47話 お義父さんが羨ましそうにこちらをみている。
今年もカトレアさんの誕生会が盛大に行われたが、いつもとは少し違うものとなっていた。
それは誕生会中に二つの重要な発表を行ったためだ。
まず初めに発表されたのがまだ経過観察の期間ではあるが、カトレアさんの病気がとりあえず治ったことが発表された。
これによってカトレアさんの病気を治療したものをカトレアさんの婿にするという話は無くなったということを暗に示していた。
そして次にそのことによりカトレアさんに求婚してくる貴族が多く出ることは容易に想像出来たので間髪入れずに俺との婚約も発表した。
理由はもちろんカトレアさんの病気を治療したことによるものだが、火の系統魔法を得意とするメイジを多く輩出するツェルプストー家の俺が本当に治療出来たのかという疑問の声も多く、会場のざわめきは俺とキュルケの婚約を発表した時以上もものとなった。
仮に俺が治したのは認めるとしても、王族の次に位が高い公爵家の次女がよりにもよって国外の男と婚約するということは自国の貴族としては・・・まあ、面白くないだろう。
俺も婚約騒動の後から考えたんだけど、公爵家の娘が他国の貴族に嫁にいってもいいのか?と思って、ヴァリエール公爵・・・もとい、お義父さんに聞いたら、
「ああ、マリアンヌ王妃様にカリーヌが頼んだところあっさり了承してくれたらしい。・・・あの方は王が亡くなってからいつまでも喪に帰すしていないでちゃんと政に参加してもらいたいのだがな。まあ、今回はそれでこちらが助かったということもあるが・・・。」
「・・・そうなんですか。」
俺とカトレアさんの婚約は一応問題ないらしいけど、うーん、国のトップがそういうのってトリステインはかなりやばい状態かだよな。
あ、そんなだからアホリエッタがあんな行動を起こしたのかな?
婚約っていうのは双方の問題にもなるのだが、うちのゲルマニア王の方には父さんがすでに手を打っていたようで、将来カトレアさんとの子供をゲルマニア王室に婿もしくは嫁に行かせることで了承してもらったと言っていた。
ゲルマニア王ってアニメだったらブリミルの血を取り入れる為にアンリエッタと結婚しようとしていたな。
公爵家のカトレアさんにも多少なりともブリミルの血が流れているわけだし、当然その子供にもブリミルの血が流れるわけで、その子が欲しいということだな。
ブリミルの血統じゃないからそれだけで他の国からバカにされてるのは嫌だってことで、どうやってでもゲルマニア王室にもブリミルの血を入れたいってことなんだろうね。
・・・というか、ゲルマニア王って子供いたんだな。アンリエッタと婚姻結ぼうとしてたからてっきり未婚かと思ったけど、よく考えれば父さんと同年代なんだし当たり前といえば当たり前か。
で、今回はこのざわつきをどう抑えるのかな?と思っていたら、カリーヌさんが俺がカトレアさんの病気を治したことや模擬戦をやったことを出して、俺のメイジとしての実力を認めたから婚約させたので、それに不服があるなら俺と決闘でもしてみろ!とか言ってた。
カリーヌさんが俺のメイジとしての実力をある程度認めてくれてるのは嬉しいが、正直なところ俺は決闘とか冗談じゃない!と思っていた。
しかし、思いのほか決闘をしようと名乗り出る貴族はいなくて、カリーヌさんが俺を認めているということに別の意味で場がざわついた。
式が終わるまで華やかさとは違ったざわつきが続いていた。
誕生会が終り、ふとある考えが俺の頭を過った。
今回のことで結構トリステインの貴族に目をつけられたと思うんだよね・・・暗殺とかされないよな?という考えだった。
そのことをカリーヌさん、じゃなかったお義母さんに尋ねてみた。因みにお義母さんというのは、婚約発表のちカリーヌさんが「私のことは今後“お義母さん”と呼びなさい。」と言ったからだ。
「暗殺?そうね・・・まあ、あなたには並のメイジでは束になっても歯が立たないから大丈夫でしょう。」
あっさりと暗殺のことは否定されないことに俺は少しショックを受けた。
そして、それを受けても俺が大丈夫、と当の本人をよそに自信を持って言うお義母さんの言葉にも驚く。
「あ、あの・・・その根拠はどこから?」
「この前の模擬戦から現在のあなたの力を考慮したまでですわ。まあ、でも模擬戦と実戦は違うのでその時の運もあるかもしれませんけどね。」
「そうなんですか・・・。」
お義母さんが言う「現在の俺の力」には当然『トランザム』状態も含まれているのだろう。
『トランザム』はまだまだ改良の余地を残しているものだし、使用時間も限られている。
暗殺なんてものは通常一人でいるときにやられるものだと思うので、そのような状態で『トランザム』を使用することには正直かなり不安がある。
「仮に暗殺に来くる輩がいたら、その時は返り討ちになさい。」
「は、はい・・・。」
お義母さんは簡単にそう言うが、かなりのプレッシャーだ。
「あ、弓には気をつけなさい。あれはそこそこ遠くから狙ってきますし。」
「弓、ですか。できるだけ気を付けておきます。」
弓でヘッドショットをかまされて即死!とか笑えないので、何か対策を考えておいた方がいいのかもしれない・・・というか考えないとやばいだろう。
「まあ、これから2年間の訓練で今よりももっと強くして差し上げますから、心配はいりませんわよ!」
「あ、ありがとうございます。」
暗殺の危険があるから原作に入る前に殺されるかもしれない。
これからはもっと頑張って、もっともっと強くならなくちゃ!
