション』を使ったことでなんとか地面への落下は防ぐことが出来た。
しかし竜巻で上下が分からなくなるほどにもみくちゃにされたことで目が回わり、吐き気すら感じる気持ち悪さに俺は堪らずに膝をついた。
「あ、危なかった。うえっ、き、気持ち悪い・・・『ヒーリング』」
『ヒーリング』単体でも多少のめまいなどは回復するので俺はそれで少しだけ自分の体調を元に戻した。
「あれを凌いだのね。大抵は竜巻で目が回ってそのまま地面に叩きつけられてダウンするのですけど・・・。運がいいのか、実力か・・・。あ、回復しましたね。まだまだいけるということですわね!あ、それと・・・」
「はい?」
「模擬戦とはいえ、無防備になる回復魔法は今後使用を控えなさい。狙ってくださいと言っているようなものよ。」
「は、はい!分かりました。」
そんなやり取りをしているうちに砂が晴れていた。
そして偏在カリンさんはすでに次の攻撃の為のスペルを唱えていた。
偏在カリンの口が少し動いたかと思うと、ドン!と横の地面が何かにぶつかった様な音を立てて砂が巻き上がった。
地面には先程までなかったくぼみを確認することが出来たので何か目に見えないものがあたったのだとすぐに分かった。
「っ!?見えない攻撃はやばい!」
突っ立ていては的になるだけだと思った俺はすぐに走って場から離れた。
しかしお互いの距離は開く一方でこれ以上離れると俺の魔法が届かなくなる恐れがあったので偏在カリンさんを中心に円の弧を描くように移動し、さらになるべく的を絞らせないようにとスピードをランダムに変えながら動いた。
「このままじゃ防戦一方だ。実力差があるのは分かっていたけど、攻撃が見えないんじゃ話にならん!どうすれば・・・」
何度か偏在カリンさんの魔法をやり過ごしてそう呟いてから、自分の言葉に対する回答を思いのほか簡単に思いついていた。
・・・まあ、見えない攻撃とかは漫画やアニメでも結構よくあるパターンだからな。
「見えない攻撃は見えるようにするのがセオリーだろ!この場所だったら、これだ!」
俺は偏在カリンさんに向かって『ファイアーボール』を連続して放った。
「あら?また『ファイアーボール』ですか?それは最初に意味がないと分かったはずですけど?」
偏在カリンはまた自分に向かてくる『ファイアーボール』を弾き返そうとしたが、その前に『ファイアーボール』の進行方向が下方向に変わり地面に激突し、次々に爆発していった。
そしてそれは最初の防がれた『ファイアーボール』の時の爆発と同じように大量の砂を空中に巻き上げた。
「これは・・・目くらましのつもりでしょうか?しかし私には無意味ですわよ。」
——そう言って、偏在カリンは気配を探った。
後にヴァルムロートも習うことになるが、ここでいう気配はドラゴンボール的な“気”ではなく、それぞれの系統のメイジの特性的に感知しやすいものがある・・・例えば、火系統のメイジは“熱”を感知しやすい、などだ。
そしてカリンは風系統のメイジであり、音などの“空気の振動”が感知しやすかった。
普通のメイジだったらヴァルムロートとの距離もあるので砂を使った目くらましも有効だったかもしれないが、カリンのその並外れた才能は精神を集中すれば数十メイル離れた人の呼吸する音さえも感じることの出来るほど好感度なものだった。
「・・・!あら?さきほどのところから動いていませんね。何を企んでいるのかしら?まあ、お手並み拝見といきましょう!」
偏在カリンは『エア・ハンマー』の魔法を唱えた。
先ほどからの見えない攻撃はすべてこの魔法だ。
他にも見えない魔法は『エア・カッター』などもあるのだが、こちらは殺傷能力が高いこともありこれまで模擬戦では一度も使用したことはない。
そして偏在カリンはヴァルムロートがいるところに『エア・ハンマー』を放った——
「見えないのなら見えるようにすればいい。」
俺は偏在カリンさんとの間に爆発によって、わざと砂のカーテンを作りだした。
そこを見えない攻撃が通ると砂のカーテンが割れて見えない攻撃も見えるようになると考えた。
「まあ、うまくいくか分からないけど。ここはなんでもやってみないとな!」
そのとき砂のカーテンに丸く穴が開いた。
「来た!行くぞ!」
俺は見えない攻撃に当たらないようにして偏在カリンさんの方に向かって走り出した・・・誘導式でないことを祈りながら。
俺は目の前の砂のカーテンを超えると新たに『ファイアーボール』を放ち、カリンさんとの間に砂のカーテンを作った。
「なるほど・・・考えましたね。あれはただの目くらましではなくて見えない魔法に対応するものだったのですね。・・・それでしたら、こうしたらどう出るかしら?」