「じゃあな、ヴァルムロート。カリーヌ夫人にしっかり鍛えてもらえよ!キュルケも元気でな。寂しくなったらいつでも帰っておいで。」
誕生会の翌日、父さんたちはツェルプストーの家に帰って行った。
そして昼食を食べた後、俺はお義母さんに連れられて普通の魔法練習場にやってきた。
「ではヴァルムロート、今日から私があなたを鍛えて差し上げますわよ!」
「はい!お願いします!・・・それで今は“カリンさん”と呼んだ方がいいのですか?」
今のお義母さんは模擬戦のときのようにズボンを穿いて男装っぽい恰好になっている。
前の模擬戦の時には「カリン」と呼ぶことにこだわっていたので何か言われる前に聞いてみたが、思ったこととは別の答えが帰ってきた。
「そうですね・・・私のことは“師匠”と呼びなさい!」
「分かりました。カリン師匠!」
俺は返事をしながら、ドラゴンボールにセンズを作っているカリン様っていう人がいたなと思し出していた。
「あら?今何か考えてました?」
考えていたことが顔に出てしまったのかカリン師匠にすぐに指摘されてしまう。
さすがに前世の漫画の話は出来ないので咄嗟に話題を探した。
「あ、き、キュルケがここにいないのでどうするのかなと思いまして・・・。」
「キュルケさんも訓練に誘ったのですが、丁重にお断りされてしまいました。今は・・・ほら来られましたよ。」
魔法練習場の反対の端の方にキュルケとルイズ、あと二人のメイジと思われる人とやってきた。
俺に気が付いたキュルケは俺に向かって軽く手を振った。俺も手首から先の方だけで小さく手を振り返した。
「誘いを断ったとき、キュルケ何か言ってましたか?」
「ええ、カトレアやルイズと一緒に魔法の訓練をしたいとのことでしたので、ルイズと一緒にさせることにしました。彼女は火の系統を得意としているようなので火のメイジを付かせることにしました。」
カトレアさんの姿は見えないが、恐らく別の場所でミス・ネートの付添のもと、体力作りの為にまずは散歩などの軽い運動をしているのだろう。
「カトレアさんは魔法を練習し始めるのにまだ1~2ヶ月の基礎体力向上のためのリハビリがあって出来ないですけど、ルイズは今何をしているのですか?」
ルイズは魔法失敗で爆発しまくってるのかな?
と、俺は半ば予測出来ていることを尋ねた。
「あの子はね・・・。もう家族ですから隠してもしょうがないので言いますが、ルイズはいまだどの系統も成功したことがないのです。それどころかコモンスペルさえ扱えないのでこまっているところなのです。杖と契約は出来たのだから魔法が使えないということはないと思うのですけどね・・・。」
やはりな、と俺は思った。
アニメでも虚無が使えるようになるまで魔法は爆発するだけだったし、恐らくここでもそうなのだろう。
「そうですか。」
「あら?驚かないのですか?」
位の高い家からは素質の高いメイジが多く輩出されるのが普通だから、ルイズのように血統は良いのに——まあ、逆にルイズは血統が良すぎたともいえるのかもしれないが——魔法が全く成功しないというのは滅多にないことだ。
そのことにさほど驚きを出さなかった俺のあたりさわりのない感じの返事に違和感を覚えたのかカリン師匠は俺に不思議そうに見つめた。
俺は慌てて言葉を繕う。
「い、いえ!驚きのあまりリアクションが取れなかっただけですよ!?」
「そう。・・・でも、どうしてあの子は魔法が使えないのかしらね?」
「なぜでしょうね・・・。」
カリン師匠に合わせるように首を傾げたが少しわざとらしかったかもしれない。
もしこの場にカトレアさんがいたら速攻で見抜かれていただろう。
それにしてもルイズが魔法を使えないのは虚無だからだろうけど、そういえばなんで虚無系統のメイジは系統魔法が虚無“しか”使えないのだろう?