突然強い風が吹き始めたと思ったら、すぐに遍在カリンさんを中心とした巨大な竜巻は発生し、遍在カリンさんの周りにあったいくつもの砂のカーテンごと俺を吹き飛ばした。
「うわわわ!あっぶねぇ・・・。また吹き飛ばされたよ。あの巨大な竜巻は『エア・ストーム』の魔法か?」
今目の前に発生している竜巻は俺が前世で海外のハリケーンの映像をみた時のものに匹敵するよな大きさだった。
これだけ大きな竜巻を発生させる魔法なので俺はこれをトライアングルスペルの『エア・ストーム』だと思っていた。
「いいえ、違いますわよ。これは『エア・ストーム』ではなく、だたの『ストーム』ですよ。」
竜巻が消えて、その中から遍在カリンさんが空中に浮かんでいる状態で現れてどこかの魔王みたいなことを言った。
因みに『エア・ストーム』はトライアングルスペルで『ストーム』はドットスペルだ。
さらに言うと、俺が『ストーム』を使っても人程度の大きさのものしか作ることが出来ない・・・まあ、まだ風メイジとしてはドットランク程度しかないからしょうがないね。
「え!?か、カリンさん聞こえていたのですか?」
風の壁に囲まれていたはずなのにぽつりとつぶやいた俺の言葉を聞き取れるなんて、どんだけ地獄耳だよ、と風メイジの特性をまだよく知らない俺はそう思った。
「“音”を感知しやすいのが風メイジの特徴ですよ。覚えておきなさい。」
遍在カリンさんのその言葉に俺は昔レイルド先生から聞いたことを思い出した。
あの時は火のメイジの特徴を聞いてサーモグラフィかよ、なんて心の中で突っ込みを入れたりしてあまり重要だとは思ってなかったけど、案外バカに出来ないものなのだなと考えを改めた。
「は、はい!覚えておきます!」
「では、次はどうでますか?今私は空を飛んでいるのでもう砂を使うことはできませんわよ?」
そういってカリンさんは飛んだまま、見えない攻撃を繰り出してきた。
俺はひとまず『フライ』で飛び上がり、ジグザグに飛んで見えない攻撃を何とか躱していった。
「『フライ』をうまく使えていますわね。しかしその程度の動きではすぐに見切られてしましますわよ!」
「え!?うわっ!」
遍在カリンさんは俺の動きを読んでいたのか、ランダムに動いていると思っていた俺にみえない攻撃を直撃させてきた。
攻撃に当たったもののなんとか『フライ』の状態を保つことが出来たので落下スピードを抑えながら地面に落下し、そのまま地面を転がった。
「痛てて・・・」
「この程度ですか?」
遍在カリンさんの表情には言葉とは裏腹に俺に対する失望は未だ感じていないようで、むしろ楽しそうに口角を上げていた。
「奥の手があるのでしょう?これまでのような手加減はいりませんわよ!」
「・・・小細工はもうできないか。だったら最後の手段は・・・正面からぶつかることだな!」
俺は服についた砂を払いながら立ち上がった。
そして俺の奥の手のスペルを素早く唱えた。
「『トランザム』!」
俺の体が淡い炎に包まれた。
以前は纏う炎によって服が焦げたりしていたが、火竜の血を含ませて耐火性を上げた特注の服には焦げ一つついていない。
俺はすぐさま『フライ』を使ってカリンさんに向かって飛び上がった。
「これが話に聞いた『トランザム』というものですか!さあ、その強さを私に見せなさい!」
遍在カリンさんは俺の変化に多少驚いていたようだが、それよりも喜びの方が勝っているようだ。
猛スピードで迫る俺に向かって遍在カリンさんは再び見えない攻撃を繰り出してきたが、俺は先ほどと同じようにジグザグに、それでいて先ほどとは段違いのスピードで動いてみえない攻撃をやり過ごした。
遍在カリンさんが2発目を放つ前に距離を詰めた俺は『フライ』を切ってその勢いのまま『ブレイド』を展開してカリンさんに切りかかったが、単調な動きを見切られて避けられてしまった。
俺はすぐさま『ブレイド』を切って、再び『フライ』を使って態勢を立て直した。
振り返ると遍在カリンさんは周りに竜巻をいくつも発生させて、それらを同時にこちらに向かって放っているところだった。
俺がその場から逃げるように上昇すると竜巻も後をついてきた。
俺は『フライ』を切って、一つの賭けに出た。
「こいつでどうだ!『フランベルグ』!」
長さ15メイルに及ぶ『トランザム』で強化された『フランベルグ』で襲ってくる竜巻を次々に薙ぎ払った。
「あれが二つ名“炎剣”の由来ですか・・・。なかなかやりますわね!」
遍在カリンさんは自分の竜巻が消されたことは特に意に介していないようだ。
俺は落下する勢いそのまま『フランベルグ』を偏在カリンさんに振り下ろした。
遍在カリンさんに当たった!
と思ったが当たる寸前のところで目に見えない壁のようなものに動きを止められていた。
「『エア・シールド』!?」
『フランベルグ』を止めたのは遍在カリンさんの『エア・シールド』のようだ。
ようだ、というのは風魔法は基本目に見えないので予想するしかないのが厄介なところだ。
「でもっ!」
俺は最初に『フランベルグ』が当たった時の感触から『エア・シールド』では俺の攻撃を防ぎ切れていないという漠然とした確信があった。
数秒後、もしくは1秒後だったのかもしれないが俺の『フランベルグ』が遍在カリンさんの『エア・シールド』を切り裂き、そして振り抜いた勢いで『フランベルグ』が地面に当たって大量の砂を巻き起こした。
俺が『フランベルグ』を止めると支えを失った体は『フライ』や『レビテーション』を唱える前に地面に落ちていた。
咄嗟に体へのダメージを軽くする為に前世の漫画でみたように転がるように着地し、砂埃の方を、先ほどまで遍在カリンさんがいた方を凝視した。
「やったか!?」
確かに『エア・シールド』を切り裂いた感触はあった。
しかし、徐々にはれてくる砂埃の中に人影が浮かんでいた。
「かなりの威力ですわね。それほどの攻撃力を出せるのはハルケギニアでもそうはいませんわよ。」
無傷の遍在カリンさんが砂埃の中から悠々と歩いてこちらにやってくる。
俺はその姿に「あれで無傷かよ・・・」という恐怖に似た感情と同時に「これがハルケギニア一と呼ばれるメイジか・・・」という憧れのような感情を抱いた。
俺は次のことを考えて『トランザム』を止めた。
「あら?もう終わりですか?」
「いえ。でも、この魔法は多量の精神力を必要とするものなので戦闘継続する為にももう止めておこうかと思いまして。」
そう言って俺は偏在カリンさんに向かって走り出した。
今俺と偏在カリンさんの距離は10メイル程度なので偏在カリンさんが魔法を放つよりも先に接近戦に持ち込めると踏んだ行動だった。
俺は走っている間に『ブレイド』を発動させた。
本当は『フランベルグ』を使いたいところだが、すでに精神力の残りが僅かになっていることが自身の疲労やこれまでの経験から予測出来たので精神力の消費が少ない『ブレイド』を選択することにした。
俺の考えに気付いたのか遍在カリンさんはさきほどまで杖として使っていた杖兼レイピアの先をこちらに向けた。
剣技で俺を追撃する用意を整えながら、偏在カリンさんの口は小さく動き魔法のスペルを唱えているようだった。
偏在カリンさんまで後数歩というところで俺は横に飛んだ。
何か確信があった行動ではなかったがもし俺が偏在カリンさんの立場だったらそこで攻撃していただろうという勘のようなものだ。
まあ、あれだ、ちょこまか避ける敵は限界まで引き付けてから攻撃するってやつだ。
そして、その考えは当たっていた。
俺が避けた直後にゴウッという音と共に通り過ぎる風を感じた。
俺は前転の要領で素早く起き上がるとすぐさま後数歩を詰めて、『ブレイド』を右上から左下へと振り下ろした。
その攻撃は踏み込みが足りないせいか偏在カリンさんに半歩後ろに下がっただけで避けられてしまったが、俺が一歩踏み込んでから返す刀で左から右へ横に『ブレイド』を振った。
その攻撃は今度はレイピアによって防がれたが、完全に接近戦の位置取りをすることに成功したともいえる。
その距離で互いに押したり、引いたりしながら切り結んだ。
——そのころ観戦席でルイズは初めて見るメイジ同士の戦いに目を輝かせていた。
「お父様!あれがメイジ同士の戦いなのですね!」
「いや、あれはちょっと・・・一般的なメイジの模擬戦というよりは騎士のそれに近いかな?」
「騎士ですか!?すごい!」
目の前で繰り広げられている戦いにルイズはかなり興奮しているようだ。
しかしそんなルイズとは逆にヴァリエール公爵はなぜか少し寂しげな顔をした。
そんなヴァリエール公爵の様子に隣に座っていたツェルプストー辺境伯が気づき、声をかけた。
「ヴァリエールよ、どうした?どこか哀愁が漂っているぞ?」
「ツェルプストーよ。実は私にはささやかな夢があったのだよ・・・」
「なんだ?藪から棒に。・・・まあ、言ってみろ。」
「ああ。私の子供たちはすべて可愛い娘たちだろ。」
「そうだな。」
「本当は息子も欲しかったのだが、子供の性別は選べないからな。まあ仕方ないと思っている。」
「・・・そうだな。」
「そこで娘の婿になる男、つまり義理の息子に『お前を鍛え直してやる!』と言って魔法や剣の稽古をつけるのが私のささやかな夢だったのだよ・・・」