ブリミルって話で伝わっている限りでは5系統全て使えたらしいし・・・。伝承だから実は違うとか?
カリン師匠と同じように首を傾げてルイズを見つめているときにそんなことをふと考えていた。
「まあ、ルイズのことはこのくらいにして、これからあなたの訓練について大まかな流れを考えたので教えますね。大体はあなたがこれまで行っていたことと変わらないと思いますけど。」
「お願いします。」
俺は期待と不安が4対6で入り混じった視線をカリン師匠に向ける。
カリン師匠はニコニコしながら口を開いた。
「まず、朝起きたら2時間のランニング、朝食後は昼まで日替わりで系統魔法の基礎訓練、昼食後は休憩のち1時間のランニング、その後剣術を交えた魔法の応用訓練、夕食後はルイズ達と座学を行い、トリステインの歴史や文化などを学んでもらいますね。あと週に1回私との模擬戦を行います。虚無の曜日はお休みにしますね。」
確かにカリン師匠が言ったように午前に魔法の訓練、午後から剣術の訓練、夜は勉強と家でやっていることと日程は似ている。
しかし、やはり違うところもある。
「あの・・・少し質問いいですか?」
「なんですか?」
「なんで朝と昼にランニングが入っているのでしょうか?」
「それはあなたの精神力増加のためですわ。この前の模擬戦で最後まで精神力が持たなかったでしょう。それを改善するためですよ。」
「なぜ精神力を鍛えるのにランニングなのですか?精神力を鍛えるならもっと他に方法があるのでは?」
「健全な精神は健全な肉体に宿るのですわ!だから、体を鍛えればその分精神力も増強するのです!」
「わ、分かりました。それで、あの、日替わりで系統魔法の訓練ってなんですか?」
「ああ、あなたが実は火の他に水や風も鍛えれば伸びると聞いたので日替わりでそれぞれ鍛えていきますね。」
「均等に訓練していくということですか。分かりました。」
「ちなみに今はどのくらいつかえるのかしら?」
「え!?そうですね。感覚的な強さで表すなら火がスクウェアクラス、水はライン、風が・・・ドット、です。」
俺はまだ風の系統魔法をあまり得意とはしていないので、風を得意とするカリン師匠の前で声がどんどん小さくなってしまう。
メイジはみな自分の得意とする系統に誇りを持っているので俺が風が苦手だということに対しカリン師匠が怒っているかもしれないと思ったが、カリン師匠は逆にニコニコしていた。
「・・・そうですか。それでしたら風の割合を増やした方がいいかもしれませんね。うふふ。」
理不尽に怒られるよりもマシだが、俺はその笑顔を素直に受け入れられていなかった。
これから何をやらされるのか、と疑心暗義になる。
「・・・次に剣術を交えた魔法の応用訓練と言いましたが、貴族であるのに剣術を教えてくれるのですか?野蛮とか思わないのですか?」
通常戦闘においてメイジは魔法による後方からの攻撃を担当するので前線に出ていく者はほとんどいない。
なので、メイジでありながらわざわざ前線に出るような者は戦闘狂、別の言い方をすれば野蛮だと言われる。
まあ、一応『ブレイド』っていう接近戦用の魔法もあるけどあれは本来万が一の時のものらしい。
「確かに武器を持つ貴族を野蛮だと一般的に言われますが、軍属になれば大抵は杖を剣のように加工しますからね。」
「そうなんですか。」
確かにそう言われれば、いまカリン師匠が持っている杖はレイピア型のものだ。
軍、というか騎士団に入れば剣術の一つもならうというのはある意味では当然のことかもしれない。
例え、それが形だけのものであってもだ。
「さらにいえば剣を使うのが前提なのがあなたの戦いのスタンスのようですしね。模擬戦でも何度も切りかかってきましたしね。」
「あはは・・・、そうですね。確かに剣を扱えた方がいいですね。」
「ええ、そこで王宮騎士団などで行われている魔法を使った剣術をあなたに教えますね。」
「魔法をどう剣術に組み合わせるのですか?」
剣を振って、火を出したり、衝撃波を出したりできるのだろうか!と期待に胸を膨らませる。
同時に俺は傘で「アバンスラッシュ」やら「魔神剣」と言って友達とチャンバラのようなことをしていた前世の幼少の頃を懐かしく思い出していた。
「魔法を使った剣術の基本は『フライ』や『レビテーション』を使った体術の組み合わせですよ。それによってあなたの剣術に磨きがかかるでしょう。」
「そ、そうなんですか・・・。」
俺ははあ~と息を漏らした。
想像していたことと違いすぎで期待に胸を膨らましていた分だけ溜息と一緒に肩も落ちた。
「あら?なんだか残念そうね?」
「い、いえ!そんなことはないですよ!さ、最後に・・・毎週師匠と模擬戦ってどういうことですか!?」