「なんだ、そんなことか。ヴァルムロートに稽古つけてやればいいだろう?あいつは暇があれば稽古しているような稽古大好き人間だぞ。」
「・・・ツェルプストーよ。おまえは目の前で起こっていることを目にしてまだそんなことが言えるのか?」
そう言われてツェルプストー辺境伯は戦っている二人の様子、特に自分の息子を見つめた。
目の前では先ほどまで魔法で地上と空中で対戦していたが、今は地上で『ブレイド』を用いた剣の勝負になっていた。
そして魔法と剣、そのどちらもかなりのレベルで行われているであろうことが見ているだけで分かる。
「ああ・・・。私だったら稽古をつけよとは思わないな。自分より強いものにどうやって稽古をつけるというのだ、といったところか。はははっ!」
「そうなのだ!なんなんだお前の息子は!強いとはお前の手紙から察することができたが、まさかあのカリーヌと!“烈風カリン”と同じような強さとは聞いていないぞ!」
「まあ、私もあそこまでやるとは思わなかったよ。あれは確かに私の息子だが、じきにお前の義理の息子にもなるのだから・・・まあ、気持ちは整理しておけよ。」
「いや、優秀な息子ができるのはいいのだ。しかし・・・私の夢がなぁ・・・。」
ヴァリエール公爵は諦めにも似た溜息を吐いた。
ツェルプストー辺境伯はその残念そうなヴァリエール公爵を見て、苦笑いしながらフォローを入れた。
「まあ、そんなに残念がるな。お前にはまだ2人娘がいるだろう。そちらに期待しておけよ、なっ!」
「エレオノールは婚約者ができたと思えば逃げられるし、ルイズにはすでに婚約者としている者がいるのだがそいつも今は王宮騎士団に入り、腕を上げていると聞くしな・・・。」
「そ、そうか・・・。まあ、頑張れよ?」
ますます肩を落とすヴァリエール公爵にこれ以上は何を言っても墓穴を掘るようなものだと悟ったツェルプストー辺境伯はポンポンとヴァリエール公爵の肩を軽く叩いた後、模擬戦の続きに集中することにした——
もう何度目かの『ブレイド』とレイピアとのつばぜり合いが起こっていた。
俺の杖はオーソドックスなタイプなのでもちろん鍔などはついておらず、遍在カリンさんのレイピアには当然持ち手を守る鍔のようなものがついていた。
実は剣の腕では僅かに俺の方が勝っていたようだが、これは後で言われて分かったことで今現在は目の前のことに一生懸命すぎて分かっていなかった。
「ヴァルムロートさん!なかなか楽しませてくれますわね!」
「ハァ・・・ハァ・・・ど、どうも。」
遍在カリンさんは俺から見てまだまだ余裕の表情というか楽しんでいるといった顔をしていたが、俺にはそんな戦いを楽しむといった余裕はこれっぽちもなかった。
それはこれが初めてのメイジ同士の模擬戦ということもあるが、それよりもすでに俺の体力や精神力がそろそろ限界を迎えようとしていたからだ。
突然遍在カリンさんの口から高速でスペルが紡がれた。
逃げなければいけないと行動に移そうとしたが、すでに手遅れだった。
紡がれたのは俺も知っている風魔法のドットスペル『ウインド』。
ドットスペルの魔法を使う利点としてスペルが短く、発動が早いことだ。遍在カリンさんのような熟練した者なら1秒位で発動する出来るだろう。
それゆえに欠点はそれ相応に威力が低いことなのだが、俺を吹き飛ばすには十分だった。
「・・・がっ!」
疲労の為か咄嗟に『レビテーション』を行うことも出来ず、背中から地面に叩きつけられた。
一瞬、意識が飛びかけるもすぐ後からやって来た痛みでどうにか気絶は免れた。
見た目は竜巻に飛ばされたり、地面を転がったりとボロボロだが体力の方はまだいけそうなこととは対照的にすでに精神的には限界に近い。
『ファイアーボール』の連発に『トランザム』状態で『フランベルグ』を使ったことで精神力をかなり消費していた。
ここまで来たのなら遍在カリンさんに勝ってみたいという感情が心の隅に芽生えていた。
しかし、カリンさんには生半端なことでは通用しないのはここまでやって分かっていた。
そして、俺が出来ることで遍在カリンさんに通用しそうなものと言えば『トランザム』状態の『フランベルグ』だけだと思えた。
『トランザム』を使った『フランベルグ』を使えるのは後数秒しかないだろうが、俺はその数秒に賭けることにした。
「・・・分の悪い賭けは好きじゃないんだけど。」
俺はスペルと唱えながら、痛む体をゆっくりと起き上がらせる。
『トランザム』によって俺の身体が再び炎を纏った。
そして右手に持つ杖の先からは『フランベルグ』による10メイルに迫る程の巨大な炎の剣があった。
俺が遍在カリンさんの方へ次の一歩を踏み出した瞬間!
俺の精神力が底をついた。
俺の身体に纏っていた炎も杖の先の炎剣も風に吹かれたろうそくの火のように消えた。
どうやら『トランザム』状態の『フランベルグ』でも数秒は持つと予想していたが、実際には1秒も持たなかったようだ。
そして、そのままバタリと地面に倒れて、気を失ってしまった。
地面に伏した俺は薄れゆく意識で「やっぱり分の悪い賭けは苦手だ」と呟いた。
まだやる気を見せていたヴァルムロートが突然倒れたことに偏在カリンは驚きを隠せずにいた。
「え、ちょっと!ヴァルムロートさん!」
遍在カリンは急いでヴァルムロートに駆け寄る。
「ヴァルムロートさん!・・・気を失っているだけのよですわね。よかったわ。」
遍在カリンがヴァルムロートの無事を確認すると同時に飛んできたキュルケがヴァルムロートに抱き着いた。
その後ろからカリン本体とミス・ネートがやって来た。
カリン本体に「治療の妨げになってはいけないのでここに留まるように」と言われたツェルプストー辺境伯達が観客席から心配そうにヴァルムロートを見ていた。
「ダ、ダーリン!?大丈夫?ちょっと起きてよ!?」
キュルケは抱き着いたヴァルムロートをがくがく揺らした。
少し錯乱しているだろうキュルケの肩に偏在カリンは手を置いて、落ち着かせる為に少し強めの口調で声をかけた。
「ちょっとキュルケさん、落ち着きなさい!」
「っ!?」
「ヴァルムロートさんは気を失っているだけですから、大丈夫ですわよ。」
「そ、そうなのですか?」
「ええ、ですから少し休ませてあげましょう。ミス・ネートお願いね。」
「分かりました。キュルケ様、ヴァルムロートさんをこちらで休ませてあげましょう。」
「分かりました・・・。お願いします。」
キュルケはしぶしぶヴァルムロートから離れた。
ミス・ネートはヴァルムロートを『レビテーション』で浮かせて、観戦席の後ろに設置していた簡易ベットに寝かせ『ディテクトマジック』で異常がないか調べた。
その結果、ヴァルムロートの体には魔法で受けた傷や『トランザム』の影響で全身に軽いダメージを負っていたので『ヒーリング』と秘薬を用いて回復させた。
体の方はそれで良かったが精神の消耗の方は回復の手立てが無く、部屋に移動させてしばらく休ませることとなった。
「う、うう・・・。」
目を開けると心配そうに俺を覗きこんでいたキュルケと目が合った。
「あ!ダーリン気が付いたのね!よかったわ!」
俺は上半身を起こすよりも早くキュルケが俺に抱きついてきた。
気を失う前は外だったのに目を覚ましたらどこかの部屋だった。
キュルケに抱き着かれたまま、なんとか体を起こす。
「あれ?ここは?」
「ここ?ヴァリエール家のダーリンの部屋として借りている部屋よ。」
「・・・どれくらい気を失ってた?」
「1時間位かな。あ!それより!突然倒れるからびっくりしたわよ!」
「そうか・・・。心配させてごめんねキュルケ。」
ごめんごめんとキュルケの頭を撫でた。
ベッドの周りを見ると父さんや母さん、姉さん達にヴァリエール公爵、カトレアさんにルイズ、そしてカリンさんがいた。カリンさんが一人しかいないところを見ると本人なのだろう。
「カリンさん、途中で突然気絶してしまってすみません。」
「それは別にかまいません。私の偏在も何時になく楽しくなっていたようでヴァルムロートさんの様子に気づけなかったのですから、こちらこそごめんなさいね。・・・あと、今は“カリーヌ”ですわよ。」
そう言うカリーヌさんの姿はさっきの男装ではなくドレスを着ていた。
たぶん気絶している間に着替えたようだ、1時間もあったのだし当然か。
「それはすみませんでしたカリーヌさん。」
「いえ、別にいいのですよ。これからは“カリン”になる機会が増えそうですからね。」
「え!?それってまた模擬戦するということですか?」
「そうではありませんけど・・・いえ、そいういう意味合いも少しは含まれているかもしれませんわね。」
「・・・と、いうと?」
「ヴァルムロートさんは2年間はどこの学院にも通わずに家にいるつもりなのでしょう?」
「ええ、そうですね。カトレアさんの病気が治ったとはまだ完全には言い切れないので、その経過を見るためですね。」