前の模擬戦の時はこれっきりと思ってやったのであって、あんなことを週一のペースでやっていたら精神力を強化する前に心が擦り減ってしまう。
そんなのは嫌だ!という思いを言葉に乗せた。
「それはですね・・・あなたが戦い慣れてないからですよ。」
しかし、俺の思いは届かなかったようだ。
逆に今の俺の弱点とも言うべきことを言われてしまう。
「うっ、確かにメイジ、というか人相手に戦ったのは初めてですが。」
「そうでしょう。それに模擬戦とはいえ実戦に近い形の方が上達が早いというものですよ。」
「そういうものですか・・・。」
「ええ!そういうものです!」
「・・・分かりました。」
「それでは毎週ダエグの曜日に模擬戦を行いますね。丁度今日がダエグの曜日なので来週からにしましょう。」
いきなり、今日から模擬戦をするのか!?と一瞬身構えたが、来週という言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろした。
「分かりました。」
「それであなたの剣なんですけどね。」
「はい。貸してくれるのですか?」
「うちにあるものを差し上げてもいいのですが、これから命を預けることになるかもしれないのですから・・・。」
「ん?」
「明日は虚無の曜日でお休みでしょう?町の武器屋に行って自分にあったものを探してみてはいかがかしら?」
「はい。分かりました。」
武器の相場はモノによってかなり差があるので自分の持っているお金で何かいいものは買えるだろうか?と考えた。
俺がここに残る際に父さんたちが家に帰る前に俺にいくらかのお金を渡してくれているので、いくら貰ったかは確認していないが後でちゃんと確認しておこう。
「では、欲しいものが見つかればヴァリエール名義で購入なさい。金貨5000までならいいですわよ。」
「ご、5000!?金貨で!?そ、そんなにいいのですか!?」
カリン師匠の言葉に俺は驚きを隠せなかった。
金貨で5000と言えば、庭付きのそこそこ大きな屋敷が購入できるほどの資金だ。
「ええ。普通の剣の相場は150位なのですが高いものはそこそこの値段しますからね。あなたも貴族なのですから多少は見栄えのいいものを選びなさいね。」
これだけの資金があれば正直なところ、なんでも買えてしまうがそれだけに俺のセンスが問われるような気がしないでもない。
「・・・分かりました。明日町に行ってみます。」
「そうしなさい。では今日は平日と同じメニューでいきますわよ。今日は“風”よ!」
「は、はい!」
その後、カリン師匠に風の使い方をみっちり教わった。
が、それが実践できるかどうかはまた別の問題だが。
俺が訓練している間、後ろの方で爆発音とそのあとにキュルケの笑い声が何度か聞こえていた。
——その様子を屋敷のある一室の窓からそっと覗く影があった。
「私も手伝いたいのだがな・・・。」
そう言ってため息をついたのはヴァリエール公爵だ。
実は先日、ヴァリエール公爵はカリーヌに対しヴァルムロートの魔法の特訓について手伝いを申し出たのだが、それをあっさりと却下されていた。
理由はすでにヴァルムロートの方が強さが上という残酷なものだった。
しかし、ヴァリエール公爵はその事実を受けてもなお食い下がった。
それはこれまで欲しいと思っていてようやくできた息子——義理だが——に父親として何か教えてやりたいと思ったからかもしれない。
「そうだ!剣術なら!」と意気込んだが、それも却下されてしまう。
剣術といっても使うモノが違えば当然動きも違ってくるから教えることは出来ないと言われた。
ヴァルムロートはこれまで片手剣を使う剣術を習っていた。
それに対し、ヴァリエール公爵はレイピアを使う。
それをいうとカリーヌもレイピア使いなのだが、実の所ヴァルムロートの剣術は基本はほぼ出来ているので後はどう応用させるのかというのが重要だとカリーヌは言った。
そして同じレイピア使いなら寸止めではなく、より踏み込んだところまで行動させることの出来る偏在を扱える自分が教えた方がいいとも言った。
それを言われてはヴァリエール公爵に返す言葉はすでになく、しぶしぶあきらめざる得なかった。
「ルイズの婚約者は騎士団に入ってめきめきと頭角を表しているようだし、エレオノールはなぁ・・・。」
そんな事を呟きながら、眼下で行われている魔法の訓練を見つめていた。
<次回予告>
剣は両手で持った方が強い?
それとも両手に持ったら2倍強い?
口にも咥えたら3倍か?
いやいや、ここは魔法の世界なんだからもっと多く・・・
そう!
ラッキー7じゃないけれど、7本位持っててもいいんじゃないかな?
第48話『セブンソード』
ちょっと実家に帰るので次は8/25頃の更新を目指して頑張ります。