「そうですか?私ならもう大丈夫だと思いますけど?」
「いえ、そうはいきません。カトレアさんの治療を任された責任というものがありますから!」
俺は真剣な顔でそう言ったものの、キュルケに抱き着かれたままなのでかっこ良く決まらなかった。
それに・・・このままゲルマニアの学院にいくとキュルケもいろいろ変わっているみたいだし、原作にうまく関われない可能性があるかもしれない、と心の中で言葉を続けた。
原作でキュルケがやったようにゲルマニアの学院で何かしら騒ぎを起こして退学してからトリステインの方に編入っていう手もあるけど、あまり家族に迷惑かけたくないという思いがあった。
カトレアさんを騙しているような気になるが、その感情が表に出てくることをぐっと堪えた。
「最後までカトレアのことに責任を持ってくれることを嬉しく思いますわ。そこでヴァルムロートさん不在で悪いのですけど、話し合った結果あなたを2年間ヴァリエール家で面倒を見ます。あ、もちろんキュルケさんも一緒ですわよ。」
「え?どうしてですか?」
カリーヌさんの言葉に俺は疑問を抱いた。
確かに俺はカトレアさんの事に関して責任があるのだが、実はカトレアさんの病気に関してはもうミス・ネートによる経過観察だけで十分なのだ。
そしてそのことはミス・ネートに伝えてあるので、必然的にヴァリエール公爵やカリーヌさんにも伝わっているはずだ。
それなのにわざわざ俺をここに置いてくれる理由があるとでもいうのだろうか。
「それはあなたをハルケギニアでもっとも強いメイジになるために私が直々に稽古をつけて差し上げるからですわ!」
「え?稽古をつけてくれるのは嬉しいのですが、どうしてハルケギニアでもっとも強いメイジを目指すのですか?まあ、志は高く持った方がいいと思いますが・・・。」
カリーヌさんの言う「ハルケギニアでもっとも強いメイジ」という言葉の意味がいまいち掴み切れなかった俺は歯切れの悪い言葉を返した。
カリーヌさんはにこにこしながら答えた。
「あ、それですか?もちろん志ではなくて文字通りの意味ですわよ?」
「え!?本気でハルケギニア一を目指すのですか!?」
「ええ、私のむ「「あっ!」」になるのだからそのくらいやってもらわないといけませんからね!」
カリーヌさんの言葉を遮るようにヴァリエール公爵と父さんが少し声を上げた。
俺がそっちを見ると急いで手を口にやったり、目をそらしたりした。
何かがある事を隠しているようだが、態度でバレバレだ。
しかし、何を隠しているのかを探る為の重要な言葉を父さんたちが遮ってしまったようだった。
「・・・すみません、カリーヌさんもう一度同じことを言ってもらえますか?」
「なんですか?まあ、いいでしょう。『ええ、私の息子になるのだからそのくらいやってもらわないといけませんからね。』これで構いませんか?」
再度言ってくれたカリーヌさんの言葉で父さんたちの行動の意味が少し分かってきた気がした。
もしかして、またか?と思いつつ、カリーヌさんに話しかけた。
「・・・あの、いつ僕がカリーヌさんの息子になったのですか?息子のように思ってくれるのは嬉しいのですが・・・。」
「いえ、違いますよ?息子のように、ではなくて本当に息子になるのですよ?・・・あら?これはまだ秘密だったわね。ごめんなさい。忘れて。」
父さんがあちゃーみたいな表情で手で顔を覆い、その肩にヴァリエール公爵が手を置いて、しょうがないみたいな顔をしている。
どうやら思った通りだったようだ。
後、カリーヌさんは忘れてと言ったけど、それは無理と言うものだろう。
「いえ、無理です。すみません。」
「そうね・・・。やっぱり無理よね。」
少し残念そうにしているカリーヌさんから視線を逸らし、俺は父さんの方にジト目を向けた。
「・・・父さん、これはどういうことなんですか?」
「あはは、ちょっと前にヴァリエールに話を進められてな。問題なかったのでお前とカトレア嬢との話を進めておいた。」
俺は驚いて、カトレアさんの方にぐるんと首を回した。
いつものカトレアさんでは考えられないくらい顔が赤くなっているのを見て、俺までつられて顔が火照ってきた。
俺はすぐさま父さんの方に向き直した。
そして俺は照れくささを隠すように少し大げさに父さんに食って掛かった。
「問題大ありでしょう!僕はすでにキュルケと婚約してるんだよ!?そこんところ分かってるの?」
俺に黙って勝手に話を進めたことも失礼な話だが、それ以上にすでにキュルケという婚約者がいるのに何を考えているのだこの親は!?という思いながら声を荒げた。
しかし、父さんは俺の言葉に至って冷静に反論してきた。
「別に婚約者が何人いても問題ないだろう?私を見なさい。3人も美しい妻達がいるじゃないか!」
父さんは自分の事を例として挙げてきた。
父さん自身を例に挙げられてはその子供の俺としては反論のしようが無く、言葉を詰まらせる。
「ぐ・・・、そうだ!キュルケはいいの?勝手に話を進められて。」
俺の新しい婚約者が出来ることは俺だけの問題ではないと考え、キュルケにも意見を求める為に視線を向ける。
独占欲の強いキュルケのことなので、この話には相当怒りを覚えているはずだと俺は思っていた。
しかし、当のキュルケは怒るどころか涼しい顔をしていた。
「私?私は特に問題ないわよ。その相手とは話あったしね。それに私とダーリンの愛は婚約者が何人いても揺るぎ無いものだと信じているからね!」
そんなキュルケの言葉に俺は拍子抜けしてしまう。
「あ、ありがとう。期待に応えられるように頑張るよ!」
「それにダーリンは恋と炎が宿命のツェルプストーの嫡男なのよ。同時に2~3人の女性を愛せる位の器量があるはずよ!」
「いやあ、僕にそんな・・・」
元日本人の、一夫一妻の世界から来た人間にそんな器量があるとは俺には考え付かない。
確かに漫画やアニメではハーレムものもあったし見てもいたが、見るのと実際にやるとでは天と地ほどの違いがあるのは想像に難くない。
そんな俺に父さんは多少にやにやしながら言葉をかけた。
「しかし、もう断れないぞ?相手は乗り気だし、両家の家族は皆同意しているからな。反対しているのはお前だけだぞ?」
「いや、嬉しいことは嬉しいし、突然の事で困惑しているだけで反対してるわけじゃないのだけど・・・」
「全くお前はこういうことに関しては素直じゃないな。」
そりゃあカトレアさんほどの美人さんとの婚約なんて本来ならこちらからお願いしたいくらいだけど・・・でもな~。
なんて考えていたら話が次の段階に進んでいた。
「しかし、まあ、これで何も問題はないな。ではヴァリエール、当初とは多少異なるが予定通り明日式を執り行うことにしよう。」
「ああ、そうだな。・・・しかし、残念だったな、驚いた顔を見ることができなくて。」
「ふ、問題ない。今日はヴァルムロートがあれだけ強かったことが分かっただけでいい。」
そんなことを言い合っている父さん達の言葉に俺はもうなにも言わなかった。
決壊したダムの水は止めることは出来ない、そんな事をぼんやりと考えながら俺はこの濁流のような流れに身を任せることにした。
そして父さんたちの話を聞き流しているとカトレアさんが俺の手を握ってきた。
「ヴァルムロートさん、ご迷惑かもしれませんがこれからよろしくお願いしますね。」
「え、あ、いえ、迷惑なんて、そんなことは無いですよ!だたさっきも言ったように突然のことで困惑していて・・・。こ、こちらこそよろしくお願いします。」
カトレアさんが俺の手を握ったまま、ぺこりと頭を下げたので俺もつられて深々と頭を下げていた。
ハルケギニアに生を受けて15年経つけど、やっぱり俺って心は日本人なんだよ。
「・・・って、カトレアさんはそれでいいの?なんか病気を治したおまけみたいになっているけど?」
「ええ。それに元々そういうことで治療してくれる人を集めていた時期もありますから。」
「そ、そうなんですか・・・。」
「うふふ、私に未来をくれた人と私が好きになった人が同じでよかった。」
「好きって・・・本当ですか?」
「はい!でも、ヴァルムロートさんが私のことを恋愛対象としてみていないのは分かっていました。」
「・・・」
そんなこと特に考えてなかったからな。
というか、この世界に転生してからはもっぱら生き残るためにのことばかりに気を取られて、そういう恋愛とかにはあまり気を回してなかったからな。
キュルケについてのことだってつい最近のことだからな。
無言のままそんなことを考えていると、カトレアさんが少し不安そうな顔をした。
「そんな私をこれから好きになってくれますか?」
「未来のことは断言できませんが、今この瞬間に前よりもカトレアさんを好きになっている自分がいるのは断言できます。」
俺が言った言葉は嘘が無い俺の本心だった。
まあ、いままで恋愛対象としてみてなかっただけで普通に魅力的だしこれからどんどん好きになっていくんじゃないかな?と心の中で呟いた。
俺の言葉でカトレアさんの表情が喜びのものへと変わった。
「私、魅力的ですか!うれしい!」
「あはは。」
「ダーリン!私のこともちゃんと愛してくれないとだめだからね!」
「ああ、もちろん。2人とも愛せるようになるよ。」
2人を平等に愛することは難しいかもしれないが、案ずるより産むが易しという言葉もあることだし、とりあえず頑張ってみることにした。
「よしよし。一件落着だな。・・・おいおい、ヴァリエール泣くなよ?」
「まだ泣いていない!泣くのはカトレアの花嫁姿を見てからだ!」
「そうだな。」
そんな事を言いつつ、父さんたちは部屋から出て行った。
婚約式の詳しい段取りなどを別室で話し合うようだが、その場に当人の俺やカトレアさんがいなくていいのか?と少し疑問に思う。
——別室に向かう廊下にて
「ねえ、ツェルプストー辺境伯様。ちょっとよろしいですか?」
「どのような要件でしょうか?カリーヌ夫人?」
「ヴァルムロートさんのことなんですけど、あの剣の腕前はどこで習ったのですか?すでに王宮騎士団の隊長クラスの実力をもっていますけど?」
「ああ、あれはうちの家の兵に教えさせているのです。最初はある程度形になればそれでいいかと思ってさせていたのですが、いまではうちの外から剣の腕が立つものを呼んで対戦させている位ですからね。・・・あ、これはヴァルムロートには内緒でお願いしますね。」
「どうしてだ?教えてやればそれだけ励みになるだろう。」
「うちの息子って誰に似たのかかなり向上心が高くて、貪欲に強くなろうとしているらしい。そこでその向上心をなくさないように自分がまだまだ未熟だと思わせているのだよ。」
「そうか。別にいじわるをしているわけではなかったのだな。」
「あたりまえだろう!」
その話を聞きながら、カリーヌはつい先程のことえお思い返していた。
これまでで一番の笑顔を見せていたカトレアの事を思い出すと自然と口元が緩むのをカリーヌは感じていた。
カリーヌは娘の幸せを喜ぶ一方でそれとは別に自身に関することでも喜びを感じていた。
「うふふ。ヴァリエールとツェルプストーの長年に渡る確執を気にせず、さらには他のメイジがサジを投げたカトレアの病気を治してしまい、そしてあの魔法と剣の実力・・・まったく面白い子が私の義理の息子になってくれて、育て甲斐がありそうね!」
<次回予告>
誕生会と婚約発表。
そして始まる特訓の日々。
カリーヌさん、いや烈風カリンを師と仰ぎ、俺はどうなってしまうのか!?
そして、蚊帳の外となっているヴァリエール公爵、もとい、お義父さんは?
第47話『お義父さんが羨ましそうにこちらをみている。』
次は8/11頃の更新を目指して頑張ります。
一か月以上放置していてすみませんでした。
これから10月くらいまではまた週一位で投稿していこうと思います。
ポケモン発売までに前書いたところまで行きたいですし。
しかし、今回はいろいろあって遅れてしまいました。
・・・因みに遅れた理由はスパロボではありません。OEは全部出てから買うつもりですから。
まあ、あえて言うなら・・・リンカさん不器用可愛い!
<補足>
試合用の本気なのはカリーヌさんで、ヴァルは普通に本気出してます。
強さ的に現在はヴァルがレベル40位でカリーヌさんはレベル95位ですかね。
まあ、経験の差とかもありますが、単純な素質でもヴァルは50~60年に一人の天才ですが、カリーヌさんは前代未聞、ぶっちゃけ突然変異クラスの天才っていう二次設定でやっています。